映画『永遠の門 ゴッホの見た未来』  映画関係

[映画紹介]

クリックすると元のサイズで表示します

ゴッホ(正しくは、ファン・ゴッホだが、慣習に従い、ゴッホと称する)
晩年の2年間を描く。

1888年初頭(ゴッホ35歳)、
パリに住んでいたゴッホは、
ゴーギャンの勧めで、
太陽きらめくフランス南部のアルルに移り住む。
「黄色い家」の「黄色い部屋」に。

クリックすると元のサイズで表示します

アルルでゴーギャンと共同生活をし、
ゴーギャンが去った際、
あの耳切り取り事件を起こす。

クリックすると元のサイズで表示します

精神に変調を来して、
サン=レミの精神病院に収容される。
その後、オーヴェル=シュル=オワーズで2カ月住み
不慮の死を遂げる。

映画は、アルルの自然の中を彷徨い、
風になびく麦の穂や沈みゆく太陽を描くゴッホに肉薄する。
ゴッホの視点になった時は、
画面の下半分が歪んだようになる。
ゴッホがキャンバスに描く絵もふんだんに見られる。
子供たちが写生するゴッホの絵を見て、
理解できずにからかうシーン、
子供たちから石を投げられ、
子供の父親と一悶着起こす姿も描かれる。
ゴーギャンとの共同生活で、
絵を巡っての確執も描かれる。

テオとの親密な関係も描かれ、
病院に収容された兄を訪ねたテオが
ゴッホと抱き合いながら寝るシーンは胸が痛くなる。

クリックすると元のサイズで表示します

ゴッホの父親は牧師で、
ゴッホも伝道師を目指したが、
果たせず、画家に転向したことなど、
初めて知ることも多かった。

画家というのは、
目で見たものを
脳の中で再構築し、
指で持つ絵筆で描写するものだが、
ゴッホはポスト印象派の人なので、
写実的な描写ではなく、
独特な画風となる。
ゴッホには世界がこのように見えており、
その伝達が絵筆をとっての描写だったのだ。

その絵は、一目見て
唯一無二の天才によるものだと分かる。

クリックすると元のサイズで表示します

ゴッホは才能を認めてもらえず、
貧困にあえぐ不遇の画家で、
生前1枚しか売れなかった、
というのは定説だが、
実際ゴッホが画家になってからは10年に満たず、
最初の本格的作品「ジャガイモを食べる人々」を描いてからは、

クリックすると元のサイズで表示します

8年しか経っていない。

1890年1月、
評論家のアルベール・オーリエが
「メルキュール・ド・フランス」誌1月号に
ゴッホを高く評価する評論を載せ、
ゴッホが死去する5カ月前の同年2月に、
ブリュッセルで開かれた20人展に
「ひまわり」「果樹園」など6点が出品されて好評を博した。
この展覧会で「赤い葡萄畑」が

クリックすると元のサイズで表示します

初めて400フランで売れた。
買い手は、ゴッホのアルル時代の友人でもあった
ベルギーの詩人のウジェーヌ・ボックの姉で
女流画家のアンナ・ボック。

つまり、ゴッホは8年ほどの実作の末に
評価されつつあったのであり、
言わば、死ぬのが早かったのだ。
あのまま生きていれば、
絵は相当売れていたと思われる。
その評判の矢先に命を落としたのは、
天才につきものの
巡り合わせの悪さというものだろう。

ただ、「神は才能を誤った時期に与えた」という言葉は深い。

行きつけのカフェのオーナーであるジヌー夫人からもらった帳簿に

クリックすると元のサイズで表示します

描いたデッサンが126年もたって発見された、
という新事実も明らかにされる。
サン=レミの精神病院で、
元軍人と給水治療を受けながら交わす言葉も
含蓄深い。

この作品の見どころは、
なんと言ってもゴッホを演ずるウィレム・デフォーで、

クリックすると元のサイズで表示します

この役を演ずるために生まれて来たのかと思うほど、
生きたゴッホを見事に演じきる。
ヴェネチア国際映画祭で男優賞を受賞、
アカデミー賞でも主演男優賞にノミネートされた。

ゴーギャンには、オスカー・アイザック

クリックすると元のサイズで表示します

ゴッホの話を聞く神父に、
デンマーク出身の名優マッツ・ミケルセン

クリックすると元のサイズで表示します

弟のテオを演ずるのはルパート・フレンド

監督は、
「潜水服は蝶の夢を見る」などのジュリアン・シュナーベル
手持ちカメラでゴッホの不安定な内面を描写したのは、
撮影監督のブノワ・ドゥローム

ドラマチックな要素は何もない映画だが、
ゴッホの実像に新たな光を当てている。

ゴッホは約10年の活動期間の間に、
油絵約860点、
水彩画約150点、
素描約1030点、
版画約10点
を残し、
手紙に描き込んだスケッチ約130点も合わせると、
2100枚以上の作品を残した。
有名な作品の多くは最後の2年間の
アルル時代以降に制作された油絵である。

