小説『オリンピックの身代金』  書籍関係

[書籍紹介]

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1964年の東京オリンピックを題材にした
奥田英朗によるサスペンス小説。
「野性時代」に2006年7月号から2008年10月号まで連載され、
11月に単行本として刊行された。

東京オリンピックが近づく8月22日、
オリンピック警備本部幕僚長の自宅に爆弾が仕掛けられる。
それから1週間後の8月29日、
中野の警察学校も爆破される。
しかし、いずれも新聞報道はされなかった。
警察には、前年に連続爆破事件の犯人を名乗る「草加次郎」から
「オリンピックのカイサイをボウガイする」
「東京オリンピックはいらない」
との爆破予告状が届いていたが、
警察内部全体に厳しい箝口令が敷かれる。

というのも、東洋初のオリンピックに対して
テロリストの攻撃のあること自体が
国家の威信を傷付け、
来日した外国人に不安を与えるからだ。
警察は秘密裡に捜査を続ける。

事件を巡って、
捜査一課の刑事・落合昌夫が属する五係の面々の捜査、
警備本部幕僚長の息子のテレビマンの行動
などが描かれる。

一方、事件からさかのぼる7月中旬、
東京大学大学院生の島崎国男の元に、
出稼ぎで東京オリンピックの工事に携わっていた
異父兄の訃報がもたらされる。
故郷の秋田から母や義姉らが上京する余裕はなく、
国男が荼毘に立ち会い、
遺骨を故郷へ持ち帰ることになる。
久しぶりに帰った故郷は昔と変わらず貧しく、
東京の生活に慣れていた国男はその格差に衝撃を受ける。

葬儀を終え東京へ戻った国男は、
兄が生前働いていた飯場でひと夏働くことを決意する。
大学院でマルクス経済学を学ぶ国男は、
日本で近くプロレタリア革命が起こると確信しており、
その時にはプロレタリアートの側でいたい
と思っていることが大きな理由だった。
慣れない土方作業に従事しながら、
オリンピックがこうした出稼ぎ労働者の
酷使の上に成り立っていることを知り、
搾取され貧困にあえぐ
地方との格差を身を持って実感したことから、
東京だけが富と繁栄を享受するのは断じて許されない、
戦う術を知らない彼らの代わりに
誰かが一矢を報いなければならないと感じていった。
工事で知り合った発破業者の火薬庫から
ダイナマイトを盗むことに成功した国男は、
爆弾のタイマーの作り方を調べ、爆破を計画する。
列車の中で知り合ったスリの村田を引きずり込み、
国男は国に対して8千万円の身代金を要求し、
東京駅での受け渡しを通告する。

こうして、時系列を狂わせながら、
国男がなぜ一匹狼のテロリストになったかの経過と
捜査の進展を並行して描いていく。
やがて両者の時系列が一致し、
東京駅での身代金の受け渡し、
国男の逃走と追う警察、
というスリリングな展開が続く。

そして、最後は10月10日当日の
開会式会場での爆破予告と
身代金の受け渡しのクライマックスになだれ込む。

実によく計算され、ていねいに描かれた
オリンピックを巡る隠された物語。
しかも、事件が終了後も、
闇から闇に葬られてしまうという結末。

当時の国際大会招致にわく東京の様子が詳細に描かれ、
敗戦後19年で、オリンピックを開催できるまで復興した日本を
国民が全員で誇らしく思い、
成功に向けて一丸になっている様子がよく描かれる。
道路や建物が整備され、
東京は景観を一変する。
開会式に間に合わせて、町がきれいに舗装され、
来日した外国人に「美しい東京」を見てもらおうと、
洗濯物を軒下に干さないようにという申し合わせがなされ、
婦人たちがどぶさらいをし、
街中での立小便は厳しく取り締まられ、
傷痍軍人をはじめとする物乞いが東京から姿を消し、
(後に北京オリンピック、上海万博でも、中国は同じことをした。)
嘘か本当か知らないが、
暴力団までもがオリンピック期間は田舎に疎開するという協力ぶり。
途中学生運動のメンバーのことも描かれるが、
オリンピックの阻止運動などしようものなら、
全国民を敵に回すとして、自粛する様子も描かれる。
とにかく、東京オリンピックは、
当時の日本人にとって、
一生に一度の誇らしい出来事だったのだ。
成功を望まない国民は一人としていなかった。

コロナ禍の影響でオリンピック中止論が幅を効かせる今とは、
えらい違い。
それと共に、当時の日本が
中央と地方の格差が激しく、
秋田の農村など、貧困にあえいでいた様子も描写される。
その後、農村にも富が行き渡り、
農家が豊かになるのがその後の数十年だ。
犯人の国男は日本でもプロレタリア革命が起こると信じるが、
それは、貧困というバックグラウンドが必要で、
その後の高度経済成長で、
全体が豊かになることによって克服されてしまう。
50年前はストライキは日常茶飯事だったが、
今はそんな話は聞かない。
サラリーマン労働者が
全員中流意識を持つようになったからだ。

などと感慨深く思い出すオリンピックの思い出
そのオリンピックの陰にあった孤独なテロリストを描いて
秀逸な一篇になった。

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2013年11月30日と12月1日に
テレビ朝日開局55周年記念番組として、
2夜連続ドラマとしてテレビドラマ化
監督は藤田明二。
捜査官の落合昌夫を竹野内豊、
犯人の国男を松山ケンイチが演じた。

ドラマ版では島崎を追う刑事の落合昌夫を中心に描く。
実際のオリンピックの映像として
記録映画「東京オリンピック」(1965)の映像が随所に使用された。

原作では語られなかった、落合昌夫が15歳のときに遭遇した
1945年3月10日の東京大空襲で母を亡くすという
過去のエピソードが新たに追加され、
これにより年齢も30歳から34歳に変更されているなど、
登場人物のキャラクター設定などに追加や変更点が見られる。

ドラマオリジナルキャラクターも登場する。
落合昌夫の妹である落合有美が登場するほか、
上野署の窃盗犯を追う所轄の3係刑事に相当する人物として
上野署スリ担当刑事の佐藤茂雄も加わる。
浜野教授に至っては容姿、性別が変更され、
原作では初老の男性だが、
ドラマ版では江角マキコが演じることもあり、
40代の黒髪の女性の姿となっている。





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