解放記念日・その2・映画アーカイブ  映画関係

(ワクチンを打って、新型コロナウィルスからの)
解放記念日、国会図書館の後は、京橋へ。

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ここで昼食を。
このお店で、

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マグロづけ丼ランチを。

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注文してから、5分とかからず、すぐに出てきました。

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マグロがたっぷり。
下のご飯が少なめなので、
白飯一杯追加を頼めます。

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マグロ好きの私としては、満足。
これで税込み1000円は安い。

京橋に来た目的は、ここ↓。

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国立映画アーカイブです。

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独立行政法人国立美術館が運営する、
日本で唯一の国立映画機関。
創立は1952年。
昔は東京国立近代美術館フィルムセンターといいました。
2018年4月に改称。
アーカイブ(archive )とは、
「公文書」や「保存記録」、「記録保管場所」、
「〜を保管する」などの意味を持つ言葉。
何で変えたんでしょう。
フィルムセンターなら一発で内容が分かるのに。

2つの上映ホールと展示室、図書室を備えており、
ホールでは、
監督、俳優、製作国、ジャンル、時代など、
多様なテーマにあわせた特集上映を行っています。

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2階の長瀬記念ホールは座席数310。
ホール名は当館の大口寄付団体である長瀬映像文化財団および
映画監督の小津安二郎にちなみます。

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地下1階の小ホールは座席数151。

昔はよく通ったものです。

所蔵映画フィルム数(2020年2月末時点)は、
日本映画 7万2千443本、
外国映画 1万503本、
計8万2千946本。

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4階図書室は、映画図書を専門としており、
和・洋書の単行本、国内外の映画祭図録や
映画雑誌を閲覧室で読むことができます。

所蔵映画関連資料数は、
映画関係図書(和書)4万4千591点、(洋書)5千478点、
シナリオ約4万8千点、
ポスター約6万1千点、
スチル写真約76万点、
プレス資料 約7万4千点、
技術資料 約700点。

7階展示室は、
映画のポスター、写真から映画機材、映画人の遺品まで、
映画関連資料を用いた展覧会を行っています。

で、今日、ここに来たのは、↓の展示を見るため。

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入館料がシニア無料はうれしい。

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常設展も見れます。

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というか、常設展を見ないと、特別展には行き着けません。
というわけで、まず、「日本映画の歴史」を。

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当館が所蔵する資料を使って、
日本映画の歴史をたどります。

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初期のカメラはこんなだったんですね。

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で、撮った作品は、
舞台をそのまま写しただけのものでした。

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題材も、歌舞伎や時代物が主でした。

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カメラも進化。

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この形に落ち着きました。。

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台本など。

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昔のポスター。

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国内初のカラー作品。
当時は「総天然色映画」と申しました。

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ゴジラ第1作は、三島の映画館でリアルタイムに観ました。

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「日本映画ここにあり」を伝えた「羅生門」。

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国内初の長編アニメ。1958年作品。

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森繁久彌と宮城まり子が,全ての声を担当しました。
東映アニメは正月と夏休みに上映され、
小学生だった私は、毎回通いました。

↓この映画は、中学で団体鑑賞。

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中学校から歩いて渋谷の道玄坂の映画館で観ました。
途中、ラブホテル街を通るのですが、
先生たちはどうしたのでしょうか。
それとも、まだラブホテル街にはなっていなかったのか。


ようやく、この展示に到達。

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「SCREEN」は、近代映画社の映画雑誌。
季刊の「ポートレート集」として1946年5月に創刊。
翌年2月発行の第3号からは
月刊の「アメリカ映画紹介鑑賞誌」として新たなスタートを切り、
間もなくヨーロッパ映画を含めた
洋画ファン雑誌のスタイルを確立して、
現在まで長く続き、
この5月に創刊75周年を迎えました。

↓は創刊号のタイロン・パワー。

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類似誌の「映画の友」「ロードショー」が終ってしまったのに対し、
75年も続いたのだから、たいしたものです。
本国から供給される情報や写真に頼った画一的な記事をよしとせず、
ハリウッドに自社の通信員を置いて
スターたちの生の声を伝える姿勢が
長続きした秘密かもしれません。

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この展覧会では、
1950年代から1990年代までを対象に、
ハリウッドで独自に収めた華やかなスターフォトや、
スターの来日時に撮影された貴重な写真を通じて、
日本の映画ファンが注いできた情熱の系譜をたどります。

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来日したスターたちの取材記事。

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中でも、マリリン・モンロー来日の記事が目を引きます。

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スターたちのサインも。

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「スクリーン」と書いたのは、ショーン・コネリー。

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これは、チャールトン・ヘストンのサイン。

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「スクリーン」誌を持つスターたち。

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来日時の写真。

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なつかしいスターたち。

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アジア初のオスカー受賞者、ミヨシ梅木。

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圧巻の表紙集。

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ジェームス・ディーンとアラン・ドロンが並んでいます。

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年ごとのデータも。

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1951年の人気ナンバーワンは、
ゲーリー・クーパーとジューン・アリスン。
渋い。

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左がハリウッド通信員ヤニ・ベガキス氏。

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しばしの間、タイムスリップした気分を味わいました。

この展示会は、7月18日まで

その後、上野のアメ横へ行って、
あるお店に行きます。
それは、また今度。






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