小説『野良犬の値段』  書籍関係

[書籍紹介]

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百田尚樹が書いた誘拐ミステリー。
誘拐モノは多々あるが、
これは新機軸
何が新しいか。
未読の方のために書けないのが残念。

ネット上の「誘拐サイト」というのが登場する。
「ある人物を誘拐した、
 これから“実験”を開始する」

という内容だ。
毎日朝8時に更新され、
誘拐された人の写真と名前と年齢が公開される。
無精髭で髪の毛もぱさぱさの中年男性ばかり6人だ。
どうやらホームレスたちらしい。
いたずらではないかとマスコミは当初無視するが、
ネット上では話題が沸騰する。
やがて6人の動画と音声が公開され、
更にテレビ局2局と新聞社2社に
億単位の身代金が要求される。

その間に警察は6人の人物の特定を進める。
昔、娘が殺された事件の父親だったり、
ホームレス襲撃事件の被害者だったり、
痴漢で逮捕された人物だったりする。
一人だけ分からない人物がいる。

常日新聞社に期限付きの身代金が要求され、
支払わなければ、人質を1人殺す、と宣告される。
テレビ番組は「支払うのが是か否か」のアンケートを開始する。
新聞社が拒絶し、期限が過ぎた翌朝、
渋谷のハチ公前に生首が置かれる。
こうして、事件はいたずらや狂言の可能性から、
本格的な犯罪へと発展する。
しかも、全ての過程が公開された、「劇場型犯罪」。
サイトは複数の国のサーバーを経由したもので、
発信者の特定は困難だ。

常日新聞が身代金を支払わなかったのは当然
という意見がある一方で、
全国で購読解約が頻発する。
その損失は身代金の額を上回るものとなる。

誘拐サイトの矛先は公共放送のJHKに向かう。
会議が行われ、拒否と決まり、
会長みずから放送で宣言する。
その結果、2番目の生首が置かれ、
矛先はもっと大きい大和テレビと東光新聞に向かう。
多額の身代金の要求が突きつけられたのだ。
大和テレビは36時間テレビの放送が近づいており、
「愛は世界を変える」というキャッチコピーの建前上、
身代金拒絶した後の世間の反応が気がかりだ。
スポンサーも降りるだろう。
週刊誌に「命を何よりも大切だと言ってきた東光新聞」
という記事が書かれ、
身代金を拒絶した時の購読解約の予測は
何十億という巨額なものとなった。

物語はおよそ半分まで進んだ時「第二部」になり、
ここからは犯人側からも描かれる。
犯人たちの正体、誘拐と身代金要求の意図が明らかになる。
未読の方のために、
第二部の内容は書かない。
ただ、犯人、警察、放送局、新聞社の間での虚々実々の駆け引きが続く、
とだけ書いておこう。
この後半はまさにサスペンスで、読者を惹きつける。

ホームレスの写真の背後に置かれた新聞の1面にした仕掛けで、
犯人が新聞を買った地域を特定しての映像探しや
音声の背後にわずかに聞こえる電車の通過音から
アジトの地域を特定するなど、
興味深い捜査手法も明かされる。
特に電車の通過音については、
黒澤明の「天国と地獄」を作者が観ていたとしか思えない。
「天国と地獄」は、
誘拐された他人の子どものために身代金を支払う話だが、
今回はホームレスの命を救うために
無関係の新聞社や放送局という公共的な企業が
身代金を負担できるかという
困難な課題を上げる。
しかも、誘拐されたのはホームレスという社会からの落ちこぼれ
新聞社や放送局は、
その社会的に不要な人々の命の重さを負えるか。
題名の「野良犬の値段」は、まさにそのことを突いている。

百田尚樹らしいマスコミ批判もあふれる。
日頃人命尊重を口にしていたマスコミが、
いざ自分のこととなると、
人命を軽視する建前と偽善の正体を表す。
特に、36時間テレビは、
チャリティをうたいながら、
その実スポンサー料で荒稼ぎをし、
タレントに高額な出演料を支払うなどという事実を暴露する。
欧米ではこうしたチャリティー番組では、
タレントはノーギャラ、局も利益なしが普通なのに、
日本はテレビ局の20億円もの荒稼ぎの場となっている。
視聴者から寄付を募りながら、
自分自身は儲ける、偽善の構造なのだ。
この本が日本テレビでドラマ化されることはないだろう。

また、事件報道で標的にした生贄を徹底的に叩き、
その疑いが晴れた時は、
報道しない、
新聞社や放送局の傲慢さも描かれる。

元放送作家で、自身でツイッターも運営する百田尚樹だからこそ
書ける、ユニークな劇場型誘拐犯罪の顛末。
終盤近くなると、
残りのページ数が気になり、
物語がどんな決着をつけるかが分からない。
とにかく面白いので、
一読をおすすめしたい。
映画化期待。





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