アメリカ旅行記・後編Hフリーア&サックラー・ギャラリー  旅行関係

朝のナショナル・モール。

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時間がゆったりと流れています。

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そして、ワシントン・モニュメントは、
今日も雄々しく立っています。

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フリーア・ギャラリー

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実は隣の
アーサー・M・サックラー・キャラリー

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中で繋がっており、
展示物も似通っていることから、
フリーア&サックラー・ギャラリー
統合して称されることもあります。

不思議な構造をしており、
「あれ、ここ通ったことがある」
とロール・プレイング・ゲームのような趣です。

まず、サックラー・ギャラリー。

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ニューヨークの医療研究者であり
医学関係新聞の発行者でもあった
アーサー・M・サックラー(1913〜1987)による
400万ドルもの寄付金で建てられ
1987年に開館。

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およそ千点の寄贈作品群を収めてあります。

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寄贈されたものはほぼ全て
中国の古代美術やイスラム文化の資料を始めとする、
アジア諸国の作品。

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特にインドの彫刻、
中国の壷や図画などの骨董作品が数多く、
一方で古代王朝の彫刻や
チベット・日本の絵画なども展示されています。

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映像による展示もあります。

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これは、手前の映像に触れると、
鐘の音が鳴る仕組み。

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なかなかいいものがあります。

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一方、フリーア・ギャラリー。

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デトロイトの実業家、
チャールズ・ラング・フリーア(1854〜1919)によって設立されたもの。

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アジアの美術品を収集していた彼は、
同趣向の美術品を収集・所有していたアメリカの芸術家である、
ジェームズ・マクニール・ホイッスラーとの協力を得るなどして収集。

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その美術品と資金を
アメリカ合衆国連邦政府に寄付。
1923年に一般に公開されました。

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サックラー・ギャラリーと同様に、
日本を含む中国やインドを中心とした
アジアの古美術品が展示されています。

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主に、中国の絵画、韓国の陶芸品及び陶器、
日本の屏風などが観光客に人気のある展示品として挙げられます。

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屏風のコレクションが豊富。

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特に有名なのは、「孔雀の間」で、

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ホイッスラーがイギリスの富豪であった
フレデリック・R・レイランドの食堂として使用されていた部屋を
金色の孔雀の模様をベースにデザインしたものであり、
1877年に完成。

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その後フリーアが1904年にこの部屋を買い取り、
デトロイトにあった自身の自宅に保存していましたが、
彼が死んだ後は
ここのフリーア美術館へ移されました。

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部屋全体が芸術品で、
孔雀の絵の反対側には、
ホイッスラーによる「磁器の国からきた皇女」
掲げられています。

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両美術館は、
建物が同じだけでなく、
責任者や学芸員なども共通。

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展示する作品の趣旨も同じで、
公式ページも両館は共同サイトとなっています。

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さて、残るは一つとなりました。


アメリカ旅行記・後編Gアメリカ歴史博物館  旅行関係

自然史博物館の後は、
隣の国立アメリカ歴史博物館へ。

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アメリカ合衆国の歴史や文化に関連する
コレクションを展示。

1604年にイギリス人がジェームズタウンに入植して以来、
たった400年の歴史しかありませんが、
それはまさに、発展の歴史でもあります。

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ここは、輸送機関の発展を展示。

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自転車から始まって、

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車、

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機関車、

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市電や

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バイク、

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トラックやバスに発展。

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モータリゼーションの歴史が

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アメリカの発展の歴史です。

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海運も発展。

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アメリカの食卓も

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どんどん発展。

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発明の歴史でもあります。

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何と言っても、エジソンの存在が大きい。

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クレジットも偉大な発明。

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なんで日本語看板?

