ヨルダン旅行記・3 ジェラシュ遺跡  旅行関係

ヨルダンの2日目は、
アンマンから北へ。

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雪の名残が散見されます。

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それにしても、
建物は四角く、簡素。

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50キロほど走って、
ジェラシュ遺跡へ。
ヨルダンで二番目に人気のある遺跡です。

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凱旋門

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129年に時の皇帝ハドリアヌスが訪れたのを記念して建てられましたが、
予算が足りなくなり、未完のまま。

その横にあるのが競馬・戦車競争競技場

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長さ245m、幅52m。

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1万5000人もの観客を収容したといいます。
そのわりには修復した客席は少ない。

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主に戦闘用馬車の競走などが行われていたといいます。

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ここが遺跡の入り口、南門

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ここの通路を過ぎると、

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フォーラムと呼ばれる広場に出ます。

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長さ90m、幅80mの楕円形の
イオニア式の列柱に囲まれた空間。

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市場か宗教的儀式に使われていたらしい。

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それとも、市民の憩いの場か。

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柱は切ったものを積み重ねてあり、
こんな風にずれているのも。

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遠くから全景を見ると、こんなです。

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ゼウス神殿

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元はヘレニズム時代に建てられましたが、
現在残っているのは、
2世紀に造られたもの。

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これは南劇場

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北にも同様な劇場があります。

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3000人を収容できたそうです。
音響効果に優れた劇場です。

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高い位置にある入り口。

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モギリ嬢がいたのでしょうか。

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ジェラシュには新石器時代から人が住んでいましたが、
紀元50〜60年頃から
ローマ帝国の繁栄に伴って
交易で潤い、
人口は2万5千人にものぼりました。

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当時の2万5千ですから、大都会です。

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広い敷地に建物が散在します。

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3世紀の初め頃には繁栄の絶頂期を迎えますが、
海上輸送の発達やパルミナの滅亡などにより、
一旦徐々に衰退。

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392年、テオドウス帝により
キリスト教がローマの国教として定められると、
いくつかの神殿は教会に転用されます。

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その後、ビザンチン帝国の傘のもと
300年の繁栄を謳歌しました。

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614年にペルシャ軍が襲来、

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636年にはイスラム軍に完全に征服。

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8世紀には大地震が起こって建物の多くが崩壊。
人口はかつての4分の1になってしまいました。

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↓は、アルテミス神殿

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12本の高い柱が林立しています。

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女神アルテミスに捧げられた神殿。
でも、女神の姿はありません。

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この柱が天井を支えていました。

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このスプーンは耐震構造だったことを証明するため。

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スプーンを動かすと、
柱の上部が揺れます。

↓フォーラムから北門に続く列柱通り。

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かつてこの石畳を

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民衆が闊歩したかと思うと、

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感慨深いものがあります。

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しかし、都市の栄華も有限。

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東京だって、いつ廃墟になるか分かりません。

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「ここが国際フォーラムの跡地。
ガラス張りで柱のない構造、
そして無駄な空間という、
バブル時代の象徴のような建物だったそうです」
などとガイドが説明するのでしょうか。

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その後、ジュラシュは
12世紀に十字軍が短期間滞在して以来、
歴史の舞台から消えてしまいます。

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発見されたのは19世紀になってから。

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発見したのは、
ドイツ人旅行者でした。

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ニンファイム

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水の精ニンフに捧げられたもの。

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修復作業が始まったのは、1925年から。
↓は、南門の修復前と後の写真。

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木の位置にご注意下さい。

↓もそれぞれの場所の修復前と後の写真。

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遺跡にはお土産物屋がつきものです。

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買う人がいるのかと、

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いつも不思議ですが、

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商売が成り立たなければやめるはずで、

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そこそこ売れていました。

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可愛いラクダのぬいぐるみ。

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砂絵。

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作るところは、後日紹介しますが、
本当に神業。

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続きはまた今度。




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