小説『ぼくもだよ。』  書籍関係

[書籍紹介]

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神楽坂近くの都営住宅で
盲導犬のアンと一緒に暮らす竹宮よう子にとって、
木曜日は特別な日だった。
出版社から依頼されている書評の締め切りが月2回の木曜日。
間の締め切りではない木曜日は、
担当編集者の七瀬希子とランチするのだ。

神楽坂の裏通りにある古書店の店主・本間にとっても
やはり木曜日は特別な日だった。
その日は、週一度の息子・ふうちゃん5歳との面会日。
保育園に迎えに行って、その日はふうちゃんは泊まっていく。
好きなパンケーキを焼いてあげ、
一緒に銭湯に行き、
本を読みながら寝かしつける。
それは本間にとって、至福の時間だった。
翌金曜日、保育園に送って、至福の時間は終る。

よう子は希子の勧めで、
小学校時代のことを書評の中でまとめてみる。
目が見えなくなりつつある頃、転校したこと、
転校先で陰湿で危険ないじめに遇い、
しかし、A君がよう子をかばってくれたこと。
読んだ希子の同僚の近藤の勧めで、
盲学校に入った時のことを小説として書く。
それは、カザマ君(前の原稿のA君)との別れについての話だった。

一方、本間の方は、別れた妻に恋人が出来、
その関係で、アメリカに移住する計画が持ち上がる。
もうふうちゃんに会えなくなる、という恐怖から、
裁判に訴えることも考える。

そんな中、よう子と本間を結び付ける人物が出て来る。
(そのことを読者に分からせる手順が素晴らしい。)
そして、よう子の高校時代のことを書いた小説で、
本間とよう子の関係が更に結びつけられる・・・

特別な木曜日のもう一つは、
高校時代のよう子がカザマ君に
図書館の中庭でエリック・ホッファーの「波止場日記」を読んでもらう
特別な時間のこと。

こうして、よう子の過去の物語と、現在を通じ、
まさに「奇跡」としか思えない、ある出来事が起こる・・・

と、これから読む人のために、
邪魔にならないように書いたので、
少々煮え切らない表現になっているかもしれない。
しかし、起こる出来事は、
人と人の関わり、結びつきについての
人生の不思議と秘密が一杯だ。

それと、本に対する愛情があふれているのが、
本好きにとってはたまらない。

題名の「ぼくもだよ。」は、
時と所を変えて3度出て来る。
そのたびに、
心が温かくなり、涙があふれる。

よう子の書評の一節。

人は食べたものと、読んだもので出来ている。
粗末な食事で自分を雑に扱えば
どこか雑な印象の人間になるし、
本を読む歓びを知らない人の会話はどこか退屈だ。
人はからだの中に海を持っているというが、
それは水塩比率のことだけではない。
言葉の海でもあるのだ。
その海に養分を与えてこないと、
女は三十三歳ごろからきっちりケジメを取らされる。
それは肌の調子や交友関係、
そして自己満足度にはっきり表われてくるのだ。


目が悪くなったよう子は、
人の言葉の中にある「嘘」を見抜くことが出来るようになる。
そのことについて、こう書く。

人間の目は恐ろしいほど複雑な組織で、
五感をかたちづくる細胞の八割を使ってしまうらしいです。
けれども視覚障碍者はその八割をほかのことに使える。
だから、聴覚や、いわゆる第六感が
研ぎ澄まされるのだと思います。
そして人は嘘をつくとき、
声の調子が変わったり、
普段とちがう分泌物が出たりします。
あとは邪悪な脳波が飛んだり。


それを感知するセンサーがよう子は優れているのだという。
なるほど。

漢方のハト先生が本間に言う言葉。

「子どもを生き甲斐にしちゃだめよ。
たいていの親が勘違いしてるんだけど、
子どもは親のために生きてるんじゃない。
自分のために生きているの。
親が心身ともに健やかじゃないと、
子どもの足を引っ張るだけだよ。
だからあなたにできることは、
毎日正しいところに心身を置いて、
きちんとお店をやること。
それが巡りめぐって、子どものためになる。
逆にいえば、それくらいしか子どものためにできることはないの。
親はなくとも子は育つ。
これ、本当よ」