クリックすると元のサイズで表示します

5段階評価の「4」

予告編は↓をクリック。

https://youtu.be/2M4hq09CQ0Y

なお、中国でゴッホの複製画を描き続ける人物を扱ったドキュメンタリーに、
「世界で一番ゴッホを描いた男」がある。
その紹介ブログは、↓をクリック。

「世界で一番ゴッホを描いた男」

タグ: 映画

映画『マチネの終わりに』  映画関係

[映画紹介]

クリックすると元のサイズで表示します

平野啓一郎の小説がなかなか良かったので、
どう映画化されたの興味で、観た。

あらすじ等は、ブログでの紹介↓をどうぞ。

原作本「マチネの終わりに」

クラシックギタリストの蒔野聡史(福山雅治) と
フランスの通信社で働く小峰洋子(石田ゆり子) との、
「大人の恋愛」を描く。

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

ストーリーは大体原作通りだが、
テロはイラクからパリに、
蒔野の演奏家中断期間は
1年半から4年に変えられている。

二人を結ぶ絆は、
洋子の父親である
ユーゴスラビア人のイェルコ・ソリッチ監督の
映画「幸福の硬貨」なのだが、
洋子自身の欧州の血と日本人の血の葛藤は
ほとんど描かれていない。

と、映画化の際の改変は仕方ないとしても、
致命的なのは、
石田ゆり子が通信社に勤める国際ジャーナリストには、
全く見えないことだ。
東京、パリ、マドリード、ニューヨークと、
世界を股にかけての物語なのだから、
その必然性が俳優から感じられないのは、少々困る。

クリックすると元のサイズで表示します

たった一度しか会ったことのない相手に
「洋子さんが死んだら、僕も死ぬ」
と言うのも、
小説ならいいが、
生身の役者の口から出ると、
単なる口説き文句に聞こえてしまう。

その意味で、全体的に嘘っぽい雰囲気が漂い、
それを補完する音楽(ギターの演奏)も補いきれなかった。

クリックすると元のサイズで表示します

原作のテイストは損なっていないが、
この仕上がりでは、
映画化作品としての及第点はあげられない。
残念。

5段階評価の「3」

予告編は↓をクリック。

https://youtu.be/HCE2owGeIdw

拡大上映中。

タグ: 映画

映画『T−34 レジェンド・オブ・ウォー』  映画関係

[映画紹介]

クリックすると元のサイズで表示します
                       
ロシアの戦車を使った戦争モノ

まず、ある村を舞台にした、
ソ連とナチス・ドイツの戦車による攻防戦を描く。
ドイツの戦車列を前に、
ソ連の戦車はたった1台。
それでも知恵を使って、
新米士官ニコライ・イヴシュキンは
ドイツの戦車隊を翻弄する。
しかし、多勢に無勢、
戦いには敗れ、
ニコライは、ドイツ戦車軍の指揮官イェーガー大佐に撃たれ、
捕虜となってしまう。

クリックすると元のサイズで表示します

それから数年後の捕虜収容所。
戦車舞台の訓練のために赴任したイェーガー大佐は、
捕虜の中にニコライをみつけ、
戦車戦演習のためにソ連側の指揮をするよう命令する。
ニコライは脱走の常習者で、
ドイツ軍の指揮下に入ることを断るが、
通訳女性の命と引き替えに承諾する。

ニコライは捕虜の中から、
戦車戦の経験者をピックアップする。

クリックすると元のサイズで表示します

ソ連側に与えられたのは、
最近接収したソ連の戦車T−34だった。
ただし、空砲という条件付き。
まずやらされたのは、
戦車の中の死体の処理。
その時、ニコライは、残っていた砲弾と手榴弾を発見し、
それを死体と共に埋めて隠す。
ニコライの目論見は、
演習の最中、戦車で収容所を脱出し、
チェコに向かうというものだった。

