短編集『くちなし』  書籍関係

[書籍紹介]

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彩瀬まるによる短編集。
別冊文藝春秋に
2015年7月号から2017年7月号に掲載された6作と、
書き下ろし1作を収録。
「愛のスカート」と「茄子とゴーヤ」を除いて、
奇妙な設定のファンタジー

「くちなし」

妻子ある男アツタに別れ話を持ち出されたユマは、
別れの贈り物に「なんでもいいから」と言われて、
「腕」を所望する。
ここからが面白い。

アツタさんはそう言って、
右手を左肩に当てた。
骨が皮膚を押し上げている部分に
親指を添えて、
くっ、くっ、と押しながら左肘を小さく回す。
不意に肩の位置ががくんと下がり、
体に不自然な段差が出来た。
アツタさんはもう一方の手で
力の失せた左腕をつかみ、
軽く回転させてぴりぴりと皮膚を破りながら、
慎重にちぎり取っていく。
「はい、どうぞ。大事にしてね」
「ありがとう」


という具合に腕を残してアツタは去る。
腕は日中、水を張って生けておき、
ユマが戻ると、嬉しそうに迎え、
ユマと一緒に過ごす。

ある時、アツタの妻が尋ねて来て、
夫の腕を返してくれと言う。
そこでユマは代わりに妻の腕を所望し、
妻は夫の腕を持って、自分の腕を残していく・・・。

という調子で、
度肝を抜かれるというか、
驚いた展開が続く。
そして、行き着いたところは、
妻の次の言葉が象徴する。

「愛なんて言葉がなければよかった。
そうしたら、きっと許してあげられたのに」


「花虫」

惹かれあったお互いにしか見えない、
体に生えた花状のものを見て結婚した二人。
しかし、ある研究所の発表で、
花の正体は羽虫で、
人の体内に巣くって、
人間の脳にタンパク質を注入し、
毛穴から羽を出して発情するのだという。
しかも、虫が作用して、
人に死期を誘い、
幸福感を作用して死んだ後、
遺体を幼虫の養分にするのだという。

その事実を知った夫は、
妻との愛が偽物だったと断定し、
虫下しを飲んで、虫を体内から出そうとするが・・・

どこからこんな発想が出てくるのだろうと驚愕。

「愛のスカート」

これはファンタジーではなく、普通の話。
美容師のミネオカは、
依頼された出張理髪で、
高校時代のトキオに再会する。
今はファッションブランドを立ち上げて成功したトキオ。
そのトキオは、大家の中年女性に恋い焦がれていた。
ミネオカは彼女にスカートを作ってあげれば、
と提案し、
かえって二人の仲を取り持つ形になるが・・・

切ない女心を扱った作品だが、
奥は深い。

「けだものたち」

嫉妬に狂った女が蛇に変身し、
不実な男を食べてしまう、という状況が日常的に行われ、
それが不思議とは思われていない世界の話。
主人公はそういうこととは関係なく、
平穏な夫婦生活を行っていたが、
下の娘が学校帰りに擦れ違う学生を食べてしまう、
という事件が起こる。
娘の言葉「好きな人を食べるのは、気持ちがよかった」

夫婦は昼と夜ですれ違いの生活をし、
ある時、夫が鳥に変身するようになる。

娘が成長に応じて、
殻を脱ぎ捨てて、それを妻が手助けするなと、
驚きのシーンが満載。

「薄布」

戦争の北から逃れて来たこどもたちを教育する立場の女性が
そのこどもたちを自由にしていい、という秘密クラブに入り、
目隠しされたこどもと人形遊びをする話。
女性の家庭は崩壊しており、
その癒しを、北の子どもたちに求めるが・・・

「茄子とゴーヤ」

夫の交通事故死以来、すっかり自堕落になってしまった女性が
茄子色に髪を染めてもらったことを契機に、
床屋のオウミと親しくなりはじめる。
オウミの床屋の表にはゴーヤが植えられており、
それが滝のように店の前を覆っていた。
オウミは主人公にゴーヤの実をあげ、
主人公はいろいろな料理をするようになる。

ファンタジーではないが、
不思議な味わいの一篇。

「山の同窓会」

ちょっと不思議な世界が出来上がっている。
女は卵を身ごもり、
3回身ごもると、消耗して死んでしまう。
主人公のニウラは、一度も卵を身ごもったことがないので、
髪は黒髪のまま。
それで同窓会に出かけると、
異彩を放ち、いたわれる。
同窓会に来なかったニワを尋ねると、
ニワは怪獣に変身しており、
海に出て、人々の敵の金ビレと闘う。
ニウラは生き延び、
町の人々の生活を記録する。
そして、友人の子どもたちと出会うが・・・

これも不思議な悲しみに満ちた話。

どの短編も、
意表をつき、驚きと共に新鮮
底辺には男と女の愛に対する諦念があり、
作者の才能が明確に分かる。

先の直木賞候補
選考委員の評価は、一人を除いて否定的。

桐野夏生
文章の端々に才能の煌めきを感じるものの、
今回は短編集の弱みが出てしまったように思われる。
似通った話が目に付くことによって、
気になるところが露わになった。
官能性を排除しているようでいて、
実は、自分の中にある強い衝動や欲望と呼ばれるものに、
きちんと向き合っていないように感じられる。


北方謙三
描写力を感じた。
シンボリックなものを書く上で、それは重要な要素であろう。
ひとつ言えば、なぜこういう書き方をしたのか、
書かざるを得なかったのか、
理解できて肚に落ちてくるものがなかった。

林真理子
こういう幻想小説は、
文章がうまくないと白けるものであるが、
突然の変身もすんなり心に入ってくる。
しかしこれが直木賞かと言われると困惑してしまう。

東野圭吾
すべての候補作を読み終えて振り返った時、
最も印象に残っているのが本作だった。
誰しもが持っている説明不能な心の揺らぎや
人間の不条理さを、
奇想をこらすことで描き出す筆力は、
たぶんイミテーション・ゴールドではない。
発展途上だし、おそらく他の委員の同意は
得られないだろうと思いつつ、
今回はこの作品を推すことにした。

伊集院静
「茄子とゴーヤ」「薄布」の二作が大変に佳い作品でした。
(二作以外の)他作品が
作家の意図と、小説の情緒があまりに乖離していて、
作者の本当に描きたかったものが何なのかが見えませんでした。

宮部みゆき
〈ファントムとエロス〉という面白い組み合わせを
テーマにした短編集です。
私はやっぱりそこにもう一つ〈ストーリー〉が加わらないと
読めないヒトでして、
正直この作品の世界についていけませんでした。

浅田次郎
ずいぶん古典的な小説だなと思いつつ読んだ。
百年前のシュルリアリスムである。
作者の意図するところは不明だが、
どのような理由があれ過去の名作との相似は許されまい。

高村薫
小説が小説になる秘密があることを知っている書き手の作品だと思うが、
作者が好んで使う奇想は、
その秘密への技法的アプローチの可能性を狭め、
広がりや深化を妨げて作品の行き止まり感につながっている。

宮城谷昌光
特徴は、きわめてやさしい筆致である。
それを活かすだけで独特な世界を築けるのに、
幻想小説のようなよけいなことをやっているという印象をもった。





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