映画『娘は戦場で生まれた』  映画関係

東日本大震災から丸9年。
発生時刻の午後2時46分を過ぎたころ、
宮城県名取市の震災メモリアル公園上空に、
大きながかかった。

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「忘れないでね」とでも言っているようだ。


[映画紹介]

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2011年からのシリア内戦での
アサド政権政府軍と反体制派(自由シリア軍)との対立は、
2012年7月にシリア最大の都市、アレッポに波及。
反体制派の拠点とみなされたアレッポを
政府軍が包囲して、攻撃した。
2014年以降、ロシア空軍による空爆で、
町は瓦礫となり、多数の犠牲者を出した。
2016年12月、政府軍がアレッポの全域を奪還し、
市民は町を放棄して、避難した。

このアレッポにおける5年間の人々の生活を
独自に映像で記録した女性がいた。
ワアド・アル= カデブ監督である。
アレッポ大学のマーケティングを専攻する学生だったワアドは、
アサド政権に対する抗議デモに参加したことをきっかけに
街の様子をスマホで撮影するようになる。
撮影技術を独学で学び、
やがて撮影機材を購入(ソニー製であることが画面から分かる)し、

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周りの人たちの苦しみや絶望を記録する。
その間に、医師志望の青年ハムザと結婚し、娘を授かる。
「サマ」(空の意)と名付けた娘に告げるため、
ワアドは周囲の人々の生きた証を撮り続ける。

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しかし、戦争は激化する一方で、
街で最後の一つとなった病院を運営する夫ハザムと共に
町に留まり、ワアドは真実を映像に残すことに腐心する。
病院に運び込まれる戦争の被害者たち。
愛する娘を亡くした母親の嘆き、
父母を亡くした少年、
母親が怪我をし、
帝王切開で出産させる様・・・
床には、ケガ人を引きずった血の跡が残り、
ベッドには、血がこびりついている。
政府軍に包囲されたアレッポでは、
食料も不足するようになり、
日々の暮らしも成り立たない。
何より、爆弾と空爆が人々の心に平安を与えない。

生の記録の持つ力の強さを思い知らされる。
爆弾が町を襲う遠景から、
建物の中で爆発に遭遇する近景まで、
すさまじい爆発音が耳を襲う。
きっと夜も眠れないだろう。

ワアドはSNSで現状を訴えるが、
世界中で何千万の人が見たにもかかわらず、
救いはどこからもやってこない。

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内戦ほど意味のないものはない。
なにしろ、同じ国民同士が銃を向け合い、
自分たちの国の都市を攻撃し、瓦礫に帰するのだ。
自らの国土を棄損する愚かな戦争。
しかも、アレッポは反政府軍の拠点とみなされ攻撃されただけで、
ほとんどの市民は普通の生活をしていた人たちなのだ。
その人たちが爆撃におののき、
家を焼かれ、家族を失う。
それが同じ地球の上で起こっている現実だ。

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内戦が始まる前のシリアの人口は約2200万人を数えていたが、
長引く内戦を避けるために
国民の多くは安全な地域を目指して移動を開始、
国民の半分以上が難民化する状態となった。
沢山の人々が祖国を捨て、
生活の不安におののきながら、異国の地を目指す。
これほどの悲劇はない。
国連の難民高等弁務官は
「この時代で、単一の紛争からの最も大きな難民が発生した」
との声明を出した。
欧州の難民問題は、
元となる国の問題を解決しない限り、終わらない。

シリア内戦は各国・各勢力の思惑が露骨に衝突した戦争で、
それがこの紛争の解決をより一層難しくしている。
アラブの春に影響を受けた、
平和的な反政府デモを発端とするものの、
多国籍の軍隊がそれぞれ別の思惑でシリアを舞台にして、
自らの権益を拡大・死守する代理戦争と化した。

そして、双方に武器を供給する国がいる。
人を殺す道具を生産し、提供してもうけようとする人が。

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ワアドは、家族と共に2016年12月にアレッポから避難。
さいわい、貴重な映像を一緒に持ち出すことができた。
今彼女は夫のハムザと2人の娘と一緒にロンドンに住んでいる。