それを察知したイェーガー大佐は、
収容所の周囲に地雷を敷設する。
そして、演習の時がやってきた・・・

なにしろ映画だし、ロシア製だから、
脱出が成功するのは、最初から分かっている。
しかし、その結末に至るまでの戦略に
観客はハラハラドキドキしまくる。

最初の戦車戦の描写からして、
臨場感は半端ない。
打ち出された砲弾がスローモーションで標的に向かう姿。
砲弾が当たった戦車の内部で
耳がキーンとなり、一瞬、音が途絶える様。
接近戦で、砲身を回し、
どちらが先に標的を定めるかのスリル。
そして、どんな建物も塀も破壊する
キャタピラーのすさまじさ。

クリックすると元のサイズで表示します

収容所を脱出したT−34は、誰もいない
農地の中の道を進軍する。
当然イェーガー大佐は追撃を開始する。
道路が封鎖されたために、
森の中をジグザクに進み、
やがて、ある町でドイツの戦車隊と対峙する。
どうやって相手の裏をかくか。
戦車の配置をどう見抜くか。

ロシア語からドイツ語への内容を伝える通訳の機転。
そして、ドイツ側の陰謀を秘密裏に伝える通訳。
この通訳が意味を持って来る。
なるほど、通訳が美人なわけだ。

根底にニコライとイェーガー大佐の間には、
好敵手として、お互いの存在を認めているものがある。
だからこそ、最後の対決は、
両者の一騎討ち、「決闘」の趣だ。

男対男が、
自らのプロフェッショナな技量を発揮して対決する。
ニコライを演ずるアレクサンドル・ペトロフも、

クリックすると元のサイズで表示します

イェーガー大佐のヴィンツェンツ・キーファー

クリックすると元のサイズで表示します

男臭い見事な演技。
通訳のイリーナ・スタルシェンバウムも花を添える。

クリックすると元のサイズで表示します

そして、何よりも、
アレクセイ・シドロフ監督の演出力が素晴らしい。(脚本も)
そして、編集の力も。
更に、実の主役である戦車の素晴らしさ
T−34は本物を使ったという。
重量感、存在感において、本物にまさるものはない。
その重量級の戦車を軽々と運転し、
「白鳥の湖」に乗せてダンスまでさせる。

これほど血湧き肉躍る映画体験は久しぶり。
実に爽快で、「大脱走」の戦車版ともいえる内容。
ロシア映画史上最高のオープニング成績を記録し、
観客動員800万人、最終興行収入は40億円を超えたという。

5段階評価の「5」

予告編は↓をクリック。

https://youtu.be/xhhlZcBrmo0

新宿バルト9で上映中。

11月15日から、
IMAX版
Tジョイプリンスシネマ品川、109シネマズ木場などで
上映される。

タグ: 映画

映画『空の青さを知る人よ』  映画関係

[映画紹介]

クリックすると元のサイズで表示します

題名は、
「井の中の蛙大海を知らず」(いのなかのかわずたいかいをしらず)に続く、
「されど空の青さを知る」から取られている。
前半部分は、
「井戸の中にいる蛙は、
井戸の中の世界がすべてだと思っていて、
大きな海が存在していることを知らない」
ということを表し、
「自分が今見えている世界が全てだと思っていて、
他の視点や考え方があることを知らず、
見識が狭い」

という意味。
中国の「荘子」の「秋水篇」が由来で、
原文には、夏の虫や心がよこしまな人についての続きがある。

「されど空の青さを知る」という部分は
中国から伝わった後、日本で付け加えられたもので、
「狭い世界で生きているからこそ、
見えるものがある」
といった意味。
「空の深さを知る」、「天の高さを知る」、
「天の広さを知る」、「地の深さを知る」
というのもある。

クリックすると元のサイズで表示します

映画の舞台は、
東京に近い地方都市。
相生(あいおい)あかねとあおいの姉妹が主人公。
あかねは両親を亡くして妹のあおいを育てる決意をし、
ミュージシャンになるために上京する金室慎之介の誘いを断って
町にとどまり、地元の市役所に勤めた。

それから13年
妹のあおいは慎之介の影響でギターに励み、
就職も進学もせず、
東京に出て、「天下を取る」夢を抱いている。
ただ、恋人との上京を断念し
親代わりに自分を育ててきた
姉のあかねには負い目を感じていた。

クリックすると元のサイズで表示します

あかねは31歳、
あおいは18歳。
慎之介や姉たちの決断の年齢に至っていた。

そんな時、
町起こしの音楽祭で、
音信不通になっていた金室慎之介が町へ戻ってくる。
演歌歌手のバックバンドのギタリストとして。
夢を抱いて東京に出たが、
CDを1枚出しただけで、
あとは鳴かず飛ばずだったのだ。

