映画『漁村の片隅で』  映画関係

[映画紹介]

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これはこれは、珍しいカメルーンの映画
カメルーンと聞いて、ああ、あそこか、と
思い浮かべられる方は少ないと思うが、
地図上の位置は、↓。

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ドイツとフランスとイギリスの植民地だったことがあり、
アフリカでは比較的早い1960年に独立。

私も、カメルーンについては、切手の知識しかなかった。

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そのカメルーンの漁村が舞台。
12歳のエカは、母親を亡くし、
父親ソロと暮らしていた。
父が獲ってきた魚を主婦たちに売りさばく毎日。
エカは、パキスタンの女性人権活動家で
ノーベル平和賞を受けたマララ・ユスフザイに触発され、
自分も学校教育を受けたいと思うようになった。
しかし、父親は、
「こんな漁村で教育なんか必要ない。
しかもお前は女だ。
嫁に行く身に、学問など要らない」
と断言すし、お仕置きさえさせられる。

エカは、学校の壁の隙間から授業を盗み聞きし、
誰も答えられなかった数学上の問題を解いてしまったりする。
その能力を見抜いた教師のビビは、
学校に入ることを勧めるが、
ソロは拒絶する。
実は、ソロは妻が教育を受けて変貌し、
夫を無学者と蔑んだ過去にとらわれていたのだ。

学校の管理者は、
村での摩擦を恐れて、
ビビとエカの接触を禁ずるが、
エカはビビの元を日参し、
ついに個人授業を受けることに成功する。
スポンジが水を吸うように知識を吸収するエカに、
ビビも教師としての喜びを感ずるのだった。
教師にとって、教え甲斐のある生徒ほど嬉しい存在はいない。

全国学力試験が近づき、
ビビの学校からも選手を出さなければならなくなるが、
みんな成績不振で良い選手がみつからない。
不参加だと、廃校になってしまうかもしれない。
管理者の妻が、エカを出したら、と提案するが、
その時、エカの身辺では危機が迫っていた。
ソロの兄が借金のかたに、
エカを嫁入りさせようとしていたのだ。
強引に結婚させられたエカには、
毎日がレイプ地獄だった。
そして、試験の日程は迫って来る・・・

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アフリカの教育事情に触れて、大変興味深かった。
実は、カメルーンの識字率は75.0%で、意外と高い。
ただ、地域による格差が大きく、
エカのいたような漁村や農村では、
教育はうとんじられていたのだろう。
貧しい地域では学校に通わせる余裕はなく、
子供は労働力、
ましてやいずれ「嫁」(子供を生む機械)になるだけの
女の子に教育の機会を与える必要はないのだ。
「女に教育は要らない」
というのは、戦前の日本みたいだ。

カメルーンの教育制度は小学校6年、中等学校4年、
高等学校3年、大学3年で、
義務教育は小学校6年間のみ。
エカはそれさえ受けさせてもらえなかった。
学校に行く友達をうらやましげに見るエカの姿や、
夜中に学校に忍び込んで、
黒板の字をランプで照らす姿が哀れを誘う。
教授言語は旧・フランス領地域ではフランス語、
旧・英領地域では英語で、
この映画では英語と現地語が交錯する。

しかし、元々利発な少女エカには、
現状を打ち砕く情熱があり、
それを助ける教師(ビビ)も存在していた。
このあたり、「リトル・ダンサー」(2000)に通じるものがある。
最後の試験の決勝の下りは、
「スラムドック$ミリオネア」(2008)か。
ここで、マララへの知識が登場するのは、脚本の妙味。

展開はご都合主義で、
最後のくだりなど、
「一体、いつ?」との疑問も起こるが、
まあ、仕方がない。

「実話に基づく」とタイトルが出るが、
どこまで実話で、どこから創作かは不明。
ただ、映画のラスト、
大学の卒業式で演壇に立つエカのスピーチは
十分感動的だった。

監督はエナ・ジョンスコット
登場人物は当然黒人のみで、
俳優はもちろん知られていない人たち。
12歳のエカを演ずる少女は、
なかなかの演技力で抜擢されたのだろうが、
もう少し映画的に可愛かったら、もっとよかったのに。
そうでなければ、借金をチャラにしてでも
嫁に欲しいという説得力がなくなってしまう。

また、中央アフリカの人々の生活、
派手な衣服、木で立てられた民家、路地、
貧しい食事など、興味津々だった。

先のアカデミー賞国際長編映画賞部門の
カメルーン代表作というのだから、
国内での評価は高かったと思われるが、
ノミネートは果たせなかった。

4月4日からNetflixで配信。

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