『非正規介護職員 ヨボヨボ日記』『ケアマネジャー はらはら日記』  書籍関係

[書籍紹介]

三五館による「○○○○日記」シリーズ第5弾と第6弾。

どちらも介護の問題を扱う。

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「ヨボヨボ日記」の方は、
老人ホームの職員の筆による。
小規模の住宅型老人ホームで、
収容人数は10人。
月額10万円で入居できる安価といえる施設。

筆者の真山剛さんは、
デザイン事務所や建設コンサルタント、
環境商材の施行会社や居酒屋、
広告代理店などを転々としつつ、
ことごとく失敗して、
56歳で介護職を志す。
その年齢では、介護の仕事しかなかったのだ。
「介護職は最後の手段」とさえ言う。
一時期、小説家を志したこともあり、
地方の文学賞を受賞したこともある。

その現場で言葉にならない経験をする。

介護人を罵倒する78歳の元左官職人。
食べ物を隠す93歳の老婆。
相性が悪く、口論ばかりしている二人の老人。
嘘ばかりつく79歳の婦人。
母親への対応が悪いのではないかと怒るモンスターファミリー。
親戚の自慢話を延々と続ける人。
三度のメシより意地悪が好きなおばあさんは
特に新人の女性職員をターゲットにする。
「大」をもらしてしまい、
それを隠して洗濯物の中に潜ませて、
全部洗い直しにさせてしまう、
プライドの高い元保護司。
テレビの中のグルメ番組を見て、
「寿司が食べたい」という糖尿病の入居者。
昔会った二人連れの男女が訪ねてきたと妄想する老女。
「先生」と呼ばれていたことを証明するために、
観光集合写真を見せる適当な男性。
入居者ではないが、
「お局さま」の女性施設管理者の話もすさまじい。
介護人の人格を傷つけることを言って、平気だ。
どこの施設にもいるのだという。

まさに「人間不信」に陥るような、
様々な人物と出会いながら、
筆者はひたすら我慢の生活をする。

もちろん、すぐにやめていく人たちも多い。
1週間、中には1日でやめた人もいる。
筆者は既に4年。
その忍耐力は驚嘆する。

介護の仕事は、主に「飯、風呂、排泄」だという。
そこに、人間の悲しみがある。
食べずに済めば、
排泄もすることなく、
どれほどいいだろう。
しかし、生命を維持するためには、
食べなければならない。

介護職は人が足りない。
これから団塊の世代の年齢が進めば、
もっと不足するだろう。
私は、政府にお願いしたい。
薄給で働いている介護職の人に、
給与の援助が出来ないものか。
そうすれば、仕事に張り合いが出るし、
人材も集まるだろう。


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こちらは、同じ介護でも、ケアマネジャーの話。
介護保険制度の創設に伴い、
ケアマネジャーという職業が誕生したのが、2000年4月。
筆者の岸山真理子さんは2000年11月、第2回の試験で合格。
(合格率50%の頃で、今の合格率は10%だという)
筆者はその前、非正規の単純労働現場を転々。
正規雇用を目指したが、
40歳を過ぎて正規採用してくれるのは、
介護職くらいのものだったと、いう。

それから21年に渡り介護職に従事。
3つの居宅介護支援事業所に勤務。
1つ目の医療法人は定年でやめたが、
やめる時にいざこざがあった。
2つ目の施設では、先輩職員のいじめにあった。
3つ目の今は安定しているという。

勤めた地域包括支援センターは「駆け込み寺」だという。
医療や福祉、介護にまつわる
ありとあらゆる困りごとが持ち込まれるからだ。
「離れて暮らす親に介護が必要になった」
「夫が認知症になった」
「通院したいが移動手段がない」
その都度、現場に駆けつけ対応する。