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シリコンバレー。

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ハリウッド。

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アメリカの歴史を年代順に展示。

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コンピューターも偉大な発明。

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これは、アリのグローブ。

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野球もアメリカの文化。

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民主主義の歴史。

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言論の自由と

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投票行為。

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「栄光の重荷}という、大統領のコーナー。

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歴代の大統領が、

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ワシントンから

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トランプまで。

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これは、ワシトンの椅子。

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歴代大統領の評価も。

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ファーストレディの展示。

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初代マーサ・ワシントンからメラニア・トランプまで
歴代のファーストレディの写真と

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その衣裳も。

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主に大統領就任式のドレス。

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これは、メラニア夫人のドレス。

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「自由の代償」と称する戦争のコーナー。

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独立戦争、南北戦争、
第1次世界大戦、第2次世界大戦、
朝鮮戦争、ベトナム戦争、イラク戦争と
アメリカの歴史は戦争の歴史でもあります。

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これは、日本とドイツへの戦争。

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朝鮮戦争。

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命の代償は大きい。

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このあと、美術館を巡ります。


アメリカ旅行記・後編F自然史博物館  旅行関係

アメリカ10日目の朝食は、
日本にもある、ここ↓で。

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開店早々で、空の店内。

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作りは日本と同じ。

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でも、こちらが本場。

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こっちに来てから、ジャンクフードばかり食べています。

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さて、本日も博物館巡り。

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まず、国立自然史博物館

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植物、動物、化石、鉱石、岩石、隕石の標本や文化工芸品など、
総数にしておよそ1億2千5百万個を超えるコレクションを誇ります。
スミソニアン協会の所有物の大半を占め、
博物館群の中では二番目に人気が高いとされています。

ロタンダ(円形大広間)。

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1955年に捕獲されたアフリカ象の剥製
名前は「ヘンリー」。

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身長3.9m、体重11トン。
牙は本物ではなく、グラスファイバー製。
本物の象牙は重すぎて、剥製が立っていられないため。
生きている時は、
こんな重いものを付けて歩いていたんですね。

上から見たところ。

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色々な部屋に分かれていて、
ここは、哺乳類のホール。

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様々な動物の剥製を展示。

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ただ立っているだけではなく、

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ライオンの狩りの様なども再現。

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約6500年前に
哺乳類の70%が死滅してしまったといいます。

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今残っている哺乳類は、
その生存競争を勝ち残った者たち。

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ここの映像ホールには、

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チンパンジーの像があって、

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人間と一緒に鑑賞。

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ここは、人類の起源のホール。

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人類がいつ生まれて、
どんな進化をたどったか。

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原始人の姿。

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有史以前の壁画。

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原始人の葬儀の様。

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ここは、のホール。

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海は、地球の表面の71%を占めます。

頭上の巨大なクジラ。

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名前は「フェニックス」。

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水槽の中には、

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カクレクマノミ「ニモ」もいます。

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サメのアゴの骨。「ジョーズ」

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アンモナイトの化石。

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生きてる時は、こんな。

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頭上から

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サメが襲って来ます。

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ここは、化石のホール。

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恐竜の骨格見本も。

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映画「ナイト ミュージアム2」(2009)では、
これが動き始めました。

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製作中の様子も見ることが出来ます。

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鉱物と宝石のホール。

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こうした石一つ一つの合計ですから、
1億を越える所有物になるはずです。

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ここで見られるのが、ものすごい宝石類。

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マリー・アントワネットが夫のルイ16世から贈られた
ダイヤのイアリングや、
ナポレオンが妻のマリー・ルイーズに贈った
ダイヤのティアラなど、

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超弩級の宝飾品が見られます。

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中でも、このホープダイヤモンドは、

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映画「タイタニック」でも引用された世界で一番有名なダイヤ。
17世紀にインドから持ち込まれた時は112.18カラットありましたが、
その後、転々とする間に削られ、
45.52カラットに。
イギリスの銀行家ヘンリー・トーマス・ホープが購入したことから、
「ホープダイヤモンド」と呼ばれるようになりました。
最後はニューヨークの宝石商ウィンストンに買い取られ、
彼は1958年にスミソニアンに寄贈。

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「呪いがかけられている」とのことで、
何度撮ってもピントが合いません。

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まあ、周囲から見えるように360度回転していて、
動いているからでしょうが、
↓はネットから拝借した写真。

