非常事態宣言解除  政治関係

今日、新型コロナウィルスを巡る非常事態宣言が解除された。
強制的措置ではなく、
自粛というかたちの国民の協力により、
感染者数、死亡者数共に、
G7中、圧倒的少ない状態に言及し、
記者会見で安倍首相は、
「今回の流行はなんとか収束できた」
と断言した。
その上で、「次なるステージ」「新しい日常」つまり、
感染のコントロールをしながら、
徐々に経済を回していくことになった。
第2次補正予算を成立させ、
経済的支援体制の拡充も約束した。

恐れていた感染爆発は起こらなかった
医療崩壊も阻止できた。
そういう意味で、
今回の非常事態宣言は成功したと言えよう。
政治は結果だ。
この結果をどう受け止めるか。

政権批判を使命と思っているマスゴミは、
厳しい報道をするだろうが、
何度も言うが、政治は結果だ。
この結果は率直に認めた方がいいだろう。

その意味で、新聞、テレビとは違い、
ネットの意見は、
かなりまともだ。

第1の意見は、
「政府の感染阻止対策は正しかった」というものだ。

○日本は世界のどこもやってない独自の手法で
感染者ではなく重症者をケアした。
他国は感染者を把握しようとPCR検査を
そこら中に乱射しまくったが
感染者地図ができただけで
事態の収束には全く役立たなかったことに気付いたときには
もうすべてが遅かった。初動をミスったわけ。

○日本は重症者を見極めるために、
PCR検査を確認の意味で使った。
これが功を奏して効果的に
狙い撃ちでクラスターを潰すことができた。
ネットで騒がれてたようなことをしていたら
この短期間で緊急事態宣言解除はなかっただろう。

○誤った情報誘導された世論の矢面に立ち、
決して正道をはみ出さなかった安倍政権は
結果的に正しかったのだ。

○巨額を投じて医療体制を増やして敷きまくっておきながら、
あんな死者数の他国に比べて
比較にならない低コストで日本は収束に差し掛かれた。
この事実は受け止めなければならない。

○日本の場合、初期のクラスターつぶしという
戦略的な対応の効果が感染の拡散防止に大きな要因があると思う。
また、検査の数を絞ることで、
感染の可能性を低減させたことも事実。
これらは偶然ではない。ちゃんと考えられた対応の成果である。

○政府はマスコミに煽られずに正しい判断をしたと思う。

○クルーズ船の対応も
クルーズ船乗船者を一見見殺しにしているのではないかと
海外メディアからも非難されましたが、
フタを開ければ正解でした。
スタートしていたのが良い方向に向かわしめたのだと思います。

○今思えば、マスコミやワイドショーで連日騒いでいた
PCR検査を諸外国のようにむやみに増やさなくて良かったと感じています。

○今月10日、WHOシニアアドバイザーの感染症専門家で医師の
進藤奈邦子氏からも日本の検査対策について、
「検査の遅れというのは間違い。
日本の戦略的検査を私たちは高く評価している」
とコロナ対策を称賛している。
欧米では各地の病院で医療崩壊がおき、
どの患者の治療を優先させるか
「命の選択」を迫られる状態が続いたことは言うまでもない。

○PCR検査をいくらしたって薬がない状況ではなにもできない。
それよりも重症者の命を救うことに絞って検査をした
日本独自のやり方は正しかった。
それを、マスコミがPCR検査が治療薬のように扱って検査を進めろ!
と混乱を引き起こした。
マスコミの在り方を考えなくてはならないし、
反省しないだろうけどマスコミに対する批判をしなくてはならないと思う。

○安倍くん、良くやった。
右往左往した無責任なメディアに流されず、
日本のみが実行し続けたクラスター潰しが奏功した。
国民も世界のどの国よりも清潔を守り抜いた。
素直に日本国民は勝利宣言して良いと思う。



第2は、「マスコミの報道は、不安を煽り、
政策の方向性を誤らせるものだった」
というものだ。

○日本のマスコミが、国益を損ねている事が分かった。
海外メディアで検査数が少ない等と非難されると、
政府感染症専門家を野党と一緒になって的外れに攻撃する。
韓国は、シンガポールはドイツは良くやっていると
大したことのない国を称賛して日本を貶める。
そうして、海外メディアに追随し、日本国民を不安に陥れる。
この国難にマスコミはどんな貢献をしたのだろう?
もう日本のマスコミは信用しないし、憤りさえ感じている。

○そもそも日本のメディアの恣意的な報道続いてるので、
国民向けの説明がほとんど無いのもあって、
今回の政府の動きが評価しづらいところがある。
説明しても説明する意図が捻じ曲げられたら、
そりゃ説明する気も失せる。
3月の学校一斉休校や、4月の緊急事態宣言も、
感染者数から照らし合わせると、他国と比べてかなり早いが、
どのメディアもそれには一切触れていない。
メディアは散々安倍の悪政が浮き彫りになったと騒いでますが、
今回のコロナ流行で浮き彫りになったのはメディアの悪姿勢でしょう。

