短編集『おちゃっぴい』と『神田堀八つ下がり』  書籍関係

[書籍紹介]

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宇江佐真理の時代小説短編集。
6篇を収録。
「町入能」と「概ね、よい女房」が同じ裏店を舞台にしており、
「れていても」と「あんちゃん」が登場人物が同じ。

町入能

大工の初五郎の住む裏店に、町入能の話が舞い込む。
町入能とは、江戸城で開催される能舞台に、
町人を招待して見せてあげよう、という行事。
いつもは町のお偉方が招かれるのだが、
毎年のことで退屈してしまったため、
長屋の者が代わりに参加することになったのだ。
どんな服装で行くか、立ち居振る舞いをどうするか、
そもそも、お能とは何なのか。
戦々恐々とする長屋の一堂。
初五郎は、江戸城に憧れを抱いていたので、期待する。
浪人の花井久四郎も招待にあずかり、
そこで思わぬ人物に再会するが・・

おちゃっぴい

おちゃっぴいとは、おしゃべりで活発な女の子を指す言葉。
「お茶を挽く」から転じたものだといわれる。
江戸時代の遊郭で、お客がない遊女のことを「お茶挽き」と呼んでいた。
お茶を挽いている遊女たちは、
ぺちゃくちゃとおしゃべりでもしながら茶を挽いており、
その様子を「お茶挽き」から「おちゃっぴい」と呼ぶようになったという。

浅草・御蔵前の札差・駿河屋の一人娘、お吉がまさにおちゃっぴい。
駿河屋のおてんば娘、あるいはおちゃっぴいを知らない者はない。
父親に手代の惣助と祝言を挙げてはどうかと言われ、
怒ったお吉は家を飛び出す。
惣助が追いかけてきたので、
お吉は浅草寺で見知らぬ男に声をかけ、助けを求める。
その男は絵師で英泉と名乗った。
(菊川英泉、数多くの艶本(好色本)と春画を世に送り出しており、
「淫斎英泉」とも呼ばれる。
矢代静一による戯曲「淫乱斎英泉」が有名)
英泉は用事があったが、お吉が離れないので、
仕方なくお吉を連れて行った。
その行き先は葛飾北斎。
そこでお吉は北斎の娘のお栄という女性に会うが・・・
天才画家・北斎の生活感が描かれて、興味深い。

れていても

薬種問屋・丁子屋の跡取り息子、菊次郎。
父親の菊蔵が中風を患い、
店の一切がいきなり菊次郎にのしかかってきた。
引き継いでみると、多額の借金があることが分かった。
この苦境を乗り切るために、
同業者のなり田家の娘・おかねを
持参金目当てに嫁にしなければならない。
しかし、おかねは醜女なのだ。
菊次郎にはひそかに思いを寄せる人がいた。
女筆指南をしているお龍という五つ年上の女だ。
人参湯での仲間はお龍に告白しろと迫る。
しかし、お龍の心の中に医師の佐竹玄伯があることを知ると、
菊次郎は一世一代の「男前」な行動を取る・・・

概ね、よい女房

大工の初五郎の真向かいで、
花井久四郎が暮らしていた所に
新しい店子が入ることになった。
越してきたのは実相寺泉右衛門という侍と、
おすまという女。
おすまは泉右衛門が屋敷にいた頃に奉公していた女中だという。
裏店の皆は、泉右衛門に好意を持ったが、
おすまは小言がうるさすぎで敬遠された。
年越しのために餅つきの際、
おすまの小言に耐えられなくなった一人が怒りだし・・・

驚きの、また喜びの

岡っ引きの伊勢蔵には、十六になる娘の小夏がいる。
その小夏に好きな人ができたようだ。
龍吉という鳶職の若者だが、
その父親の末五郎が若すぎる。
なにしろ、十四歳の時に出来た子供だという。
そんな奴に娘をくれるか、と伊勢蔵は拒絶するが、
やがて火事の時、末五郎がまといを持って火事現場に立ち・・・

あんちゃん

薬種問屋「丁子屋」の菊次郎は、
とうとう同業のなり田家の娘おかねといやいや祝言を挙げた。
人参湯の二階にはいつもの連中が集まって話が盛り上がっていたが、
そこに、初めて見る顔の男がやってきて、
いつのまにか話の輪に入っていた。
男は林家庵助といい、落語家のような、幇間のような印象だ。
この庵助が菊次郎の周りをうろちょろするようになった。
庵助だから、みんなから「あんちゃん」と呼ばれた、
この男の正体は・・・