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やがて、ワアドは持ち出した映像記録をもとに、
テレビでアレッポの悲劇を放送。
イギリスのニュース番組で最も注目された作品となり、
2016年の国際エミー賞・ニュース速報部門など24の賞を受賞した。
そして、ドキュメンタリー作家、エドワード・ワッツの手を借りて
発表したのがこの作品だ。
公開されると衝撃が走り、
カンヌ国際映画祭で最優秀ドキュメンタリー賞を受賞するなど、
各国の賞レースを席巻した。
本年度アカデミー賞でも、長編ドキュメンタリー部門にノミネート
受賞確実と見られていたが、
Netflix の「アメリカン・ファクトリー」にさらわれた。
「アメリカン・ファクトリー」は、
アメリカへの中国企業の工場の進出を扱った映画で、面白いが、
「娘は戦場で生まれた」の感動にははるかに及ばない。
アカデミーは「平和」よりも「経済」を選択したわけで、
こういうところは、アカデミー会員のセンスを疑う。

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全編、内部にいた人間にしか撮れない
臨場感に満ちた映像があふれる。
作り物ではない、
まさしくドキュメンタリー中のドキュメンタリー。
戦場における人々の生活、
喜び、哀しみを綴った本作。
平和ボケの日本人には必見。

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特に、帝王切開で生まれ、仮死状態の嬰児が、
医者の懸命な対応で、
目を開き、産声を上げる場面では、
思わず声を上げ、
涙がこぼれた。

5段階評価の「4.5」

予告編は↓をクリック。

https://youtu.be/wNL1bEd-SKc

渋谷のシアターイメージフォーラムで上映中。
ガラガラにすいていた。悲しい。


ビジネスクラスを譲った青年  様々な話題

88歳おばあちゃんにビジネスクラスを譲った青年のことが
話題に上がっている。

その青年は、スコットランド出身のジャック・リトルジョン
彼は、母親と姉妹と一緒にニューヨークを訪れていた。
彼の兄弟がタイムズスクエアで主催した
ホームレス支援のチャリティーイベントに参加するためだった。

その帰りのフライト、
ヴァージン・アトランティック航空の
ニューヨーク発ロンドン行きの深夜便。
母親は子どもたちに
ビジネスクラスをサプライズで用意したのだ。

リトルジョンは、サプライズは嬉しかったが、
ビジネスとエコノミーの不平等さに居心地が悪かった。
エコノミーの乗客はビジネスの席を通って機内後方に行く。
うらやましそうにビジネスクラスの椅子を見ながら。
そうした格差は「不健全」だとリトルジョンは感じていた。

彼は母親にエコノミーと交換する旨を伝え、
誰に席を譲ればいいかと適任者を探した。
そしてアリソンという老婦人に目を止めた。
彼女を見た瞬間、この人だ、と思ったという。

88歳のバイオレット・アリソンはイギリス出身で、
いまも現役の看護師。
ニューヨークには娘に会うために訪れていた。
膝の置換手術をして以来、久しぶりのフライトだった。

アリソンは予約したエコノミー席に腰を下ろした。
すると、機内の前方から歩いてきた青年に
突然声をかけられた。
「失礼ですが、ひとりでのご旅行ですか? 
私のビジネスクラスの席をあなたに譲りたいのですが」
面食らったアリソンは、
「あなた、冗談を言っているんでしょ」と返した。
その青年リトルジョンは
「本当です。私のビジネスクラスの席と交換しましょう」
と提案した。

信じられない気持ちでアリソンが申し出を受け入れると、
リトルジョンは彼女をビジネスクラスのキャビンまで案内した後、
自分はアリソンのいたエコノミー席に座った。

アリソンはそれから7時間、
ビジネスの食事を堪能し、
フラットシートでゆっくり休んだ。

この一部始終には、目撃者がいた。
客室乗務員のリア・エイミーだ。
彼女によって、
この経緯がフェイスブックに投稿され、
世界に広がっていった。

エイミーは書く。
「リトルジョンは、エコノミーのトイレのすぐそばの席に座り、
フライトの間ずっと静かにしていたわ。
注目を集めようとするわけでもなく、
ほんとに良心から席を譲ったって感じだった」