○PCR検査を増やせと言っていたのは
マスコミとそれに煽られた、テレビを主な情報源にしていた人だけだよね。
ネットでは早くにPCR検査は精度が悪いから、
ある程度肺炎症状のある人にCTを活用し、
PCR検査は確定定判定に用いるのが効率が良いという記事が主流でした。
治療法が無く、早期発見しても隔離しかできないし、
症状悪化した人の対処療法しかできない。
また、検査を受け付ける病院が
クラスター源になる可能性が高いから検査はむやみやたらにやらないとも。

○自分が一番パニックにならずに済んだ理由は
テレビを一切見なかったこと。
これは本当に効果があったと思う。

○日本のネガティブキャンペーンに血道をあげる
マスコミと野党の有害さは始末におえない。
「感染のピークを遅らせて、増加を緩やかにし、
頂点も引き下げる」という
当初からの戦略目標をほぼ完璧に達成しようとしているのは
日本政府の対応が間違っていなかったなによりの証明。
それを散々批判して妨害してきた野党とマスコミは
自分達の過ちを認めたくないばかりに
海外にまで発信しながら政権の功績の
否定に躍起になっている。

○武漢ウィルスが一段落したら、
マスコミの報道姿勢について、
しっかり検証する必要がある。

○安倍憎しの左とマスゴミと
それに乗せられた人達の大合唱が、
頭が冷えた後でどう評価されるか。興味深い。

「日本の施策は間違っている」と報道した海外マスコミにも
言及している。

○国民も日本のマスコミに煽られて、
政府批判一辺倒で
政府対応への満足度が最低なので、
これが海外へ伝われば必然的にこのような評価となるのではないでしょうか。
今回のコロナ対応に対する結果は、
少なくとも欧米よりはずっと満足できるものであり、
政府と国民の努力の結果かと思います。
日本のマスコミに煽られないようにしたいです。

○海外メディアが“奇妙な成功" というのは、
自国の方針の誤りを認めたくないからなのでは?

○欧米のマスコミの評価なんか、
日本のマスコミの記事を鵜呑みにして書いている事がほとんどだから、
参考にならない。

○結果がすべて。
結果どころかドツボを踏んでいる国が、
結果を出している国にとやかく言うこと自体がおかしなこと。
奇妙に思われている方が結果を出しているので、
奇妙に思っている方が明らかに間違っていることは、
論理的に考えて当然である。

ただ、政府の広報の貧弱さについては、
沢山の人が言及していた。

○日本国・日本政府は、戦前の昔から今現在迄、
自国・自国政府・自国民が行っていることを
正確に正直に国際的な報道を正確な国際語、
共通語のネイティブ英語でしてなかったので、未だに誤解を与えています。

○英語を話す専門職の政府報道官を置くのは、いい意見だと思う。

○外国でコロナ対策の評判が悪いのは、
外国特派員が政府から直接取材することが少なく、
政府に批判的な記事が多いマスメディアの記事を
本国に送信していることが多いからだと思います。
外国特派員が政府から直接取材しやすくする方法の一つとして
英語のできる政府報道官を置くことは
一つの案であって他にも方法はあると思います。

“奇妙な成功”については、
次のような意見があった。

○自粛要請・3 密回避・マスク手洗い励行という
努力目標みたいなものを掲げるだけで、
かなりの割合の国民が協力してくれるなんてのは
他国から見れば考えられない状況だと思います
日本は見習おうとしても見習えない奇妙な国でしょうね

○日本の強みは、一言で言えば総合力です。
政府、役所、自治体、医療関係者、そして国民の総合力。
みんな一丸となって頑張っていることもさることながら、
それらが多角的、有機的に働いている結果なんです。

○普通の日本人はなんだかんだと文句は言うが、
結局のところ政府を信頼しているのではないか。


ところで、非常事態宣言解除のアンケートで、
意外な結果が出ている。
「解除は適切ではない」が72%
適切である」が23%
「分からない、どちらともいえない」が6%。
まだまだ忍耐した方がよかった、と言うのだろうか。
飲食店等の苦境を考慮し、
一日でも早く解除したかったのが、悪いというのだろうか。
今日の新規感染者は東京8人、
全国で19人
これで解除しない方がどうかしている。

非常事態宣言をしたらしたで非難し、
解除したらしたで非難する。

支援を、と言いながら、
何万件の支援実績の、
お金をもらって助かった、
という実例は全然報道しない。

また、安倍首相が「日本モデル」と言ったことも評判が悪い。

「政権の手柄にしている」
「政府は何もしなかったくせに」
というものだ。
私には「手柄」には聞こえなかった。
下衆の勘繰りもはなはだしい。
このことに対してネットで批判が集中しているのは、
なぜなのだろうか。

専門家委員会の提言に耳を傾け、
クラスターつぶしをすることと、
重篤な患者に対して重点的に治療をほどこし、
法的に強制できない「8割削減」を提案し、
マスゴミの非難にぶれずに貫いた。
どんなに国民の応援があったところで、
根本的に施策が間違っていれば、効果はあがらない

もれうかがうことによれば、
非常事態宣言を出すに当たって、
その効果を懸念する声に、
安倍首相は「日本国民なら出来るので、頼もう」と言ったという。
賢い日本人は、
それに呼応したのだ。