団地の中のゴミ屋敷の処理。
知人の妻が勝手に上がり込んで飯を食べている、
という妄想にとりつかれた男性。
「今から頸をくくる」という男性の電話を受けた
市役所からの訪問要請。
ガンで余命が少ないのに、家族と音信普通の男性。
市の名称と電話番号が書かれたキーホルダーを身につけ、
遠く離れた東京ビッグサイトで保護された男性。
その出迎えを巡って、市と責任をなすりつけ合い。
暗い6畳間で万年床に横たわる元ホステス。
入院の許可を受けたはずなのに、
病院に行ったら、話が行き違っていて、
入院拒否された女性。

こうした事態にも筆者は忍耐強く対応する。
頭が下がる思いだ。

しかし、これらの出来事の背景に、
人間の置かれた「生・老・病・死」の悲しみが横たわる。
昔は、ぼける前に亡くなったのだが、
医療の進歩と栄養の改善で、
寿命が延びたために起こる悲喜劇が沢山ある。

ケアマネジャーはその先端で対応する。
市職員との闘争や病院との争いもある。

筆者は
「利用者やその家族を、
いつの間にか身内のように感じている」

と言うが、
見上げた心だ。

私にはとても出来ない。

再び言うが、
こういう仕事をしている人には、
国が補助して、給料を上げてもらいたい。

2冊の本を読んで、介護の実態を知り、
暗い気持になった。
なぜなら、やがて自分が行く道だと思えるからだ。
人ごとではすまされない。
出来れば、
下の世話を人に任すことなく、
命を全うしたいものだ。



映画『シンデレラ』  映画関係

[映画紹介]

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9月3日から Amazon Prime Video で配信されたミュージカル

題材は古いが、現代的にアレンジされている。
シンデレラ(エラ)は、王子様を待っている女性ではなく、
ドレスデザイナーとして自立することを強く望んでいる。

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王子は伝統やしきたりに囚われない現代的な若者だし、
王権にこだわらず、
王座は、政策通の妹に任せ、
シンデレラと共に世界に飛び出していく。

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監督はケイ・キャノン
シンデレラをつとめるのは、カミラ・カベロ

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王子はニコラス・ガリツィン

王様にはピアース・ブロスナン
王妃にはミニー・ドライヴァー

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意地悪な継母に「アナと雪の女王」のイディナ・メンゼル

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シンデレラに魔法をかける蝶の精にビリー・ポーター
という豪華版。

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馬車を守るネズミの化身の一人に、
この映画のプロデューサーを兼ねるジェームズ・コーデンも登場する。

歌はマドンナの「マテリアル・ガール」他、
既成の曲が使われ、
ミュージカルシーン、ダンスシーンは、
伝統に囚われず斬新。

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全てにおいて新感覚のミュージカル

予告編は↓をクリック。

https://youtu.be/ycs_17mMcAw

「シンデレラ」のミュージカルは、
オスカー・ハマーシュタインとリチャード・ロジャースのものが有名だが、
このたび、
「オペラ座の怪人」のアンドリュー・ロイド・ウェバーによる
新作オリジナル・ミュージカルがロンドンで上演されることになった。

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先のアカデミー賞で脚本賞(「プロミシング・ヤング・ウーマン」)を受賞した
エメラルド・フェネルが脚本を担当。
こちらも期待できそう。


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あらぬ疑い  身辺雑記

先日、手の甲に出来た良性の腫瘍の除去手術をしたことを報告しましたが、

(その時のブログは、↓をクリック)

手術をしました

抜糸の際、担当医師(女性)から、
「血液検査の結果、○○の疑いがあります」
と告げられました。
私は「えっ」と絶句しました。

「○○」と書いたのは、
その病名を書くと、
紙面(画面)が汚れるからで、
病原体はスピロヘータという細菌の一種、
全身にバラ状の発疹が出来、
ひどい場合は鼻が欠け、
脳に至って死に至る病気、
と言えば、分かる方は分かるでしょう。

一説には、新大陸からコロンブスがヨーロッパに持ち帰ったとされ
(異説あり)
日本の文献に現れるのは、1512年ですから、
わずか20年で地球をほぼ一周したほど
感染力の高い病気です。
昔、ナポリで大流行し、
一時期は、ヨーロッパの主要な死因だったといいます。
シューベルトやニーチェ、アル・カポネもこの病気に罹り、
感染経路を知っていた徳川家康は、
遊女とは接しなかったといわれています。
今はペニシリン系の薬で完治できます。