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他に蝶の標本や

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エジプトのミイラも。

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なぜ、これが自然史博物館にあるのでしょうか。

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魚などの骨や蛇や鳥やワニの標本も。

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午後は、アメリカ歴史博物館へ。


アメリカ旅行記・後編Eアーリントンと硫黄島記念碑  旅行関係

アメリカ9日目の午後は、
地下鉄に乗って、

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アーリントン・セメタリーへ。

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ポトマック川をはさんで、
モールの反対側にあります。
自転車のステーションが少ないようなので、
地下鉄にしました。

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地上へのエスカレーターに乗ると、

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ここに出ます。

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屋根もなく、
雨の日、駅はどうなるのでしょう。

ここは、既にヴァージニア州

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少し歩くと、
アーリントン国立墓地の入り口に。

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ウェルカムセンター。

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ラッパ手が迎えます。

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歩いてもいいのですが、
とてつもなく広いので、
このトロリーに乗ります。
料金は15ドル。シニア11ドル。

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ガイドの解説付き。

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見渡す限り、墓石、墓石。

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昔、名古屋で平和公園という、
墓石だらけの公園を見たことがありますが、

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それよりはるかに規模が大きい。

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アーリントン墓地は、
アメリカ合衆国の国立墓地および、
戦没者慰霊施設。

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広さは3平方キロメートルで、
建墓数は約30万基

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1864年に、南北戦争の戦没者のための墓地として、
南軍のロバート・E・リー将軍の住居周辺の土地に築かれたもの。
その後、第一次世界大戦、第二次世界大戦、
朝鮮戦争、ベトナム戦争、
湾岸戦争、イラク・アフガニスタン戦争等の戦没者が祀られ、
現在でも戦没者やテロ犠牲者などの
アメリカ合衆国のために尽くした人物が葬られています。

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これだけ数が多いと、
「私の祖先の墓はどこにあるのでしょう」
と遺族が問い合わせるのではないかと思いますが、

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各墓石には識別番号が刻印されており、
インフォメーションセンターの端末で
氏名や認識番号を入力すると
墓石の位置を確認できるサービスがあります。

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政教分離の観点から無宗教施設と説明されることがあるものの、
正確にはあらゆる宗教・宗派、宗旨(無宗教も可)による埋葬を
許容しており、
特定の宗教形式を押し付けず、
「信仰の自由」を保障することで
多様な宗教性を受け入れています。

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毎年約6900もの人が葬られており、
申し込みが多いため、
現在は公務中に殉職した人、
テロなどの犠牲者、軍歴20年以上の人に限られています。
平日は約28回の葬儀が行われ、
埋葬費用は国の負担です。

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ただし、埋葬後に「埋葬に足る要件を満たしていない」ことが
発覚した場合、墓が撤去された上、
遺体が遺族に返還されることがあります。

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ここは、ジョン・F・ケネディ大統領の墓所

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この火は「永遠の炎」と呼ばれ、消えることがありません。

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そこから出ると、トロリーの乗り場を見失い、
結果として歩くことに。
あの11ドルは、どこへ行った。

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こういう標識を頼りに、

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辿り着いた、このスタジアムの裏に

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無名戦士の墓があります。

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身元が確認されないままに亡くなった兵士を
祀る共同墓所。

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その前では兵士が警護しています。

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特別に訓練された陸軍第3歩兵隊の衛兵。

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雨の日も風の日も24時間警護されています。

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衛兵はライフルを手に
墓前を21歩で往復。

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1歩を1秒で踏み締める歩みで、
21秒ごとに方向転換します。

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21という数字は、
国際的儀典礼式で「敬意」を表わしているといいます。

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交替式が始まると、
観衆も起立します。

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各国の元首や首相は、
外国を公式訪問する際には
その国の無名戦士の墓を訪問し献花するのが通例となっており、
アメリカ合衆国を訪問した要人は
この墓地に献花することが多いです。

