『大いなる沈黙へ』  映画関係

〔映画紹介〕

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フランスのアルプス山脈にあるグランド・シャルトルーズ修道院
カトリック教会の中でも
最も厳しい戒律で知られるカルトジオ会の男子修道院だ。
創立は1084年。

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それから900年を経た1984年、
ドイツ人監督フィリップ・グレーニング
撮影を申し込んだところ、
「まだ早い」と断られる。
16年後、
「まだ興味を持ってくれているなら」
「準備が整った」と電話が入り、
撮影が許可された。
ただし、条件があった。
音楽なし、ナレーションなし、照明も使わず、
中に入れるのは監督一人だけ


こうして、監督はただ一人
カメラを携えて6カ月間を修道士とともに暮らした。
それを2年かけて編集し、
2時間49分にまとめたドキュメンタリー。

修道士たちは、
藁のベッドとストーブのある小さな房で日々を過ごし、
毎日を祈りに捧げ、
一生を清貧のうちに生きる。
入る前に財産を全て捧げ、
世俗との関係を絶ち、
小さなブリキの箱が唯一の持ちもの。
会話は禁じられ、
日曜の昼食後の散歩の時間にだけ
話すことが許される。
自給自足で、
俗世間から完全に隔絶され、
何世紀にもわたり守られてきた決まりの中で
修道士たちは粛々と祈りを捧げ生きている。

映画は、修道士たちの生活をただ淡々と記録する。

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中世からの石造りの聖堂、回廊の中、
修道士たちの祈るだけの生活。

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一日の中決められた行事は
ミサの時間のみ。
その合間の農作業、

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食事を作る作業、

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顔を洗い、服を着替え、髪を刈り・・・

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唯一許された日曜午後の会話の時間も
淡々と過ぎ、

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雪が降った野原で
雪滑りに興ずる修道士たちの姿も描かれる。

なによりも修道院全体を包む「静寂」
この映画のミソだ。
その静寂を守るために、
グランド・シャルトルーズは
カルトジオ会の戒律により、
観光目的での外部からの訪問客
及び訪問目的の自動車通行を
周辺の道路で禁止しているという。

まさに徹底して俗世間から隔離された、
信仰を貫く人々の群像だが、
こういう生活もあるのだ、
こういう人生の選択もあるのだと知らされる。
修道士たちの顔が
正面から撮ったカメラによって写されるが、
どの顔も決然としたいい顔をしている。

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我々は都会に住み、
ありとあらゆる「音」に包まれて暮らしている。
家ではテレビが常に音を発し、
パソコンに向かう時や読書の時さえ音楽をかけている。
歩く時間、電車の中の時間さえ、イヤホンで音楽を聞く。
そういうあふれかえる音に隠れた
「神の声」を聞き逃しているのではないか。
そんな気にさせられる。

映画に繰り返し出て来る
旧約聖書列王紀上第19章12節の記述。
これは予言者エリヤが神の山ホレブで神を探した場面だ。

主の前に大きな強い風が吹き、
山を裂き、岩を砕いた。
しかし主は風の中におられなかった。
風の後に地震があったが、
地震の中にも主はおられなかった。
地震の後に火があったが、
火の中にも主はおられなかった。
火の後に静かな細い声が聞こえた。

これをある人は、
「全ての現象が過ぎた後、
良心よりももっと低く
ささやく声が聞こえた」
と書いた。
まさに、神の声とはそういうものだろう。

禁断の修道院の内部から
信仰に生きる人々の「静寂」を描いた映画。
貴重な記録だが、
ドキュメンタリーとしては2時間49分は長い
不要な繰り返しの描写もあり、
2時間程度にまとめた方が
訴求力があったのではないか。

5段階評価の「4」

予告編は、↓をクリック。

http://www.youtube.com/watch?v=vU9FTzbl6Z0&feature=player_embedded


余談だが、
私は小さいころ、大変なおしゃべりだった。
姉から「1時間黙っていたら1万円あげる」と言われ、
しばらく我慢したが、
5分であえなく陥落。
その私に、姉は次のような詩をみつけて当てはめた。
「静けさに耐えきれなくて、
ホウセンカの実は、はじけるのです」
学生時代、共同生活していた頃、
常に音を発しており、
不在中、同居人から
「あの人がいないと、静かですねえ」と言われた。
やがて世間の風にさらされ、
次第に口数は少なくなり、
今は寡黙(でもないか)な老後を送っている。
できれば修道院に入って沈黙の生活を送りたいと思っている。
多分3日で逃げ出すだろうが。

去年、ロシア旅行の際、
訪れた修道院で
修道女が携帯電話で話しているのを見て、
大変違和感を覚えた。

女子修道院の世俗化を扱った小説に
曽野綾子さんの「不在の部屋」がある。
衝撃の内容だった。




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