問題は、その感染経路で、
人間同士がするある行為によって感染します。
コロンブス説が正しいとするなら、
スペインから日本まで、
その行為の連鎖によって、
感染が広がったわけで、
その行為がいかに人間の本能に根ざすものだと分かります。
人から人へ、人種から人種へ、国境を越えて。

医師から話を聞いて、
私が「えっ」と絶句したのは、
その感染経路を知っていたからで、
私には、それに該当するような行為をしていないからです。
接触やトイレの便座、着衣、風呂などでは感染しません。
その行為だけが、感染を広げる。
だからこそ、身に覚えのないことで、
私は驚いたわけです。

医師は、擬陽性かもしれないから、
再度血液検査を勧め、
その日のうちに新たな血液検査

その結果は、一昨日に判明。
結果は、「陰性」
RPRとTPHAという数値は、
どちらも下限以下。

ほらみろ。
失礼な。

手術前の血液検査というのは、
実は、施術者に感染しないように調べるものだといいます。
「ということは、エイズの検査もしたんですか」
と訊くと、
「はい」という返事。
「結果はどうでしたか」
と訊くと、
陰性です」
まあ、陽性だったら告げていたわけですし。
しかし、病院は、被験者の承諾なしに、
そういう検査をするものなんですね。

というわけで、その血液検査の結果のプリントをいただきました。
エイズもB型肝炎もC型肝炎もマイナス。
○○のみプラスで、「再検済」と書かれています。

身に覚えの無い嫌疑をかけられて、
それが晴れた
、という気分。
こういう時、清廉潔白な人生を送っていると、
「そんなはずはない」と自信を持って言えます。

自慢にもなりませんが、
私の「その行為」は無罪そのもの。
世の中には、お金を払って、
その行為をさせてもらう、ということがあるようですが、
そんなことは、人生の中で、一度もしていません。
倫理的な問題もありますが、
衛生的な問題も大きい。
だって、好きな人や知っている人ならまだしも、
その日初対面の相手、
どこの誰とも知らない人と、
人体で最も不潔な場所、
泌尿器とほぼ同一の器官を結合させるなんて、
よく出来るものだと思います。
想像しただけで震えが来ます。

知人の父親が軍隊で、
休暇の日に慰安所に行かないので、
変わり者呼ばわりされたそうですが、
もし私が軍隊にいたら、
その変わり者になったでしょう。
よく戦争で、侵略者によって
婦女子が強姦される、という話が出ますが、
それも、どうしてそんなことをするのか分からない。
きっと、そういう場に立ったら、
やめろと言って殴られていたでしょう。

随分前、私が全国に泊まりがけで出張していた時、
ホテルで「買って」いるのではないか、
と娘が思っていると聞いて、
ショックを受けたことがありますが、
娘よ、あなたの父親は、
そういうことが出来ない人
なのだよ。
宗教からも、倫理的にも、衛生面でも。

そういうわけで、
知らないうちにされた血液検査で、
一審で嫌疑、
二審で無罪が証明されました。


小説『おそろし』  書籍関係

[書籍紹介]

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宮部みゆき「三島屋変調百物語」シリーズ第1作。
ことの発端が書かれている。

川崎宿の旅籠の娘・おちかは、
とある事情から実家を離れ、
江戸で袋物屋「三島屋」を営む叔父夫妻の元へ
行儀見習いとして身を寄せている。
しかし店主の身内としてお嬢様然として習い事に励むよりも、
女中として忙しく働くことで
自らの過去を頭の隅へと追いやろうとしていた。

ある日、叔父の伊兵衛が急な所用のため、
訪問が予定されていた客への接待をおちかに任せて外出してしまう。
建具商の客は、庭に咲く曼珠沙華に恐れおののき、
その理由をおちかに対して話し始める。

