ああ軍艦島  政治関係

韓国が日本の世界遺産について、イチャモンをつけている。
2015年に登録された「明治日本の産業革命遺産」について、
長崎市の端島炭坑(軍艦島)で、
朝鮮半島出身者の強制労働が行われたことを認めるとした約束を
守っていないとして、
世界遺産からの取り消しをユネスコに申請するというのだ。

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というのは、世界遺産登録に際し、
朝鮮半島出身者の軍艦島などへの強制徴用があったことを認め、
犠牲者を記憶にとどめるための措置として
情報センターを設置する方針を表明した。
今年3月、一般公開された産業遺産情報センター(東京都新宿区)に、
強制徴用を否定する証言と資料が展示されているという。
韓国は、「歴史的な事実を完全に歪曲した内容が含まれる」と言っている。

振り返ると、世界遺産登録に際しても一悶着あった。
当時の岸田文雄外相と尹炳世外相が都内で会談。
日本の「産業革命遺産」と同じように、
韓国が世界遺産の登録を目指していた「百済歴史地区」で、
両国が協力することで一致したと発表した。

しかし、いざ世界遺産委員会が開催されると、
日本は韓国の「百済歴史地区」を推薦し、
21委員国の全会一致で世界遺産への登録が決定した。
それなのに、「産業革命遺産」は、もめた。
韓国が両外相のした約束に反して、軍艦島などで
「朝鮮半島出身者に対する非人道的な強制労働が行われたから、外せ」
と主張したからだ。
つまり、いつもの瀬戸際での騙し討ちにあったのだ。
そこで争っても、他の国はよく知らないことだから、
登録延期になる可能性がある。
そうはできない日本側は、
妥協案として、センターを設置し、
徴用工の歴史を見学者らに説明すると約束して、
韓国側との折り合いをつけた。

そして、昨年7月、
内閣官房参与に登用された加藤康子(こうこ)氏をトップとする
チームが結成され、
加藤氏と炭鉱史研究者や元検事、日韓関係史の学者らが、
かつて徴用工を雇用した企業に
労務管理や賃金の記録の提供を求めたり、
当時の労務担当者から証言を集めたりした。
韓国在住の元徴用工から聞き取り調査も始めた。

そして、3月31日、新宿区の総務省第2庁舎別館に
「産業遺産情報センター」を開館。
その内容は、                                  
軍艦島の元島民の証言動画や給与明細などを紹介し、
朝鮮半島出身者が差別的な扱いを受けたとする
韓国側の主張とは異なる実態を伝えるものとなった。
中には、軍艦島で過ごした在日韓国人2世の鈴木文雄さんが生前語った
「周囲の人にいじめられたことはない」とする証言などが動画で紹介された。

これに対し、韓国メディアは、
「日本、ユネスコ合意破り軍艦島の強制労働を隠ぺい」と報じた。
「日本政府が、韓国人の強制労働で悪名高い
長崎県の軍艦島(端島)炭鉱の真実を歪曲した
「産業遺産情報センター」(東京・新宿区)の一般公開を強行した。
日本政府は2015年、
軍艦島が国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界文化遺産に登録された当時、
『本人の意思に反する韓国人強制労働』を認め、
犠牲者を追悼する内容を含む情報センターの設置を
国際社会に約束したが、
それを守らなかった格好だ。
展示物では逆に『韓国人差別はなかった』とする証言を紹介した」と。

その証言とは、
在日韓国人2世で元島民だった鈴木文雄氏の次のようなものだ。

「端島炭鉱で働いていた伍長の父を誇らしく思う」
「いじめにあったことはなく、むしろかわいがられた」
「むちで打つことなんてあり得ない」
「当時朝鮮人と日本人は同じ日本なので差別はなかった。
虐待もなかった」

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世界遺産抹消の申請に対し、
加藤康子氏は、こう反論する。