悪いことはけなすのも大事だが、
良いことをしたなら、
正しい評価し、褒めるのも大切だろう。
それが担当者の力になるのだから。

「遅い」というのは確かだが、
人類初の経験で、
次々と起こり来る新たな問題に対処するのは、
そう簡単ではない。
しかも、決定し、実行するには、
国の機構が大き過ぎる。
知事が県のことだけを考えて決定するのとは、わけが違う。
その遅さが「無能」という評価を呼ぶが、
誰がしても同じだろう。
だが、遅く見えても、問題をすくい上げて、
着々と対処していると言えるのだ。

周囲からの非難に耐えて、
安倍さんはよくふんばったと思う。
私なら「もうやってらんねえよ」
とケツをまくっているだろう。
まあ、政治家の仕事は批判に耐えることであるし、
それに見合うだけの権力も与えられているが、
このような心ない批判に身をさらさなければならないのは、
本当にお気の毒だと思う。


落語小説『後家殺し』  書籍関係

[書籍紹介]

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山本一力による「読む落語」第2弾。
「小説現代」と「STORY BOX」に掲載された作品をまとめたもの。

古典落語を小説化したものだが、
山本一力一流の人物造型、風景描写、生活情景で
相当膨らましてある。
前作の「芝浜」に比べ、
あまり有名な落語でないものを選出。


子別れ

腕のいい大工の熊五郎が、
吉原遊びのあげく離縁。
女房のおとくと亀吉と別れて
年季の明けたおそめと暮らすが、
あいそづかしをされ、一人になってやっと目が醒める。

元の腕利きの大工に戻った熊五郎だが、
復縁するには敷居が高い。
材木選びのために木場に行く途中、
亀吉に遭った熊五郎は、
大きくなった亀吉に小遣いを与え、
うなぎを食べさすことを約束する。

その話を亀吉から聞いたおとくは、
うなぎ屋に乗り込むが・・・

下げの「かすがい」については、説明が必要か。

柳家小三治の「子別れ」(上・下)を聞きたい方は、↓をクリック。

https://youtu.be/sFtsV8X3tnM                             


景清

鏨(たがね)彫り物師の定九郎は眼病を患い、失明した。
職人で目が見えないのは致命傷。
一時は按摩修行もしたが、
やはり彫り物をしたいと医者にかかり、
医者に見離されると、神仏にすがる。
圓通寺の日朝さんに願をかけるが、
満願日に一緒に祈願に来ていた婦人と過ちを冒す。
心を入れ替えて、平家の景清ゆかりの上野の清水寺に
再び願をかけるが・・・

桂文楽の「景清」を聴きたい方は、↓をクリック。

https://youtu.be/uLjQ65H2TaU


後家殺し

この演目を私は知らなかった。
YouTubeでも圓生、松之助くらいしか出てこないから、
あまり演る人は少ないようだ。
松之助に至っては「一番面白くない落語」とさえ言っている。
それもそのはず、ちょっと陰惨な話。

研ぎ宿「研ぎ常」の親方常吉が主人公。
山本編では、
父親の研ぎ師の死去を契機に起こった職人たちの反乱を
見事な手腕で裁き、
質屋の伊勢屋に助けてもらい、
義太夫に染まる、までをたっぷり膨らます。
元々声のよかった常吉はみるみる腕を上げる。
伊勢屋の主人が海難事故で亡くなり、
その供養の義太夫の会で語ったことから、
伊勢屋の後家・おく乃といい仲になるが、
讒言による嫉妬でおく乃に手をかけてしまう。
そのお裁きの場で、常吉は・・・

三遊亭圓生の「後家殺し」を聴きたい方は、↓をクリック。

https://youtu.be/GOxrGuRsbEQ


火事息子

質屋の伊勢屋藤右衛門の跡取り息子・藤三郎が
火消しになって勘当されるが、
伊勢屋の近所で火事があり、
助太刀に立ち寄った藤三郎が
蔵のつなぎ目の目塗りを手伝ったことで、
父母と和解する話。
山本編では、藤三郎のお七夜祝いを始めとする
従兄弟の札差・伊勢屋四郎左衛門との確執を描いて
膨らましている。

古今亭志ん生の「火事息子」を聴きたい方は、↓をクリック。

https://youtu.be/_Vh0vPsn26I?t=271


柳田格之進

浪人・柳田格之進が
近所に住む万屋源兵衛と碁会所で知り合い、
やがて源兵衛宅に行って碁をうつようになる。
しかし、五十両の金を盗んだ嫌疑を番頭の徳兵衛にかけられて、
娘は吉原に身を売って五十両を工面する。
その際、もし金が出てきたらどうすると問われ、
徳兵衛は気軽に手前の首と主人源兵衛の首を差し上げますという。
格之進は姿を消し、
わけを聞いた源兵衛は徳兵衛を然り、
格之進を探すが行方が分からない。
やがて、金が鴨居上の額縁の裏から出て来、
源兵衛は再び格之進の行方を探すがみつからない。
ある日、道で徳兵衛は帰参のなった格之進と遭遇するが・・・

この話、「中村仲蔵」と並んで、私の好きな演し物。
高座では飛ばされている
格之進の浪々の経緯が膨らまされている。

古今亭志ん朝の「柳田格之進」を聴きたい方は、↓をクリック。

https://youtu.be/-iHniM5s-W0?t=20


どの作品も、
高座にかかる場面の前を膨らませ、
厚みを加えている。


映画『ハムレット』3本立て  映画関係

ハムレット

5/18のブログで、
「オフィーリア 奪われた王国」を紹介したので、
家にあったDVDで「ハムレット」を観た。
(リバイバル上映の際、映画館で観ている。)