これが第一話の「曼珠沙華」
人を殺め、島送りになった兄を巡る弟の複雑な心を描く。
身内から犯罪者を出してしまった家族という、
今に通ずる話。
人間の心の闇に対して、
宮部みゆきがしっかりと見定めていることに驚く。
特に、表題の曼珠沙華の花の間から覗く顔のくだりは、
背中がぞっとした。

帰宅後、おちかから事の顛末を聞いた伊兵衛は、
おちかに人の話を聞く特別な能力があると感じ、
江戸中から不思議な話を集めるようにし、
おちかにその聞き役を務めるよう言い渡す。
その背後には、
広い世間の様々な不幸をおちかが知ることで、
おちかの心の負った傷を癒そうとするものだった。

そうなっての最初の客・おたかの話も不思議なものだった。
錠前屋だったおたかの父は、
ある屋敷の木製の錠前に合う鍵の作成を依頼される。
そればかりでなく、
その屋敷の家守から、その屋敷に一家で一年間住んでくれたら、
百両あげると提案される。
金に目が眩んだ錠前屋一家は、その家に住いでみるが・・・
この第二話「凶宅」の屋敷が、第五話で再登場し、
シリーズ1の全体を締めくくる。

第三話「邪恋」は、おちか自身の話で、
聞き役は女中頭のおしま。
ここで、なぜおちかが実家の川崎の旅籠を出なければならなかったか、
が初めて語られる。
崖の松にひっかかっていた少年・松太郎をおちかの父が引き取り、
おちかと兄の喜一と松太郎は兄弟同然に育てられる。
しかし、おちかに縁談が起こった時、事件が起こる・・・
いわば宮部版「嵐が丘」という趣で、
引き取られた少年とおちか一家との
複雑な心理が描かれる。
ここでも、宮部みゆきは、人間の心の闇
あますところ、暴き立てる。
松太郎の立たされた立場があわれだ。

語り手は黒白の間(こくびゃくのま)に招かれ、
おちかが聞き手となる「変わり百物語」は三島屋の看板となる。

第四話「魔鏡」も哀切な話で、
ある家で起こった近親相姦の出来事が語られる。
その結果、その家は滅んでしまうのだが、
生き残った妹の語り手・お福は幸せになる。

そして、第五話「家鳴り」に、
第二話で語られた怪しい屋敷が再登場し、
それまでの登場人物が全て集って、
解放の時を迎える。

先ほど「人間の心の闇」と書いたが、
宮部みゆきの手にかかると、
それさえも、人間の課せられた業のようなもので、
同情に値する。
そして、全体を貫くのは、
人間の業ゆえの罪と怨念と心残り
それらに対する許しと癒しで、
感じるものは暖かい
ただ、宮部みゆきが見せてくれたものは、
大きく、重く、心に残る。

次のような台詞と描写。

世の中には、恐ろしいことも割り切れないことも、
たんとある。
答えの出ないこともあれば、
出口のみつからないこともある。

一人前の大人になる前に、
人の心の真っ暗な納戸の奥を覗き見て、
泣きも笑いもしなくなってしまった

「亡者はおりますよ」
「確かにおります。
おりますけれど、
それに命を与えるのは、
わたしたちのここ(胸を示して)でございます」
「同じように、浄土もございますよ。
ここ(胸)にございます。
ですから、わたしがそれを学んだとき、
姉は浄土に渡りました」

「誰もあんたが憎くてしたことじゃない。
許せとは言いませんよ。
ただ、勘弁してやってください。
堪えてやってください」


シリーズは後になればなるほど本が厚くなる。
私は宮部みゆきはよく読んだが、
ある時から手を出さなくなってしまったのは、
そのあまりの長大さゆえ。
しかし、親戚筋に進められて読んだ本作。
宮部みゆきの神髄に触れたような、
読書の喜びを感じさせてくれるものになった。

