映画『あなたの名前を呼べたなら』  映画関係

[映画紹介]

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インドのムンバイ
農村出身のメイド、ラトナが住み込みで働くのは、
建設会社の御曹司アシュヴィンの新婚家庭。
しかし、婚約者の浮気が発覚し、
結婚式は取りやめになってしまった。
その結果、広い高級マンションで
主人とメイドが二人きりで暮らすことになった。
傷心のアシュヴィンを気遣いながら、
料理や身の回りの世話をするラトナ。

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ラトナは未亡人で、都会に出てきた。
しかし、彼女にはファッションデザイナーになるという夢があった。
そのため、午後の2時間だけ、仕立屋に行かせてくれと申し出、
アシュヴィンは快く許可する。
それは、後に裁縫学校での勉強にと発展するが、
その間、次第に二人の心は近づき始めていた。
だが、身分違いの恋が実るはずはなかった・・・

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物語の背景には、
インドを取り巻く因習と身分制度と女性蔑視がある。
未亡人という立場は、その後の人生を閉ざされたも同然。
都会に出たのも婚家の口減らしのためだという。
妹の結婚式でも、未亡人は正式に顔を出すことが許されない。

「未亡人」について、監督は、こう語る。

「都会に住む進歩的な人達でさえ、
未亡人になるということは
実質的に人生が終わったことを意味する場合があります。
未亡人がどんな服を着るべきかに関するルールは
都会ではまだ少ないものの、あらゆる縛りがあります。
私が知っている未亡人で、のちに他の人と結婚し、
前に進んだ人は一人もいません。
すでに子供がいる人は、子供に残りの人生を捧げなければならず、
他の男性と一緒になりたいとか、
誰か一緒に人生を過ごす相手が欲しいとかいう思いが
彼女にあるかどうかは関係ないのです。
そのような思いは、インド社会では完全に否定され、
女性のセクシュアリティーについて話題になることは滅多にありません」

近所のメイド仲間の話で、
主人の奥様や子供との、越えられない身分差の話も出て来る。

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パーティーの場で、客の女性から侮辱を受けたりもする。
それをかばうアシュヴィンはなかなか出来た男だ。

この身分差について、監督は、こう語る。

「私は子どもながらに、この力関係に常に悩みました。
どう理解すればいいのか分からなかったのです。
それから渡米し、
スタンフォード大学でイデオロギーや哲学について学んだ後、
インドへ帰国すると、以前と全く同じ状況でした。
インドと海外を行ったり来たりしながら、
非常に複雑な気分でした。
状況を変えたいと思っても、
簡単にできることではありません。
だからこそ『私に、一体なにができるだろうか』と
自分に問い続けたのです」


ラトナとアシュヴィンの間に恋心が芽生えても、
そう簡単にことは進まない。
仮に結婚したとしても、
メイドあがりだという親戚の目を感じながら生きていかなければならない、
と、アシュヴィンの友人の口から語られる。
映画の中ではカースト制に触れることはないが、
二人のカーストも違うのだろうし、
「不名誉結婚」という言葉も出て来る。

この身分違いの恋についても、監督は、こう語る。

「こういった関係を公にするということは、
不可能に近いことですから、
もし、実際にこういったことがあったとしても、
人々に知られないようにしているでしょう。
未だに社会の厳しい制約が世の中を支配していますから。
仮に、誰かがこういった関係を認めたとすれば、
その人たちは完全に疎外されてしまうでしょうね。
唯一の解決法は、国外へ逃れることだと思います。
もし、それだけの経済力があれば、の話ですが。
いったん国外に出てしまえば、
単に文化や話す言語が異なる2人の男女に戻ることができます」

監督は長編デビュー作のロヘナ・ゲラ

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ロヘナは、アメリカで大学教育を受け、
欧米とインドの文化の違うを体感した女性。
インドの社会に変化をもたらすことができればという思いで制作されたというが、
長い歴史がある社会の常識を変えることは難しいだろう。