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1948年、ローレッス・オリヴィエの監督・脚色・主演で撮られた作品。
この時期、ローレンス・オリヴィエは、
「ヘンリィ五世」(1945)、「リチャード三世」(1955)と、
「シェイスクピア3部作」を監督・主演で撮っている。

「ハムレット」の映画化作品は
1911年のアウグスト・プロム版、
1964年のグリゴーリ・コージンツェフのソ連版、
1990年のフランコ・ゼフィレッリ版、
1996年のケネス・ブラナー版、
変わったところでは、
セリフはそのままに
舞台をニューヨークの企業に移した
200年のマイケル・アルメイダ版などがあるが、
1948年版は、
正真正銘のシェイクスピア役者による正統的な映画化
この時、ローレンス・オリヴィエは41歳

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体力・気力・演技力共に脂の乗りきった時の作品だ。
その結果、その年のアカデミー賞の作品賞、主演男優賞、
美術監督賞、装置賞、衣裳デザイン
賞の5部門を受賞している。
オリヴィエは監督賞にノミネートされたが、
「黄金」のジョン・ヒューストンにさらわれた。

シェイクスピア原作の映画で作品賞を取ったのは、この一作のみ
(「恋に落ちたシェイクスピア」(1998)は、原作とはいえない。)
他に作品賞ノミネートは「ジュリアス・シーザー」(1953)と
前述の「ヘンリィ五世」と数えるほどしかない。

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装置賞を取ったように、
城の外観、内部が素晴らしい出来で、
その中をカメラが自由自在に動き回る。
一体どうやって撮ったのか、といぶかる場面も多く、
水平の動きだけでなく、前後方向、垂直方向への動きも加わる。
よほど設計時に綿密なプランで作ったに違いない。
撮影も奥行き方向までピントの合ったパン・フォーカスを多用して、
「市民ケーン」(1941)を彷彿させる。

オフィーリアはジーン・シモンズで、

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この時19歳の美しさ。
アカデミー賞では助演女優賞にノミネートされた。

上映時間は2時間33分だから、
原作戯曲を上手に刈り込んで、
緊張感たっぷり。
(シェイクスピアの4大悲劇では「ハムレット」が一番長い。)
名作の誉れ高い作品である。

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家にいるので、
ついでに、他の「ハムレット」を
prime videoで観てみた。


「ハムレット」(1990年版)

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わが愛するフランコ・ゼフィレッリの監督、
メル・ギブソンがハムレットを演じている。

ガートルードをグレン・クローズ
クローディアスをアラン・ベイツ
オフィーリアをヘレナ・ボナム=カーター
父王をポール・スコフィールド

公開時、ヘレナ・ボナム=カーターは24歳。
こんなカワイイ時期もあった。

ゼフィレッリの監督ということで期待したが、
なんというか、普通の出来。
その原因は、
やはり、メル・ギブソンの演技にあると思われる。
なにしろ「to be,or not to be」など、
あっという間のあっけなさで通過する。

残念。

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「ハムレット」(1996年版)


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ケネス・ブラナーの監督、脚色、主演。
かなり、ローレンス・オリヴィエを意識したと思われる。
このとき、ブラナーは36歳
オリヴィエの時より若い。

特色は、時代を19世紀に変えていることと、
台詞を一つもカットせずに、
シェイクスピアの戯曲に忠実に演じたこと。
通例カットされる台詞も残したので、
4時間2分かかり、途中に休憩が入る。

ガートルードにジュリー・クリスティ
クローディアスにデレク・ジャコビ
オフィーリアにケイト・ウィンスレット
ケイト・ウィンスレットは、
「タイタニック」(1997)でブレイクする前年。
クローディアス役がもう少し存在感があると、よかったのだが。

比較的小さな役で
ジョン・ミルズ、ジェラール・ドパルデュー
リチャード・アッテンボロー、ロビン・ウィリアムズ
チャールトン・ヘストン、ジャック・レモン
などが顔を出す。

エルシノア城の外側として、
チャーチルゆかりのブレナム宮殿が使われた。
撮影フィルムに65ミリフィルムを使い、
豪華で鮮明な宮殿内を映し出す。

ケネス・ブラナーは演技、演出共に見事で、
やはり「ハムレット」は主役の力量がものを言う。

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「怒りのハムレット」という感じで、
情念がほとばしる。
演出的には、長回しとカットバックのバランスが大変良く、
飽きさせない。

公開時、劇場で観ているのだが、
今回家で観た方が感激が深かった。
なぜだろう。

前2作では、ラストでノルウェー軍は到来しないが、
戯曲通りの本作では、
ちゃんとノルウェー軍は到着する。
その結果、ノルウェー王子フォーティンブラスの締めのセリフが
しっかり語られる。

「時を得れば、名君と謳われたはずの方だ。
弔うにあたっては、
軍楽を奏し、礼砲を撃て。
遺体を運べ。
この光景は戦場さながら、あまりに痛ましい。
行け。礼砲を撃つのだ」

