小説『ホームドアから離れてください』  書籍関係

昨日、市から
「特別定額給付金」の申請書が郵送されてきました。

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同じ日、その20万円(2人分)が振り込まれてきました。
ネットで申請した分です。
昨日は私の誕生日だったので、
市からのプレゼントでしょうか。
まさかね。偶然。

ネットで申請したのが5月8日。
18日かかっての振込です。
早いのか、遅いのか。
いずれにせよ、私にとっては、
この申請書は不要です。

娘は今日、郵送しました。

昨日の誕生日の娘のプレゼントは、
私の要求で、
「落語を聴くこと」
1年ごしの約束です。

聴かせたのは、
文楽「寝床」
枝雀「饅頭こわい」
志ん朝「居残り左平次」


みんなカセットです。

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文楽はちょっと聞き取れなかったみたい。
志ん朝は「この人が一番うまい」ですと。
ああ、志ん朝、なぜ死んだ。


[書籍紹介]

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はじめの方で、しばらくの間、
ダイスケという中学2年生の
ひきこもり、不登校の生活が描かれる。
コウキという転校した同級生と何かあり、
携帯電話に、
関係者からひっきりなしにいやがらせのメールが入る。
ダイスケは携帯電話を捨てた。

やがて、事件の全貌が明らかになってくる。
中学に入学し、ダイスケは柔道部に入る。
初心者は二人。
その一人がコウキだった。
柔道部には、レギュラー、準レギュラー、
そして初心者という、目に見えない階層があった。
3年生が引退し、
2年生と1年生になった時、
下級生に負けた鬱屈を抱えたオオハタ先輩らによるイジメが始まる。
最下層の初心者であるダイスケとコウキが標的だった。
それは、傍目には先輩が後輩を鍛えてあげているように見える、
運動部独特のイジメだ。
顧問の先生に訴えても、らちがあかない。
大人は駄目だとあきらめ、
克服するには、強くなることだけだった。
コウキは言う。
「ああいうやつらのために勉強をおろそかにするのは、ばかだ」
二人は下校途中、歩道橋の上で会話を続ける。(表紙の絵)

しかし、陰湿なイジメは続き、
「おまえとおまえ、どっちが強いんだ」
と初心者同士の試合をさせられ、
負けた方が罰ゲームとして、一発ギャグをやらされる。
試合はダイスケが勝ってしまった。
負けたコウキは誰も笑わない一発ギャグをやり続け、
最後は裸にされ、写真を撮られる。

その2日後、
コウキはダイスケに「ごめん。」とメールを打ち、
自宅マンションから飛び下りる。
一命をとりとめたが、障害者になったコウキは、
病院に見舞いに来たダイスケを拒絶する。
それ以来、転校したコウキとは会っていない。

柔道部は1カ月の活動停止になり、
(いやがらせメールは、柔道部の部員からのものだ)
ダイスケは不登校を続ける。
自分が勝ってしまったから、
コウキが自殺を図ったという、
罪悪感からダイスケは離れられない。

父から譲ってもらったカメラでダイスケは写真を撮るようになり、
新聞で「空色ポスト」の存在を知る。
それは、新宿御苑の奥にあり、
写真を投函すると、
別の人が投函した写真が送られて来る仕組みだ。
ダイスケはそこで、ミキという高校生に出会う。
その彼氏の大学生のハジメさんや、
家庭教師のホンダ先生と交流し、
立ち直るが、
心からコウキのことがいつも離れない。
やがて、ミキさんとも交流が絶え・・・

3年後、空色ポストの展示会で、
一つの奇跡が起こる。

中学生という、思春期の入り口に立った少年の内面を描く小説。
まだ人生が始まったばかりの時に味わった挫折。
その中で、ダイスケは自分自身に向き合う。
初々しく、しかし、鬱屈に満ちた内容だ。
文章は軽やかで、透明感がある。
作者は現役の大学生の北川樹
これがデビュー作。
(今春卒業)

さりげなく織り込まれていた小学生の時の話が、
最後に生きて来る、見事な構成。
この場面に読者は感動する。

幻冬舎は、こういう作品を発掘するのがうまい。


なお、私は大学時代、合気道部に所属したので、
武道部の雰囲気はよく分かる。
合気道部を選んだのは、
柔道や空手だと経験者が多いが、
合気道なら、初心者ばかりだと踏んだからだ。
(10数人のうち、経験者は1人だった)

合気道には試合はないので(試合のある流派もある)、
強弱はなかったが、巧拙はあった。
稽古では、先輩が模範演技をしたあと、
二人一組でわざをかけあう。
この時が恐怖で、
先輩の中のこわい人と組まないようにうまく逃げる。
先方もうまい人と組みたいので、
申し入れすると、露骨にいやな顔をされたこともある。
わざの最中に、
「何をさせても、うまくいかねえなあ」
と言われたこともある。

稽古は、毎日昼休み。1・2年のみ。
土曜は3・4年との合同稽古。
こわかった。
稽古の途中に「特訓」というのがあり、
後輩が先輩に5分間くらい、投げられ続ける。
夏と秋は春に合宿があり、
稽古の合間は寝ているだけだったが、
1年もたつと、稽古間に遊ぶ余裕が出来た。
稽古中に頭を打って、
モノが二つに見える症状が2週間ほど続いたこともある。
やめなかったのは、
「途中で逃げ出すのは、自分の弱さだ」
と思ったから。
2年生の秋の昇段試験で黒帯を取ってからやめたのは、
他のサークルの方が忙しくなったためだった。

高校時代はヤセッポチだったが、
合気道をするようになって、体重が増え、
筋肉も付き、骨格も太くなった。
今でも自分が強健でいられるのは、
あの1年半があったからだと感謝している。

中途退部であるにもかかわらず、
その時の交わりが50年ぶりに復活した、
不思議な経緯は、↓をクリック。

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