希子たちが本間と組んで、
古書店の再生をはかる過程も面白い。
なるほど、こういう手があったか。

よう子が故郷の図書館に招かれて、シンポジウムで語る言葉。

「点字と普通の活字に、
本質的な違いはありません。
なぜなら読書の根本にあるのは、
“人生をより良く生きたい”と願う心と、
“世界をもっとよく知りたい”という好奇心だからです。
この二つが、書物へと自分を導いてくれます」


物語の中で、点字が果たす役割が大きいが、
実際は、全国に30万人ほどいる視覚障碍者のうち、
点字が読めるのは、10パーセント程度に過ぎない、というのも、
初めて知った。

点字は、6つの点で表す文字(表音文字=ひらがな)を
指先で読む、視覚障碍者の読書法。

↓はチューハイの缶に打たれた点字。
左から「オ」「サ」「ケ」(お酒)と書かれている。

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6つの点のうち左上の3つの点で母音を表し

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右下の3つの点で子音を表す
(ヤ行、ワ行、ラ行は特殊)

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濁音や半濁音、撥音、促音、拗音、句点、読点、数字などを表すルールもある。
点訳者は、このルールを覚えなければならない。
点訳とは、文章を点字に変換すること。

実は、私は大学初期の2年間、
「点友会」という点訳奉仕サークルに所属していた。
柔らかく突起が残る特殊な紙に
点字を打つ器具を使って、
書籍を点訳し、

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それを高田馬場にある点字図書館に寄贈する活動をしていた。
大学内で借りた部屋で、
昼休みや放課後にせっせと点字を打った。
時々「合宿」というのをやり、
泊まり込みで、午前2時間、午後4時間、夕食後2時間、点字を打った。
方法は一人が文章を読み上げ、
残りのメンバーが一文字ずつ点字にする。
器具には、6点ずつ打つ穴があいており、
そこに尖った道具で点を押し込む。
すると、裏面に尖った突起が出来、
それを視覚障碍者の方が指先で辿って読む。
つまり、読む側とは左右反対になり、
視覚障碍者が左から右に読むのに対して、
打つ人は右から左に打つ。
ある程度まで打つと、
隣の人と交換して、校正する。
合宿のたびに課題作品を決め、
それを点訳し、完成したら、
製本して寄贈する。

その後、点字タイプライターも開発され、

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今はパソコンでも点訳ができるらしいが、

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昔は、とにかく原始的方法の手作業だったのだ。

数字を表わす文字が
1から順に「アイウルラエレリオロ」だ
などということは、今だに記憶している。

と、昔の話を思い出し、
視覚障害者の世界と古書の世界に埋もれた読書体験。

最後近く、ある奇跡について述べる。

“見えることと、見えないことの奇跡”
かすみ(よう子の本名)とホッファーの目が
十五歳でまた見えるようになったのは奇跡だ。
かすみの目が見えなくなる代わりに、
他人に見えないものが見えるようになったのも奇跡。
そもそも目は五億年ほど前に奇跡のように誕生した器官だという。
そして人々は普段この器官に頼りきって暮らしているくせに、
いざとなると「大切なものは目に見えないのだ」というフレーズに
限りない共感を寄せるのも奇跡のように思えた。
ことほど左様に、この世は見えることと
見えないことの奇跡に溢れている。


実に読後感のいい、さわやかな本で、
なぜ直木賞候補にならなかったのか不思議だ。

ここのところ、「灯台からの響き」「八月の銀の雪」「心淋し川」と、
読書の歓びを感じさせてくれる本に連続して出会えて、
嬉しい。

平岡陽明の「ロス男」の紹介ブログは、↓をクリック。

「ロス男」



映画『めぐみへの誓い』  映画関係

[映画紹介]

