小説『美しき愚かものたちのタブロー』  書籍関係

[書籍紹介]

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絵画用語でタブロー(tableau フランス語)とは、
ラテン語で「板」を意味する「タブラ(tabula)」に語源をもつことから、
本来は板絵のことであるが、
今日ではカンバスや画紙に描かれた絵をいう。
固定した壁画や天井画と異なり、可動的で、
普通額縁によって独立した絵画空間を作る。
エチュード (習作) やデッサンは含まれず、
あくまでも完成した絵をさす。

その用語を取り入れた、この題名。
恰好つけた、あまり良い題名ではないと思う。

「松方コレクション」にまつわる物語。

松方コレクションとは、
戦前、首相を務めた松方正義の息子であり、
川崎造船所の創業者川崎正蔵に見込まれて
川崎造船所の社長に就任、
戦時中は政治家としても活躍した松方幸次郎↓が、

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1920年代、
ロンドンとパリで買い集めた
絵画や彫刻、浮世絵のコレクションのこと。
松方は、ロンドンで偶然目に留まった絵に
心動かされたことをきっかけに、コレクターとなる。
「ひょっとすると、
一枚の絵は軍艦一隻に相当する力を秘めているかもしれない」
と。
購入した作品は、ロンドンやパリに保管されていたが、
第二次大戦や松方の社長辞任、
関税の問題などで日本へ移送されず、
パリに置かれたままだった。
ロンドンのコレクションは火事で消失した。

戦後は、敗戦国の在外財産として接収され、
フランス政府の管理下に入った。
その松方コレクションの返還を求めたのが吉田茂であり、
フランス政府は、あくまで「寄贈」の形を取った。
日本側は「寄贈返還」という言葉を編み出して、これを受け入れた。

寄贈に当たってフランス政府のつけた条件の一つである
「美術館の建設」で作られたのが、上野の国立西洋美術館
フランスから松方コレクションを移送して
開館したのが1959年。
松方本人は既に他界しており、
自分の集めた作品群が日本の美術館に展示される光景を見ることはなかった。
開館60周年を記念して、
今年、「松方コレクション展」が開催された。

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本作は、美術史を学ぶ田代雄一を中心に、
欧州での松方の美術品の購入の姿、
第2次大戦中、
ナチの接収からコレクションを守るために、
田舎町・アボンダンの農家の2階に
タブローを秘蔵し、
ナチの退却後、パリに戻した日置コウ(金偏に工)三郎の姿、
松方コレクションを取り戻すために
吉田茂の要請で、フランス側と交渉する田代の姿を描く。

田代雄一は架空の人物だが、
日本における西洋美術史家の草分け、矢代幸雄がモデル。
その他、フランスで松方の画廊巡りに付き合った
実在の人物成瀬正一も登場し、モデルの一部を担う。

松方は「自分には絵は分からない」と言っており、
田代や成瀬らの助言で画廊を回り、美術品を買い求める。
中でも印象派の巨匠、
クロード・モネのアトリエを訪ねる場面が印象的。
また、画廊で紹介された絵を「買わない」と行ってホテルに帰ったあと、
田代に内緒で画廊に戻り、
買い求めていた挿話も面白い。
その絵がゴッホの「アルルの寝室」と
ルノアールの「アルジェリア風のパリの女たち」(後述)。

松方の美術品購入の目的は、
「日本に美術館を作りたい」だった。
当時、日本の若者たちは、海外渡航など夢のまた夢で、
西洋の本物の美術品を直接見る機会など皆無だった。
美術品の存在を知るのは、
雑誌の写真、しかも劣悪な黒白写真でしかなかった。
外国に行けない芸術家たちのために、
それならば、美術品を買い付け、
日本に持って来ればいい、
彼らのために
一流の作品を集めた美術館を日本に創ったらいいではないか、
というのが松方の考えだった。
                                       
印象派の絵を「まぶしい」と言う田代の説明。

「モネの絵ばかりじゃない。
印象派や、そのあとに登場する
ゴッホやゴーギャンやスーラ、
新進気鋭の画家たちは、皆、
アトリエを飛び出して、外で制作したんだ」
それまでは、画家はモデルを前にして
アトリエで制作するのが普通とされていた。
安定した明るさを得るために、
多くのアトリエは光が差し込まない北向きだった。
印象派以前のフランス絵画の画面を見ると、
いかに明るい色彩が用いられた絵であっても、
まぶしくて目を細めるなどということはない。
アトリエではなく外光の中で制作したことが、
印象派の画面にあるまばゆさをもたらしたのだ。


サンフランシスコ講和条約締結の後、
吉田茂がフランスのシューマン外相と会談し、
松方コレクションの返還を要請する場面も興味深い。
20分しかない会談時間なのに、
吉田はソ連の美術館でフランス絵画を見た際の感動を語る。

