小説『雲を紡ぐ』  書籍関係

[書籍紹介]

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高校2年の山崎美緒は、
電機メーカーの研究所で働く父と
私立中学の英語教師の母との三人暮らし。
美緒はいじめが原因で学校に行けなくなり、
そのことで母親が窮地に立っているらしい。
美緒の唯一の心のよりどころは、
祖父母がくれた赤いホームスパンのショール。
ショールに包まれていると、安心する。
このショールをめぐって、母と口論になり、
捨てられてしまったと思い込んだ美保は、
家出して、岩手県盛岡市の祖父の元を訪ねる。

そこで美保は、
祖父の作るホームスパンに興味を引かれ、
見習いとして働き始める。

父の会社が他の会社に買収され、
父の研究生活もどうなるか分からない。
美緒が不在となった東京では、
父と母の間にも離婚話が持ち上がり・・・

ホームスパンというのは、
羊毛を家庭で紡いだ、手紡ぎによる粗糸、
及びこれを用いた織物をいう。
手紡ぎ、手織が生み出す独特の風合いと温かみが特色。

祖父はその父(美緒にとっては曾祖父)から受け継いだ
ホームスパンの工房を経営しているが、
息子の広志(美緒の父)は才能が無いのを自覚して継がなかった。
ただ、曾祖父以来のモットー
「丁寧な仕事」と「暮らしに役立つモノづくり」の志を受け継ぎ、
広志の作る家電は評判がいい。
同じホームスパン職人の母の死を巡る経緯で
通夜の席で父を問い詰めてしまったことから、
疎遠になっていたが、
美緒が世話になったことで、交流が復活する。

つまり、この話は、
ホームスパンという伝統工芸品の伝承と家族の調和の話なのだ。

祖父の紘治郎の造形が魅力的。
工房を取り巻く裕子先生とその息子の太一の存在も温かい。

題名の意味は、羊毛を雲にたとえ、
羊毛の紡ぎを雲を紡ぐことだ、ということから出ている。

父のセリフ。

「お父さんたちがつくっている冷蔵庫や洗濯機は
白物家電と呼ばれるんだけど、
なんというか・・・
お父さんにとっての白い雲は白い家電だったわけだ」


また、こう言う。

「小学生の頃、うちの洗濯機が壊れてさ。
メーカーから来た修理の人が
『私どもの製品がご迷惑をかけまして』
って言って、直していった。
それが妙に記憶に残って。
人の暮らしに役立つ製品を作って、
責任を持って売る。
日本の経済は
そういう誠実なものづくりで支えられていると思ったから」


美緒を追い詰めることをたしなめる紘治郎の言葉がいい。

「『大丈夫、まだ大丈夫』。
そう思いながら生きるのは苦行だ。
人は苦しむために生まれてくるんじゃない。
遊びをせんとや生まれけむ・・・
楽しむために生まれてくるはずだ。
毎日を苦行のようにして暮らす子を
追い詰めたら姿を消すぞ。
家出で済んでよかった。
少なくともこの世にはとどまっている」
「失ってから気付いても遅いんだ。
追いつめられた者の視野は狭い。
安全なところに手を引いてやれるのは身内だけだぞ」


また、こうも言う。

「私の過ちをくり返すな。
今のお前は私と一緒だ。
家族とじっくり向き合って話をするのを避けている。
その結果がどうなったのか。
お前が一番知っているじゃないか」

                                        
美緒という命名も、祖父は気付いていた。

「美という漢字は、
羊と大きいという字を合わせて作られた文字だ。
緒とは糸、そして命という意味がある。
美緒とはすなわち美しい糸、美しい命という意味だ」
「美緒という名前のなかには、大きな羊と糸。
私たちの仕事が入っている。
家業は続かなくとも、
美しい命の糸は続いていくんだ」


美緒の母方の祖母と祖父の会話。

「ひどいことを言うのね。
子どもが小さくて手のかかるうちは頼ってきたのに、
大きくなったら今度は自分たちだけで子育てしたような顔して」
「手のかかるうちは助けて、あとは見守る。
それがジジババの役目ではないですか。
頼りにされた時期があるだけ幸せだ」