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よく日本の千鳥ケ淵戦没者墓苑と同等視されますが、
千鳥ケ淵墓苑が政府派遣遺骨収集隊によって集骨された遺骨の内、
引き取り手のないものや、
氏名のわからない遺骨を納めた「納骨堂」であるのに対し、
この無名戦士の墓は
各戦役で名前のわからない戦没戦士の遺体を一体だけ選び、
その遺体を全無名戦士の遺体の代表として祀っています。

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トロリーを捕まえました。

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再び沢山の墓石を見ながら、帰還。

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標準の墓石に比べ、大きい墓も。

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どういう違いがあるのでしょう。

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こんな建物も。

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これはウェルカムセンターにあった、冬の写真。

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秋は秋のおもむきが。

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その後、硫黄島記念碑に向かいます。
国立墓地の中にあるかと思えば、そうではなく、
係に尋ねると、
「ほら、今、バスが入った道があるでしょう?
あそこから道なりに行けば、
15分位で着くわよ」
と親切に教えてくれて、
そのとおりに歩きました。

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国立墓地の脇を通る感じ。

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やがて、道の先に

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現れました。

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正式には、「合衆国海兵隊記念碑」と称し、

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アメリカ海兵隊の戦没者を追悼する記念碑。

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太平洋戦争の末期、
硫黄島(正式には「いおうとう」。アメリカ軍は「いおうじま」と)
の戦いでのアメリカ海兵隊の星条旗掲揚の写真を元に作成され、
碑の元となった写真があまりにも有名であるため、
「硫黄島記念碑」とも呼ばれますが、
この碑はあくまでも海兵隊の戦没者を記念するものであって、
硫黄島の占領といった個別のできごとを
記念するものではありません。

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硫黄島は、日本軍の栗林忠道陸軍大将率いる小笠原兵団によって
要塞化されていた台形の火山島で、
日本軍2万1千人に対して、
アメリカ軍は6万1千人が上陸。

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日本軍は硫黄島防衛のため、
半地下式の掩蔽壕とトーチカをつくり、
それらを結ぶ地下トンネルを掘削。
このためアメリカ軍が手榴弾や火炎放射器で
トーチカ内の日本兵を倒しても、
トンネルを通りまた新しい兵が入ってきて抵抗を続けるという
パターンが繰り返されました。

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「5日で陥ちる」という米軍の予想に反して、
戦闘は約1カ月間続き、
日本軍は守備兵力2万933名のうち2万129名が戦死。
アメリカ軍は戦死6千821名、
戦傷2万1千865名の損害を受けました。
硫黄島の戦いは、
太平洋戦争後期の島嶼防衛戦において、
アメリカ軍地上部隊の損害が日本軍の損害を上回った
稀有な戦闘であったと同時に、
アメリカが第二次世界大戦で
最も人的損害を被った戦闘の一つとなりました。

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硫黄島で戦った日本兵の目的は
「少しでも本土決戦を遅らせるため」であり、
硫黄島での日本兵の徹底抗戦のすさまじさを見たアメリカ軍は、
もし、本土決戦になった場合、
日本側の抵抗でアメリカ軍が甚大な被害をこうむるだろうと
震撼したということです。

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正面のパネルには、
この像の元となった写真が掲示されています。

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ちょっと彫刻と違うのは、
芸術家の創作。

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この写真「硫黄島の星条旗」は、
1945年2月23日にジョー・ローゼンタールによって
硫黄島で撮影された報道写真。
5人のアメリカ海兵隊員と1人のアメリカ海軍兵が
硫黄島の摺鉢山の頂上に星条旗を立てる姿を撮影したもので、
史上もっとも有名な報道写真の一つ。

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実は、この写真は、
正確には、2度目の掲揚の様子で、
その前に、一度星条旗の掲揚が行われていました。
その模様をロイス・ロウェリー軍曹が撮影しています。↓

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しかし、この旗は小さかったので
海岸付近からは見ることができなかったため、
もっと大きな星条旗を調達して掲揚したのが、
この写真のもの。

