徴用工判決  政治関係

本日、韓国最高裁は、
植民地時代に徴用工として
日本の製鉄所で労働を強いられたという
韓国人4人が新日鉄住金を相手取り損害賠償を求めた訴訟で、
新日鉄住金に賠償を命じる判決を下した。
韓国での戦後補償訴訟で、日本企業への賠償命令確定は初めて。
同様の訴訟は、新日鉄住金のほかにも
不二越(富山市)など約70社を相手にした計15件があり、
これに味をしめて、
新たな訴訟が相次いで起こされる可能性もある。

これに対して、日本政府は
元徴用工への請求権問題は
1965年の日韓請求権協定で解決済みという立場を取っている。

日韓請求権協定とは、1965年、
日韓基本条約(日本国と大韓民国との間の基本関係に関する条約)
と同時に締結された付随協約のひとつで、
正式名称は
「財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定」という。
この協定において、
日韓両国間の請求権問題が
「完全かつ最終的に解決されたこととなることを確認する」
とされている。
これは、日本統治時代の韓国側の請求権を放棄すると共に、
日本人が韓国に残した土地、家屋、財産も請求権を放棄する、
という双方の放棄を意味する。
韓国側が一方的に放棄しているわけではないのだ。

同時に、世界最貧国の一つであった韓国に対し、
当時の韓国の国家予算を越える経済援助
(無償3億米ドル、有償2億米ドルと民間融資3億米ドル)
を行った。
韓国は、この日本からの経済協力金を原資として、
国内のダムや高速道路を整備し、
「漢江の奇跡」を成し遂げた。

しかし、韓国政府は、
日韓基本条約締結時から、
この付随協定の内容を韓国民に伏せており、
初めて明らかになったのは、
2009年8月14日、
大韓民国外交通商部が裁判所に提出した書面で
「日本に動員された被害者(未払い賃金)供託金は
請求権協定を通じ、
日本から無償で受け取った3億ドルに含まれているとみるべきで、
日本政府に請求権を行使するのは難しい」
と、韓国政府の公式見解が初めて明らかにされた。
補償問題は1965年の日韓国交正常化の際に
日本政府から受け取った「対日請求権資金」で
全て終わっているという立場を、
改めて韓国政府が確認したもので、
これにより、
韓国人の個別補償は
日本政府ではなく韓国政府に求めなければならないことが
ようやく韓国国民にも明らかにされたのだ。

日韓基本条約の交渉中に
韓国が主張した対日債権
(韓国人となった朝鮮人の日本軍人軍属、官吏の未払い給与、恩給、その他接収財産など)
に対して
日本政府は、
「韓国側からの徴用者名簿等の資料提出を条件に個別償還を行う」
と提案したが、
韓国政府は
「個人への補償は韓国政府が行うので
日本は韓国政府へ一括して支払って欲しい」
としたという記録も残っている。

しかし、韓国政府は
個別支給するという約束に反し、
インフラ整備や企業投資の元手として使ってしまった。

このような経緯にもかかわらず、
2012年5月24日、
第二次世界大戦の際に労働者として徴用された韓国人9名が
三菱重工と新日本製鉄に対して損害賠償を請求した訴訟の
上告審において、大法院が
「植民地支配に直結した不法行為による損害賠償請求権を
協定の適用対象と見るのは困難だ」
として、
「個人請求権は消滅していない」との初判断を示して
原審に差し戻し、
その後、控訴審を経て上告され、今日の確定判決を迎えたものだ。

そんな理屈を言うなら、
そう日韓基本条約に書いておけばいい。
あの時の条約は、
日本統治時代のことも全て総括しての条約だったのであって、
裁判所の見解は、後付けの理屈でしかない。
「個人の請求権が消滅していない」なら、
日本人個人の財産も請求することができるようになる。
そんな覚悟があるのか。
もっとも、潔く誇り高い日本人が
そんなことを請求するとは思えないが。

前にも指摘したが、
日韓基本条約第二条は第一項で、このように書く。

両締約国は、
両締約国及びその国民(法人を含む。)の財産、権利及び利益
並びに両締約国及びその国民の間の請求権に関する問題が、
1951年9月8日にサンフランシスコ市で署名された
日本国との平和条約第四条(a) に規定されたものを含めて、
完全かつ最終的に解決されたこととなることを確認する。