やはり、「ハムレット」は、この台詞で締めたい。

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おまけとして、
トマのオペラ「ハムレット」を観た時のブログを再録。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

原作を相当改変してあり、
音楽的にも低調、
というのがトマの「ハムレット」に対する一般的な評価で、
シェイクスピア作品中では、
「リア王」の次に「ハムレット」が好きな私としては、
(蜷川幸雄演出・平幹二郎主演の帝劇版「ハムレット」は、
長い間、事務局長の演劇体験のベスト3に入っていた)
少々心配しつつ観たわけだが、
とんでもない。
実に面白かった
原作の改変もオペラ的にうまく行われている。

改変というのは、
たとえば、
ローゼンクランツとギルデンスターンも
ノルウェー王国の王子フォーティンブラスも出て来ない。
オフィーリアの父・ボローニアスは殺されないし、
最後の剣術試合もない。
毒入り酒もない。
だからガートルードも死なない。
従って、最後は死体累々というわけではない。
どころか、ハムレットは死なず、王になる。
というのは、トマの初演版で、
今日のは、ハムレットが自害する版。

幕間インタビューで、指揮のルイ・ラングレ
「トマは最初、ハムレットが死なないラストで書いたが、
英国で上演する際、
自害するのに変えた。
ハムレットが死なないと、英国では侮辱されたと思うから」
などという話をしていたのが興味深い。

後半、オフィーリアの狂乱の場から
墓堀りの場になり、
そのまま葬儀でクローディアスの殺害という展開になったのは、
「ほう」と思った。
確かにこの方が話が早い。
その上先王の亡霊まで再度出て来たのには驚いた。

前半最後の、役者を使って王の犯罪を暴き、
ハムレットが気のふれたふりをしてワインを浴びるあたり、
実にドラマチック。

合唱とのかけあいもいい。
要するにセリフで言うのを音楽に乗せて
感情吐露するわけだから、盛り上がる。

(前半が終わった後、
ワインまみれになったキーンリーサイドをカメラが追うのは
おいしい映像。)

なによりハムレット役のサイモン・キーンリーサイドがはまり役で、
しかも演技力抜群。
抜群などという表現が足りないくらい、すごい。
本当はシェイクスピア役者が歌も歌っているのではないかと思えるくらい。

オフィーリアのマルリース・ペテルセンもいい。
特に狂乱の場は、「ルチア」より切ない。
こういう人がサブの配役だとは、METの層の厚さが分かる。

演出は不要な装置を排し、
壁だけの表現。
それで役者(歌手)への集中度が高まった。
この演出はいい。

音楽はところどころ安っぽくなったが
でも、高揚感はあった。
シェイスクピアとオペラと二つ同時に楽しんで、
得した気分で家路に着いた。


「ハムレット」の舞台となったと言われる
デンマークのクロンボー城を訪れた時のブログは、↓をクリック。

http://star.ap.teacup.com/applet/shokuniku/20070820/archive

シェクスピアの故郷、ストラトフォード・アポン・エイヴォンを
訪れた時のブログは、↓をクリック。

http://star.ap.teacup.com/applet/shokuniku/20140610/archive


日本での上演史を紐解くと、
本邦初の全幕上演は、
1911年、帝国劇場での文芸協会第1回公演。
坪内逍遥演出。
ハムレット役を土肥春曙、
オフィーリア役を松井須磨子がつとめた。

戦後の1949年、
宝塚歌劇団で上演したことがある。
堀正旗の作・演出で、雪組と花組で上演。
(作、演出とあるところを見ると、かなり作り替えられた可能性がある。)
花組では、ハムレット役を越路吹雪、オフィーリア役を新珠三千代がつとめた。

英文学者の福田恆存による翻訳兼演出演出のものは、
1955年の文学座と
1984年の昴によるものがある。
文学座の主な主演者は芥川比呂志、三津田健、杉村春子、中村伸郎など。

1964年、劇団俳優座20周年記念公演「ハムレット」は、
ハムレットを仲代達矢、オフィーリアを市原悦子がつとめた。
うっすらと観たような気がするが、
多分記憶違いだろう。

劇団四季公演「ハムレット」(1968年初演)、
福田恆存訳、浅利慶太演出は、観た記憶がある。

蜷川幸雄演出「ハムレット」は、
1978年の初演(平幹二朗主演)と、
1998年の再演(真田広之、松たか子主演)を観た。
もう一度別な場所で観ている気がするが、記憶がさだかではない。

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1978年版では、舞台一杯に作られた階段が印象的だった。
装置は朝倉摂

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ハムレット登場シーンでのバッハ「ロ短調ミサ曲」の衝撃と共に、
長い間、私の演劇経験第3位の、
記憶に残る舞台だった。



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ジャパンミラクル  政治関係

新型コロナをめぐる非常事態宣言も、
先日の39県の解除に続き、
関西3県も解除され、
残るは東京を含む5県だけになった。
一時200人を越える東京の新規感染者も
昨日は5人、今日は11人となり、
感染爆発になることもなく、
抑え込まれつつある。
賢い日本人は、
第2波をちゃんと警戒しつつ、
日常を取り戻していくことだろう。