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北朝鮮の日本人拉致問題を扱った映画。
2006年に「めぐみ 引き裂かれた家族の30年」という映画があったが、

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それはドキュメンタリーで、外人が監督、
今度の作品は日本人監督が撮った劇映画。
横田めぐみさんや田口八重子さんらが
拉致後、北朝鮮でどんなひどい扱いを受けたかを詳細に描写する。
つまり、創作だが、
帰国した拉致被害者らから取材した戯曲が元。

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新潟の海岸近くで拉致されためぐみさんは、
漁船に乗せられ北朝鮮へ向かうが、
気を失ったままのため、海に捨てられそうになる。
すんでのところで目覚めためぐみさんは船倉に押し込められ、
壁をかきむしって、爪がはがれてしまう。
「お母さん、お母さん、助けて」という
13歳の少女の叫びが悲しい。

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北に連れていかれためぐみさんは、
「朝鮮語を習得したら、帰してあげる」という嘘に騙され、
朝鮮語を必死になって学習する。
数年後、指導者の前に立って、
金日成と金正日を讃える言葉を
朝鮮語で言わされる。
その口調は、以前記録映画で見たことのある
北朝鮮の少女の、媚びたような、甘えるような言い方だ。
しかし、約束は守られず、心を病んだめぐみさんは
病院に収容されてしまう。

これらの描写は、拉致被害者の家族会の方は正視できないだろう。
自由を奪われ、家族を奪われ、人生の全てを奪われて、
独裁者の道具となっていく姿。

田口八重子さんは、子どもを二人残して拉致され、
あの大韓航空機爆破事件の金賢姫の教育係になる。
日本の習慣を教えられる金賢姫の戸惑いがおかしい。
「日本に帰りたい、東京の町を歩きたい、
クリスマスを過ごしたい、除夜の鐘を聞きたい」
という田口さんの言葉に「除夜の鐘って何ですか」と訊く金。
田口さんの嘆きは、
何でもない日常の中にある幸せが
人にとってどれほど大切か
を伺わせる。
その、小さな幸福を奪った北朝鮮の所業は許せない。

並行して、横田滋さん、早紀江さんを中心とする
家族会の活動も描く。

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しかし、最初の頃は「朝鮮人差別」だと罵倒されたりもする。
なぜか日本人は朝鮮のことになると、目が曇ってしまう。
外務省は「国交のない国だから」と動こうとしない。
旧社会党の議員たちは、拉致そのものを認めようとしなかった。
朝鮮総連も反発した。

2002年、小泉訪朝で金正日が拉致を認めた。
旧社会党の議員たち、朝鮮総連は反省も謝罪もしなかった。
5名が帰国し、拉致の事実が日本国民に明らかにされたが、
残りの人は死亡したとされ、
2004年にはめぐみさんのものというニセの「遺骨」が送られて来た。

それでも、家族会の人たちは生存を信じ、世の中に訴え続けた。
しかし、高齢の父母たちは一人二人と亡くなっていき、
横田滋さんも半年前に老衰のため87歳で亡くなった。
早紀江さんは、今、85歳。
生存を信じ、再会を待っている。

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めぐみさんが拉致されたのは、1977年。
もう43年がたち、めぐみさんは56歳になった。
小泉訪朝で道が開けるかと思ったが、
もう18年たつが、一歩も動かない。
政府認定の拉致被害者は17名だが、
日本の警察が「北朝鮮に拉致された可能性がある」と
公表している数は約882名。
こんなに沢山の人が、
悪質な国家犯罪の犠牲者になったのだ。

とにかく相手が悪い。
理論も理屈も誠意も全く通じない相手なのだ。
ヤクザでさえ、人の情、親子の情は理解する。
ヤクザ以下が北朝鮮という国(の指導者)だ。
その北に融和的態度を取って尻尾を降っている
韓国の文政権。
同根だと分かる所業だ。
こういうことを言うと、すぐ「差別だ」と言うが、
北と南は同じ民族であることを忘れてはならない。