「世界遺産に選出された8県の23施設のうち、
1施設でも保全に問題があるとか、
実際に毀損が見つかったという理由なら、
登録の取り消しを求められても仕方がありません。
しかし実情は異なり、韓国政府は政治的な理由から、
取り消しを求める書簡を送ったわけです。
産業遺産情報センターの展示に
韓国政府の意に沿わない証言が含まれていたからといって、
それで遺産の価値を全否定するというのは、
あまりにも感情的な振る舞いと言わざるを得ません」

世界遺産からの登録抹消は、
次の場合に限られている。
a)登録を決定づけた資産の特徴が失われるほど
 資産の状態が悪化していた場合。
b)世界遺産資産の本来の特質が、
 登録推薦の時点で既に人間の行為により脅かされており、
 かつ、その時点で締約国によりまとめられた必要な改善措置が、
 予定された期間内に実施されなかった場合。

政治的見解の対立では抹消はされないのだ。
そして、抹消には、委員会メンバーの3分の2以上の多数による議決が必要だ。
つまり、実際には無理筋だが、
国際機関に告げ口をする、いつもの韓国のいやがらせの手法である。

加藤氏たちは様々な資料を集め、
130人以上から証言を再録した。
その結果、端島炭鉱=軍艦島で
「苛酷な条件下での強制労働」を示す証拠は全く見つからなかった。

「あの時、ああ約束したが、
その後、調査したところ、
強制労働の事実はなかった。
従って、そのとおりに展示した。
韓国の見解とは違うかもしれないが、事実にそって展示した」
とでも言ってくれればよかったと思う。
事実より強いものはないのだから。

鈴木さんの証言については、
「現在の韓国で“親日”は罪です。
在日二世の鈴木さんはそのことを分かっていながら
『どうしても真実を述べなければならない』という想いから、
病を押して、私たちの調査に何度も協力してくださいました。
息子さんは当初
『今まで築いてきたものを全部失うかもしれないから、
協力は辞めた方がいい』
と鈴木さんを止めたそうです。
息子さんの立場なら、仕方のないことでしょう。
ところが鈴木さんはたくさんのメモを書いて記憶を整理し、
病院で手術を受けられた後、
わざわざ病院から出てきて証言をしてくれたのです。
その後も、お亡くなりになる前、
息子さんに『もっと伝えたいことがある』といって、
亡くなられたそうです。
その覚悟を、しっかり受け止めていきたいと思います」

あっぱれな心情である。

韓国メディアの報道姿勢も問題で、
報道向けの事前公開が行われた14日、
韓国メディア3社が取材に訪れたが、
1社以外は「時間がない」と言って、
軍艦島の元島民の証言や、
徴用関係の資料が展示されている「第三ゾーン」には
足を踏み入れずに帰ってしまったという。
第三ゾーンでは、鈴木さんの証言や
台湾人徴用工に支払われていた「給与+ボーナスの明細書」
「徴用に関する政府の公式文書」
「朝鮮半島の報道記事」なども閲覧できたというのに。

取材を終えて、質問タイムとなった時、
軍艦島出身で、情報センターの主任ガイドを務める中村陽一氏も加わり、
以下の会話があった。

韓国で軍艦島の悲惨さを訴えているグ・ヨンチョル氏について、
加藤氏は、
「グ氏は著書に、中国人1000人を坑内に閉じ込めて爆破したなどと書いており、
非常に問題だ。
米ニューヨークのタイムズ・スクエアに
『軍艦島で朝鮮人122人が殺害された』という広告も出た。
こうした事実は絶対にない」
と説明。
韓国の放送局が「何を証拠に?」と問うと、
加藤氏は、
「こちらには、1943年以降、
1年間に炭鉱で何人亡くなったといったデータが残っている。
炭鉱の事故はきちんとデータで出します。
朝鮮半島の方、日本人の方のデータも出します。
データを捏造はできません。
元島民の方々は、グ氏の証言に疑問を持っている。
事実を検証するため、昨年12月に面会希望の書簡を送ったが、返事がない。
ぜひ、韓国メディアには、
グ氏と元島民の意見交換の機会を設ける協力をいただきたい。
もし、グ氏の証言が事実でなければ、
元島民には冤罪となる。
次世代に正しい歴史を継承していきたい」
と説明。