「夕食の後、彼女を寝かせて毛布を掛けてあげたときの、
彼女のあの幸せそうな顔を
みんなに見せてあげたかったわ」

そして、言う。

「これまで何百回と搭乗してきて、
サッカー選手や映画スターたちの
お世話をする機会に恵まれてきたけど、
これだけは言わせてちょうだい。
この2人が、私の一番お気に入りの乗客になったわ!」

エイミーの投稿には、
何千ものメッセージやハートの絵文字が寄せられ、
リトルジョンの行いに拍手が送られている。

実は、アリソンの長年の夢は
いつかビジネスかファーストクラスに座ること。
その夢をリトルジョンがかなえたのだった。

↓は、
ロンドンに着陸して降りる前に、
リトルジョンとアリソンが撮った記念撮影
ビジネスクラスでくつろぐアリソン。

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同じ状況に立った時、
あなたに、こんなことが出来ますか?
出来ますか?

私には、出来ません。

たとえば、何かの都合で、
私の席だけビジネスクラスで、
カミさんと娘がエコノミーだったりしたら、
これは迷うことなく、
家族にビジネス席を譲るでしょう。

しかし、全くの赤の他人に、
快適な席を自ら譲ることなど、出来はしません。

シルバーシートさえ譲らない若者がいるというのに、
リトルジョンの行為は、
本当に目を開かされた気がします。

リトルジョン、きっといい大人になることでしょう。

昔、賢人・曽野綾子さんが日本財団の会長をした時、
役職の高い者がビジネスクラスで旅行しているのを見て、
年齢の若い者はエコノミーに乗るように規定を改めたといいます。
エコノミーに乗って、
隣に座った乗客といろいろ話をした方が
ためになると考えたからです。

曽野さんは、こう書いています。

二十代の若者がキャビアでシャンパンを飲んでいる姿を見て、
これはいけない、と思いました。
他人のお金で贅沢すると、
お金の値打ちも他人の苦労もわからない。
贅沢は、自費で盛大にするものだ、
という基本的なルールも教えたかった。
日本財団では会長の権限が大きいというので、
この場合だけ私の好みで制度を少しいじりますと言って、
すぐに年齢制にしました。
四十歳までは、
飛行時間が何時間かかろうが、
全員エコノミー。
四十歳を過ぎたら、
出世の如何にかかわらずビジネスクラスというふうに。

NBS(日本舞台芸術振興会)という、
オペラの招聘をしている団体があります。
その専務理事をしていた佐々木忠次(故人)さんという方は、
ヨーロッパに出張して、
相手先と打ち合わせをする際、
秘書などを同行させず、
必ず一人ででかけたといいます。
理由は、そんなところでお金をかければ、
オペラの入場料金にはねかえるからだと。
1円でも安く、
日本の観客に外国のオペラ劇場を招聘するための努力です。

また、IKEAの社長をはじめ役員たちは、
外国に出張する時は、
全員エコノミーだといいます。
理由も同じ。
そこで費用をかければ、
商品の値段に反映されてしまうから、と。

その話を聞いて、
IKEAが好きになりました。


小説『熱源』  書籍関係

[書籍紹介]

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「天地に燦たり」で第25回松本清張賞を受賞してデビューした
川越宗一の書き下ろし作品。

樺太(サハリン)を舞台に展開する
アイヌ民族を巡る壮大な歴史ドラマ
最近の直木賞受賞作の中でも
突出した傑作小説である。

主人公ヤヨマネクフは樺太で生まれたアイヌ。
9歳の時、樺太はロシアのものになり、
ヤヨマネクフの家族は「ニッポン」の
北海道の対雁(ついしかり)に移り住む。
ヤヨマネクフは成長して妻をめとり、息子も生まれるが、
村に流行した天然痘が妻を奪う。
それから数年経ち、ヤヨマネクフは
「いつか故郷に帰る」という妻との約束を果たすために
樺太に戻る。
そのとき、樺太への旅券を取るために、
山辺安之助(やまべやすのすけ)という
日本名を作らなければならなかった。
しかし、たどり着いた故郷は、
もはやヤヨマネクフの思う故郷ではなく、
ロシア人の村になっていた。