ゼロリスク信者は
「まだ0になっていない」
と言うだろうが、
ゼロにならないのは当たり前。
感染拡大を押さえつつ、
どれだけ経済を回していくかが課題になる。

この日本の状況を見て、
米外交誌フォーリン・ポリシー(電子版)は、
東京発の論評記事で、
日本の新型コロナウイルス感染対策はことごとく見当違いに見えるが、
結果的には世界で最も死亡率を低く抑えた国の一つであり
「(対応は)奇妙にもうまくいっているようだ」と伝えた。

同誌は、日本は中国からの観光客が多く、
ソーシャル・ディスタンス(社会的距離)の確保も中途半端と指摘。
感染防止に有効とされるウイルス検査率も国際社会と比べ低いが
「死者数が奇跡的に少ない」と評し、
「結果は敬服すべきもの」とする一方、
「単に幸運だったのか、政策が良かったのかは分からない」と述べている。

ニューズウィーク日本版は、
「日本の『生ぬるい』新型コロナ対応がうまくいっている。不思議」
という記事を掲載した。

PCR検査の実施件数は極端に少なく
緊急事態宣言には強制力が伴わないのに
感染者数が着実に減りつつあるのは何故か、
という疑問だ。

日本の新型コロナウイルス対策は、
何から何まで間違っているように思える。
これまでにウイルス検査を受けた人は人口のわずか0.185%で、
ソーシャル・ディスタンシングの導入も
要請ベースと中途半端。
国民の過半数が、政府の対応に批判的だ。
それでも日本は、感染者の死亡率が世界で最も低い部類に入り、
医療システムの崩壊も免れ、感染者数も減りつつある。
全てがいい方向に向かっているように見えるのだ。


不思議に思うのはもっともで、
人口100万人あたりの死者数は、次のとおり。
(5月16日)

スペイン587人、イタリア524人、イギリス519人、
フランス412人、アメリカ271人、ドイツ95人 

それに対して、
日本5.91人
2桁も違う。

韓国は5.11人、中国3.31人で、
日本同様、成果をあげているように見えるが、
片や人権無視の過剰な追跡調査をした結果、
片や強制的な都市封鎖をした国である。
それに対して、都市封鎖もせず、
罰則のない「要請」レベルで
国民が自ら自粛した結果だ。

日本が非常事態宣言をした時、
「罰則がないなんて、見せかけだけだ」
と外国から批判を受けた。
しかし、その結果、
5月20日の東京の新規感染者数は一日5人まで減り、
全国でもわずか28人。
退院者も増加しており、
現在の入院患者は3千人ほどだ。

それに対して、絶対的な検査数が足りない、
と批判する一群の人たちがいるが、
どのみち、国民全員の検査など出来ないのだ。
韓国だって、PCR検査は50万人、
全国民の1%に過ぎない。
なのに、全国民のPCR検査をしろ、と今だに言う人がいる。
どれほどの経費と人材投入が必要なのか分かっているのか。
なにより、どれほどの時間が必要か。
結果が出た時には、
既に数字が変わっている。
PCR検査の不足を政権批判の材料にしているとしか思えない。

当初から、
医療崩壊を防ぐためにPCR検査は絞ったのだ。
最近では、PCR検査の精度の問題から、
CT検査を優先している。
その方がやみくもに検査するよりよほど合理的だ。

更に、最近の新規感染者数の減少にまでケチをつけている。
「宣言を解除したくて、数を操作しているのではないか」
というのだ。
そんなことを今の日本で出来るか?
そんなことをしてばれた時の痛手の方が大きい。
日本は中国や北朝鮮とは違うのだ。
最近では、テレビ朝日社員の玉川徹(もはや呼び捨て)が
PCR検査の精度が7割ほどであるということについて
「本当にその(採取した検体の)中にウイルスがあったら
100%近く感度があるはず。
7割に落ちてるって言うのは取った場所にいないとかね、
取り方が今一つとか」
技師の技術に疑問を投げかけて炎上している。
医療関係者に失礼だろう。

これについては、衆院議員の細野豪志氏がツイッターで
「有事に専門外の人間が
付け焼刃の発言をして現場を混乱させるのは本当に困る」
とコメントしているのが全てだろう。

話は元に戻って、外国メディアの論評。

当局者たちは感染拡大が始まった当初、
検査対象を「入院が必要になる可能性が高い重症患者」に絞り、
感染で死亡する人の数を減らすことを全体目標に掲げた。
世界保健機関(WHO)西太平洋地域の元事務局長で、
日本政府の同ウイルス対策専門家会議の副座長を務める尾身茂は
2月半ば、
「感染拡大のスピードを抑え、
死亡率を下げることがこの戦略の目標だ」と言っていた。
その成果は見事なものだ。

日本がウイルスの発生源である中国に近く、
中国から大勢の観光客を受け入れてきたことを考えると、
この死亡率の低さは奇跡に近い。
また日本は世界で最も高齢化が進んでいる国でありながら、
高齢者が深刻な打撃を免れているようにも見える。

これは日本がラッキーなだけなのか。
それとも優れた政策の成果なのか、見極めるのは難しい。


ラッキーなだけで、この成果は出ないだろう。
西洋と東洋の文化の違い、
根本的に日本人論まで行かないと
理解できないのではないか。
いや、彼らにとって、
日本は「不思議の国」なのだ。