前にも書いたが、
拉致問題は
その人の人間性を見るリトマス試験紙のようなところがある。
この問題に怒らないような人は、
心のどこかで正義感がマヒしているような気がする。

いずれにせよ、拉致問題は今に続く、現在進行形の事柄だ。
中国、韓国、北朝鮮のことになると、
なぜか腰が引けてしまう人々が多い中、
監督の野伏翔をはじめ
この犯罪に、真っ正面から斬り込んだ、
制作陣の勇気に感動する。
今まで誰も作ったことのない貴重な映画だ。

しかし、全国での映画館は少ない。
今日現在でわずか9館
3月になって少し拡大するが、
最大でも22館しかやらない。

東京では池袋の1館限り。
1日2回しか上映しない。
ガラガラだったらどうしよう、
と心配しつつ向かったが、
一つ置きとはいえ、ほぼ満席だったので安心した。

エンドクレジットで、
おびただしい人の名前が続く。
みな、クラウドファンディングで協力した人たちだという。
寄付の見返りは、チケットとかでなく、
このクレジットでの名前の開示だけ。
それでも、こんなに沢山の人が協力したということが心強い。

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そして、レビューには、
「全国民が観るべき」
「この映画を契機に日本政府を動かす力になれば」
「日本人は全員が見なければ、一生後悔する映画です」
「多くの人に映画館で観て欲しいです」
「とにかく一度ご覧ください!」
という声があふれていた。

映画の中で流れる美しい曲は、
私が好きな、
カッチーニの「アヴェ・マリア」
聴きたい人は、↓をクリック。

https://youtu.be/aYzhOe4CYNA

予告編は↓をクリック。

https://youtu.be/yPp-nyOlh1A

私は人生の最後に、
北朝鮮が崩壊して、
拉致被害者の方々が帰国して来る日を夢想する。
それを見届けるまでは生き延びたいと思っている。

「拉致問題国民大集会」に参加した時のことは、↓をクリック。

http://star.ap.teacup.com/applet/shokuniku/20100425/archive

映画「めぐみ」については、↓をクリック。

http://star.ap.teacup.com/applet/shokuniku/20061221/archive


タグ: 映画

プリンタの不具合  身辺雑記

昨日から、パソコンのプリンタに不具合が生じ、
カラー印刷が出来なくなりました。
カラーコピーは出来ますので、
インクのせいではなく、
パソコン側の設定に問題があるらしい。

いろいろ設定を見てみましたが、
原因が分からないので、
HP(ヒューレット・パッカード)の
カスタマー・ケア・センターに電話をしました。
このプリンターは2月に新調したばかりなので、
堂々と相談できます。

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ヒューレット・パッカードは、
1939年創業のアメリカのメーカー。
ウィリアム・ヒューレットとデビッド・パッカードという
二人の創業者の名前を取った社名。
このプリンターは、ビックカメラで
店員が腕時計をスキャニングして、
そのあまりのきれいさに、
驚いて、買い求めてしまって、
もう三代目

電話はすぐ繋がり、
先方の係の指示に従い、ある操作をすると、
あらあら不思議、
先方で私のパソコンを遠隔操作できるようになりました。

担当者が動かすポインターを
不思議な思いで眺めていると、
昨日私がしたと同じ設定検査をしています。
結局、設定には問題がなく、
何かが邪魔をしているかもしれない、
というので、あやしいプログラムを
アンインストール(削除)することになりました。

これも遠隔でポインターが動き、
次々と消していきます。
以前に電話でした時は、
こちらがプログラムの名称を読み上げて、
「それを消して下さい」などという指示で、
こちらで操作したので、手間がかかりましたが、
これなら簡単で確実。

