私の引っ越し歴  身辺雑記

調べ物をしていたら、
私の住居に関する資料が出て来たので、
今回は、その件を。

私が生まれたのは静岡県田方(たがた)郡韮山村
現在の伊豆の国市南條
当時は産婆さんを呼んで、家で生むのが普通だったので、
生誕の地は、伊豆長岡駅前の実家になります。
(今はありません)
そこで小学校4年まで10年11カ月住み、
1958年4月に一家で上京

渋谷区代々木深町(代々木八幡駅近く)に4年4カ月。
小学校は富谷小学校、中学は上原中学。
1962年8月に、
港区港南(品川)の団地が当たり、
一家でそこに引っ越します。
そこで4年7カ月住み、高校は都立小山台高校。
そして、ここから大学に通います。

1967年3月から麻布の一軒家に住み、
約1年いた後、元の品川の団地に。

1969年、家を出て、共同生活に。
その関係で、以下のとおり転々とします。
1969年4月、中野区野方(5カ月)、
同年9月、文京区千駄木(3カ月)、
同年12月、豊島区駒込(1年)、
1970年12月、文京区大塚(3カ月)、
1971年3月、世田谷区北沢(池ノ上)(1年6カ月)、
1972年9月、豊島区目白(1年6カ月)、
1974年3月、小平市花小金井(7カ月)、
1974年10月、新宿区高田馬場(11カ月)。
東京都の各地を、よくも移動したものです。
                                                         そして、1975年9月から一人暮らしを始め、
江東区牡丹(門前仲町)に1年8カ月。
そこで結婚したので、狭くなり、
「川を越えたら安くなる」という情報により、
東西線を東に進み、千葉県浦安町へ。
(後に市に昇格)
東京ディズニーランドが出来る前です。
銀座に住んでいた江戸っ子の義兄からは、                          
「浦安なんて人間が住むところじゃねえぞ」と言われました。
地下鉄東西線浦安駅から徒歩8分ほどの2Kの賃貸アパートに。
地名は猫実(ねこざね)、後に北栄(きたさかえ)と変わりました。
今までが共同生活と4畳半の木造アパートだったので、
「こんな贅沢をしていいものか」と思いました。
そこでが生まれ、一家は3人に。
娘が一歳になったのを機に、最終的な勤務先に勤め始めました。
それまでは自由人です。

カミさんが勤めていた不動産屋の情報で、
いい物件があるというので、
今の団地の3LDKを購入。
住所は浦安市富岡
再び、「こんな贅沢をしていいものか」と思いました。
娘の小学校入学を契機に、
1985年3月に引っ越し、それから36年。                   
14回の引っ越しの末に至った終(つい)の住処(すみか)。
これがまあ ついのすみかか 埋め立て地
と詠んだ句が、
2011年の東日本大震災以降、
これがまあ ついのすみかか 液状化
と変わりました。
                                        
駅もスーパーも図書館も病院も近い、便利で静かな立地。
ローンも終わり、ここが最後の居住地です。
養老施設に入る予定はありません。





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