もう一人の主人公、ブロニスワフ・ピウスツキは
リトアニアに生まれた青年。
ロシアの同化政策によって、
リトアニアの母語であるポーランド語を話すことは禁じられた。
ブロニスワフは皇帝の暗殺計画に巻き込まれ、
無実の罪で樺太に送られる。
ブロニスワフはそこで先住民のギリヤークの人々と出会い、
ギリヤークの暮らしや言葉の研究を始める。
ギリヤークは、ロシア人の入植によって今までの生活を奪われ、
「文明」をもたらされて危機的な状況にあった。
そのギリヤークに自分は何ができるのかと、
ブロニスワフは考える。

日本人にされそうになったアイヌのヤヨマネクフと
ロシア人にされそうになったポーランドのブロニスワフ。
文明を押し付けられ、
それによってアイデンティティを揺るがされた経験を持つ二人が、
樺太で出会い、自らが守り継ぎたいものの正体に辿り着く。

樺太の厳しい風土やアイヌの風俗が鮮やかに描き出され、
国家や民族、思想を超え、人と人が共に生きる姿が示される。
文明国であると自認する白色人種の
先住民に対する蔑視や優越思想も描かれる。

「ですが白人種以外が文明を理解できるとも思えませんな。
滅びゆくその日まで伸び伸びと暮らさせてやったほうが
よいのではありませんか」

「高度に発達した文明を持つ我々には
彼らを適切に統治し、
より高度の発展段階へと導く必要と使命があります」

耐えられなかったのは、
その学校の教師たちは
アイヌを不潔で蒙昧であると決めつけていて、
生徒にあからさまな蔑視を向けるか、
よくても憐憫の情で接することだった。
授業ではことあるごとに、
アイヌであることをやめて
和人(日本人)になることが推奨された。


時代は日露戦争や第2次世界大戦まで及び、
太宰治、二葉亭四迷、石川啄木、金田一京助も登場。
白瀬中尉による南極探検も描かれる。

罪を許されたブロニスワフは
安全のため妻子を樺太に置いて、
リトアニアの独立のために闘う。
闘うと言っても非暴力を貫き、
最後は死亡する。
後にその弟がポーランド独立の英雄になることが分かる。

序章に現れたロシアの伍長が
聞いた録音盤のくだりが、
終章で蘇る構成も巧みである。

「私たちは滅びゆく民と言われることがあります。
けれど、決して滅びません。
未来がどうなるか誰にもわかりませんが、
この録音を聞いてくれたあなたの生きている時代のどこかで、
私たちの子孫は変わらず、
あるいは変わりながら、
きっと生きています」

「もしあなたと私たちの子孫が出会うことがあれば、
それがこの場にいる私たちの出会いのような
幸せなものでありますように」


題名の由来は、次のとおり。

生きるための熱の源は、人だ。
人によって生じ、遺され、継がれていく。
それが熱だ。

これからも、同族たちにはさまざまな困難があるだろう。
同化の圧力、異化の疎外、蔑視、憐憫、薄れる記憶。
もし祈りの言葉が忘れられても、
言葉を奪われても、
自分が誰かということさえ知っていれば、
そこに人(アイヌ)は生きている。
それが摂理であってほしいと願った。


アイヌ民族という存在に光を当て、
歴史の中で翻弄される姿を描く、
一大叙事詩
登場人物と同化した気になり、
その奔流に身を委ねた気になる。
見事な直木賞受賞作だ。

選考委員の選評は、以下のとおり。

角田光代
作者が描こうとしているのは、
場所でも時間でも人種でも史実でもなくて人間だ。
史実に引きずられて端折りすぎの箇所もあるように
感じられたけれど(南極探検隊のところなど)、
それでも、史実か否かなどどうでもよくなるような、
つまり小説だけが持ち得る躍動感に満ちている。


宮部みゆき
風格さえ漂う歴史小説ですが、
冒険小説としても面白いので、
受賞を機会に多くの若い読者のもとに届いてほしいと思います。


桐野夏生
文体は簡潔でリズムがあり、描写もうまい。
個人的には、流刑になったピウスツキの生涯が劇的だっただけに、
主人公ヤヨマネクフがうまく彼に絡まないのが残念だった。