中村氏も、
「軍艦島では強制労働などなかったのに、
なぜ韓国メディアは『あった』と報じるのですか? 
なぜ韓国の方が軍艦島を地獄島などと言っているのか、
教えていただきたい。
(私は軍艦島出身者として)元島民の証言を無視した嘘が世界中に広まって、
やりきれません」


なお、センターは、
新型コロナウイルスの影響で臨時休館となり、
今は完全予約制。
9月頃まで予約で一杯だという。

韓国メディアの姿勢は、
「強制労働はあった」という先入観にとらわれている。
それは、韓国での反日教育という、
捏造された「記憶」に基づくものだ。
それらの過った「記憶」は、様々な捏造で刷り込まれたものだ。

たとえば、韓国映画の「軍艦島」では、
海底炭鉱で腰すら伸ばせないような場所で
体を縮ませたまま採掘作業をする朝鮮人少年たち、
ガス爆発の危険にさらされながら作業する人たちの姿が描かれている。

韓国の児童用絵本『軍艦島−恥ずかしい世界文化遺産』には、
「幼い少年たちが地下1000メートルにまで降りて、
日本が戦争の資源として使う石炭を掘らなければならなかったのです」と記し、
少年たちが鉄格子の檻に収容されている様子も描かれている。
鉄格子の檻の外壁にはハングルで
「お母さん、会いたいよー」
「おなかがすいたよ ふるさとに帰りたいよー」
と書かれている。

首都大学東京名誉教授、鄭大均氏は
「戦時期の日本の炭鉱に、
あどけない『朝鮮人少年坑夫』など存在しなかったことは
関係者なら誰でも知っている」

と批判している。

なぜ朝鮮人少年なのか。
朝鮮人慰安婦が、
いたいけな少女だったという嘘が成功したためだという。

こういう映画や絵本で、
韓国人の「誤った記憶」が作られていく。

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ところで、加藤氏の話にも出たグ・ヨンチョルという人物だが、
釜山の日本総領事館前にいわゆる徴用工像を設置しようとしていた
全国民主労働組合総連盟(民主労総)の、
2017年8月大会の動画をYouTube に登場する。

労働運動の闘士らしき人物がひとりの老人を紹介。
「強制連行された軍艦島で過酷な生活を送ったお父様と、
同じく過酷な暮らしをされた方がこの場におられます」
登壇した老人は、こう語る。
「ご紹介にあずかりましたグ・ヨンチョルです。
軍艦島で6年暮らし、
わたしが体験した事実を証言するために朝早く釜山を発ち、
87歳の老骨に鞭打ちやってきました」
「わたしが見た軍艦島は、わが民族の最も痛々しい記憶の場所だと思います」
「強制徴用で連行されたひとたちは、
日本の無慈悲によって、
その苦痛を口では言い表せない。
凄絶な人生、足枷がなかっただけで奴隷だよ、完全に」
「中ノ島という小さな島があって、
そこで死体を焼く煙が日に1 、2 回必ず立ち上り、
火葬されるひとたちはみんな朝鮮人だった」

しかし、グ氏の言っていることは、元島民の方々の証言と食い違う。

グ氏は、韓国で伝記『神仏山(シンプルサン)―パルチザン グ・ヨンチョル一代記―』という本が出版されている。
これには、島に住んだことがあれば誰もが知るはずの地理情報が誤っている。
「熊本は、海をはさみ端島からはっきり見渡せる場所であった」とある。
元島民たちは「絶対見えない」「間違ったって見えないよ」
と口を揃えて反論する。
端島からは、長崎半島にさえぎられて、
熊本は絶対見えない。
そんなことは地図を見れば分かることだ。