よく読んでほしいのは、
「両締約国及びその国民の」
と書かれていることで、
これをちゃんと読めば、
個人の請求権が消滅していることは明らかだ。

その上、第3項では、次のように念押ししている。

一方の締約国及びその国民の他方の締約国及びその国民に対する
すべての請求権であつて
同日(協定締結日)以前に生じた事由に基づくものに関しては、
いかなる主張もすることができないものとする。

韓国最高裁判所の判事は、
この部分をちゃんと読まなかったか、
読んでも無視したのだろう。


今回の判決で、
原告は同社が賠償に応じない場合、
資産差し押さえなどの強制執行手続きができる。
しかし、同社の資産は韓国にないので、
弁護団は第三国での手続きを視野に入れるという。
第三国? どこ?

徴用工問題で確定判決が出たことで、
日韓は新たな火種を抱えることになった。

韓国政府は、司法判断だからと言い訳するが、
条約とは立法府・司法府・行政府すべてをふくめた
国家を拘束するものだ。
司法が国際法や国際条約を破る決定は出来ない。
韓国が基本条約および請求権協定で解決済みの問題を蒸し返すなら、
二度と韓国は国際社会から信用されないだろう。

その上、最近では、
日韓基本条約と関連協定に関して、
「不平等な立場で結ばれたものだから無効」
を主張している声さえある。
50年も前に締結し、
援助ももらっているものを
今更無効だとは何事か。
無効にして、
当時の経済援助金を返す覚悟はあるのか。

日本政府は、判決の内容や韓国政府の対応によっては、
国際司法裁判所(ICJ)に付託することも検討している。
しかし、日本とは違って韓国は
「自国を当事者とする紛争が生じる場合、裁判に無条件に応じる」という
ICJの強制管轄権関連の選択議定書に加入していない。
なにより、韓国が反対すればICJへの付託も困難だ。
ただ、日本政府がICJに提訴した場合、
韓国側は、応じない理由を国際社会に明示する義務が生ずる。

この判決に対するネットの書き込みは、過激だ。
「国交断絶を」という声が圧倒的に多い。
「安倍政権の対応を注視する」
という意見も多数を占める。
また、ICJへの提訴は、
韓国との国際社会での全面対決を意味するので、
竹島問題も、改めてICJに提訴すべきだという声も多い。

このような状況で韓国から撤退する企業も出ている。
当然だろう。
法治が通用しない国への投資は危険だからだ。
それで困るのは韓国だ。
こういう形で経済制裁する方法はないのか。

戦争中の70年も前の事象、
しかも日韓基本条約締結から50年もたってから、
蒸し返してくる韓国人の執拗さ
沢田研二は、自分を「私はやっかいな人間です」と言ったが、
本当に中国・韓国はやっかいな隣人だ。


小説『宇喜多の楽土』  書籍関係

今日は、午後から神宮前、つまり、原宿に出掛け、

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ビルの地下へ。

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このホールでコンサートです。

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昔、私はクラシックの演奏家たちと交流した時期があり、
その流れの人々の演奏会。

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音楽というものは、
「無」から「有」を誕生させる仕事で、
その瞬間に立ち会う思いをしました。


[書籍紹介]

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「宇喜多の捨て嫁」で、
戦国時代の中国地方の武将、宇喜多直家を描いた著者が、
その息子宇喜多秀家を主人公にしたのが本編。

「宇喜多の捨て嫁」の本ブログでの感想は、↓をクリック。

「宇喜多の捨て嫁」

直家の死で、わずか11歳で家督を受け継いだ秀家が、
父の遺志を継いで、干拓に力を注ぎ、
民衆の安堵を求め、「楽土」を作ろうと努力する。
しかし、戦国の世は、そんな理想の実現は許さず、
隣の毛利家の脅威に常にさらされ、
秀吉に重用され、いやいや朝鮮出兵に付き合わされ、
家臣たちの不統一に悩まされ、
豊臣政権の五大老となり、
秀吉の死後、政争に巻き込まれ、
関が原では秀吉への忠義を貫いて西軍に与して敗走、
人々に助けられて命拾いした後、
八丈島に流され、流人としての生活をするところまでを描く。

秀家の人となりは、温厚で優しい人物として描かれている。

秀家の肖像画↓に見られるように、
知的なインテリである。

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たとえば、落ち武者狩りで捕まった武士を
密かに短剣を渡して逃がしたりする。
秀吉の養女、豪姫とのむつまじい夫婦関係も心地よい。
だが、戦国時代を生き延びるには、
冷酷さが欠けており、
それは従兄の宇喜多左京亮と対照的で、
常に左京亮の存在に脅かされる。