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ローゼンタールは他の従軍カメラマン2名と一緒に
頂上を目指して登っていましたが、
途中で最初の星条旗掲揚を撮影しておりてきた
ロイス・ロウェリーと出会います。
掲揚が済んだと聞いた3人は
いったん下りようかと思いますが、
ロウェリーから
頂上は写真をとるのにいい場所だと聞いたため
上がっていくことにします。
そこでローゼンタールらは、
2度目の星条旗を立てていた
海兵隊員たちに出会います。
旗のポールとして日本軍の水道管が使われ、
ローゼンタールたちが頂上につくと海兵隊員が
旗を水道管にゆわえたところでした。
ローゼンタールはすばやくカメラを取り出して
岩の上にカメラを固定しようとしますが、
カメラを構える前に星条旗が掲げられているのを見た
ローゼンタールは
とっさにカメラを旗に向け、
ファインダーをのぞかずにシャッターを切ったのが、
あの有名な写真だったのです。
まことに、「奇跡の1枚」でした。

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写真撮影後、ローゼンタールは
フィルムを現像するためグアムへ送ります。
グアムで現像された写真を見たAP通信のジョン・ボドキンは
「これは歴史的な一枚だぞ!」と思わず叫び、
即座にニューヨークのAP通信本社へ電送。
AP通信によってアメリカの多くの新聞にこの写真が載りますが、
撮影から印刷までわずか18時間半というのは
当時としては驚異的なスピードでした。

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6人の兵士のうち3人が戦闘で死亡、
3人の生き残りの海兵隊員たちは
全米を戦時国債徴収のキャンペーンでまわることになります。
彼らは英雄として各地で大歓迎を受けました。

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そのあたりの経緯は、
クリント・イーストウッド監督の
映画「父親たちの星条旗」(2006)に描かれています。

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ローゼンタールの「硫黄島の星条旗」は
1945年度のピューリッツァー賞 写真部門を受賞。

記念切手にもなりました。

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1951年、彫刻家のフェリックス・ド・ウェルドン
海兵隊記念碑として、
ローゼンタールの写真をもとにした彫像の制作に着手。
生還した3人の兵士たちはウェルドンのためにポーズをとり、
戦死した3人に関しては写真をもとに頭部を制作。

1954年11月10日に除幕。
像のみの高さは約10m。
旗竿を含む高さは約20m。

戦争への気持ちは置いておいても、
見事な彫刻です。

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46年前にワシントンを訪れた時、
この像を見たと思っていましたが、
これほど巨大なものと、今回驚いたほどですから、
おそらく前回は見ていないのだろうと思います。

様々、胸に去来するものを秘めて、
硫黄島記念碑を後にしました。

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帰りは、メトロ・センターから駅を一つ進んで、
中華街へ。

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どこへ行ってもあります。中華街。

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この店に入りました。

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結構繁盛しています。

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メニューも立派。

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醤油はキッコーマン。

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食べたのは、牛肉麺と小籠包。

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こんなに皮の厚い、まずい小籠包を食べたのは初めてです。
アメリカ人は、こんなひどい中華料理を食べさせられて、
気の毒です。

その後、この映画館に。

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ニューヨークで行った映画館と同じ系列なので、
椅子はビジネスクラス。

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観たのは、この映画。

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評判の前作の続編ですが、
看板に偽りあり、で
水面下47メートルではなく、
埋没した水中遺跡に
サメと一緒に紛れ込みます。
抜け出す機会はいくらでもあったのに、
抜け出さない、マヌケな展開。
予算は沢山ついたのに、
前作を越えられませんでした。


アメリカ旅行記・後編D大統領記念館  旅行関係

今日の朝食は、近所にあったマクドナルドへ。

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店の作りは、こんな感じ。

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この待ち番号表示は日本と同じ。

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やはり、日本より高い。

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その代わり、ドリンクは、
コップを渡され、飲み放題。

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世界共通、エッグマックマフィン。

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さて、今日はナショナル・モールの西側探訪。

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歩くとかなりの距離なので、
キャピタル・バイクシェアという自転車貸し出しシステムを利用。
ワシントンは市内に沢山のレンタルステーションがあり、

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自由にレンタルすることが出来ます。

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これが、レンタルステーョンのマップ
市内と近郊に500カ所あります。