それに対してはネットの書き込みが
いろいろ回答している。

○初動の防疫はゴタゴタ後手後手で悪かったけど、
少子高齢化の日本で死亡者や重症者を抑えるという
第一義のもとに行動できたことや医療従事者の尽力が大きかった。
ジャパンミラクルとか言われているけど、なるべくしてなった結果。

○クラスターの発生を抑える、
という当初の方向性は間違ってなかったように思います。

○ここまでの道程は国民一人一人の努力、
医療従事者の皆様の献身的なご助力のお陰です。

○確実に優れている点は2つある。
一つは、PCR検査拡大が、
自己目的化しなかったこと。
つまり、感染が疑わしい人だけに実施し、
「確度の高くない安心」を与える
不完全な証明書とならなかったことだ。
ただし、あまりに疑わしさのハードルが高く、
急激な重症化に対応しきれなかったという反省点はある。
もう一つは、国民の平均的意識の高さと知識欲の高さだ。
ワイドショーや芸能人の的外れな対策批判も多いが、
一般の国民が総じて、
ここまで「議論」できる国は他にないだろう。
ウイルス学、免疫学、統計学、公衆衛生学、経済学、法学、政治学・・・
コロナ禍を通して、国民は本当にいろんな事を学んだ。
(震災の時もそうだった)
日本国民の、新しい知識を得る貪欲さは世界屈指だと思う。

○日本政府のコロナ対策

PCR検査は、感度が低いので、無症状感染者は、PCR検査では見つけきれない。
PCR検査は、ある程度、症状が出てからで、ないと、陽性にならない。
検査の手間・費用・検査時の院内感染のリスクがあるから、
まずは、CT検査、血中酸素濃度検査等で、肺炎症状を調べてから、PCR検査をして、確定判定。
その後、中等症、重症者に医療を集中、手厚い看護をする。

○イギリスの感染症専門医が、最近、論文を出した。
「イギリスは、むやみにPCR検査をして、失敗した。
絞って検査したほうが、いい」という内容だった。
マスコミは、検査!検査!と煽ったことを、猛省すべき。

○キスやハグはおろか握手すら滅多にしない。
土足で家に上がらない。
水資源が豊富でうがい手洗いを欠かさずできる。
休業補償がなくても店を閉めちゃう自己犠牲と同調意識。
挙げられる理由は色々ありますよね。

○相談窓口をつくり、相談窓口から各指定病院に
疑い患者を割り振った戦略が良かった。

○日本にとって標題が関係ないのを認めたくない勢力がいるだけ。
現状を受け入れ評価すればいい。
人権を剥奪しないと制御できない近隣の国とは違うことを誇りたい。
やはり日本はなんだかんだ言ってもいい国だと思う。

○専門家が優秀で、安定政権で
専門家の言うことを実行できたのが大きいと思います。
第一義的には専門家の先生方の素晴らしい功績で、
それを最低限度は政策に反映できた政権の功績も無視できないでしょうね。
逆の言い方では余計なことをしなかったのが功績というべきですけれど、
余計なことをしないというのは難しいことだし。
そしてなんだかんだで自粛を実行し継続した国民の努力が
今日の光明をもたらしたと思います。
あとは私達一人一人が今一度気を引き締め、
かつその後をよくするための努力を政権がやることを望んでいます。

○日本のメディアは批判反論が仕事で、
それが進歩的と思っているのです。
あるいは、左翼が正義と定めている者もいます。
ところが日本の「声なき大多数の人々」は、
自ら事態の重さを判断し、
安倍総理の真意を瞬間に悟り、
最適の行動をとるのです。
この人々は世界最強です。
これが「和をもって尊しとなす」を心に秘めている日本の文化です。
表面を流れている底の浅いメディアを見ていても、
日本を理解することは出来ません。
何千年の歴史に彩られた、重層的な部厚い人々の資質と、
自らを卑下しながら、さにあらずと
秘めた心で挑戦する文化が、
日本の社会であると知らなければ理解できないのです。

○日本のように一定水準の教育レベルと道徳観念があり、
その上医療が充実している国は他にないでしょう。
国民の一人一人がPCR検査の必要性を、
自ら判断できる素養があってこそ検査数を絞り、
ひいては医療崩壊が防げ、本当に処置が必要な重篤者の生還率も高いのです。
一部の著名人が不運にもなくなると、
あたかもこのシステムに大きな欠陥があるかのように、
野党や知識もない無責任なメディアコメンテーターたちが、
PCR検査数を増やせと煽りましたが、間抜けにもほどがあります。
結果を見ておとなしくなってはきましたが
社会主義国や軍事国家のように
国民統制を敷かない形で、
ここまでやり遂げた日本は称賛に価すると思います。

○検査を絞ったから感染が広がらなかった!
当初から検査をバンバンやっていたら
病院に感染者が殺到、待合室等で感染拡大が起きていた。
危うくマスコミのせいで感染爆発が起きるところだった。
マスコミやコメンテーターは自分が言ったことを
もう一度振り返って、反省してほしい。
そして専門家委員会や政府に番組で謝罪してほしい!
誰も自分の発言に責任取ってない!ふざけるな!