そして、秀吉晩年の愚かしさや、
徳川家康の腹黒さや小早川秀秋との確執に翻弄される。

「宇喜多の捨て嫁」のような強烈さはなく、
温和な武将の生涯としては、平凡な描き方。
最後に八丈島で「楽土」のような生活を送るが、
それも個人的な安寧であって、
宇喜多の地と民の安寧とはほど遠い。

戦国時代に生を受け、
二代目武将として生きるには、
あまりにも優しい人格の悲劇
ともいえるもので、
そうした切り口が鮮明に描かれたら、
もっと面白い読物になっただろうが、
全体的に平凡な印象。
主人公の魅力も欠け、
話も歴史的事実に則しており、
読む気持ちがあまり進まなかった。

秀家の悲劇は、
徳川家康に
「流れには、抗わぬ方が身のためですぞ」
と忠告されながら、
「この生き方は変えられませぬ」
と言った一途さで、
戦国時代を生き延びるには、
生まれた時代が違ったとしかいいようがない。

それにしても、戦国武将の生き様は
権謀術数に次ぐ権謀術数と、
陰謀と裏切りへの猜疑心ばかりで、
平安とはほど遠い。
まだ法治国家にはなっていないから、
権力者の一存で命も奪われ、
家の安泰のために無理難題も断れない。
あの時代に生まれなくてよかった。

なお、秀家は関が原を戦った武将の中では
最も長生きをし、
没した時は83歳で、
既に徳川4代将軍家綱の治世だった。
なにしろ、八丈島には50年も在住
元和2年(1616年)に刑が解かれ、
前田利常から10万石を分け与えるから
大名へ復帰したらどうかとの勧めを受けるが、
秀家はこれを断って八丈島に留まった、とも言われる。
まさに秀家にとって、八丈島は楽土だっだのだ。

豪姫は、こう言う。

「豪も、いつの日かお館様と──
八郎様と平穏な暮らしを送りたいと思っていました」

今度は、キリシタンでありながら、
殺戮の限りを尽くす宇喜多左京亮
主人公にした作品を書いて、
「宇喜多三部作」としてほしいものだ。

「宇喜多の捨て嫁」に続き、直木賞の候補になったが、
受賞には至らなかった。
選考委員の評は、辛い。

北方謙三
殿様の甘い理想と、血で血を洗う時代の峻烈さが、
うまく絡み合っている。
理想の非現実性が扱われているが、
それが切実なものとして迫ってこないのが、
小説的欠点ではないだろうか。
秀家の楽土は、流された島であろう。
それが幕藩体制のなにを照らし出したのか、
そんな物語を読んでみたかった。

宮城谷昌光
読後感にはいくつか不満があった。
小説内の事象が増大したものの立体化しなかったといううらみがある。
また歴史小説としての風趣もけっして佳いとはいえない。
とはいえ、この種の小説を書くために、
どれほどむだなことを学ばなければならないかと想えば、
作品を評する場合、かんたんに否とはいえない。
私は真摯に努力する人の味方になりたい。

浅田次郎
どうして時代にそって書いてしまったのだろう。
平穏な島暮らしをフレームとした懐旧譚ならば、
けだし傑作になりえたろうにと悔やまれた。

桐野夏生
史実を忠実に追っているだけで、
「宇喜多の捨て嫁」のように、
自由闊達に想像され、動き回る人物がいないのが寂しい。
これは余計なことだが、
八丈島で暮らした秀家の人生を描いた方が
面白かったのではないだろうか。

東野圭吾
前作に比べると全体的にインパクトに欠ける。
主人公をはじめ、登場人物たちに魅力が乏しい。
エピソードも小粒で、歴史的事実を超える面白さがない。

林真理子
達者な書きっぷりと宇喜多への愛は、
とうに当選圏内なのであるが、
今回はあまり魅力を感じなかった。
主人公の優しさが、次第に歯がゆいものとなっていくのである。

高村薫
外連味が身上の時代小説の小説作法と、
華々しさに欠ける宇喜多秀家という題材のミスマッチが、
小説の完成度の低さにつながったのかもしれない。

宮部みゆき
「宇喜多の捨て嫁」があまりに斬新で力強かったので、
「楽土」は(技術的にはさらに成長しておられるのですが)、
優等生的にまとまって見えてしまい、
強く支持することができませんでした。