一方、神社の集会所で練習していたあおいの前に、
慎之介(しんの)が現れる。
13年前の過去から時間を飛び越えて・・・

クリックすると元のサイズで表示します

田舎の高校生でミュージシャンを目指す青年が、
上京して夢破れて帰って来て、
昔の恋人に再会する、
とは随分ベタでありきたりな話だが、
ここに、13年前の人物がからんで来ることで、
一味違う話になった。
しかも、過去の慎之介は、神社のその場所の結界から
一歩も外に出られないのだ。

地方の高校という「井戸の中」にいた青年が、
東京という大海を目指して、飛び出し、
挫折して田舎に戻って来、
井戸の中にとどまった恋人に再会し、
更に13年前の自分自身とも対峙するという
ちょっとひねった作りが特徴。
しかも、なかなか成功している。
姉妹愛、自己犠牲、青年期の夢、厳しい現実、そして挫折・・・
それらを織りなして物語は進む。
慎之介とあかねの恋はどうなるか、
13年前の慎之介は何のために現れたのか。
慎之介とあかね、
しんのとあおいの奇妙な四角関係の行く末は・・

クリックすると元のサイズで表示します

アニメーション監督の長井龍雪、脚本家の岡田麿里
キャラクターデザイナーの田中将賀で結成されたアニメ制作チーム
「超平和バスターズ」による、
「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない」(2013)
「心が叫びたがってるんだ。」(2015)と共に、
三部作として位置付けられており、
前2作同様、埼玉県秩父市周辺を舞台に設定。

クリックすると元のサイズで表示します

「井戸の中」と「大海」、
大海に出た者ととどまった者、
大海に出たからこそ知り得たこと、
井戸にとどまったからこそ悟られたもの、
題名に含まれた命題が
ドラマの進行と共に見えて来る、
なかなかの趣向である。

5段階評価の「4」

予告編は↓をクリック。

https://youtu.be/Px1htzPeYCc

拡大上映中。

タグ: 映画

映画『スペシャルアクターズ』  映画関係

[映画紹介]
                             
クリックすると元のサイズで表示します

「カメラを止めるな!」
大ヒットしたことで、
一躍注目された上田慎一郎監督の第2作。
(正確には、これ以前に
3人の共同監督作品「イソップの思う壺」がある。)

2017年11月、
「カメラを止めるな!」を上映会で観た
松竹ブロードキャスティングの深田誠剛氏が
上田監督にオファーをかけた。
「カメラを止めるな!」が大ヒットするより前の話だから、
深田氏の目は高かったことになる。

松竹ブロードキャスティング・・・
元々は衛星放送に番組を提供する会社として設立。
衛星放送事業の他、松竹制作の映画作品に出資、
「たそがれ清兵衛」(2002)「出口のない海」(2006)
「東京フレンズ」(2006)「超高速! 参勤交代」(2014)
等に関与している。
2013年から
「作家主義」と「俳優発掘」を理念とした
オリジナル映画製作プロジェクトを立ち上げ、
映画の製作事業を開始している。
俳優はオーディションで集め、
監督によるワークショップから映画の製作を行う。
作家主義を理念としているため、各監督は脚本も担当している。
作品は次のものがある。
「滝を見にいく」(監督:沖田修一、2014)
「恋人たち」(監督:橋口亮輔、2015)
「変態だ」(監督:安齋肇、2016):番外篇 
「東京ウィンドオーケストラ」(監督:坂下雄一郎、2016)
「心に吹く風」(監督:ユン・ソクホ、2017)
「ピンカートンに会いにいく」(監督:坂下雄一郎、2018)
「鈴木家の嘘」(監督:野尻克己、2018)
そして、第7弾にあたるのが本作である。

2018年12月にプロジェクトが始動。
出演者の公募を行うと、全国から1500通超の応募があった。
上田監督が書類選考を行い、200名まで絞り、
2019年1月のオーディションで50名にまで絞った。
2月上旬に25名ずつに分けて
ワークショップ形式のオーディションを実施し、
最終的に15名の役者を選出してワークショップを行った。
殆どがまだ無名の役者であった。
なお、選出にあたり、
「カメラを止めるな!」で活躍した役者は
応募してきていても書類選考の時点で落とし、
演技がある程度できるといった人物も落としたという。
主演の大澤数人は、
10年間で3本の役者活動しか行っていなかった。

プロジェクトの方針に従い、
脚本も監督の上田が担当し、
オーディションで選んだ15名の個性を元に
当て書きする形で脚本を執筆。
当初は5人の冴えない超能力者を主人公とした
SFアクション映画だったが、
予算の都合やプレッシャーから頓挫し、
脚本の初稿をキャストに渡す当日に全て白紙に戻すことを告げた。
キャスト15名全員が脚本づくりに協力する形で企画会議に参加し、
各人の提案したアイディアを取り入れ、
4月に現在の形のプロットが完成し、
4月16日に脚本初稿が完成。
「プレッシャーで気絶しそうなる日々を送っていた」
という上田監督の経験から、
主人公の気絶癖設定は決定稿で加わった。
5月7日にクランクイン。
撮影期間は19日間で6月1日にクランクアップした。