○いろいろ問題もあるけど、
個別の対策もさることながら、
集団のあり方がもっとも問われるコロナ対策において、
日本人の持つ良識とか社会性などが極めていい形で反映され、
最悪を回避し続けてると感じる。
医療や物流とか社会をまわすすべての人や、
じっとステイホームに徹する人、
中でも商売する人は耐えて耐えて、
みんな本当にそれぞれの立場で役割を果たしていて
素晴らしい国民だと思う。
政府と自治体と国民と、皆が力を合わせれば必ず克服できる。
いままでのあらゆる国難を乗りこえて来たように。

○政策がというよりも
自粛という言葉の要請を
多くの国民が守ったことが一番
ロックダウン無しでも 
個々の自粛で日本はできると
世界に誇れると思う
まぁ緩めると増えるだろうけど
ワクチン出来るまでは
増えたら、また自粛の繰り返し
日本人なら出来る

○手ぬるいでしょうか?
逆に褒めるべきではないでしょうか。
メディアが総理を非難しても国民は正しい情報の見極め方が上手く、
これは天災大国日本の極みだと思います。

○日本が唯一おかしなところは
これだけの成果を上げた政府と総理大臣を褒めることは
絶対にタブーとされている点。

○「日本の「生ぬるい」新型コロナ対応がうまくいっている不思議」
について逆に聞きたい、
「厳しい措置を執る国で新型コロナ対応がうまくいかない不思議」
という題名でも書いてほしい。
要するに題名自体に悪意があるよね。
最近に始まったことでは無いが、
マスゴミのこういう主張の仕方、
情報操作、印象操作、虚偽報道、取り締まる公的機関を
いい加減に作ってほしいわ。

○そもそもの最大の謎は、
死者数が欧米に比べて大幅に抑制されているのに、
なぜ大失敗だという報道ばかりなのか。
という点だろう。


結局、日本人の持っている
根源的な「賢さ」を理解できなければ、
いつまでも理解不能だろう。
他者の賢さを知るには、
自らも賢くなければならない。
そうでなければ、
永遠に「謎」のままだろう。


小説『これほど昏い場所に』  書籍関係

[書籍紹介]

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ディーン・クーンツが2017年から開始した新シリーズ
ジェーン・ホーク・シリーズの第1作。

先日紹介した「ライトニング」の作者ディーン・R・クーンツと同じ人。
Rはミドルネームのレイで、
一時期R付きとそうでないものとが混在したが、
最近では、ミドルネームのRを付けない表記で統一されつつある。
Rを削った理由は
「背表紙にR付きの名前を入れた際、おさまりが悪かったため」
なのだという。

ジェーン・ホークはFBI捜査官
海兵隊員の夫ニックと5歳の息子トラヴィスとともに、
幸せに暮らしていた。

しかし、4カ月前、ニックが
「ぼくは何かがおかしい。早く。
早くしなきゃ。早く死ななきゃならない」
という意味不明の遺書を残して、
ナイフで自らの首をかき切って突如自殺。
その直前まで自殺の兆候など全く見られなかったので、
その死に不審感を抱く。
国内で同様の、理由のわからない奇妙な自殺が
異常な率で増えている事実を突き止めたジェーンは、
FBIを休職して真相究明に乗り出す。

同じような経緯で自殺した人の事例を集め、
遺族に会って事情を聞いている際、
自殺者の未亡人が聞き込みの合間に自殺、
その後ジェーン自身も謎の男たちに追われる羽目になってしまう。

自宅を処分し、
息子のトラヴィスを
信用できる友人に預けて捜査を続けるジェーンは、
偽の身分証明書と使い、捨て携帯電話を駆使し、
顔認識システムで跡をたどられないように変装し、
パソコンは図書館のものを使うなど、
痕跡を辿られないように用心して進める。

やがて、ある研究所と会員制秘密クラブと
黒幕と科学者の存在が浮上し、
彼女の前に立ちはだかる強大な敵の正体が明らかになってきた・・・

こういう小説をジェットコースターにたとえられるが、
少しスピードが鈍るところがある。

自殺者の脳を解剖した人から、
脳が幾何学的な精巧にデザインされた器官に覆われており、
空気に触れて溶けたように消滅した、という証言など、
ちょっと怖気をふるわされる描写もある。

また、会員制秘密クラブにいる
若い美人の娼婦が
脳を改造された姿も恐ろしい。
そこのボディガードたちも、
潜入したジェーンを見ても認識しないように脳が改造されている。

ジェーンの後を追うFBI上司のネイサン・シルヴァーマンも、
何時の間にか脳が改造されている。
制御プログラムのナノパーツは体内に注入された後、
脳向性で毛細血管を通って脳組織に到達すると、
脳で組み立てられるのだという。
それが人格を制御し、
自殺するようにプログラムされた人は
謎の自殺を遂げる、
ということらしいが、
どうも説得力に欠ける。

捜査の間に知り合った人物の協力を得て、
科学者の邸宅に侵入して殺したところで、
突然、話が終わり、えっ、まだ続くのか、と思わせる。
続編は4作目まで刊行され、
7作目まで契約がされているという。

この一冊だけで文庫615ページ。
何だか、もういいかな、と思わせる。





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