恋に破れた傷心の金持ち男が、
身近な自分より下の女に手を出した、
とも解釈される、すれすれのところの
二人の心の揺らぎを女性監督らしい繊細さで描く。

日本のように自由恋愛が認められている国と違い、
異なる文化、宗教背景の世界では、まだまだ不自由が多い。
回教圏に入れば、もっとすさまじいものがあるだろう。

インドのセレブたちの暮らしと、
下層民の暮らしと
両方が描かれているが、
パーティーで料理を供した後、
台所に坐って一人黙々と食事を口に運ぶ姿が胸に迫る。

やがて中国を抜き、世界一の人口を持つ国家になるインド。
そのインドがどう変わるか。
興味は尽きない。

ラトナをティロタマ・ショーム

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御曹司をヴィヴェーク・ゴーンバルが演じるが、

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この二人がもう少し魅力的だったら、
物語に納得性も切なさも生ずるのだが。

なお、原題は「SIR」(サー)で、「旦那様」
ラトナは終始「SIR」と呼びかけ、
名前で呼ぶことはない。
「あなたの名前を呼べたなら」は、日本で付けた題名で、
物語を象徴する、良い題名と言えよう。
ラトナはアシュヴィンを名前で呼ぶことは出来るのか。
最後までご覧下さい。

5段階評価の「4」

予告編は↓をクリック。

https://youtu.be/RVtt_x5BRHM

ル・シネマ他で上映中。

タグ: 映画

映画『メランコリック』  映画関係

[映画紹介]

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東大を卒業したものの、
まともな就職をすることもなく、
実家暮らしでアルバイトにあけくれていた30歳の和彦は、
たまたま訪れた近所の銭湯で
募集の紙を見て、応募し、採用される。
その時、同じ面接で採用されたのが金髪の松本という男だった。

偶然の成り行きから、
その銭湯が営業を終えた後、
風呂場を「人を殺す場所」としてヤクザに貸し出していることを知る。
しかも同僚の松本は殺し屋だった。
無理やり手伝わされた和彦は礼金の多さに驚き、喜ぶ。

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銭湯のオーナー東には借金があるため、
ヤクザの田中の下請けをしていたわけだが、
田中が和彦の存在を危険と見たため、
和彦は抹殺されそうになり、
せっかく出来た恋人とも別れるよう強制される。
家族も危険で、その状況から逃れる方法は
田中を殺すことだと松本から提案を受けた和彦は、
その殺害計画に参加することになるが・・・

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「カメラを止めるな!」同様、独立系の作品。
主人公・和彦を演じた俳優の皆川暢二の呼びかけにより、
アメリカで映画制作を学んだあと
IT業界でサラリーマンをしていた田中征爾(監督)と、
俳優の傍ら
タクティカル・アーツ・ディレクターとしても活躍する
磯崎義知(松本役)
という同い年3人で立ち上げた映画製作ユニット
One Goose(ワングース )による映画製作第一弾。

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第31回東京国際映画祭日本映画スプラッシュ部門で監督賞、
ヨーロッパ最大のアジア映画祭・
第21回ウディネ・ファーイースト映画祭で
新人監督作品賞に輝いた。

駆け出し映画関係者の作品だから、
カット割りは悪いし、
セリフも間が抜け、
お世辞にもうまい映画ではないが、
奇妙な設定、読めない展開、
登場人物の何とも言えない「おかしみ」が逆に新鮮さを与える。

それにしても、
銭湯を殺人現場として提供する
という意表をつくアイデアが面白い。
なるほど、血で汚れても洗い流せば済むし、
死体の処理も釜があるから燃やせば証拠も残らない。
この銭湯、よく撮影場所として提供したものだ。
ちゃんと脚本読ませてもらったのだろうか。

実は、この銭湯「松の湯」は、
東西線浦安駅から徒歩5分ほどの場所にある銭湯。
東日本大震災の時、マンションの水が止まってしまったので、
この銭湯のお世話になったことがある。
のっけから住所表示で「猫実」(ねこざね)という字を見て、
おやおや浦安でロケか、と嬉しくなった。
和彦が恋人と散歩する場面は、
私が自転車で行く、
旧江戸川沿いの道で、遠くに東西線の橋が見える。

和彦を演じた皆川暢二、
松本を演じた磯崎義知が面白い。

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その他、一人として顔を見たことのある役者はいなかったが、
「カメラを止めるな!」に出演した無名の役者が
その後、テレビに出るようになったのと
同様なことが起これば、喜ばしい。