                                        
続いて、↓を紹介するのは、

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「おちゃっぴい」の登場人物のその後が描かれているものが多く、
いわば続編のようになっているから。
そのことは、あとがきで著者本人が述べている。

今回は、御厩河岸、竈河岸、浜町河岸など、
6つの河岸を舞台にする、という趣向。

どやの嬶(かか)

父親の店・和泉屋が火事で焼失し、父親も死に、
叔父によって店の銭箱を持ち逃げされ、
ただ一人残った番頭の卯之助に助けられて、
土間に野菜を並べて売るような生活に落ちてしまった17歳のちえ。
店を訪れてきた勘次は船宿、川藤の息子。
勘次に誘われて訪れたちえは、
女将のお富士の奔放な姿に驚くが、
川藤の人々の生き生きとした家族の暖かさに触れて癒されていく・・・

浮かれ節

小普請組役人の三土路保胤(みどろやすたね)は、
唯一の趣味であり特技でもある端唄の名手だが、
新しく流行り始めた都々逸(とどいつ) に触れて衝撃を受ける。
娘を嫁に出すための支度金欲しさに
都々逸との歌合戦に参加するが・・・

身は姫じゃ

「おちゃっぴい」の中の「驚きの、また喜びの」に出て来た
岡っ引きの伊勢蔵が主人公として再登場。
既に歳月が過ぎ、娘の小夏の婿、龍次は子分になっている。
家に帰る途中、和泉橋のたもとで、
7、8歳の小娘が橋の下にいるのを見つける。
声をかけても「身は姫じゃ」というだけ。
家に連れて帰ると、
身は汚れているが、着ているものは羽二重で絹で出来ており、
そこそこの身分の娘だと察しがつく。
翌日から身元を当たるが、
そのような姫が家出をしたという話は聞かない。
古着屋で娘が着ていたと思われるものをみつけるなどして、
その「姫」の身元が分かって来るが・・・

百舌―本所

青森弘前藩の藩校であった稽古館の教官を務め、
政争で敗れて江戸でわび住まいをしている横川柳平。
彼に学問をさせるために犠牲になった姉を常に思う。
江戸で放浪したあげくに兄を頼ってきた弟と共に、
姉を最後に江戸に呼び寄せる。

愛想づかし

日本橋の廻船問屋・三枝屋の息子、旬助は、
勘当され、3年間、地方で働く。
江戸に帰った後、
待っていた居酒屋の酌婦のお磯と一緒に住んでいる。
しかし、家の事情が変わって
旬助は三枝屋に帰って来るように要請される。
お磯をどうするか。
旬助にはお磯にまつわる悪い噂も耳に入って来るが・・・

神田堀八つ下がり

「おちゃっぴい」の「れていても」と「あんちゃん」に出て来た、
薬種屋の菊次郎が再登場。
不細工な女と持参金目当てに結婚したのだが、
既に子供は3人も出来ている。
その菊次郎も男を上げ、
旗本の次男坊、青沼伝四郎のことで
一肌脱ぐことになる。
この話に、老舗料亭の板前だった源次の話が加わる。
大店の料理屋を飛びだした料理人が
場末の小さな店でも紋付き、袴で作業し、
料理人としての矜持を持って生きる姿に
青沼伝四郎が感銘を受ける。

「拙者、恰好を調えるということを勘違いしておりました。
人によい印象を与えるためにだけそうするものと思っておりました。
言わば、見栄であると。
しかし、源次という板前は自分のためにそうしていた。
乱れた恰好をすれば料理も乱れると、
己を戒めておったのです。
拙者、そこに感動しました」


八つ下がりとは午後2時過ぎのことで、
源次の作る料理を食べ終え皆が満足した頃合のことをさしている。

副題に「河岸の夕映え」と付いているのは、
江戸は、大川と呼ばれた隅田川や
その支流の小名木川などのいくつもの川が流れ、
川や堀には橋が架けられたり、
舟の渡しがあったりして、
河岸と呼ばれて名前がつけられていた。
河岸は、人と人との出会いの場であり、
また別れの場でもあったところ。
本作は、それぞれの河岸に住む人々の姿を通して、
家族、親子、夫婦、男女や兄弟のそれぞれの愛情の姿に
スポットを浴びせて描かれている。
                                                                                                                      第129回直木賞候補作

                                                                                                                        




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