暗い情念  様々な話題

↓朝日新聞7月14日の記事。

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東京オリンピックの開催について、
28カ国で世論調査をしたところ、
「反対」と答えた人が57%だった、
という話だ。
だから、とうだというのか
中止しろとでもいうのか。
よく事情も分からない外国人の
無責任な回答を掲載して何の意味があるのか。
こんな記事は、
五輪の開催のために一生懸命になって努力している人たちの
意気を粗相するだけだ。
記事にすらする必要がない
朝日新聞は恥じるべきだ。

今、奥田英朗
「オリンピックの身代金」(2008年刊)という本を読んでいるが、
57年前の1964年の
東京オリンピックの雰囲気をよく伝えている。

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戦後20年も経たないうちに、
オリンピックを開催するまでになった
祖国日本を誇らしく思い、
国民が一丸になって開催へ向かっている。
外国からのゲストに「美しい日本」を見てもらおうと、
道路を整備し、建物をきれいにし、
洗濯物を軒下に干さないように申し入れし、
傷痍軍人をはじめとする道端の物乞いは一掃され、
暴力団は開催期間中、地方へ疎開することを決めたという。
左翼の学生運動たちも、
五輪を阻止するような動きは見せない。
そんなことをすれば、
全国民を敵にまわすことを知っていたからだ。
立派な大会にすること、
そこに国家の威信がかかっていることを自覚し、
全国民が全てのエネルギーをそこに向けていたのだ。
そして、こう書いている。

「成功を望まない国民は一人としていない」

当時高校生だった私は、
そのことを実感している。

ところが現状はどうだ。
オリンピックが政争の具にされているのが現状ではないか。
野党はここぞとばかりに政府を責め立て、
マスゴミは不安要素だけを報道し、
開催反対の声ばかりを報道する。
五輪に国としての信用がかかっている。
だから成功へ向けて、
みんなで努力しよう、
などという論調は皆無だ。
50年もたって、
日本はこんなにも愚かな国になってしまったのか。

菅総理をはじめてとする
責任ある立場の人は、
「五輪開催は国際的公約だ。
約束を果たさなかったら、
日本という国の信用が損なわれる。
どんな困難も克服して、
成功させねばならない」

とはっきり言ったらいいのに、
なぜか言わない。
開催の目的を明確にすれば、
賢い日本国民は、
「なるほど、そうだった」
と目を醒ますだろうに。

朝日新聞をはじめ、
各テレビ局は、
実はオリンピックが失敗することを願っているのではないか。
そうすれば、政権を追いつめることができる、と。

しかし、政争よりも大切なのは、
国としての誇りであり、
信用だ。

それを捨て置いて、
人の失敗を願う暗い情念
深いところに根ざす、反日のメンタリティ。
国の威信より、個人の怨念を優先する濁った心情。
ああ、情けない。

感染拡大が激しいと
毎日の新規感染者の数を大喜びで報道するが、
ワクチンが浸透したとされるイギリスでは、
新規感染者が一日5万人もいる。
それでも7月11日には、
サッカー欧州選手権が開催され、
競技場に6万7千人が集まった。

タイでは一日1万人を越しているという。

日本での新規感染者は一日2千人か3千人。
医療崩壊も起きていないし、
死者数も減少している。

律儀な日本人は、
新規感染者がゼロになるまで、
この報道姿勢を続けるだろう。

米国医療関係者の言葉。

「アフターコロナとは、
ゼロコロナの社会ではなく、
コロナ耐性のある社会活動のこと。
ニューヨーカーのように、
『コロナに罹っても
重症化して死ななければ、
ただの風邪』
という考え方」


ゼロリスクを追究する限り、
この狂騒曲は終らない。
何年か経ってから、
この2年間のことを詳細に研究した時、
どんなに狂った時期だったかが明らかになるだろう。





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