JAグループが発行する雑誌「家の光」
2006年1月号から2008年7月号まで連載された後、
角川書店から刊行された。

一応話はシリーズ1で完結したように見えるが、
「三島屋変調百物語事始」は続き、
読売新聞の連載、「オール読物」の連載、
日本経済新聞の連載、東京新聞他の連載を経て、
シリーズ5まで進み、
おちかが嫁いだ後は、
三島屋の次男・富次郎が聞き手を引き継き、
更にシリーズ2を数える。

特設サイトは、↓をクリック。

https://promo.kadokawa.co.jp/mishimaya/

これだけょの作品をドラマ化しない手はない、
と思ったら、
NHK−BSプレミアムで、
2014年8月30日から9月27日まで
5回放送。

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NHKオンデマンドで視聴したが、
原作に忠実で、テイストも同じ、
良質のドラマに仕上がっていた。

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おちかは波瑠で、適役。

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三島屋伊兵衛は、佐野史郎
妻のお民は、かとうかず子
女中頭おしまは、宮崎美子
松太郎は、満島真之介
口入れ屋の灯庵/語りは、麿赤兒
「魔鏡」の姉弟は、それほどの美男美女ではなく、印象が狂った。

脚本は、金子修介、江良至
演出は、金子修介、榎戸崇泰
音楽(中村由利子)がなかなか良かった。

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第1話のラストに
ブライアン・デ・パルマの「キャリー」(1976)とそっくりの場面があって、笑った。
ドラマオリジナルだから、監督の趣味?


映画『ドライブ・マイ・カー』  映画関係

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村上春樹の短編「ドライブ・マイ・カー」を映画化、
しかも3時間近い長尺
と聞いて、あの原作をどうやったら、
そんな長い映画に出来るのか、不思議に思った。
更に、同作が収録されている
短編集「女のいない男たち」から、
他の2つの短編「シェエラザード」と「木野」も
織り込んでいる、と聞いて、
異質な3つの短編をどうやってつなげるのか、という関心も抱いた。

ちなみに、「女のいない男たち」(2014)は、
「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の旅」(2013)と
「騎士団長殺し」(2017)の間の作品で、
「長編小説もさすがに書き疲れたし、
そろそろまとめて短編小説を書いてみようかな」

との志で、2013年から2014年にかけて、
文藝春秋他に掲載された作品5作と書き下ろし1作で構成されている。
「色彩を〜」の前には、
あの長大な「1Q84」三部作を書いており、
「長編小説を書き疲れた」というのは、なるほど、と思わせる。

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舞台俳優であり演出家でもある家福(かふく)は、
脚本家の妻・音(おと)と満ち足りた日々を送っていた。
しかし、妻が浮気をしていることを知っており、
ある時は、予定変更して帰宅した際、
その浮気現場に遭遇してしまったことさえある。
それでも二人は愛し合い、
娘を4歳で肺炎でなくした他は、
円満で豊かな夫婦生活を送っていた。

ある時、家福が出掛ける間際に、
妻に「今夜話したいことがある」と言われ、
夜、帰宅した時、妻はクモ膜下出血で死んでいた。
実は、妻から何かの告白を受けるのではないかという予感から、
わざわざ時間を潰して帰宅し、
もっと早く帰宅していたら、
と家福の心の中に後悔が残った。

ここまでで40分
突然、クレジットタイトルが表示され、
ああ、これから話が始まる前振りであったか、と認識する次第。
それにしも、長い前振りだ。

それから2年後、家福は広島の演劇祭で上演される
チェーホフの「ワーニャ伯父さん」の演出を依頼され、
広島に愛車のサーブ・コンバーティブルを運転して出掛ける。
全責任を任され、
オーディションから立ち会う、長期滞在だ。
そこで主催者から、車の運転はしないでくれと言われ、
(過去に出演者が人身事故を起こしたという)
若い女性運転手をあてがわれる。
亡くなった娘が生きていたら、その年齢だ。
自分の車を他人に運転されるのはいやだったが、
みさきというその女性の運転の腕は確かだった。

