ドキュメント『黒い迷宮』  書籍関係

[書籍紹介]

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「津波の霊たち」を描いたリチャード・ロイド・パリーによる
犯罪ドキュメント。
題材は、2000年に起こったルーシー・ブラックマン事件。
同じ英国人のリンゼイ・アン・ホーカー事件と混同されることが多いが、
あれは、2007年、市川で起きた事件。

ルーシー・ブラックマン事件・・・

2000年7月1日、
元英国航空乗務員で、
ホステスとして六本木で働いていたルーシー・ブラックマンが
行方不明になった。

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英国からルーシーの父親と妹が来日して
記者会見を開き、日英両方で報道された。
丁度日本で主要八カ国首脳会議が開催されており、
当時のブレア首相から森首相に直接捜査の依頼がなされるなど、
政治的問題にも発展した。
情報には懸賞金がかけられ、
街頭でビラ↓を配られた。

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やがて、一人の男が捜査線上に浮かんだ。
過去にこの男が関わった
オーストラリア女性の病死事件が取り沙汰され、
他にもこの男に性的暴行を受けた事実が判明したため、
10月、捜査当局はこの男を逮捕。
男のマンションからは、
女性を薬物で眠らせ、
強姦した記録がビデオに残されており、
ルーシー失踪後、セメントを買ったり、
死体を遺棄したと思われる行動が明らかになった。

他の暴行事件も持ち出して拘留期間を延長し、
自白を取ろうとしたが、
男は断固として罪状を認めようとしなかった。
失踪当日、ルーシーと一緒にいた証拠となる写真も存在し、
部屋からルーシーの毛髪も発見されたが、
ルーシーの死については一切認めなかった。

翌年2月、男のマンションから近い海岸にある洞窟内で、
バラバラに切断されたルーシーの死体が発見された。

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その後、男はルーシーを含めた10人の女性
(日本人4人と外国人6人)に準強姦をして、
その内2人の女性(ルーシーとオーストラリア人女性)を
薬をかがせて死亡させたとして立件された。
男は9事件については1人の致死罪を除いて概ね認めたものの、
ルーシー・ブラックマン事件については
検察側が死亡したとする時間の直前に
自分のマンションの部屋でルーシーと会ったことは認めたが、
知人が関与した可能性を示唆した上で無罪を主張した。

男の名前は織原城二(おばら・じょうじ)。

1952年、大阪生まれで、
在日韓国人の親を持つ貸しビル会社社長。
出生届けの名前は金聖鐘(キム・ソンジョン)だが、
家族の日本の苗字「星山」姓を使って
星山聖鐘
(ほしやま・せいしょう)を名乗った。
4人兄弟の次男で、
父親が戦後の混乱期に不動産業、パチンコ業などで財をなし、
香港で不審死したことで、莫大な財産を相続した。
田園調布の豪邸を始め沢山の不動産を持ち、
駐車場の経営など、裕福な生活をしていた。

極端に写真が少なく、
報道陣が手に入れたのは、↓の若い頃の写真しかなかった。

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高校卒業前後の1971年、
日本に帰化し、
織原城二という名前を獲得し、
ルーシーのクラブでは、
上客として扱われていた。

帰化した在日韓国人という出自が明らかになった途端、
日本のマスコミはこの事件の報道を自粛し、
犯人の出自に触れることはなくなる。
Wikipediaでさえ、
犯人の名前を書いていない


高校在学中、1969年頃から
アルコールやクロロホルムや睡眠薬の使用による
昏睡レイプを始め、
1995年まで209人の女性に対する
性的暴行をノートに記録していた。

裁判でも、ルーシー殺害に関してだけは
決して犯行を認めず、
様々な嘘と捏造を主張した。
状況証拠では犯行は明白だが、
2007年、7月24日の地裁判決では、
女性9人に対する準強姦致死罪などを認定して
被告人に無期懲役を言い渡した。
しかしルーシー・ブラックマンの件に関しては、
「合理的疑いが残る」として無罪を言い渡した。

控訴審の2008年12月17日の高裁判決では、
一審判決を棄却。
準強姦致死罪を認めなかったが、
わいせつ目的誘拐罪と準強姦未遂罪と
死体損壊罪と死体遺棄罪を認め、
無期懲役を言い渡した。

そして、上告審の2010年12月の最高裁判決では、
上告を棄却。
わいせつ目的誘拐罪などを認めた二審を支持し、
ルーシー・ブラックマンに対する
死体損壊罪と死体遺棄罪などで被告の有罪が確定した。
しかし、ルーシーへの準強姦致死罪を認めなかった。
死体損壊と遺棄は認めながら、
致死は証拠不十分という、
不思議な判決だった。

