小説『あやめ横丁の人々』  書籍関係

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宇江佐真理による江戸人情話。
ちょっと趣向がこらされている。

紀藤慎之介は、わけあって身を隠していた日本橋本石町の裏店を
浪人風の男四人に襲われ、
本所御竹蔵近くの「あやめ横丁」の岡っ引き権蔵のもとへ逃げた。

そのわけとは、こうだ。
慎之介は旗本紀藤家の三男だったので
笠原家に養子に入ることになっていた。
ところが、妻になるはずの娘は
屋敷に奉公していた男と相惚れの仲で、
祝言の宴の時、この男が七緒を連れ出した。
追いかけた慎之介が男を斬り捨て、
後日娘が首を縊ってしまった。
お家断絶が決まった笠原家は、
逆恨みして、慎之介の命を付け狙うようになったのだ。

こうしてあやめ横丁に逃げ込んできた慎之介は、
権蔵からあやめ横丁から外に出なければ大丈夫だといわれ、
あやめ横丁に閉じ込められたようになってしまう。

慎之介が身を寄せる権蔵の所には伊呂波という娘がいた。
伝法な口のききようで、気の強い性格だ。
権蔵の家は葉茶屋を営んでおり、
店を切り盛りしているのは女房のおたつだ。

することがないので、あやめ横丁を散策しているうち、
慎之介はこのあやめ横丁には
訳ありな人間が集まっていることに気付く。
何か事件を起こして、
ここに押し込められているようだ。
作りも堀に囲われた袋小路のような一角で、
しかもお上の庇護をうけている気配さえある。

やがて暇をもてあましている慎之介のところに
手習い指南の依頼が来て、
6人の子供を預かるようになるが・・・

というわけで、
町人の中に放り込まれた
旗本の若様と横丁の人々との交わりを描く。

「あめふりのにわっとり」「ほめきざかり」
「ぼっとり新造」「そっと申せばぎゃっと申す」
「おっこちきる」「あとみよそわか」
など、各章の表題にもなっている
庶民の言葉に慎之介が戸惑うところも面白い。
横丁の人々の人物像も豊かで、
それぞれの人生が描かれる。

やがて慎之介は、
あやめ横丁という名称の
隠された意味に気付くのだが・・・

結局、兄たちが亡くなったため、
慎之介は、紀藤家の当主として家に帰り、
あやめ横丁の人々とは別れを迎える。

それから10年。
あることから、慎之介は、
あやめ横丁の人々と再会するのだが、
この最終章は、ウルっとさせられる
青春のある時期の
人と人との邂逅の不思議を思わされて、
切ない気持ちになるのだ。

おたつの言葉。

「長い人生にはどんな人でも
一つや二つの躓きがあるものです。
でも、その躓きを糧になさるかなさらないかで、
その後の人生も変わってくるのではないでしょうか。
しばらくここで暮らし、
様々な人達の事情と向き合うことは、
若様にとっても決して無駄なことだとは
思いませんよ」


宇江佐真理らしい
人情噺として読み応えのある一篇。





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