5段階評価の「3.5」

予告編は↓をクリック。

https://youtu.be/tH3viviJJlE?t=10

アップリンク渋谷で上映中。

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映画『風をつかまえた少年』  映画関係

[映画紹介]

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アフリカの最貧国マラウィを舞台に、
一人の少年の自立の闘いを描く。

マラウイ共和国は、
アフリカ大陸南東部に位置する共和制国家で、
イギリス連邦加盟国。

マラウィの場所はここ↓。

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マラウイ湖の西岸にあり、東西の幅は90〜161q、
南北の長さは900qと
南北に細長い形をした国。

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旧称はイギリス保護領ニヤサランド。
ニヤサは「湖」の意。

多数の部族から成る国で、
15世紀に複数の部族が連合してマラビ帝国を建国。
1891年にイギリスの保護領となり、
北ローデシア(現ザンビア)、南ローデシア(現ジンバブエ)、
ニヤサランド(現マラウイ)合わせた
ローデシア・ニヤサランド連邦を経て、
1964年、独立
独立以降、アフリカでは珍しく対外戦争や内戦を経験しておらず、
“The Warm Heart of Africa”(アフリカの温かい心)という別称を持つ。

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マラウィで農業にいそしむ父母と暮らす14歳のウィリアムは
手先が器用で、
近隣の住民のラジオの修理を請け負っていた。
その地域では、電気もなく、水道もない。
農作物だけが生活の頼りだ。

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ウィリアムは、学費を払えず通学を断念するが、
もぐりこんだ図書館で風力発電の本を見て、
独学で風力発電のできる風車を作り、
乾いた畑に水を引くことを思いつく。
それには、教師の自転車についた発電機と
父親の自転車の車輪が必要だった。
父親はそんなことより、
畑を耕せと強要するが・・・

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実話だという。
ウィリアム・カムクワンバの実体験に基づく
「風をつかまえた少年 
 14歳だったぼくはたったひとりで風力発電をつくった」


クリックすると元のサイズで表示しますを映画化。

アカデミー賞作品賞受賞作「それでも夜は明ける」で、
主役を演じて主演男優賞候補になったキウェテル・イジョフォー
監督と脚本を担当し、主人公の父親を演じている。

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大変生真面目な映画作りだ。

干ばつの描写が胸をえぐる。
食糧が不足し、
政府の食糧支給トラックに群がる人々。
家では父親がいない間に
倉庫の食糧が強奪される。
ようやく得た穀物で命をつなぐために、
3食のうち、いつ食べるかを相談する。
母親は「夕食。空腹では寝れないから」と主張。
ウイリアムは「朝食。朝食が好きだから」と。
父親は家族のために絶食をして、
空腹を抱えて畑を耕す。
貧困がどんなに家庭を傷つけるかで、見ていられない。

貧困と無知は、開発途上国(昔で言う後進国)の病根だが、
雨乞いをする父親に対して、
知識で苦境を克服しようとする少年の姿が胸を打つ。
国の未来を作るのが教育だということがよく分かる。
風車を作り、父親の自転車から外した車輪を回転させ、
教師から提供を受けた発電機を回し、
それをバッテリーにつないで充電し、
井戸から水を汲むポンプを動かそうとする。
果たして、水は出て来るのか・・・

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あとは題名のとおり。

原作者のウィリアム・カムクワンバは、
廃品を利用して、風力発電のできる風車を自宅の裏庭に製作。
これが国内外の記事で取り上げられ、
タンザニアでの国際会議「TEDグローバル」へ招待されて演説。
これが世界的な名声を獲得し、
2013年タイム誌「世界を変える30人」に選出された。
2014年にアメリカの名門ダートマス大学を卒業。
マラウイにも定期的に帰り、農業、水アクセス、教育など
様々なプロジェクトに携わり、
イノヴェーション・センターを立ち上げ、
後進の指導に当たっている。

世界を変えるのは何かを伝える貴重な作品。

5段階評価の「4」

予告編は↓をクリック。

https://youtu.be/uQKONj4L89c

ヒューマントラストシネマ有楽町他で上映中。

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映画『よこがお』  映画関係

[映画紹介]