織原城二は、現在、千葉刑務所に服役中。
無期懲役はあくまで「無期」なので、
30年を過ぎた頃に保釈される可能性もある。


という事件をロイド・パリーは
すさまじい取材力を駆使して、
見事なドキュメントに仕上げる。
まるで上質なミステリーを読むかのようだ。
二十世紀フォックスが映画化権を獲得したそうだから、
映画として観ることができる日も来るかもしれない。

ロイド・パリーはルーシーの家庭環境、
日本に来るに至った経緯から
日本での生活も活写する。
そして、事件後、日本に乗り込んで来た
父親の特異な性格にも言及する。

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ルーシーの父親は三人の子どもを母親に残して離婚し、再婚。
母親とは深い亀裂が生じていた。
パリーは父親、母親、妹にも取材をし、
他では追従できない立体的なルーシー一家の姿を映し出す。

ルーシーは特別な女性ではなく、
どこにでもいる21歳の女の子だった。
その女の子がどうして日本という遠い地で
ホステスになったか。
彼女には借金があり、
それを返す目的で日本で働くことを選んだのだ。
しかし、英国航空のCAがなぜホステスに。
そこで、日本人の常識が覆る。
日本ではCAはあこがれの職業だが、
英国では「空飛ぶウエイトレス」と呼ばれ、
社会的地位も給料も安い、と知って驚いた。

報道の初期、英国では「ホステス」という職業の
意味
が分からなかったという。
売春婦かと疑われたが、
客を接待し、酒を注ぎ、会話をするだけで金がもらえる、
と聞いて、理解できなかったようだ。
「同伴」という仕組みや、
それに対する給料への反映も分からなかった。

ルーシーの父親ティムの特異性は、この本の白眉だ。
記者会見では、父も妹も、
「悲嘆にくれる被害者の家族」を演じなかったのだ。
「父親は悲しんでいないのではないか」
という噂も流れ、
「彼は東京で楽しい時間を過ごしている」
と揶揄されたりもした。
事実、聞き取りと称してクラブに入り浸り、
英国人実業家の好意で
レストランの飲食が無料なのを利用して、
それで記者たちに食事をおごったりするのだ。
その実業家の内面をこのように書く。

ヒューの不満はもっと深くに根ざすものであり、
問題の根源はティムの人となりそのものにあった。
自分は辛い立場にあるのだから、
当然こう振る舞ってもかまわない──
そんなティムの思い込みに、
彼は憤慨していた。


家族の悲しみは他人には分からないものだ、と思うが、
節度をわきまえない人物だったようだ。
まして、裁判に入ってから、
織原の弁護士の仲介で、
織原に有利な書類にサインするかわりに
一億円を受け取ったとなれば、話は別だ。
その上、その金でヨットを買い、
世界旅行に出かける。
妙だと思うのは日本人だからかと思ったが、
英国でも批判の的となったらしい。

そのことについて、元妻(ルーシーの母)の発言は強烈だ。

「まるでふたつの闘いに挑まなくてはいけない気分です。
ひとつは殺人者に対して。
もうひとつは元夫に対して・・・
彼はどちらの味方なんでしょう?
なぜ彼の行為が娘の裁判の助けになるのでしょうか?
・・・私に言わせれば、
ティムは一億枚の銀貨を受け取ったんですよ。
ユダは30枚で満足したというのに」


ティムは警察に不満を抱いていた。
捜査の経過を話してくれないのだ。
そのことについて、当時の警察の人物は、こう言う。

正直言って、彼が派手に記者会見を開いているのが、
警察としては気に入らなかったんです。
父親が「どうしてもっと教えてくれなかいんだ?」と言うと、
われわれはこう答えた。
「あなたの背後にはマスコミがいる。
捜査の詳細をあなたに伝え、
その情報がマスコミに漏れたら、
捜査る支障が出るかもしれない」
とね。


ティムは動いてくれない警察に対抗して、
記者会見を開いて、マスコミを味方につけようとしたが、
それが裏目にも出たのだ。

ティムがルーシーの消息を知っているという詐欺師
まんまとひっかかり、
100万円以上をだまし取られる顛末にも触れる。
以前、失踪した子どもを探す中国映画で、
子どもに会わせると言って金を巻き上げる人が出て来て、
「かわいそうな家族を騙すひどい中国人」と思ったが、
欧米人にも同種の人間がいることが分かった。

ルーシーの葬儀での家族の確執も描かれる。

こうして、生前のルーシーの動き、家族の動き、
警察の動き、マスコミの動き等を
詳細に描きながら、
犯人が登場するのは、ようやく上巻の最後で、
下巻は犯人にまつわる話に展開する。

犯人の出自について、
日本のマスコミは避けたが、
パリーは詳細に記述する。
特に、織原が一人の友人も持たなかった事実は重い。
それは、女性関係に繋がる。
織原の経歴には、
女性とつき合った痕跡がないのだ。
女性とまともな関係を結べず、
部屋に連れ込んだホステスたちを
薬物で眠らせ、
強姦する姿をビデオで記録し、
ノートにも詳細な記録を残す。
卑劣極まりない行為だが、
逮捕後、織原は反省の色を全く見せない。
嘘と言い逃れに終始する。