HPがらみのプログラムが全部なくなったところで、
改めてドライバ(プリンタを動かすプログラム)をインストール。
「前はどうしました」と聞かれて、
「自分でやりました」と言うと、
驚いていました。
ほとんどの場合が、電話をかけて来て、
先方で送り込むのだそうです。

インストールの間に時間が出来たので、
質問魔に変身。
「なぜ今度のプリンターは裏側にスイッチがあるのか」
アメリカ人の発想は日本人と違い、
こまめに切って節電するという考えがない。

「インクが三色一体になったが、
一つの色が終わると、
全部交換となるのか」
まあ、均等に減ると考えて。
聞けば、前のプリンタではヘッドがプリンタ側にあったが、
今度のプリンタはインク側にヘッドがあるのだそうです。
「一日、何件くらい問い合わせに答えるのか」
大体15件位。
1件15分ほどで、
ほとんどの場合、ドライバのインストールで解決する。
などなど。

その他、オートオフの時間の設定や
スキャナーの設定などもやったので、
結局1時間54分もかかりました。
お疲れ様でした。
こういう電話対応の人のていねいさには、
いつも感心させられます。

で、夕食後、パソコンを開くと、
作ってもらったスキャナーのアイコンが消えてしまっています。
いろいろやってスキャナーを立ち上げようとしても、
うまくいかない。
私はかなりスキャナーを使う方なので、これは困る。

そういえば、前に自力でインストールした時は、
自動的にアイコンが出来ていたな、
と思い返して、
再びドライバのインストールを敢行。
すると、ちゃんとアイコンが出来て、
スキャナーも働きます。

ところが、
なにゆえか、画面の構成が前と変わってしまった。
これでは使いにくい。

そこで、裏技を行使。
というのは、「時を戻そう」ではありませんが、
ある操作をすると、
1日2日の幅で、
パソコンを過去の状態に戻すことが出来るのです。
そこで、2時間前に戻してみると、
まだそれでは不十分。
では、4時間前に戻すと、
別な不具合が。
というわけで、4回ほど試行して、
最適なところを見つけ、
プリンタのカラー印刷も、
スキャナーも出来るようになりました。

しかし、遠隔操作など、いつから出来るようになったのか。
こういう技術の進歩は驚くばかりです。


池袋へ  

一昨日は、
久しぶりに池袋へ。

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西口に向かいます。

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西武デパートは東口、東武デパートは西口にあります。

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昔、池袋と目白の中間あたりに住んでいたことがあるので、
この辺は頻繁に歩いていましたが、
最近では、5年ぶりくらい。
「トースト食べ放題」という喫茶店があり、
よく仲間と出かけました。
皿が空になると、
追加のトーストを持って来てくれますが、
断ると、皿を引き揚げて、それで終わり。
仲間の一人がトイレに行った時、
「あそこの学生たち、よく食べるわね」
とウエイトレスが言っているのを聞いて、
退散した経験があります。

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目的地は、この映画館。
なにしろ、東京では、
この1館でしかやっていない映画でしたので。

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2階と地下の2スクリーン。

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いかにもミニシアターらしく、
かなりマイナーなラインナップ。

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映画館の背後は歓楽街で、
西一番街や

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ロマンス通りの名がついています。

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中は、飲食と風俗のごった煮。

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スピーカーから、繰り返し流れる音声は、
まず、男性の声で、
「こちらは、池袋警察です。
客引き行為は条例で禁止されています。
そこの、あなた。
客引き行為はすぐやめなさい」

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続いて女性の声で、
「客引きの言葉は、全部、嘘です。
払ったお金は戻りません」
と。
客引きにお金を支払うことなど、あるのでしょうか。

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このアナウンスの中で客引きをするのは、
相当な精神力が試されます。

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こういう所には立ち入ったことがないのですが、
中はどうなっているのでしょうか。

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今日のお昼は、ここで。
コロナ禍の飲食店に、
「食べて、協力」

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ビルの3階にあります。

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「えっ、ここでいいの?」という店構え。

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中は、ちゃんとコロナ対策がされています。

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席もかなり多い。

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ランチは、この3種。

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これが、名物親子丼
ネットでみつけた品です。

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その後は、東口に向かうために、
このスロープを降りて、

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線路下のトンネルを。

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こういう名前がついていますが、

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正式名称は、これらしい。

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えっ、こんなところも雑司ヶ谷?

