小説『つばさものがたり』  書籍関係

[書籍紹介]

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雫井脩介の10作目の作品。
2010年刊。

北伊豆に住む君川家が舞台。
地元の体育協会に勤める代二郎と道恵の間に男の子が生まれる。
叶夢(かなむ)と名付けられたその子は、
成長するにつれて、ちょっと変わった子であることが判明する。
幼稚園で他の子供と交わらず、
なにか架空の世界で遊んでいるようなのだ。
やがて、叶夢には、天使たちが見え、
天使と妖精のハーフでレイという
他の人には見えない子供と、
親友になっているようなのだ。
にわかには信じられない代二郎と道恵だったが、
成長と共に普通に戻るのではないかと見守ることにした。

そんな時、代二郎の妹の小麦(26歳)が東京から帰って来た。
パテシェの修行をしていた小麦だったが、
師匠の店パティスリー・ハルタが
新店舗を出すことになり、
フランスの修行から帰ったばかりの五条朋彦がシェフになり、
小麦に手伝ってほしいと誘われたが、
それを断っての帰郷だった。

実は小麦は乳ガンを患っており、
3年前に手術したが、
最近再発し、更に転移もしていて、
見通しが立たない状態で、
抗ガン剤の影響で味覚にも障害が出ていた。
師匠の春田に恩返しも出来ず、
密かに慕っていた五条の要請にも答えられず、
気まずい別れをして故郷に戻ってきたのだ。

母の香代子にも乳ガンであることを話せず、
小麦はケーキ屋を開店することにする。
というのは、地元の製菓会社に勤めた父が、
ケーキ屋を開くことを夢見ていたからだ。
店舗の物件を探し、器材を手配し、
オープンにこぎつけたが、
その開店の時、叶夢が不吉なことを言う。
「この店は流行らないよ」
天使がこの店界隈には止まっていないというのだ。

予言は的中し、最初だけはよかったものの、
売上は低迷し、
パートの給料さえ支払えないような窮状になる。
密かに訪ねてきた恩師の春田には
「こんなものを作りたかったのか」と言われる始末。
後継者に育てたい道恵への厳しい指導から、
兄嫁との関係もきまずいものとなってしまう。
小麦の病状も進み、物心両面で疲労困憊、
ついに店が立ち行かなくなってしまった。

乳ガンであるとを母にも話し、治療に専念するが、
ある時、叶夢の要請で、
レイの天使試験に立ち会ったことから(実際は見えないのだが)、
気持ちを回復した小麦は、
再度ケーキ屋に挑戦することを決意する。
今度はレイもいいと言ってくれた物件を探し、
母の一存で閉店後も処分せずにいた器材を移転し、
あらたに「ファボリ・タンジュ」
(天使の好物、天使のお気に入り)
と命名された店舗をオープンする。
今度は近所の洋菓子店の息子で
経験者も手伝ってくれることになった。

小麦の再挑戦は成功するのか。
レイの天使試験は合格するのか、
それとも・・・

一種の家族小説で、
犯罪小説に秀作の多い雫井だが、
全くテイストの違う、このような作品も書ける人だと分かる。
天使が登場するなど、ファンタジーとも言える。
警察小説とは対極にある。

登場人物が全員好人物で、
読んでいて爽やかだ。
そして、ケーキに命を賭ける
パテシェの世界も詳細に描かれる。
後半は、サスセスストーリーとしても満足させる。

最後に自分の店を見る小麦が、こう述懐する。

「いいお店だなぁ。
私、こんな素敵なお店を作ったんだ…。
何だか夢みたい。
嬉しいなぁ。
がんばってよかったなぁ」

このあたりで読者の涙腺が決壊する。

それにしても雫井脩介の守備範囲の広さに驚かされる小説である。





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