この間の警察の苦労を
外国人の目でパリーは不思議に思い、
その根源に、「自白」を重視する体質を上げる。
西洋の裁判が事実を積み重ねていくのに対して、
日本の警察は「自白は証拠の女王」と言われるほど、
自白を重視する。
しかし、織原は決して自白しようとはしなかった。

「警察は織原を見くびっていたんですよ」
と捜査関係者のひとりが私に告白した。
「どこにでもいる、馬鹿な犯罪者だと踏んでいたんです。
『すみませんでした。
私がやりました。
私があそこに死体を運んで埋めたんです』
とすぐに自供するだろう、とね。
ところが、彼は予想以上に強情だった」

「犯人を自供に持ち込むことにかけては、
警察には長い経験があります」
「自らの犯行の影響力を思い知らせればいいんです。
『被害者の悲しみは非常に深い』とか
『反省する気持ちはないのか?』と言ってね。
だがあの男は、そんな戦略が通用する人間ではなかった」


そして、言いにくそうに、こう言う。

「あなたには理解するのがむずかしいだろうが・・・
それは・・・あの男が・・・
日本人じゃないからなのさ」


おそらくこれは、差別発言だとか偏見だとかの
非難にさらされる言葉だろう。
しかし、そうでも言わないと理解できない地点に
警察関係者がいた、ということは興味深い。

なにしろ、日本人は、
「世間を騒がせた」と言って謝罪をする民族なのだ。
「公」を「個」より優先させる、長い間の歴史がある。
それに対し、犯人は自分の主張だけをする。
その姿を見て、
「日本人じゃないからだ」
と感じたとしても、非難することは出来ないだろう。

いずれにせよ、犯人の出自が判明した途端、
報道が腰砕けになったことは確かで、
そのことは、本書を読んだ人の次の感想によっても分かる。

ルーシー・ブラックマン事件はある日突如マスコミが騒ぎ出し、
よくわからないまま報道がされなくなった記憶だけがあった。
この本を読むとそのからくりがよくわかる。


裁判の中で織原が話した内容も卑劣そのものだ。
ルーシーの日記を引用して、
彼女がひどい自己嫌悪におちいっていたことを証明しようとし、
被害者を冒涜する発言を平気でする。
しかも、ルーシーが麻薬中毒だったという。
ルーシーが具合が悪くなった後、
「なんでも屋」のAに任せた、などという話をでっちあげる。
Aはその後、病死する。
その話を証言したのは、
ヤクザの老組長だったというおまけまでつけて。

ティムら被害者の身内が出廷する時には、
さすがに気が咎めたのか、
出廷を拒否する。
裸になって、独房の洗面台にしがみついて出頭を拒否した。

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法廷に出る時には、
顔を裁判官席に向けて、
傍聴席から顔が見えないようにしたという。↓

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既に書いたとおり、それ以前から、
写真を極端に嫌い、
メディアがどんなに探しても、
古い写真しか出てこなかった。

バリーは、日本の警察の動きを批判し、
日本の裁判制度の不可解さも描き出す。
ある部分では、こう書く。

日本の警察は融通が利かず、
想像力に欠け、偏見に満ち、
官僚的で、全近代的だ。
ルーシー・ブラックマン事件やほかの多くの事件への
警察の取り組みを見れば、
日本の犯罪率の低さの本当の理由が、
警察の管理能力に起因するものではなく、
国民のおかげであることはあまりに明らかだ。
警察の能力が高いからではなく
──警察の能力が低いにもかかわらず──
日本人は常に法を守り、
互いを敬い、暴力を忌み嫌うのだ。


ほう、そういう見方もあるのか、
と、目からウロコが落ちた思いがする。

遺体の発見についても、
一つの見方を提示する。
警察は遺体が遺棄された洞窟を
最初からあやしい場所として特定していた。
しかし、「自白」を最重要視する警察は、
織原が「犯人しか知り得ない事柄」として、
遺体の遺棄場所を自白するまで待って、
動かぬ証拠として、裁判に勝とうとしたのだ、と。
しかし、自白の気配がないため、
ついに期限を切って、
問題の洞窟を集中捜査したのだ、と。

そんな考え方もあるのか、
と驚いた次第。

膨大な作品だが、
著者の姿勢は、常に中立で公平だ。
そして、事実のみに重きを置く。
その中で見えた矛盾や不思議さをあきらかにする。
ルーシー・ブラックマン事件を通して、
英国人記者が見た日本人論
という見方もできるが、
とにかく10年にわたる取材で、
これほどのドキュメンドを書き上げたパリーの
記者としての才能に感服する次第。

文庫本の上下600ページを一気読み。





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