実録『マトリ 厚労省麻薬取締官』  書籍関係

[書籍紹介]

クリックすると元のサイズで表示します

「マトリ」とは、
麻薬取締官の略称で、
正式名称は厚生労働省麻薬取締部職員。
名称に麻薬と入っているが、
麻薬に限らず覚醒剤や大麻など薬物犯罪全体を取り締まる。

そのマトリの実態を赤裸々に描いているのが本書。
著者は、麻薬捜査の第一線で活躍された元ベテラン捜査官で、
関東信越厚生局麻薬取締部部長だった瀬戸晴海(せと・はるうみ)氏。

クリックすると元のサイズで表示します

まるで俳優のようだ。

マトリには、約300名の麻薬取締官が存在している。
麻薬取締官は薬物犯罪捜査と
医療麻薬等のコントロールに特化した専門家で、
半数以上を薬剤師が占めている。
おそらく世界最小の捜査機関である。


その精鋭部隊が、
この凶悪犯罪に対峙する姿は、正義感にあふれる。

犯罪の中でドラッグは最も許せないものだ。
なぜなら、人の人生を奪ってしまうからだ。
殺人、放火に並んで、
最も強く取り締まられ、罰せられるべきものだ。

本書から得た新しい知識。

麻薬の不正取引額は、
全世界で優に50兆円を越えているという。
国内の業界別規模は、
卸売87兆円、電気機器83兆円、自動車68兆円、
家電67兆円、小売60兆円、金融60兆円、情報通信45兆円だから、
ベスト7位に位置する規模だ。
日本の名目GDP540兆円の1割、
フィリピンの国家予算8兆00億円の6倍だ。
原料は安く、暴利を産む。
そこで得た資金がテロや犯罪行為の資金源にされている。
暴力団の資金源でもある。

日本は欧米諸国と比べると、
圧倒的に覚醒剤が多い。
世界各国ではヘロインやコカイン、大麻で、
日本は少数派。

日本において、なぜ覚醒剤が多いかというと、
覚醒剤の価格が高値安定しているから。
暴力団、国際組織が暗黙のカルテルを結び、
この高値を維持している。

また、覚醒剤は日本で初めて合成された有機化合物で、
植物由来でないから、栽培の必要がない。
薬品さえ手に入れば、簡単に作れてしまう。
市販のかぜ薬から合成も可能だ。

以前、
麻薬取締官には、麻薬と大麻の捜査権限しかなく、
覚醒剤の捜査には手出しできなかった。
現場で何度も悔しい思いをしたという。
72年に、麻薬取締官にも覚醒剤捜査権限が与えられた。

我が国の薬物乱用は、
第1次覚醒剤乱用期(ヒロポン時代)、
ヘロイン横行期を経て、
第2次覚醒剤乱用期(シュブ時代、70年〜94年)へ。
やがてそれが危険ドラックへと続く。

以前、捜査の中心は販売所を突き止めることだった。
しかし、ガサ入れし、取り扱い者が逮捕されても、
すぐ人を変えて、同じ販売所が継続する。
逮捕しても同じ。
つまり、販売所に客がついているのだ。

それがやがて、携帯電話の普及で一変する。
教えられた番号にかければ、売人と連絡が取れ、
路上でブツのやり取りができる。
つまり、携帯電話に客がついているわけで、
客付き携帯電話は高値で取引される。
1千万、2千万の高額で、
価格の算定基準は、
1カ月の売上高だという。

イラン人による密売組織のピークは95年から02年。
イラン・イラク戦争で職にあぶれた男性が
当時ビザ免除であった日本で稼ごうとして来日し、
変造テレカなどを扱ったあと、
もっと儲かる覚醒剤に手を染めた。
渋谷のセンター街と
名古屋のセントラルパークで街頭密売が行われた。

逮捕されたイラン人の発言。

「自分は確かにクスリを売っていた。
これは悪いことだと思う。
でも、一つだけ言わせてほしい。
日本の若い子はバカだ。
日本は豊かで仕事も沢山あるのに、
なぜクスリに手を出すのか。
自分にはとても理解できない。
自分達は決してクスリなどやらない」


更にネットの登場で、薬物犯罪は激変する。
                                        
ネットは単に薬物売買の手段として用いられるだけでなく、
買い手の意識や売り子との関係性、
さらに密造や密輸の手口を含め、
ありとあらゆる面で薬物犯罪の在り様を変貌させた。


たとえば、引きこもりの青年が
自宅で薬物をいとも簡単に手に入れることができる。

彼は覚醒剤を入手するまで
誰とも直接会っておらず、
使用方法も知人等から教わったわけではない。
もし銀行振り込みの作業もネット上で済んでしまえば、
部屋から一歩も出ることなく
薬物を入手できてしまう。


しかも、大量に手に入れて小売りすれば、利益さえ生まれる。

日常的に薬物を入手している使用者がその気になれば、
一夜にして密売人と化すことができるわけだ。
これがネットの恐ろしさである。


ネット密売の売人の気持ち。

「仕入れ先とも顧客とも顔を合わせないので、
違法な薬物を売っているという罪悪感は薄い。
ネットなら暴力団とかかわる必要もありません。
SNSや掲示板に、
客の購買欲を煽るようなキャッチコピーを載せてしまえば、
後は適当な銀行口座とフリーメール、
飛ばしの携帯電話だけで商売を始められます。
口座や携帯も、
ネット上で他人名義の物を手に入れるのは簡単ですよ。
その気になれば規模はいくらでも大きくできます」


危険ドラッグは新種のため、
法整備が遅れ、
マトリに取締権限が与えられたのは、
2013年10月のこと。
そして、マトリの手によって危険ドラッグの店は壊滅する。

それは顕彰され、15年12月、人事院総裁賞を受け、
天皇陛下から直接ねぎらわれる。
その時の言葉。

「国民を危険ドラッグから守ってくれてありがとう。
案じておりました。
よくやってくれました。
ありがとう。
危険で厳しい仕事だったでしょう。
どうか麻薬取締官たちをねぎらってほしい」


この時の筆者の感動は、まさに
天皇が日本国民の「象徴」であることを認識させるものだった。

本書には、現場にいた人だから書ける、
捜査の情景がふんだんに出て来る。

オランダから輸入された重機ロードローラーに隠された
覚醒剤を摘発し、
関係者が倉庫に集まるのを待って逮捕するまでの経過。
イラン人密売組織の摘発で、
運搬人を泳がせて、
ブツの保管された車に近づくのを待つ間のサスペンス。
ひきこもりの息子の異常な行動を相談にきた母親と連携し、
ネットで取り寄せた薬物浸りの大学生を逮捕する場面。
などは実にリアルでドラマにしてほしいくらいだ。

特に、最後の大学生の件は、
しっかりした父親(大企業の役員)で、
息子の逮捕にも立ち会う気丈者。

この父親のように、
薬物に溺れた子どもに正面から対峙するケースは珍しい。
多くは、
「自分たちが麻薬取締部に相談したことは内緒にしてほしい。
決して近所にも言わないでください。
あと、事件が新聞に載ることだけは簡便してもらえないでしょうか」
と様々な要望を持ちかけてくる。
同時に、捜索への立ち会いを拒否する親も少なくない。
その気持ちは理解できる。
我々も、後難を回避する観点から、
可能な限り要望には応じてきた。
だが、他の親と違って、
この父親は逃げなかった。


この大学生は更生した。

わずか300人の組織で、大きな仕事、
すなわち、「国民を守る」
をなし遂げる。
麻薬取締官の仕事が、
ここまで明らかになるのは珍しい。
貴重な本である。






AutoPage最新お知らせ