また、中には記憶違いでは済まされない驚愕のエピソードも登場している。

「(朝鮮人たちは)動物の檻と変わりがない合宿所に集団で起居しながら、
毎日迫りくる死の脅威にさらされていた」
「(終戦後)朝鮮人は、彼らが連絡船で夜逃げしたことを知った。
島に残ったのは朝鮮人と沖縄人だけだった。
実に奇怪な状況であった。
大人は皆、日本人が去ったその夜にとんでもないことがあったのだと疑ったが、
よもや千人をも虐殺するなど、
純朴な朝鮮人の想像をはるかに超えることだった。
日本人が中国人だけを坑内に閉じ込めて
入り口を爆破して皆殺しにしたのではないかと疑うようになった」

終戦を端島で迎えた元島民たちに読んでもらうと、
全員が千人虐殺説に「絶対にあり得ない」と口を揃えて反論した。
(大体、貴重な資源である炭坑を爆破するなどするはずがない)
また、終戦前後、端島での騒動や混乱の記録はない。
そもそも、敗戦になったからといって、
なぜ日本人島から退去しなければならないのか。

外務省が終戦の翌年に作成した華人労務者調査報告書(三菱高島礦業所端島坑)には、
島内で就労していた華人労務者全員(183名)を
社船にて、佐世保で米軍に引渡した記録が遺っている。
1945年8月の終戦前後に、
端島において、千人の人間が虐殺されたなどという事実はないのだ。

それ以外にもグ氏の演説や証言は、
元島民にとって、首をかしげざるを得ないものばかりであった。

「朝、登校中に見た光景といえば、
食料を得るために皿をひとつ持って列をなしていました。
その横には日本の軍人が棒を持って立っています。
その前を頭も首もあげることもできず、
皿だけを持ってわずかな食料を得ようと列をなしている様子を見て、
あまりに凄惨だと思いました」

この証言に元島民の松本栄氏は、
「皿を持って、道路端で、お涙ちょうだい、おかずちょうだいって、
こういうバカげたこと、
さすがに三菱(端島炭坑の会社)たるとこは、そういうことは許可せんですよ。
見たことない。
日本軍の兵士が、労務者の食事の監視をした事実もありません」
と反論する。
端島では、独身労務者の食事は寮の食堂で提供されており、
道端で配膳することはなかった。

グ氏はこうも語っている。

「登校途中の道端に労務者事務室があります。
そこから来る日も来る日も悲鳴と叫び声が聞こえます。
つま先立ちで窓から覗くと、
(朝鮮の)青年たちを2〜3名コンクリート塀の前にひざまずかせ
棒で叩いているのです。
『助けてくれ!』と叫んでいます」

これに対しても、
「端島のどこで、そういうふうな状況、状態が発生しておったのか
その場所を証明してもらいたい。
わしは端島で見たことないから」
そんなことがあったら、
軍艦島の雰囲気は殺伐としたものになっただろう。

「中ノ島で朝鮮人の死体を焼く煙が日に1、2回必ず立ち上った」
という発言には、
終戦の年の4月まで端島炭鉱の測量部署に勤めていた松本氏が、
「(もし人が死んだら)発生した事故の現場監督あたりが会議室に呼ばれて、
事故の状況を報告せにゃいかん。
それに基づいて、現場検証に行くわけです。
こういうふうな状況でこの作業員が亡くなったということを、
図面に描いて、しかもそれを文章化して、
当時の鉱山監督局に変災(報告)書を書かにゃいかんのです。
1 日に一人も二人も死んだとなったら、
私ども、それにかかっておらんばいかん。
そういうことはまずありえん」
と否定する。律儀な日本人なら当然のことだろう。