祖父と父との会話。

「俺・・・駄目な奴だな」
「そんなことはない」
「そうだろうか・・・」
「たった一人で東京に出てきて、
家を持ち、娘を育てて。
お前はよくやっている」
鼻の奥にツンとしたものがこみあげてきた。
「でも、お父さん。
人生の半ばを過ぎて、時々呆然とする。
自分の人生は家のローンと子どもに教育つけるだけで終るのかと。
なのに、それすらもうまくいってない・・・。
頑張ってきたけど、
家庭も仕事も結局、何もかもバラバラだ」
「それでもお前は立派だ。駄目な奴であるものか」


なかなか奥の深い、家族の物語で、
ところどころ、「鼻の奥がツンとなる」ところがあった。

先の直木賞候補作。
選考委員の評価は、割と辛いが、
二人の委員が直木賞に推していた。

浅田次郎
個人的な印象では、小説の手応えを感じなかった。
登場人物のひとりひとりに、苦悩や葛藤がないと思えたからである。
テレビドラマならこれで十分というところだが、
小説は見えぬものや聞こえぬ音や、
とりわけ人間の感情を言葉によってのみ表現するほかはない。


宮部みゆき
伊吹有喜さんの作品は、候補作としてではなく、
普通に読んでいるときでも、
「NHKの朝のテレビ小説にぴったりだなあ」と思うのです。
万人に勧められるその親しみやすさと明るさが、
今回は同じような題材の『銀花の蔵』と並んだとき、
人物造形の頼りなさ、
作中で提起された母娘や夫婦の葛藤の解決の甘さに
換算し直されてしまいました。

北方謙三
丁寧に、細部を書きこんでいくのはいい。
しかしどこかで、取材から跳ぶ想像力が必要なのではないか。
美緒の生き方は、汚毛を洗ったり、糸を紡いだりすることで変っていく。
生き方が変るのだから、こここそが小説の書きどころではないのか。
丁寧さを、どこかで履き違えている、と私は思う。


桐野夏生
素直な筆致で淡々と少女の心情を描いていて好感が持てる。
家族間の気持ちの擦れ違いは、うまく書けていると感心した。
その意味で、祖父の達観は出来過ぎである。
全体に、会話で物語を推進しようとしているのが、難に感じられた。


伊集院静
(章題に)「職人の覚悟」「みんなの幸」とあり、
この題で大丈夫なのか、と思った。
善し悪しでなく、章題が物語のラストを
示唆しすぎではないかという点である。


角田光代
小説世界がていねいに作られていて、読んでいて気持ちがいい。
羊毛から汚れを取り除き、糸を紡いでいく場面は
小説の前半に登場するが、それ以後あまり描かれず、
美緒が、ホームスパン作りのどこに救われ、
どこによろこびを感じ、どこに未来を見るのかが、
わかりづらいように思う。


高村薫
こぢんまりとまとまった愛らしい小説であるが、
総じて「ジュニア小説」「朝の連続テレビ小説」といった評が聞かれるのは、
偏に登場人物たちの造形に因る。
事実、読者がみな容易に姿形を思い浮かべることのできる
ステレオタイプの人物たちは、
ホームドラマの安定感と心地よさに包まれたまま予定調和の域を出ない。


林真理子
今回は伊吹有喜さんの「雲を紡ぐ」を推そうと決めていた。
ひとつ間違えると、ありきたりの“お仕事小説”になるところであるが、
作者は性急に物語を進めない。
ちょうど手織りの布のように、
デリケートに少しずつ心が語られていく。
小説に対する誠実さを持っている作家だと思った。


三浦しをん
「(「じんかん」とともに)推した。
視点の交代に当初は若干の違和感を覚えたが、
美緒の父方と母方、双方の三世代の物語なのだと徐々にわかってきて、
納得した。
ホームスパンに触れてみたいなと、
興味と関心をかきたてられるのも、本作が魅力的だからだろう。

                                        
これで、先の直木賞候補作を全部読み終えたが、
順位をつけると、

1.馳星周「少年と犬」(受賞作)
2.伊吹有喜「雲を紡ぐ」
3.今村翔吾「じんかん」
4.遠田潤子「銀花の蔵」
5.澤田瞳子「能楽ものがたり 稚児桜」

それぞれの感想は↓をクリック。

少年と犬

じんかん
                                    
銀花の蔵






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