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オーディション応募者の中に
高槻という若い俳優がいて、
その男は妻の浮気相手の一人だと家福はみなしていた。
稽古は進み、出演者たちの化学反応が起こり始めるが・・・

原作では、妻の音も俳優だが、脚本家に変えられている。
愛車のサーブは原作では黄色だが、
映画では見た目がいいのか、赤色になっている。
他の二つの短編、「木野」からは、
妻の浮気現場を見てしまう、とうい挿話のみが使われている。
「シェエラザード」は、高校の同級生の家に忍び込む少女の話だが、
それは、妻がベッドサイドで話す物語となっており、
高槻もその話を知っていることから、
妻との関係を証拠づけるだけでなく、
家福が聞いていた先の話を高槻が知っていたことで、
家福は衝撃を受ける。
(この結末は映画のオリジナル)

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原作は、妻の死後、
浮気相手と飲む時の家福の複雑な心理を描く話だが、
映画は、「ワーニャ伯父さん」の読み合わせ、
立ち稽古の進行状態に添って進められる。
車の中で、妻の録音したセリフを聴きながら、
ワーニャのセリフを演ずる、という形で、
妻のことを常に意識していなければならない。
巧みな脚色で、
3時間の長さを感じさせない。
カンヌ国際映画祭で脚本賞を受賞したのもなるほどと思わせる。

その「ワーニャ伯父さん」だが、
韓国・台湾・フィリピンなどから
オーディションで選ばれた
複数の国の俳優を使っての、他言語上演
その上、手話まで加わる。
前に蜷川幸雄演出で他言語劇「オイディプス王」を観たことがあるが、
演出家の自己満足的な実験で、
観客には迷惑な上演方法だと思った。
「ワーニャ伯父さん」は、4カ国語の字幕が出るが、
「オイディプス王」は字幕さえなかった。

運転主のみさきは、
北海道出身で、身寄りがなく、
秘密を抱えている。
その秘密は二人で北海道に行った際、明かされる。
広島から北海道。
飛行機で行けばいいのに、
と思うが、やはり、家福の愛車で行かせたかったのだろう。
これも原作にはない設定。
もっと近く、仙台あたりにしたら、その点は克服できるのだが。

最愛の妻を失った男が
妻の最後の告白を聞かなかったことでの
責め葛藤喪失感に責め苛まれる。
「ワーニャ伯父さん」は家福の持ち役で、
妻の死後、演ずることが出来なくなっていたが、
最後に家福は・・・

家福を演じるのは西島秀俊

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ドライバーのみさきには、歌手でもある三浦透子

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妻・音を霧島れいか

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高槻を岡田将生が演ずる。

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岡田はこの役には適役ではなく、
もっと他の中堅役者は起用できなかったのか。

監督は濱口竜介
小説と演劇の二重構造で
原作を見事にふくらませて映像化し、
人間の心のありようを描いた、
その力量は評価されるべきだ。

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題名は、ビートルズの楽曲にちなむ。

映画を締めくくる、
「ワーニュ伯父さん」の最後のセリフ
失意のワーニャを姪のソーニャが慰めるセリフは、
以下のとおり。

「仕方ないわ。生きていかなくちゃ・・・。
長い長い昼と夜をどこまでも生きていきましょう。
そしていつかその時が来たら、おとなしく死んでいきましょう。
あちらの世界に行ったら、
苦しかったこと、泣いたこと、
辛かったことを神様に申し上げましょう。
そうしたら神様はわたしたちを憐れんで下さって、
その時こそ明るく、美しい暮らしができるんだわ。
そしてわたしたち、ほっと一息つけるのよ。
わたし、信じてるの。
おじさん、泣いてるのね。
でももう少しよ。
わたしたち一息つけるんだわ・・・」


5段階評価の「4」

予告編は↓をクリック。

https://youtu.be/rpjzaZn4_V0

なお、私はチェーホフは苦手で、
どの舞台を観ても、良いと思ったことがなく、
なぜこんなにもてはやされるのか、不思議だった。

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