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スマホで検索でき、

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どの場所にあるか、

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現在、自転車が何台あるか、
空きドックが何個あるかが調べられます。

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空きドックの数をが示されているのは、
返却の時、空きがないと返せないため。

ステーションの場所を地図に記入。
大変役に立ちました。

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ホテルから2ブロック行ったところに、
ステーションがありました。

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この機械を使います。
クレジットカードを入れて、
1回か1日か3日かを選択。
1回2ドル、1日8ドル
3日は17ドル。

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このようなアクセス番号がプリントされます。
1と2と3の3種類の数字しかないので、簡単。

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ドックの機械に番号を打ち込むと、
ロックが外れます。

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出発。
市内のどこのステーションでも返却できます。
30分以内に返さないと、追加料金2ドル。

ホワイトハウスは、
交通制限があり、
近くに行けませんでした。

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空にそびえる、ワシントン記念塔

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合衆国初代大統領、
ジョージ・ワシントンの功績を称えて建造された、
アメリカ合衆国大統領記念碑の一つ。

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大理石、花崗岩、砂岩など国産の石約3万6千個で出来ています。
基礎が起工されたのは1848年7月4日で、
冠石が完成したのが1884年12月6日、
除幕式が行われたのはその翌年の1885年2月21日でした。
途中、南北戦争や資金不足による25年の中断があり、
大理石の明るさに違い(地上から約46メートルほどの位置)があるのは、
そのためです。

1889年にパリのエッフェル塔が完成するまで、
169メートルという、世界で最も高い建築物でした。
古代のオベリスクには30メートルの高さを超える物が殆ど無く、
ワシントン記念塔はエジプトにあるものより遥かに巨大です。
ワシントンでは、この高さを上回る建築物を禁止しているため、
首都で最も高い建築物でもあります。

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塔内部には、893段の階段があり、
昔は歩いて登りましたが、
建築資材を運ぶために取り付けられていたエレベーターが
旅行者用に改造された後は、
エレベーターで展望台まで登ることが出来ます。

ああ、しかし、何ということか。
エレベーターは修理中で閉鎖ですと。

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「地球の歩き方」には、
工事は今年の春で終了、と書いてあったのに。

というわけで、外観を眺めたのみで、
自転車で次に。

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2度目からはクリジットカードを通すだけで、
暗証番号が出て来ます。
おっ、3並びだ。

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ここは、第二次大戦記念碑

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第二次世界大戦時に戦死した
アメリカ兵への追悼の意を込めて建造された国立の記念碑。

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2004年5月29日、
合衆国第43代大統領ジョージ・ブッシュによって
除幕式が正式に行われました。

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広場は長さが約103メートル、
広さが約73メートルあり、
約5メートルの56個の柱と、
半円形のアーチで構成されています。

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それぞれの柱には、
第二次世界大戦当時の48のアメリカ合衆国の州と、
コロンビア特別区、アラスカ州、ハワイ州、
フィリピン王国、プエルトリコ、グアム、アメリカ領サモア、
アメリカ領ヴァージン諸島の名前が刻印されています。

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前にあるのは、リフレクティング・プール
ナショナル・モール西端のリンカーン記念堂まで続きます。

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その脇の道は徒歩で。

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着いたところは、
ベトナム戦争戦没者慰霊碑

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1982年完成。
年間およそ3百万人がここを訪れるといいます。

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黒い花崗岩で作られた壁で。
全長は75メートル、高さは3メートル。
戦没兵士の名前(2005年の段階で58,249名)が刻まれており、
常に花束をささげる遺族や、
親族の名前の文字を紙に写し取る遺族の姿が絶えません。

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その側に立つ像。
アメリカの軍隊を象徴する
人種の異なる3人の兵士。

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そして、ここは、

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リンカーン記念堂

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合衆国第16代大統領エイブラハム・リンカーンを記念して建立。