東口側の出口。

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昔、よく行った、文芸座(1956年開館)の様子を見てみようと思いましたが、
こんなパチンコ屋のビルになっていました。

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映画館は、「新」がついて、
3階にテナントで入っています。

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京マチ子特集をやっていました。

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独特なラインナップは、
生きていました。

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入場料は、2本立てで、
大人1450円、学生1350円、友の会1150円、
シニア1200円、ラスト1本1000円。
古い映画は35oのフィルム上映で、
中にはブルーレイで上映するのもあります。

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今のようなビルになったのは、
もう20年前のことのようで、
つまり、20年もこの映画館には行っていないことになります。

なお、姉妹館に、東口に「人生座」というのがあり、
文芸座より早い1948年に開館。(1968年閉館)
ここで「回転木馬」と「パジャマゲーム」の2本立てを観ました。
ミュージカルを観始めた頃のことです。

その後は、宮城県のアンテナショップへ。

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こちらが西口の正面です。

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今では、池袋は、
めったに訪れない、
遠い地になってしまいました。


写真集『ニッポン灯台紀行』  書籍関係

[書籍紹介]

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海岸線の長い島国日本は、
全国に灯台が多く、
その数3千を越える。
海沿いにスックと立つ灯台は、
絵になるが、
この本は、全国の美しい風景の中に立つ「絶景灯台」を
100選んだ写真集。

2月10日のブログで、
宮本輝の小説「灯台からの響き」を紹介↓したが、

小説「灯台からの響き」

その中で主人公が灯台巡りをする手引きとしたのが
この「ニッポン灯台紀行」だ。

美しい灯台のカラー写真にあわせて、
歴史やエピソードを解説する。
日本地図上での灯台の位置を示すマップも掲載されている。
「日本灯台百科」や「日本灯台年表」も素晴らしい資料だ。

撮ったのは、灯台写真家の岡克己さん。
日本にある全ての灯台を撮ってやる、との意気込み。

日本に本格的灯台の建設の契機となったのが、
下関戦争(1864年)の敗戦で、
英・米・仏・蘭ふへ支払う賠償金を3分の2にする代わりに結んだ「江戸条約」
外国船の航行の安全のために8基の灯台を建設することを要求された。

そのために、
横須賀製鉄所にいたフランス人のフランソワ・レオンス・ヴェルニーが起用され、
観音埼と野島埼の2基と、
緊急に追加された品川と城ヶ島の4基の灯台を作らせた。
残りの6基の建設のために呼び寄せられたのが、
イギリス人のリチャード・ヘンリー・ブライトン
灯台技師の派遣を要請されたイギリス政府が一般公募して
選ばれたのがブライトン。
しかし、実はブライトンは、
それまで鉄道関係の仕事しかしておらず、
灯台については未知数。
日本派遣が決まってから、
イギリス各地の灯台を訪れて、
灯台建設の実地研修を受けて来日。
それでも立派に灯台建設をなし遂げたのだから、
多分、IQが高く、吸収力が高い人だったのだろう。
1868年8月8日、
夫人と娘、義理の姉、助手と共に横浜港に到着。
この時、ブライトン、弱冠26歳
その後、8年間の間に、
日本全国に30余りの主要灯台を建設し、
日本の灯台システムを確立。
そのため、ブライトンは「日本の灯台の父」と呼ばれている。
ヴェルニーの方は「元祖日本灯台の父」と呼ばれている。

江戸条約の灯台一覧
観音埼灯台(初点灯1869年)
野島埼灯台(1870年)
樫野埼灯台(現存・現役、1870年) -初めて回転式閃光を採用した
神子元島灯台(現存、1871年)
剱埼灯台(1871年)
伊王島灯台(1871年)
佐多岬灯台(1871年)
潮岬灯台(1873年)

