小説『インビジブル』  書籍関係

[書籍紹介]

クリックすると元のサイズで表示します

昨年「へぼ侍」で松本清張賞を受賞した坂上泉の第2作。

舞台は昭和29年の大阪。
戦後9年経ったものの、
まだ街中に戦時中の残滓が残っている頃。

バラックのひしめき合う一角の空き地で死体が発見された。
鋭利な刃物で胸を刺し抜かれた遺体の頭部は、
麻袋で覆われていた。
その上、被害者は衆議院議員の秘書だという。
捜査員は汚職がらみかと色めき立つ。

その捜査員の新米、新城洋が主人公。
しかも、捜査の相棒として組まされた守屋は
いわく付きの人物だった。
当時は、警察組織が二重構造で、
市町村によって運営されるアメリカ式の自治体警察(自治警)と、
自前で警察を持てない零細町村部をカバーする
国家地方警察(国警)の二つ。
昭和24年に発足した大阪市の自治警が大阪市警視庁で、
新城はその所属。
しかし、その二重構造を解消して
国が全国都道府県警察を統括する
「警察法改正法案」が国会で審議されている時期だった。
昭和29年といえば、自衛隊法ができた年であり、
ビキニ環礁で水爆実験が行われた年でもある。
守屋は国警から派遣された刑事で、
大阪市警視庁にとっては、異端児だった。

この二人は対照的で、
守屋は東京帝大出身。
新城は中学卒。
守屋の理論走った正論の物言いに辟易しながら、
新城の中に守屋が次第に入り込んで来る過程が、
この小説のキモ。
話の進展の中で、守屋のある秘密も明らかにされる。

事件は更に、轢死体が発見され、
その頭部にも麻袋がかぶされていたため、
事件の関連性が取り沙汰され、
更に、大阪湾で発見された水死体にも
麻袋がかぶされていたことから、
連続猟奇殺人事件の様相を見せ始める。
水死体は発見が遅れたため、
殺害時期は3件とも同じだという。

3件の被害者の共通項を探る中、
捜査の矛先は、ある国会議員に向かうが・・・

各章ごとに、
満州開拓団で苦労し、
ソ連参戦でシベリアに抑留された人物の苦労話が描かれ、
その話は、最後になって交差する。
凶器の意味も判明する。
「えべっさん」と呼ばれるエビス信仰が背景に潜む。
笹川良一を彷彿させる人物も登場する。

船乗りだった父の落ちぶれた姿、
中華料理店で必死に働き支える姉という
新城を巡る人間関係がいい。

著者がこの時代に注目したのは、
なかなかのものだが、
警察内部でも、
軍隊帰り、特攻崩れ、憲兵上がりなど
入り交じる姿が興味深い。
戦後の混乱を引きずりながら、
新しい時代が生まれ出つつある頃で、
その雰囲気はよく出ている。

たとえば、こんな描写。

職場でも居酒屋でも、
三十以上の者たちは、
どの部隊に所属してどこの戦線で戦ったか
誇らしげに語り合う。
そして同じ戦線を共にした者同士で酒を飲めば
肩を組んで軍歌を声高らかに歌い、
死んだ戦友に涙する。


著者は30歳だという。
自分が生まれるより36年も前のことを
どうやって吸収したのだろうか。

その一方、次のような描写には、苦笑した。

時事にとんと興味のない冬子は、
つまらなそうにつまみを回してチャンネルを変える。


これ、ラジオを聞いている時の描写。
「チャンネル」はテレビが登場して
初めて使われた言葉で、
この時には、まだ存在しない。
まして、ラジオである。

(NHKのテレビ放送開始は1953年2月1日。
 従って、本作の時は、民間には全く普及していなかったはず。)

作者も編集者も校閲者も誰も気付かなかったのは、
やはり、皆、当時の人ではないからか。

先の直木賞候補にノミネートされたが、受賞には至らなかった。
しかし、第2作でこれほどの内容の作品を書く力があるのだから、
やがて直木賞を受賞するだろう。

                                        




AutoPage最新お知らせ