伊集院静
この時代の小説の総論を読まされている気がして、
以前のような氏だけが持つ
破天荒な歴史観が影をひそめているように思えた。



映画『世界で一番ゴッホを描いた男』  映画関係

今日は、昼過ぎに六本木に行き、

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ここへ。

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東京国際映画祭は、
渋谷でやっていた頃はよく行きましたが、
六本木でやるようになってから、
チケットが取れにくくなったことがあって、
ちょっとご無沙汰でしたが、
いつの間にか進化し、
ネットで切符が取れるようになっていて、
再び参戦。
今回は6本観る予定です。

チケットも、↓のような入場券がネットで送られて来て、

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右肩のQRコードを入り口で認証してもらい入場するシステム。
いつからこうなっていたのでしょうか。

今日観たのは、前評判の高い「パッドマン」

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修復された「お熱いのがお好き」

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2本の間には約4時間の間がありますので、
マクドナルドで読書をして過ごし、
夕食は、↓ここで

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五目うま煮ラーメン。

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これがものすごくおいしかった。

で、本来なら「パッドマン」の紹介をしたいところですが、
帰宅が遅くなったので、
次回に回し、
今日は↓の作品を紹介。

[映画紹介]

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香港に近い深セン市大芬(ダーフェン) は、
世界最大の複製画生産地で、
約1万人の画工がいると言われている。
世界市場の6割の複製画が制作され、
年間数百万点の油絵がこの街から世界中へ売られていき、
その総額は2015年で6500万ドルを超えている。

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この映画は、その画工の一人、
チャオ・シャオヨン(趙小勇)さんという三十代の男性に迫る。

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湖南省出身のチャオさんは、
1996年、大芬に出稼ぎにやって来、
ゴッホに魅せられ、
独学で油絵の描き方を勉強して、
およそ20年にわたって狭い工房で
10万点ものゴッホの複製画を描き続けてきた。
絵を描くのも食事も寝るのも全て狭い工房の中。
半裸の画工たちが壁に向かいながら
ものすごいスピードで複製画を描く様に驚嘆する。

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しかし、チャオさんには、
二つのコンプレックスがあった。
一つは、小学卒で、
中学1年の時、貧しさが理由で教育を断念したこと。
そして、もう一つが、
ゴッホの本物の作品を一度も目にしたことがないことだった。

そのチャオさんが、
取引先の招きで、
アムステルダムに行って、
本物のゴッホに面会することを決意する。
故郷に帰ってパスポートを取得し、
ビザも取って、ついに機上の人となる。

アムステルダムでチャオさんは、
自分の作品が画廊に飾られているかと思っていたのに、
お土産物屋で売られていることに衝撃を受ける。
取引先は画商だと思っていたら、
美術館の前の土産物屋の店主だったのだ。
しかも、売った価格の8倍の値段がついていた。

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そして、ついにゴッホの本物との対面。
映画の画面からさえ伝わって来る、
本物と複製画の圧倒的な違い

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チャオさんは、晩年のゴッホが収容されていた病院や
描かれたカフェやゴッホの墓を訪問する。

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複製画は贋作とは違い、合法的な工芸品だ。
しかし、ニセモノであることに変わりはない。
ホテルでは、自分たちは生活のために複製画を作るが、
ゴッホも生活のために絵を描いた、
と仲間と慰め合う姿が悲しい。

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帰国したチャオさんは、
オリジナルの作品を描くことを決意する。
中国では、複製画のみを手がける絵描きは「画工」と呼ばれ、
画家」と呼ばれるには公募展に3回入選しなければならないという。
「画家」になると専用の住居に格安で入れるなど
国によって優遇政策がとられる。
1万を超える絵描きが暮らす大芬で、
「画家」の称号を手に入れたものは3百人もいないという。
「画工=職人」と「絵描き」と「芸術家」について
語るシーンも胸に痛い。
果たして自分は職人か芸術家か。
チャオさんは思い悩む。