灯台の「高さ」とは、地上から頂部までの高さ、
「灯高」とは、平均水面上から灯火の中心までの高さを言う。

龍飛埼(たっぴさき)灯台に登る途中に、
「津軽海峡・冬景色」の歌謡碑があり、
赤いボタンを押すと、
「ごらんあれが龍飛岬 北のはずれと
見知らぬ人が 指をさす」

という、二番の歌が
大音量で流れるという。

以下、Wikipediaからの雑学。

灯台(lighthouse)は、
岬の先端や港湾内に設置され、
その外観や灯光により
船舶の航行目標となる施設。
                                        
記録に残る最古の灯台は、
紀元前7世紀に古代エジプトのナイル河口の寺院の塔上で
火を焚いたことに始まると言われている。
その後、紀元前279年頃から約19年の歳月をかけ、
いわゆる世界の七不思議の一つ「アレクサンドリアの大灯台」が
港口のファロス島に建設された。
これは約134mの高さがあったと言われ、
796年の地震で半壊するまで使用された。
その後、宝物が埋まっているとの噂により破壊が進み、
1375年の地震により完全に崩壊。
1477年には跡地に要塞が建設され、消滅した。
残っていたら、世界遺産認定間違いなしなのに。
また、同じく世界の七不思議の一つである
ロードス島の巨像も灯台の機能を果たしていた。

日本最初の灯台については、
839(承和6年)に復路離散した遣唐使船の目印として、
九州各地の峰で篝火を焚かせたと「続日本後紀」にあるのが
最初であると言われている。
建設が確認できる最古の灯台は、
摂津国の住吉大社(現大阪市住吉区)の西方にあった
鎌倉時代創建と伝えられる高灯籠であり、
大社の馬場だった住吉公園入口に場所を移し復元された。

江戸時代に入り海運が盛んになると、
日本式の灯台である灯明台や常夜灯(常夜燈)が
岬や港、港に近い神社の境内などに設置されるようになった。

航路標識として海上保安庁から正式に承認されている最古の灯台は
兵庫県西宮市にある今津灯台で、
1858年に再建されたものである。

日本最初の洋式灯台は、
江戸条約により
1869年(明治2年)2月11日に点灯した
観音埼灯台で、
着工した1868年(明治元年)11月1日が灯台記念日となっている。

昔は灯台守というのがいて、
映画「喜びも悲しみも幾年月」(木下惠介監督、1957年)にも描かれているが、
自動化が進み、
2006年(平成18年)11月12日、
日本で最後の職員滞在灯台であった女島灯台(長崎県五島市)が自動化され、
全ての灯台が無人化された。

「世界灯台100選」というのがあり、
国際航路標識協会の「世界各国の歴史的に特に重要な灯台100選」に選出された灯台。
日本からは↓の5つの灯台が選ばれた。

姫埼灯台↓

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犬吠埼灯台↓

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神子元島灯台↓

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美保関灯台↓

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出雲日御碕灯台↓

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「日本の灯台50選」は、
1998年(平成10年)11月1日の
第50回灯台記念日の行事として、
海上保安庁が募集し一般の投票によって選ばれた灯台のことである。

高いところが好きな私は
幾つか灯台を訪れているが、
記憶がさだかではない。
このブログでは、
角島灯台↓

http://star.ap.teacup.com/applet/shokuniku/20160916/archive

能登の禄剛崎(ろっこうさき)灯台↓が紹介されている。

http://star.ap.teacup.com/applet/shokuniku/20190729/archive

どちらもブライトンの作。

「灯台からの響き」の紹介ブログでも触れたが、
GPSが発達し、
位置や方位を船のコンピューターが受信して、
正確な航路が分かるようになったため、
灯台としての役目は終るという。
後は、歴史的建造物になる。
何だか淋しい。





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