「真実は一つしかないんですよ。
なぜこんないい加減な証言につきあわなければならないのか」

ここまで読んでも、グ氏は捏造した事実を語っていると分かるだろう。
当時、軍艦島にいたということさえ疑わしい。

2019年2月4日、元島民の方々に参集してもらい、
グ氏の写真や映像も再確認してもらった。
グ氏は映像でも書籍でも
「1939年に9歳で端島に来て、6年間住み、
成績優秀で学校で級長だった」と話している。
(大体、朝鮮人差別があったというなら、級長にはなれないのではないか)
集会には来られない方にも事前に資料を送り、
同級生や先輩後輩にも確認をしてもらった。
会に参加された方も、参加できなかった方も、
誰もグ氏の名前も顔も覚えておらず、その存在すら知らないという。

島内に小学校は一つしかなく、戦時中は1学年が1クラスで構成され、
5,60名の生徒数がいた。
先輩後輩も一緒に遊び、
島は、狭く、小さなコミュニティーである。
6年間も端島で暮らし、級長までしているのに、
元島民の誰も知らないというのは実に奇妙なことである。

明治27年から昭和22年までの
端島小学校の卒業生リスト「端島校同窓会名簿」(昭和25年出版)も確認した。

そこには、金、李、張さん等、朝鮮半島出身者と思われる名前がいくつもあった。
しかし、どの学年の名簿にもグ氏の名前は見つからない。

「これはもう端島を知らない人が想像で書いたと思うんです」
と島民は言う。

鈴木氏は当時を次のように振り返る。
「戦時中に端島ではひどい目におうたねっていうような話なんか、
全然聞いてないです。
もう周囲の方たちも、皆、いい人でね。
そんな悪い、負のイメージありませんしね。
地獄で、殴られるリンチが多い、
そういうような本当に地獄の島だったら
(家族は)まず呼ばんでしょうね」
実際は半島出身者でも家族を呼び寄せているのだ。
グ氏は9歳で軍艦島に行っている。

グ氏の話のように嘘八百で軍艦島の生活を貶めるのは、
元島民にとっては、
身を裂かれるような悲しいことだろう。

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このように、事実に反して、
徴用工の問題も慰安婦の問題も、世界に韓国の説明が拡散している。
何故韓国の主張が他の国に受け入れられるのか。
それについては、次のような「冤罪説」を言う人がいる。

まったく身に覚えがないにもかかわらず、
電車の中で「この人痴漢です」と腕をつかまれたら、
無実であることを証明するのは難しい。
国際会議を満員電車とすれば、
韓国が無実の日本の手を捕まえて騒ぎ立てている構図だ。

乗客たちは、事実関係を確認しないまでも、
「あの女の子が騒いでるんだから、きっと本当なんだろう」
と思ってしまう。
だって、直接関係ないんだから。
慰安婦問題にしても、徴用工問題にしても、
他の国はよく分からない。
分からないながら、
ああやって韓国が被害を訴えているんだから、
きっと日本が何かしたんだろう、
と思ってしまうのだ。
言った者勝ち、
大きな声で騒いだ者勝ち。
なんとも情けない状況だが、
日本は敢然として反証していく必要がある。

それにしても、
元々は嘘で始まった問題。
元慰安婦も、自称徴用工も、
はっきり言って嘘つきだ。
だが、嘘という自覚がない。
嘘を真実と思ってしまっている。

私は慰安婦の中から、
「実は強制連行はありませんでした。
私は親によって売られたのです。
こう告白するのは、
嘘をついたままで死にたくないからです」
と発言する人が出て来てくれないかと思う。

訴訟を起こした自称徴用工も、
半島で徴用が始まる時期の前の渡日、
つまり募集工であることが事実なのだから、
「実は、私は強制連行されたわけではありません。
日本でも強制労働させられたのではなく、
ちゃんと給料をもらっていました」
と事実を述べてくれないかと思っている。

しかし、国と国がした約束さえ破って平然としている国民だ。
嘘を嘘と認めることは、難しいのだろうな。

韓国メディアは、「被害者に寄り添え」と言うが、
人間は嘘をつく動物だ
証言の真偽を確かめることこそ、
メディアの使命ではないのか。





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