『ホーンテッドマンションのすべて』  書籍関係

[書籍紹介]

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テーマパークのアトラクションの中で、
ディズニーランドの「ホーンテッドマンション」
「カリブの海賊」と並ぶ傑作の一つ。
その成り立ちや舞台裏について、
ディズニー・イマジニアリングのクリエイティブディレクター、
ジェイソン・サーレルが書いた本。
豊富な写真と共に、
実際に携わった者だけが語る秘話が豊富に収録されている。

初めて「ホーンテッドマンション」に入った時の興奮は
今でも覚えている。
1983年4月13日。
開園前に浦安市民を特別招待した2日目。
重々しい扉を開けて中に招待されると、
不気味な小部屋。
壁にかかった肖像画が刻々と変化し、
最後は骸骨に変わる。

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次に入った高い天井の部屋。
やがて部屋が上部に伸び、
肖像画の下部分が見えて来ると、
危険な肖像画だったということが分かる。
そして、雷鳴と共に、天井が透けると、
そこには宙ぶらりんになった死体が・・・。

上記の動画は、↓をクリック。

https://youtu.be/10jQFIetGDg

壁が開き、通路を通って行ったところに、
長い廊下があり、
そこを3人乗りのソファー状のもの(ドゥームバギーという)
が続々と廊下をすべっていく。

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乗り込むと、
ホストの「セーフティバーは私が下げる」との声が。
バギーが進むと、
ゴーストライターたちが書いた本の並ぶ書棚や

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影だけのピアノ弾きや
無限に続く廊下に浮かぶ燭台などが次々と現れる。
棺桶があり、その中から生き返った死体の手が蓋を押し上げる。
左右のドアからは、向こうから開けようとする死人の手が覗く。
やがて、首だけの占い師のような女性(マダム・レオタ)のご託宣を聞き、

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次に、グランドホールに移ると、
バルコニーから広間を見下ろす形に。
入り口に着いた馬車からこぼれた棺桶から出現する亡霊。
テーブルでは幽霊たちの食事会が開かれており、
上部空間の絵画は決闘の幽霊が飛び出ている。
オルガン弾きのオルガンからは、頭蓋骨が空間に立ち上る。
そして、舞踏会場では、透明な幽霊たちがダンスに興ずる。
この透明な仕掛けが素晴らしい。
屋根裏部屋を通過し、
ほとんど後ろ向きで落ちていくようになったバギーで
野外に出ると、そこは墓地。
墓から幽霊たちが出現し、
石膏の胸像は歌を歌う。
そして、空を飛翔する幽霊たち。
最後にヒッチハイクをする幽霊を見たあと、
鏡に映る自分たちの真ん中に幽霊が乗り込んでいる・・・

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という一連の仕掛けを
方向を変えるソファーが見るように仕向ける。

よくある「幽霊屋敷」というアトラクションとは全く違う、
一つの世界観に貫かれた架空の空間に遊ぶ。

ホーンテッドマンションは、私のお気に入りとなり、
世界中のディズニーランド・パークを訪れるたび、
必ず訪れるものとなった。
(昨年末のロスのディズニーランド訪問でも、しっかり入った)

1969年8月9日に
アナハイムで公開されたホーンテッドマンションは、
大評判を取り、
1971年10月1日には、
オーランドのマジック・キングダムでも公開。
東京ディズニーランドでは、
1983年4月15日開園と共に公開。
パリのディズニーランド・パリでも
1992年4月12日、開園と共に公開。
ただ、名称は「ファントム・マナー」と変え、
大体は同じだが、
花嫁メラニーとファントムが登場する
一味違うものになっていた。
2013年5月17日、
香港ディズニーランドの開園8年後、
追加アトラクションとして公開。
名前も「ミスティック・マナー」となり、
ヘンリー卿の収蔵品を見てまわり、
スラブやエジプトやギリシャやローマの文物を巡る、という
相当違うものになっていた。

上海ディズニーランドにはホーンテッドマンションは存在しない。
というか、上海ディズニーランドは
オリジナルのディズニーランドからはかけ離れたもので、
継承したのは唯一「カリブの海賊」のみで、
それさえも、相当違うものとなっている。
(この上海版カリブの海賊は、
巨大映像を駆使した相当なもので、
私は「東京ディズニー・シー」に増設したら、と考えている。)

さて、この本、
ホーンテッドマンションに関する知識が相当増える。
私が気づいた主なものは、次のとおり。

○ホーンテッドマンションの企画が出、
 建物も建てられたにもかかわらず、
 内部の方向性が定まらず、
 6年間、空き家のまま放置された。
 1963年、表には入居者募集看板が立てられた。

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○ウォークスルー(観客が歩いてまわる)と
 ライドスルー(観客が乗り物に乗ってまわる)の選択は、
 「カリブの海賊」(観客が船に乗って移動する)
 の大成功もあってライドスルー型を運営側は望んだが、
 技術的な問題があり、
 大幅にオープンが遅れたことがさいわいして
 技術が追いつき、ドゥームバギーに乗って
 観客が運ばれると同時に、
 見せたいものの方向をバギーが向く
 今の方式が確立した。
 香港版は更に進化し、
 ナビゲーションシステムにより、無軌道の床を上を進む。
○はじめの「伸びる部屋」は、
 アナハイム版は、実際に床が下に降りる。
 これは、モノレールの下をくぐって観客を誘導る必要があるたのものだった。
 オーランドと東京はこの必要がないので、
 床は下に降りず、上部のみが上に伸びる。
○「カリブの海賊」の大成功はホーンテッドマンションにも影響し、
 「ヨーホー」のような曲が望まれ、
 「グリム・グリニング・ゴースト」が生まれた。
 観客は、退場する時、この曲に頭が占領される。
○ホーンテッドマンションは大評判を呼び、
 オープンの一週間後の8月16日には、
 1日の集客数8万2516名という記録を打ち立てた。
○ウォルト・ディズニー・ワールド版では、
 建物の外観を南北戦争前の南部の大邸宅から
 植民地時代のマナーハウス(中世ヨーロッパの荘園領主の屋敷)
 に変更された。
 外観をオリジナル版より恐ろしげにしたかったからだという。
○1980年代半ば、新たなサプライズとして、
 生身の人間のパフォーマーを導入。
 キャラクターが時と場所を変えてゲストの前にひょいと現れる。
 しかし、ゲストにとっては怖すぎ、キャストにとっては危険すぎた。
 突然現れた甲冑姿の騎士に、
 驚きのあまり反撃してしまったゲストもいた。
 で、このアイデアはあっけなく打ち切りになった。
○香港のミスティック・マナーの音楽を担当したのは、
 ダニー・エルフマン。

アトラクションの傑作、
ホーンテッドマンションを
たっぷりの貴重な写真やアート、
様々なエピソードとともに解説する
読み応え抜群の一冊。





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