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5ドル札の裏面に描かれており、

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こんな遊びも。

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建物はギリシャのドーリア式で作られており、

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内部にはリンカーン大統領の坐像が設置されています。

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彫刻家ダニエル・チェスター・フレンチの作。

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彫像の縦と横の幅はどちらもおよそ5.8メートル。

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中心の記念堂内部両側面には
2つのリンカーン大統領による宣言が彫られています。
北側の内壁面には、第二期大統領就任演説、
南側の内壁面にゲティスバーグの演説

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ゲティスバーグ演説の有名な部分。

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「人民の、人民による、人民のための政府」

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リンカーン記念堂からの眺め。

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リフレクティング(反射)・プールという名前のとおり、
ワシントン記念塔が映っています。

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上から見たところ。

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プールの長さおよそ618メートル、
横幅およそ51メートル。
深さは両端の部分で46センチメートル程しかなく、
プールの中心部は76センチメートルと端よりやや深い。
プール全体の水はおよそ2550万リットルあります。

リフレクティング・プールは、ワシントン大行進の舞台。

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映画「フォレスト・ガンプ」の中で、
トム・ハンクス扮するフォレスト・ガンプが恋人と
プールの中心で抱き合うシーンが有名です。

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この不思議な像は、

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朝鮮戦争戦没者慰霊碑

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フランク・ゲイロードによりデザインされた
ステンレス製の19の像が設置。
完全装備に身を包んだ15名の陸軍兵、2名の海兵と1名の海軍衛生兵、
そして1名の空軍兵の像は、
極寒の地での偵察兵パトロール隊を表現しています。

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黒花崗岩製の壁に反射する像(合わせて38体になる)は、
人々が38度線を分けて争ったことを表しています。

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壁には、朝鮮戦争で戦い、亡くなった兵士の戦没者数の統計が刻まれています。
死亡者数:アメリカ合衆国54,246人、国連628,833人。

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ちょっと不思議な造形の慰霊碑でした。

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リンカーン記念堂を目に焼き付けて、

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ポトマック川のほとりを走ります。

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ここは、キング牧師記念碑

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後にあるのは、「絶望の山」。

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そして、この壁には、

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リンカーン記念堂前で20万人の前で語られた
「I have a dream」他、
キング牧師の名スピーチが刻まれています。

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ため池沿いのポトマック公園は、
日本から寄贈された桜が
春になると見頃になるといいます。

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リンカーン記念塔はどこからも見えます。

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ここは、フランクリン・デラノ・ルーズベルト記念公園

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合衆国第32代大統領フランクリン・デラノ・ルーズベルトを記念。
大恐慌時代、
ニューディール政策で米国を救った大統領です。

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石塀や滝などによって形づくられた散策路に、
ルーズベルトが大統領に在任した12年間に起きた出来事や
時々の大統領の姿を描写した銅像を配した構成となっています。

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大恐慌時代、パンを買う列に並ぶ人々。

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これがルーズベルト大統領。
一緒にいるのは、愛犬ファラ。

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最も人気の高いファースト・レディ、エレノア夫人。

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葬儀の様子。

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人々が悲しんでいます。

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最後に訪れたのは、
ジェファソン記念館

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合衆国第3代大統領トーマス・ジェファソンを記念。

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ジェファソンは、
独立宣言を起草した一人。
アメリカ建国の立役者。

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天井のドーム。

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ジェファーソンが残したと言われている言葉
「Dancing is a healthy and elegant exercise,
a specific against social awkwardness.」
にちなんで、
2008年、イヤホンから流れる音楽を聴きながら
記念館のホールで踊っていた女性が、公園警察に逮捕されました。
不当逮捕を訴えて女性が裁判を起こしましたが、
2011年に警察を支持する判決が下りました。
同年5月に裁判所の決定に抗議する活動家たちが
同ホールで踊ったところ、
今度も公園警察に逮捕されました。
この様子が動画サイトなどで流され、
逮捕は行き過ぎではないかと騒動となりました。

そんなことは関係なく、
ジェファソンの像は立っています。

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ここからもリンカーン記念塔は見えます。

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自転車でホテルの近所まで戻って、
自転車を返還。

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午後からは、
アーリントン国立墓地に出掛けます。





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