チャオさんは、
オリジナル作品として、
祖母をモデルにして肖像画を描いたり、
故郷の町の通りで風景画を描いたりするが、
どことなくゴッホに似てしまう

絵画は誤魔化しが効かない芸術で、
趣味人の展覧会などに行くと、
一目で素人の作品と分かってしまう。
何がどうというわけではないが、
直感が働く芸術品なのだ。

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ドキュメンタリーは、
どのような素材を扱うかで勝負が決まるが、
この映画は、
他人の才能に寄生することでしか生きていけない人間の悲哀という、
一級の素材を扱って成功。
西洋と東洋の文化の相剋
本物と偽物
芸術家と職人芸など、
美術を巡る問題を内包し、
更に、中国の貧富の差も背景にある。
訪れた故郷での宴会の貧しさはどうだ。
自分は小学校しか出ていない、
と語る時のチャオさんの涙は、
貧しい農村の中国人の共通の涙だろう。
そして、自分たちの中国での複製ビジネスが
ヨーロッパの現地でどのような扱いを受けているかの衝撃。

監督を務めるのは、写真家としても活躍するユイ・ハイボーと、
実娘のキキ・ティンチー・ユイ

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冒頭、字幕で説明がある他は、
一切ナレーションはない。

複製画の制作現場とチャイさんの表情を追い、
84分の間、
一瞬も目を離せない迫真のドキュメンタリーである。

5点満点の「4.5」

新宿のシネマカリテで上映中。

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中国へのODA終了  政治関係

今回の安倍首相の訪中で
中国へのODA(政府開発援助)が
ようやく終了する。
代わって、新たに日中の民間企業が
途上国援助を共同事業で行うという。

日本は中国で改革開放政策が始まった1979年以降、
円借款、無償資金協力、技術協力などのODAを
約40年間で計3兆6500億円余り拠出。
道路を含むインフラ整備などを通じて中国の近代化を支えてきた。

そのせいもあって、
中国が急速な経済発展を遂げ、
2010年に国内総生産(GDP)で日本を抜き、
米国に次ぐ世界第2位の経済大国にのしあがった。

それでも日本と対中ODAをやめなかった。
援助の必要のない国に援助を続ける。
しかも、相手は反日で、領土まで侵そうとする国だ。
これほど不思議なことはあるまい。

元々ODAは、
先進国が発展途上国に対して支援するものだ。
富める国が貧しい国に援助するというのは、
当然であり、世界の美風だといえよう。

ODAは長らくアメリカが世界の1位であった。
世界一の経済大国として当然のことだ。
日本も経済大国に成長して、その責任を負い、
1989年に日本がアメリカを追い抜いた。
その後も1990年を除き、
2000年までの10年間、
世界最大の援助国となった。

その後、日本がODAの予算を削減し始めたため、
2001年に再びアメリカが首位に立ち、
イギリス、ドイツ、フランスに抜かれ、
日本は第5位の位置にある。

膨大な借金を抱える日本としては、当然の措置であり、
一方、欧米諸国が予算を増額するのは、
「貧困がテロの温床になっている」という認識によるものだ。

その流れの中で、
ようやく対中ODAが終わろうとしている。

考えてみれば、
対中ODAは、「世界の奇観」と言えるものだった。
世界第2位の経済大国に
なぜ、それより下位(3位)の国が援助しなければならないのか。
誰が考えてもおかしい。
おかしいのに直らない。
それは、政治の怠慢というものだろう。

国民から税金を徴収し、
国債を発行し、
年々国家としての赤字をふくらませており、
その改善のために消費税を上げようという時に、
自分たちより豊かな国に援助しようというのだから、
これほどおかしいことはない。

しかも、中国は日本の援助を人民に公表せず、感謝もしない
戦後賠償と思っているからだ。
北京空港や中日友好病院の建設などに力を貸しても、
そのことを中国国民には知らせない。
他の東南アジア諸国が、
たとえば架けられた橋に
日本の援助によって建設された、
などという碑文を設置しても、
中国だけはそうはしない。
逆に反日教育に力を注いでいる。

その結果、対中ODAの支援額は
総額3兆6500億円。
並の金額ではない。

お金に色はついていないが、
それらの支援された金は、
巡り巡って軍隊の強化の費用となったり、
中国のアフリカ支援などの原資になったかもしれない。
「一帯一路」の資金に
日本からの支援金が回っているとも考えられる。

米国と中国の経済戦争
中国が日本にすり寄っている時に
この決定がなされたことを歓迎するが、
中国にとって、
日本の金に期待するよりも、
日本との友好関係を重んじた方が得策と考えたのかもしれない。