浅田次郎
一気呵成に読み切るというほどの面白さを備えているとは言い難いにせよ、
長い物語を存分に堪能できる、
いわば小説らしい小説である。
資料を深く読みこんで全体像を把握し、
歴史や習俗をストーリーに反映させているから、
難しいはずの話がわかりやすい。
しかし、長い時間をかけたと思えるこの作品中においても、
作家としての進化が明らかなところからすると、
はたしてここで受賞することが適切かどうか、
という迷いもあった。

林真理子
群を抜いていた。
候補作の中で、いちばん小説らしい小説であった。
人間にとって民族とは何かという大きな命題に、
正面から立ち向かっていく姿勢にも好感を持てる。
最初に登場する女性兵士が、
最終章を実にうまくひき締めていた。
川越さんはまだ二作めということであるが、
これだけの長篇を書ける力量はたいしたものだ。

北方謙三
描かれた時間が長きにわたり、
そのため散漫さと緊密さがともにある、
という印象を持ってしまった。
少数民族の絶望的な悲劇の歴史は、
実は資料の外にあるのかもしれない、と私は思った。
あるいは、資料の行間に。
そこを抉り出して欲しかった、という思いも読後に残った。
全面的な支持をすることはできなかったが、
作品全体が放つ熱気は相当なもので、
それには圧倒された。

高村薫
題材にふさわしい小説形式といい、
物語を運ぶ構成といい、
よく悪くもオーソドックスで安定しており、
エンターテインメントの書き手として必要十分の才を感じた。
小説家としてはまだまだ発展途上と言うほかないが、
アイヌ民族の近代史という大きな構えの小説に
正攻法で臨む姿勢は、
この作者の潜在的な胆力の証だと思う。

宮城谷昌光
クルニコワ伍長という女性兵士が、唐突に登場し、
しかもその時代は日本が終戦を迎える昭和の二十年である。
じつはこの人物はこの後、終章まで登場しない。
こういう断絶と接続が本文でもくりかえされる。
ゆえに、たいそう読みにくい。
しかしながら、理外に作者の情熱が赫々とあることもわかり、
無視しがたいことも事実なのである。
創作的熱源が分散しないかたちの作品であってもらいたかった。



産経抄の櫻井よしこさん  政治関係

昨日の産経抄

「みんなで力を合わせ、この危機を乗り越えようと
論説で書いたところはありますか」。
ジャーナリストの櫻井よしこさんは
4日のBSフジ番組で、
新型コロナウイルス報道の在り方に疑問を投げかけた。
全国の小中高校などに休校を要請した安倍晋三首相に対しても、
ケチばかりつけていると。

▼政府の施策チェックもマスコミの仕事ではあるものの、
櫻井さんの言葉は耳に痛い。
確かにテレビのニュース番組をはじめ、
政府対応は失敗だと不安をあおったり、
安倍首相の決断のあら探しをしたりが目立つ。
当初は、日本より感染拡大が著しい
韓国の手法に見習えという合唱も起きた。

▼安倍首相が今回打ち出した
中国、韓国からの入国制限に対してはどうか。
6日付朝刊各紙をみると、
朝日新聞は「自身の指導力を演出しようとする
狙いが透けて見える」。
毎日新聞も「首相のリーダーシップで
封じ込めに動く姿勢を演出」
と書いていた。

▼平時ならともかく、この非常時に際しても
安倍首相の政局的思惑に焦点を当て、
国難への対処策を
個人的な演出へと矮小化することに努めている。
櫻井さんが指摘する通り、
そこにみんなで協力して危機に立ち向かおうという
意識は感じられない。

▼何をしてもたたかれるのであれば、
じっとしている方が楽だろう。
第二次世界大戦時の英首相、チャーチルは
宥和政策でナチスドイツの軍事的伸長を座視した
ボールドウィン内閣をこう指弾した。
「成り行きのままに任せ、
流動するままに放置し、
無為無策のために力を傾けている」。

▼後手を引いたかどうかはともかく、
政府は動き出している。
この局面でただ揚げ足取りや
批判のための批判しかできないとしたら、
そんなマスコミに存在価値はあるだろうか。

