船橋大神宮  様々な話題

3日前のこと。
西船橋、京成西船経由で、この駅で下車し、

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ここへ。

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2月以来、5カ月ぶり。

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ご覧のような焼肉食べ放題を満喫。

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締めは、冷しそうめん。

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前回食べそこなったデザートも。

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その後、京成線をくぐって、

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ここ、船橋大神宮へ。
駅名の由来です。

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前回は夕刻になり、訪問することができませんでした。

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街中にあるとは思えない閑静な雰囲気。

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ここが本殿。

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実は、船橋大神宮は、通称で、
正式には、意富比神社(おおひじんじゃ)。

天照皇大御神を主祭神とし、
万幡豊秋津姫命・天手力雄命を配祀する。
徳川将軍家の家康公、秀忠公も合祀している。

ここが裏側。

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高台にあったのだと分かります。

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社名となっている「意富比」(おおひ)の由来については諸説あり、
大火あるいは大炊の意で食物神とする説、
夕日を真正面に受ける高台にあることなどから夕日とみる説、
古代の有力豪族である意富氏の氏神とする説、
大日の意で、
この地方の農民がもとから信仰してきたお天道様(太陽神)とする説など。

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付属する建物群。

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社伝では、景行天皇40年
日本武尊の東征の折に当地で東国平定の成就を祈願したのに始まると伝える。
当時、当地の住民は日照りに苦しんでおり、
日本武尊があわせて祈雨を念じると、
雨が降り出したとも伝える。

景行天皇(けいこうてんのう)とは、
第12代天皇で、
日本武尊(ヤマトタケル)の父。
そういう、由緒ある神社。

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この女性は、一つの祠の前に、
10分以上たたずんでいました。
何があったのでしょう。

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御輿倉。

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きらびやかな御輿です。

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外人が見たら、おみくじが咲いていると思うでしょう。

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神社の中に神社があるという、
日本の神社の不思議。

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これは、常盤神社

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灯明台

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昔、船橋沿岸の漁船は、
この常夜灯を目印にしたそうです。

別な角度から。

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これは・・・

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相撲の土俵。

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ここの奉納相撲は、秋の例祭として、
10月20日に行われる。

歴史は古く、1590年(天正18年)に行われた
徳川家康の上覧相撲に起源を持つ。

古木の数々。

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随所に存在する神社は、
入っただけで、精神がきりっとする、
日本人の魂のふるさと。
やはり、日本は神の国です。

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