また、日本の支援金額が
減っているから、影響が少ない、
という考えもあるようだ。

実際、2015年の対中ODAは、
ドイツ、フランスに次いで第3位だ。
ドイツは7億4940万ドル(820億円)、
フランスは1億6151万ドル(170億円)、
日本は1億5144万ドル(160億円)、
イギリスは6822万ドル(75億円)、
アメリカに至っては3344万ドル(36億円)しか出していない。

「テロ国家」でもない中国に、
なぜ欧米諸国がODAするのか謎だが、
出す方も出す方、
受け取る方も受け取る方だと言えるだろう。
中国への援助をすれば、
その金で軍拡が進み、
アジア・アフリカでの中国の進出を助けるだけだと、
早く気づいてほしい。

先日も北京で開かれたアフリカ会議には、
アフリカのほとんどの国が駆けつけた。
中国のアフリカ援助は着々と進んでいるし、
国連では、小さな国も一票を持っている。

しかし、中国の「一帯一路」戦略も翳りを持ち始めている。
東南アジア諸国を借金漬けにしたあげく、
返せない借金のかたに
軍港などを供与させるやり方に
警戒感が広がっているからだ。

日本のように、
貧しい国を支援する、というODAの精神にのっとった援助を
中国がするとは思えない。
あくまで国益のため、
そして、習近平がとなえる「中国の夢」の実現のために
なされていると考えなければならない。

いずれにせよ、
庶民感覚から見て「ヘンじゃないか」と思われていた
対中ODAの終了は歓迎したい。



『こころ傷んでたえがたき日に』  書籍関係

[書籍紹介]

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コラム・ノンフィクション作家・上原隆による人物点描。
次のような人物を描写する。

○妻が他の男の子供を産み、その子を育てる決心をしたのに
 結局は妻に出て行かれた男性。
○中学生の時始めた新聞配達を
 60年間ずっと続けている74歳の男性。
○横暴な女社長に翻弄される25歳の映像制作会社の女性社員。
○妻に去られ、3人の息子と同居する44歳の男性。
○女性とつき合った経験のない男性書店員が
 同じ店の女性と交際するが、破綻する経緯。
○国分寺の書店店主のジャズ喫茶経営者との交流。
 途中で、その経営者がノーベル賞級の作家の
 デビュー前だったことが分かる。
○腸内がただれて食事ができない
 10万人に1人の難病・クローン病を患う青年の
 克服までの経緯。
○印刷工場に勤め、アパートでひとり暮らしをしながら、
 新聞の川柳欄に毎日投稿し
 月に5、6回は掲載される61歳の男性の日常。
○ギャンブルが原因でホームレスとなり、
 サンドイッチマンとして街角に立つ
 53歳の男性のささやかなプライド。
○24歳で群像新人賞を受賞して活躍しながら、
 38歳のときに突然表舞台から姿を消し、
 73歳で亡くなった文芸評論家の謎。
○盲導犬のナポリと寄り添う69歳の女性の日常。
○掃除のアルバイトをしている
 57歳の男性の定時制高校時代の日記。
○「高齢者のための夜間安心電話」にかける
 69歳の男性とボランティアの男女たち。
○20年前に殺され、犯人がみつからない
 21歳の娘のことが忘れられない69歳の夫婦
○炊き出しの行列に並ぶ78歳の男性とボランティア。
○ホームレスの50近い男性を家に引き取った70歳の老女。
○お茶の水にある人文系古書店の閉店の日の出来事。
○アルツハイマーが進行する著者の父(96歳)と母(86歳)。
○駄菓子屋に群がる子供たち。

接触し、取材許可を得て、その日常に付き添い、録音し、
そこから文字を起こし、
その人の人生の物語を紡ぎだす、手練の技

どんな市井の人にも人生のドラマが隠されている。
テレビ東京の「家、ついて行ってイイですか? 」を
観る時と同じ感動を覚える。

雑誌「正論」に連載したコラム。
掲載時のタイトルは
「くよくよするなよ(Don't Think Twice,It's All Right)」と、
ボブ・ディランの曲から取った。
改題は石川啄木から。
著者には、「友がみな我よりえらく見える日は」という、
同じ石川啄木から題名を取ったエッセイ集もある。

100回で連載終了した中から22本を収めたのが本書。
人生に斬り込む見事なエッセイ集。






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