櫻井よしこさん、さすが。

先日もある新聞が
小中学校の休校についての
小学3年生の投書を掲載していた。
宛て名は安倍首相宛てで、
なんで学校を休まなければならないのか、
自分の身近に感染者なんかいない。
自分は学校に行きたい、
友達と一緒にいたい、
という内容だった。

当然、親が投書を手伝ったのだと思うが、
まったく間違っている。
この事態に子どもに教えるべきことは、
人生には、自分の思い通りにならないことがある、ということ、
そして、難局にあっては、
自分たちの希望を押しとどめて、
国民全体が協力しあうことも必要だ

ということだったろう。
更に、デマに惑わされず、
トイレットペーパーの購入に走るような
愚かな行為に走らず、
冷静に対処すべきことを付け加えれば、
もっと良い。
そして、学校に行かなくても、
家で学習する方法を教えることだろう。

掲載する新聞も新聞で、
年端もいかない小学生の声を借りて、
政権批判をしたい、という意図がみえみえだ。

韓国からの入国制限に対して、
韓国が過剰反応をしており、
「対抗措置」として、
同様の措置を取り、ビザも停止するという。

こういう時は、経済的痛手を置いておいて、
各国間で協力しあうことが必要なのに。
韓国からの入国を制限した他の国には何の抗議もせず、
日本にだけ抗議し、
その上「対抗措置」とは、勘違いもはなはだしい。

ただ、この入国後の行動制限も
「要望」にすぎず、
入国者の意思に任せる、
というから不思議だ。
こういう不徹底は、
やはり政府としては、
生ぬるいとのそしりはまぬがれないだろう。



映画『黒い司法』  映画関係

今日のイオン。

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積み重ねられたトイレットペーパー
でも買う人はいません。

昨日の新聞に、
東日本大震災の時の
ある高校生の話が掲載されていた。

当時、日用品の多くが店の棚から消えていた。
高校生は母親が
トイレットペーパーを2袋を買ってきたのを知り、
1袋を返しに行った。
「みっともない」というのだ。


イタリア・ミラノのヴォルタ高校の校長である
ドメニコ・スキラーチェさんが
生徒に宛てた手紙が話題を呼んでいる。

――ヴォルタ高校の皆さんへ

“保険局が恐れていたことが現実になった。
ドイツのアラマン人たちがミラノにペストを持ち込んだのだ。
感染はイタリア中に拡大している…”

これはマンゾーニの「いいなづけ」の31章冒頭、
1630年、ミラノを襲ったペストの流行について書かれた一節です。
この啓発的で素晴らしい文章を、
混乱のさなかにある今、
ぜひ読んでみることをお勧めします。

この本の中には、外国人を危険だと思い込んだり、
当局の間の激しい衝突や最初の感染源は誰か、
といういわゆる「ゼロ患者」の捜索、
専門家の軽視、感染者狩り、
根拠のない噂話やばかげた治療、
必需品を買いあさり、
医療危機を招く様子が描かれています。

ページをめくれば、
ルドヴィコ・セッターラ、アレッサンドロ・タディーノ、
フェリーチェ・カザーティなど、
この高校の周辺で皆さんもよく知る道の名前が多く登場しますが、
ここが当時もミラノの検疫の中心地であったことは覚えておきましょう。
いずれにせよ、マンゾーニの小説を読んでいるというより、
今日の新聞を読んでいるような気にさせられます。

親愛なる生徒の皆さん。
私たちの高校は、
私たちのリズムと慣習に則って市民の秩序を学ぶ場所です。
私は専門家ではないので、
この強制的な休校という当局の判断を
評価することはできません。
ですからこの判断を尊重し、
その指示を子細に観察しようと思います。
そして皆さんにはこう伝えたい。

冷静さを保ち、
集団のパニックに巻き込まれないこと。
そして予防策を講じつつ、
いつもの生活を続けて下さい。
せっかくの休みですから、
散歩したり、良質な本を読んでください。
体調に問題がないなら、
家に閉じこもる理由はありません。
スーパーや薬局に駆けつける必要もないのです。
マスクは体調が悪い人たちに必要なものです。

