慰安婦裁判の影響  政治関係

慰安婦問題で日本に賠償を命じた8日の裁判は、
韓国新聞各紙が一面トップで報じ、
革新系メディアが「歴史的な判決」と意義を強調するなど、
韓国世論は歓迎しているようだ。

一方、保守系メディアは、
「韓日関係の突発変数」と、
日韓関係の更なる悪化の懸念も報じている。

その中で、異様に見える反応があった。
元慰安婦とその遺族ら20人が
日本を相手に1人当たり2億ウォン(約1900万円)を求めて提訴していた裁判の
13日に予定されていた1審判決が、
2日前になって、突然延期されたのだ。
ソウル中央地裁は「事件の判断のために追加の審理が必要だと判断した」
と説明するが、
既に結審されたはずの裁判で、
「追加の審理」とは何のことか。

一つの推測では、
「8日の判決とは異なる判決内容
(たとえば、日本が主張していた「主権免除」が適用される)
だったため、
審理を重ねる必要があると判断したのではないか」という見方がある。
もう一つの推測では、
「判決内容は同じだったが、
8日の判決を見て、その影響や実効性について
見極める必要がある判断したのではないか」という見方だ。

いずれにせよ、
8日の判決が13日の判決に影響を及ぼしたことは間違いない。
                                        
韓国の司法は、世論の動向や政治の方向性によって影響を受ける癖がある。
司法が成熟していないからだが、
世論や政府の動きで判決が変わるのでは、
「司法の独立」などあったものではない。

ただ、言えるのは、
8日の判決の結果、
韓国が新たな問題に直面して戸惑っているという点だ。
その証拠に、文さんの年頭演説では、慰安婦裁判については、
一言も触れていない。
判断を示さず、時間稼ぎをしているのだろう。

元々反日が社会を支配している国だ。
日本政府を相手取って、賠償を命ずる判決が出たのだ、
嬉しかったはずだ。
しかし、一時的に溜飲を下げたものの、
現実を見て、はたと戸惑いを感じたはずだ。

「賠償を命じたが、その実行は可能なのだろうか」

日本政府はこの裁判そのものを認めていない。
従って、賠償命令に易々と応じるはずはない。
ならば差押えだが、
韓国国内の日本政府の資産とは、
大使館や領事館の敷地・建物・自動車・備品など。
大使館資産の差押え、強制執行は出来るのか。

そこで立ちはだかるのが「ウイーン条約」だ。
正式には「領事関係に関するウィーン条約」
その第31条で、
「領事機関の公館の不可侵」が規定されている。
その4には、こうある。
「領事機関の公館及びその用具類並びに領事機関の財産及び輸送手段は、
国防又は公益事業の目的のためのいかなる形式の徴発からも免除される」


このウイーン条約に、日本は1983年に、
韓国は1977年に加入している。

つまり、韓国にある大使館、領事館の資産に、
韓国司法は手を付けられないのだ。

2018年の強制徴用賠償判決は、
日本企業が相手だったため、
差押えが可能だった。
しかし、今度は国と国の関係だ。
日本政府が当事者だ。
もし大使館の資産を差し押さえることなどがあれば、
国際問題に発展し、韓国の信用は下落するだろう。

かつて韓国内の米軍基地で働いていた韓国人被雇用者が、
不当解雇を不服として提訴した裁判で勝訴し、
執行されたことがある。
米国政府が韓国の銀行にプールしていたビザの手数料が執行対象となった。
最終的に米国政府がこれを認めたため、賠償金が支払われたが、
不当解雇の裁判と今回とは性質が違う。
歴史問題と解釈の問題である。

(国連の国家免除条約は例外を認め、
日本も同条約に加盟している。
例外について、
日本の「外国等に対する我が国の民事裁判権に関する法律」は
国家の商業的取引や労働契約、不動産取引、知的財産取引などを挙げている。
今回の裁判が、これに該当しないことは明らかである。)

2015年の「慰安婦合意」は、
当時のオバマ政権の副大統領だったバイデン氏が
後ろ楯になった。
そのバイデン氏は、次の米国大統領だ。
バイデン氏が尽力した慰安婦合意を、
事実上破棄した韓国政府に対して批判する可能性もある。

類似した裁判では、
戦時中にドイツに捕らえられて強制労働させられたとするイタリア人が、
1998年、イタリアの裁判所に
ドイツを相手に損害賠償を求め提訴した裁判で、
ドイツは「主権免除」の立場を取り裁判却下を求めた。
しかしイタリアの最高裁は
「重大犯罪は主権免除の例外」として賠償判決を下した。
ドイツは2008年、
「この判決は国際法上の義務に違反している」として
国際司法裁判所に提訴し、
2012年、国際司法裁判所は
「ナチスの行為は国際法上の犯罪だが、
主権免除は剥奪されない」
として、ドイツ政府が主張した「主権免除の原則」を認めている。

しかし、その2年後の2014年、
イタリアの憲法裁判所は、
イタリアの憲法による補償されている裁判の権利を侵害しているとして、
国際司法裁判所の判決を違憲としてしまった。

仮に日本が国際司法裁判所に提訴して、
韓国が応じて敗訴した場合、
同様なことが起こるだろう。

つまり、果てしがないのだ。
戦争という異常事態の中起こった出来事を
国と国が見解の相違をぶつけ合えば、
不毛な争いになる。

戦争の問題は、平和条約が締結された時、
過去のことは不問に付す、というのが国際的に常識。
日本と韓国の場合は何か。
1965年の日韓基本条約を締結して、
国交正常化がなし遂げられた時にそれに当たる。
なにしろ、あの時、日本は韓国に残して来た資産の請求権を放棄している。
それだけの犠牲を払って国交を回復したのだ。
その上、当時の韓国の国家予算を越える経済援助をしている。
それも「過去の清算」のためだ。

過去は清算されたのだ。
55年も前に。
なのに、
半世紀前に締結した条約が反故にされ、
また蒸し返されようとしている。

日本と米国は戦争の傷跡を許した。
安倍首相は真珠湾で演説をし、
オバマ大統領は広島を訪問して慰霊した。

争いあった者同士が許し合う
それが人類の知恵だ。

過去にとらわれ引きずる韓国と、
その巻き添えをくらう日本。
もういい加減に韓国も
過去に囚われるのはやめたらどうか。





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