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ある美容室に「リサ」という女がやって来る。
初めて訪れた客なのに、
リサは「和道」という美容師を指名する。
数日後、自宅付近でリサは偶然をよそおって和道と会う。
近所だからと連絡先を交換し、
和道を見送ったリサが戻ったのは、
和道の住まいの向かい側、
窓から和道の部屋が見える安アパートの一室だった――。

実はリサは偽名で、本当の名前は市子という。
半年前までは評判の良い訪問看護師だった。

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中でも訪問先の大石家との親交はあつく、
長女の基子には、
介護福祉士になるための勉強を見てやっていた。

ある日、基子の妹の女子中学生・サキが行方不明になる。
すぐに無事保護されるが、逮捕された犯人は市子の甥だった。
事件との関与を疑われた市子は、
基子の情報提供によってねじ曲げられた報道に追われ、
仕事も婚約も、築き上げた生活の全てを失ってしまう。

市子は「リサ」へと名前を変え、
基子の恋人の和道に近づく。
それは基子に対する復讐のためだった・・・。

と、通俗的な復讐劇になりそうな内容だが、
これを筒井真理子が市子を演ずると、
物語に奥行きと映画としての輝きが増してくる。
美容室を訪ねる最初のカットから、
椅子に座り、和道と交わす雑談から、
何かが起こりそうな雰囲気が横溢する。

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そして、市子が巻き込まれる理不尽な状況。
無責任で興味本位の報道の背景にある
信頼していた人物の裏切りに気づき、
心が凍っていく過程も、
一人の普通の女性に起こった変容として
リアリティがあふれる。

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まさに筒井真理子の演技に翻弄される映画だ。

密告する基子の背後には、
市子に対する倒錯した心理があるのだが、
このあたりも市川実日子がキャラを生かして、よく演じている。

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「よこがお」という題名が示すように、
一人の人間の横顔の向こう側にある
もう一つの顔が現れる。
人間の持つ複雑さ
内包する闇の深さをよくあらわした題名だ。

市子とリサの二つの時間軸を微妙にずらして交差させる手法は、
ちょっと分かりにくいが、
この映画の方法論には合っている。

とにかく、一人の女優の持つ力
これほど如実に示した作品は珍しい。

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脚本・監督・編集は、
「淵に立つ」(2016)で、
カンヌ国際映画祭「ある視点」部門審査委員賞を受賞した
深田晃司

5段階評価の「4」

予告編は↓をクリック。

https://youtu.be/2rmNcfefcaM?t=4

角川シネマ有楽町他で上映中。

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映画『存在のない子供たち』  映画関係

〔映画紹介〕

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女性監督のナディーン・ラバキーが、
レバノンの混沌の中で生きる
一人の少年の姿を描く。

12歳のゼインは、
レバノンの貧民街で
両親と兄弟姉妹で住んでいたが、
両親が出生届を出さなかったため、
法的には存在しない子供だ。
自分の誕生日も知らないし、
年齢もあいまい、
学校へ通うこともなく、
兄妹たちと路上で物売りをして家を支えていた。

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沢山いる兄弟姉妹の中でも、
一つ下の妹のサハルを特に可愛がっているが、
両親は大家の男の機嫌を取るために
わずか11歳でサハルを強制的に男に嫁がせてしまう。
怒ったゼインは家を飛び出し、
職を探すが、証明書がないので、どこも雇ってもらえない。
遊園地の清掃員をしているエチオピア人の母子と知り合い、
赤ん坊のヨナスの子守を条件に住まわせてもらった。
しかし、働きに出た母親は帰って来ず
(後で不法就労で逮捕されていたことが分かる)
ゼインは、ヨナスの世話で疲れ果てていた。

ゼインはスウェーデンに移民として行くことを希望し、
ブローカーと交渉し、
ヨナスを里子に売って金を作るが、
出生証明書が必要なことが分かる。
家に帰ったゼインは自分の出生届けがなされていないことを知り、
愕然とするが、
更に妹のサハルが妊娠させられ、死んだことを聞かされ、
逆上して包丁を持って大家の男を訪ね、
傷つけ、逮捕されてしまう。