という経過から見えて来る特徴がある。
一つは、松竹ブロードキャスティングの
映画プロジェクトの性質から、
低予算であること。
もう一つは、俳優はオーディションで集め、
ワークショップから映画の製作を行うこと。
そして、オーディションの方針として、
演技経験者は排除し、
演技経験の浅い俳優を起用したこと。

既存の演技メソッドから外れた、
新鮮な演技を引き出す、というのは、
一つの見識だが、
危険も伴う。
それは、熟練の俳優の力を借りることが出来ない点で、
へたをすれば、素人の集団になってしまう、ということだ。
それが吉と出るか、凶と出るか、
一つの賭けといえよう。

クリックすると元のサイズで表示します

ストーリーは、次のとおり。

売れない役者の和人は、
緊張すると気絶するという心の病を持っており、
そのため、オーディションで失敗を重ねていた。
和人の慰めは、
子供の頃に憧れていた
超能力ヒーロー映画「レスキューマン」のVHSを
擦り切れるほど見直すことで、
セリフも全て覚えてしまっていた。

ある日、和人は久しぶりに会った弟から
「スペシャルアクターズ」という俳優事務所に誘われる。
そこは、依頼者の要望に応じて、
いかなる演技でも対応する特殊な事務所だった。
たとえば、恋人と一緒にいた男に酔ってからみ、
男にのされてしまう。
男は恋人からの信頼を得る、という芝居を
依頼者の男と相談の上、
引き受けて演じ、謝礼を得る。
また、占い師の客に扮して、
よく当たると吹聴する演技を行う。
などという芝居に参加して、
生活費を得ていた和人だったが、
スペシャル・アクターズにある依頼が飛び込む。
それは、カルト集団の信者になってしまった姉が
旅館を寄贈しようとしているのを阻止してほしいというのだ。
和人の潜入捜査の結果、
そのカルト集団「ムスビル」が
金儲け目的のインチキだった事実を把握した
スペシャルアクターズは、シナリオを作成、
ムスビルを壊滅させる計画を立てる。
その要となる役に指名された和人は
リハーサルを重ね、
気絶しそうになるのと闘いながら、
懸命に役割を演じようとするが・・・

クリックすると元のサイズで表示します

で、プロジェクトの目論見は
吉だったか、凶だったか。

結果は「凶」と判定せざるを得ない。
喜劇という、高度なセンスと演技力が要求される内容に対して、
演技陣はあまりに非力だった。
ああ、ここを訓練された役者によって演じられたら、
どんなに弾むだろう、
と思うシーンが沢山あった。
いや全編そうだと言ってもいい。
俳優は、伊達や酔狂で劇団に入って訓練しているわけではない。
経験によって蓄積した「演技の力」で勝負しているのだ。
演技経験のないほとんど素人の役者が
素晴らしい演技をするのは、
よほどの才能だ。
そして、そのような才能の持ち主は、
既に、ちゃんとした劇団に所属している。

クリックすると元のサイズで表示します

上田監督は演技の力を軽く見ていたのではないか。
あるいは、訓練された俳優の演技力に
触れた経験がない
のではないか。
「カメラを止めるな!」の役者も無名な人たちだったが、
その非力さを凌ぐだけの力を作品が内包していた。
今回は、それさえなく、
笑えなく、納得できない。
全編チープ感が漂うのは、
高い入場料を払った観客に対して
返すものがないということだ。

確かに、松竹ブロードキャスティングのプロジェクトには、
「俳優発掘」の理念があるので、仕方なかったかもしれない。
だが、次の作品は、
しっかりした映画会社で企画を練り、
潤沢な予算を獲得し、
優秀な俳優たちを起用して作ってもらいたい。
そうでなけれは、
「カメラを止めるな!」はまぐれだったと言われてしまう。

300万円の製作費で31億円の興行収入を挙げるなど、
めったに起こらない快挙だ。
その才能を挫折させないために、
映画会社も真剣に取り組んでいただきたい。

上田監督の真価が問われるのは、次回作だ。

5段階評価の「3」

予告編は↓をクリック。

https://youtu.be/h0-Izwpv8yc

丸の内ピカデリー他で上映中。

タグ: 映画




AutoPage最新お知らせ