世界のあちこちにあっという間に広がっているこの感染の速度は、
われわれの時代の必然的な結果です。
ウイルスを食い止める壁の不存在は、
今も昔も同じ。
ただその速度が以前は少し遅かっただけなのです。
この手の危機に打ち勝つ際の最大のリスクについては、
マンゾーニやボッカッチョ(ルネッサンス期の詩人)が教えてくれています。
それは社会生活や人間関係の荒廃、
市民生活における蛮行です。
見えない敵に脅かされた時、
人はその敵があちこちに潜んでいるかのように感じてしまい、
自分と同じような人々も脅威だと、
潜在的な敵だと思い込んでしまう、
それこそが危険なのです。

16世紀や17世紀の時と比べて、
私たちには進歩した現代医学があり、
それはさらなる進歩を続けており、
信頼性もある。
合理的な思考で
私たちが持つ貴重な財産である人間性と社会とを
守っていきましょう。それができなければ、
本当に‘ペスト’が勝利してしまうかもしれません。

では近いうちに、学校でみなさんを待っています。



[映画紹介]

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ブライアン・スティーブンソンは
ハーバード大学のロースクールを卒業し、
弁護士資格を取得した。
好待遇のオファーが複数あったにも拘わらず、
彼は使命感からアラバマ州で人権運動に携わることにした。
同州で受刑者の人権擁護活動に励む
エバ・アンスリーの協力もあって、
彼は小さな事務所を設立することができた。

1980年代のアラバマは、
黒人に対する人種差別が続いており、
警察や検察の捜査も
差別的なものが横行していた。

その一人、ウォルター・マクミリアンという黒人男性の件に
ブライアンは注目する。
白人女性を殺した容疑で死刑判決を受けたのだが、
物的証拠は何もなく、
目撃証言一つだけで検察側はウォルターを犯人に仕立て上げたのだ。
ブライアンはウォルターの無実を証明すると心に誓い、
その弁護を買って出た。
当初、ウォルターは
「大学出のインテリ先生に差別の何が分かるというのか」
と頑なな態度を取っていたが、
ブライアンの奮闘ぶりを眺めているうちに、心を開くようになる。

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ブライアンは証人の供述テープを聞いて、
証人が偽証したと確信し、
再審請求の場に、証人を再び立たせるが、
ブライアン自身も警察の脅迫を受ける・・・

ブライアン・スティーヴンソン↓のノンフィクション、

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「黒い司法 黒人死刑大国アメリカの冤罪と闘う」を映画化。

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まことに正面からの直球勝負の映画。
正義のために奮闘する弁護士の姿が感動を呼ぶ。
とにかく、あきらめないのがすごい。
ウォルターの隣の独房の死刑囚の
電気椅子による死刑執行の場面がおそろしい。
また、ウォルターの「黒人は生まれながら有罪なんだ」
という言葉が悲しい。

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ブライアン役を「クリード チャンプを継ぐ男」「ブラックパンサー」の
マイケル・B・ジョーダンが演じ、新境地を見せる。

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ウォルター役をオスカー俳優のジェイミー・フォックス

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エバ役を「ルーム」(2015)でオスカーを取ったブリー・ラーソンが演ずる。

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監督は、「ショート・ターム」「ガラスの城の約束」の
デスティン・ダニエル・クレットン

どこの国でも同じだが、
警察と検察は先入観から犯人を仕立て上げ、
面子から、その過ちを決して認めようとしない。
それに人種差別が加われば、なおさらのことになる。
裁判所もかつてした判決を覆すことには躊躇する。
差別と偏見が冤罪を生む温床だ。

アメリカでの公開は昨年の12月25日。
アカデミー賞の資格を獲得するための限定公開だったが、
オスカーはかすりもしなかった。
今年1月10日に拡大公開。
ランキングは初登場5位だった。

予告編は↓をクリック。

https://youtu.be/qu49qWDgeGc

5段階評価の「4」

拡大上映中。


アラバマ↓といえば、

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グレゴリー・ペックに主演男優賞をもたらした
「アラバマ物語」(1962)が有名。

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1930年代のアメリカ南部で、
白人女性への性的暴行容疑で逮捕された
黒人青年の事件を担当する
弁護士の物語だった。

タグ: 映画




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