牢屋でテレビの社会派番組に電話をかけたゼインは、
両親を訴える決意を述べ、社会の注目を浴びる。
法廷で「何の罪か」と問われたゼインは、
「僕を生んだ罪だ」と答える・・・

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12歳のゼインは、もっと小さく見える。
きっと満足な食事も与えられず、
栄養が足りなかったのだろう。
出生届けが出されていないのは、
周囲の子供たちも同様で、
学校にも行けず、つるんで悪事をしている。
エチオピア人の母親から預かった赤ん坊も
やはり、母親が違法移民だから、
出生届けが出されていない。

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この無戸籍の二人の生活の様が胸を締めつける。
飢えて泣き叫ぶヨナスのために
なけなしの金で牛乳を買って帰っても、
ヨナスの口が受け付けず、
氷に砂糖をかけてなめさせたりする。
水道からは濁った水が出、
不衛生な食べ物を与えて大丈夫かと心配する。
ゼイン自身も満足に食べていない。
路上で物売りをするために、
動き回るヨナスの足を紐で縛りつける様も涙を誘う。

裁判所でゼインは、
「世話出来ないなら、子供を産むな」と主張するが、
母には母の言い分がある。
それにしても、子供の将来を考えたら、
出生届けさえ出さない親の態度は考えられない。

結局、貧困と無知が原因だ。
世界には貧富の差があり、
沈んだ者は一生浮かばれず、
その子供に貧困は引き継がれる。
「現在われわれにできることは、
貧困と無知に対するたたかいだ」
とは、「赤ひげ」の中のセリフだが、
貧困も無知も克服されていない地域が
世界にはまだまだある。

転じて、日本では、
こんなに豊かな国なのに、
家庭内暴力も育児放棄もなくならない。

何度か挿入されるベイルートの町の遠景や
上空からの映像が
この混沌とした町の印象を倍加する。
ここも地球の一部だと言っているようだ。

働く子供たちの描写は、
常態化した貧困の悲惨さを伝える。
ヨナスを連れて町を彷徨うゼインの姿を見ながら、
誰も手を差し延べようとはしない。
日本の児童憲章が絵空事に見える。

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生まれる国と親は選べないというが、
こんな国に生まれ、こんな親に育てられた不運。
別な国、別な家に生まれれば、
違った人生を送れただろうに。

子供が「生まれなければよかった」
言わせるような社会を作ってはいけない。
子供が「生まれてきてよかった」
思うような世界を実現しなければいけない、
と改めて思わされる。

ゼインを演ずるゼイン・アル=ハッジは、
レバノンに逃れて来たシリア難民の子。

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教育を受けることができず、
貧しい生活を送り、
マーケットの配達などで家計を助けた、
主人公と同じ境遇の男の子だ。
その面構えと、
憂いを含んだ表情が素晴らしい。
子供ながら、立派な演技力に目を見張らされる。
そして、ヨナスの
ありのままの姿を捕らえた映像が胸を抉る。
1歳の子供が演技をしているとは思えないが、
まさしくその「演技」を引出し、撮影した忍耐に敬服する。
監督のラバキーが弁護士役で登場する以外は、
全て素人の出演者で、
演じる役柄によく似た境遇にある人を集めたのだという。
まるでプロの俳優顔負けだ。

ドキュメンタリーだと勘違いする位、
リアリティに満ちた映像
圧倒された。

映画を観てまで辛い思いをしたくない人は
観なくていいが、
ラストの、ゼインのある表情が救いを与えてくれる。

カンヌ国際映画祭で審査員賞を受賞したほか、
先のアカデミー賞外国語映画賞にノミネートされた。

演じたゼイン少年は、
2018年8月、国連難民機関の助けを借りて、
ノルウェーへの第三国定住が承認され、
家族とともに移住しているという。

現代の「Capharnaum(カペナウム)」とは、
新約聖書に出て来るガリラヤ湖のほとりの町の名前だが、
転じて、混沌・修羅場の意味合いで使われる。

5段階評価の「5」

予告編は↓をクリック。

https://youtu.be/6TPeIoJ8yHc

シネスイッチ銀座他で上映中。





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