結果的に、これは、ソ連におけるフランス文化の大いなる宣伝となっている。
これこそが、芸術・文化の底力ではないか。
(中略)
フランスには当然数えきれないほどの美術品があるわけですから、
<松方コレクション>がこのさきフランスにあっても、またなくとも、
ほとんど影響はないはずです。
しかし、それがもし、日本にあったなら、
どれほど大きな影響を日本人に与えることでしょう。
(中略)
フランスが<松方コレクション>を日本へ贈ってくれたならば、
日本国民はどれほど喜び、また励まされることでしょう。
そしてフランスに感謝することでしょう。
そしてもし、それを基に美術館を開設することができたならば、
わが国におけるフランス文化の有力な宣伝にもなるはずです。
これはフランスにとって損にならない。
否、必ず有益な結果となる。
いかがでしょうか。
この提案、受け入れていただけませんか──。


その結果、シューマン外相がそれを受け入れ、
日本にコレクションが返還されることになる。

美術史家・田代の「偶然=必然」論

ある歴史上の人物が出てくるのは、
その時点ではたんなる「偶然」でしかない。
しかし、後世のある時点に立脚して、
歴史の中でその「偶然」をみつめたとき、
それがいかに「必然」であったかがよくわかる。
さとえば、レオナルド・ダ・ヴィンチという
稀代の天才が出現したのは、
たまたまそうなったわけではなく、
何百年ものあいだの歴史の積み重なりの中で、
少しずつ、少しずつ、準備されていき、
その結果、ひとりの天才が生まれたという
必然であったのだといえる。


松方の遺志を受けて、
コレクションをアボンダンに絵画を隠した日置が、
パリに絵を戻す際、
ナチの軍隊の検査を受け、
たまたまその絵がゴッホの「アルルの寝室」だった。
その絵を見て、ドイツの兵隊が、
子供の落書きと思って、
通過させるあたりも面白い。
ナチの軍人には、
ゴッホの価値など分かりはしなかったのだ。

実は、フランス政府は、
全ての松方コレクションを返還したわけではなく、
21作は、フランスの宝として、返還リストに入っていなかった。
田代はその中でも、思い出深い3点を入れてくれと、懇願する。
その作品がゴッホ「アルルの寝室」↓と、

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ルノアール「アルジェリア風のパリの女たち」↓と、

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モネ「睡蓮、柳の反映」の3点。

そのうち、「アルジェリア風のパリの女たち」は返還されたが、
「睡蓮、柳の反映」は所在不明、
そして、ゴッホの「アルルの寝室」は、ついに返還されなかった。
「アルルの寝室」はパリのオルセー美術館所蔵となり、
このたびの「松方コレクション展」には貸し出された。
そして、「睡蓮、柳の反映」は、
60年以上所在不明となっていたが、
ルーブル美術館の収蔵庫でロールに巻かれた状態で発見され、
2018年に返還された。
ただ、キャンパスの半分以上が失われており、
「松方コレクション展」では展示された。

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本書の紹介動画は、↓をクリック。

https://youtu.be/nUGZr4TAL14 

余談だが、「アルジェリア風のパリの女たち」は元になった
ドラクロア「アルジェの女たち」があり、
                            
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後に、ピカソ「アルジェの女たち」にインスピレーションを与えた。

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更に余談だが、
「アルルの寝室」は、
シカゴ美術館によって、精密に再現された部屋↓があり、

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10ドルで泊まることが出来る。
絵の中に入りたい方は、どうぞ。

美術作家、原田マハによく合った題材の小説で、
先の直木賞候補となったが、
選考委員の点は辛く、受賞には至らなかった。

高村薫
いささか未整理の表題と同じく、
物語自体も焦点が定まっていない。
主役の印象派の絵画についても、
それに魅せられた人間たちについても、
展覧会のパンフレットの解説の域を出ていない。

桐野夏生
松方コレクションを作った松方幸次郎本人についてなのか、
松方コレクションの辿った数奇な運命についてなのか、
コレクションを取り戻す話なのか、
何を目指しているのかが、よくわからなかった。

宮城谷昌光
松方コレクションがどのように買われ、
どのように戦火をまぬかれ、
どのようにフランスから寄贈返還されたかが明瞭に書かれている。
創作の主旨が明確であり、筆致も落ち着いている。
コレクションを守りぬいた日置 三郎の
陰の偉業を作者は顕彰したかったにちがいなく、
それは成功しているとみた。

林真理子
「惜しい」のひと言だ。
これほど面白い材料を揃えながら、
どうして小説全体がパワーを持たないのか。

浅田次郎
これまで絵画をテーマにしてきた作品の中で、
最も作者の手に合っているのではあるまいか。
ただしフィクションとして読むには、
その登場人物たちの描写に遠慮があり、
生々しさを欠くように思えた。

北方謙三
松方幸次郎のディレッタントの部分が強く出すぎているのが、
私には不満であった。
コレクションを守り抜いた男の存在感が、
私には印象的であった。

宮部みゆき
松方幸次郎の半生を描いているこの作品の大きな構成の中で、
誰にも知られぬままそれを戦禍から守り抜いた日置コウ三郎と
その妻のドラマを描いた後ろの百ページ余の部分が
乖離しているように感じました。

東野圭吾
どんなに断り書きがあろうとも、
フィクションとして読むのは困難だった。
実話部分を減らし、資料が少ない
日置という人物に絞って書けば、
違ったものになったのではないだろうか。





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