早乙女太一の劇団朱雀復活公演  演劇関係

今日は、昼過ぎ、
新宿に出掛け、
ここ、紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYAへ。

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新宿南口にある(住所は渋谷区)
タカシマヤタイムズスクエア
南館7階にある劇場です。

1996年(平成8年)10月5日に、
タカシマヤタイムズスクエア開業と同時にこけら落とし。

名前のとおり、当初、紀伊国屋が運営を担当し、
2016年から高島屋も運営に携わることとなりました。

なお、紀伊国屋書店本店の4階にある
紀伊國屋ホール(1964年開場)は、
今も健在です。

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座席数は468席と、
丁度頃合いの大きさ。

こういう時間表示は初めて見ました。

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演目は、劇団朱雀復活公演

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劇団朱雀(すじゃく)は、
早乙女太一の父、葵陽之介
2002年、所属していた「葵劇団」より独立して
立ち上げた大衆演劇の劇団。

一旦、2015年2月に解散し、
今回は4年ぶりに再結集しました。
二代目座長は、早乙女太一。

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実は、娘とカミさんが行く予定でしたが、
昨日、カミさんがバスから降りる時に
足をくじいて歩けなくなったので、
私が代理で。

私、大衆演劇は、結構観ています。
アチャラカ芝居も結構好物。

第一部は女形の舞踊ショー
二部は日替わり芝居
三部は舞踊ショーという三部構成。

日替わり芝居の脚本は、
1本目は、劇団☆新感線の座付き作家・中島かずき(!)による、
ねずみ小僧と、火消しの“め組”の話を合体させた物語で、
その名も「火のないところに男は立たねえ」

2本目は、
劇団・扉座の主宰 横内謙介による、
赤穂浪士の堀部安兵衛が、
まだ中山安兵衛だった頃の
高田馬場の仇討ち応援をを題材にした、
「安兵衛駆けつけ・高田馬場の決闘」

3本目は、
早乙女太一自身が脚本を担当する
「遠州森の石松 馬鹿は死ななきゃ治らない」

どの作品に当たるかは、
当日にならないと分からない仕組み。

観客はほとんど女性で、
男性客は数えるほど。(数えたら、6人)
しかも、ファンクラブの人に取ってもらった席なので、
周囲は熱烈なファンの人ばかりで、
すごい熱気。
全公演観ているんじゃないかという勢い。

女形舞踊ショーは、
きれいきれいな早乙女太一を観ることが出来ます。
もう、この女形は、芸術

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お父さん、お母さんも出演。
かかる曲が私にはなつかしい1980年代の曲で、
「曼珠沙華(マンジューシャカ)」は
山口百恵ではない、男性歌手のヴァージョン。誰でしょう。
「かもめが飛んだ日」「夜桜お七」「春よ来い」など、
選曲のセンスが光ります。

それにしても、
一瞬の間に般若の面に変るのは、
一体どうやったのでしょう。

今日の日替わり芝居は、
中島かずきの「火のないところに男は立たねえ」。
脱線しまくりのアチャラカな仕上がり。
やっぱり、大衆演劇は面白い。

最後の舞踊ショーは、
劇団員総出のダンスで、
しばしば客席総立ちになりました。

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早乙女太一・友貴兄弟の
ものすごい殺陣も観ることができました。

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迫力と美しさの混在した世界。
これで6500円は安い。
外国人がいたら、見せてあげたい。
きっと、びっくりすることでしょう。

男が女を演ずる歌舞伎や大衆演劇と、
女が男を演ずる宝塚歌劇と、
日本は本当に不思議な国です。

東京公演は12月15日まで。
その後、岐阜、大阪、札幌はまわります。

↓は、早乙女太一の直接手渡し、握手付きで、
娘が買い求めた写真集。

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プロモーションビデオは、↓をクリック。

https://youtu.be/0ctVL6awMyQ


連作短編集『検事の信義』  書籍関係

[書籍紹介]

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柚月裕子による、
「最後の証人」(2010)、「検事の本懐」(2011)、「検事の死命」(2013)
に続く、佐方貞人シリーズ第4弾。

主人公は東北地方の地検に勤務する検察官。
「罪はまっとうに裁かれるべき」を信条に、
事件に臨み、疑問を捨てておくことをせずに、
時には、検察組織に波風を立てることもいとわず、立ち向かう。

「裁きを望む」は、
ある窃盗事件の犯人が、
憲法39条の一事不再理を利用して、
完全犯罪をもくろむ話。
無罪の証拠を隠して裁判に向かった謎を佐方が解き明かす。
しかし、住居侵入したことが発覚するために、
宅配業者の目撃に頼ったり、
手帳の記載を見るためにコーヒーをこぼすなど、
無理な設定が多い。
なによりも、普通の金庫は、
番号だけでなく、鍵も必要だと思うが。
ただ、「一事不再理」を逆手に取った犯罪はなかなか新しい。

「恨みを刻む」は、
覚醒剤事件の犯人に対する
垂れ込み情報に不審を抱いた佐方が、
真相を解明する話。
背後にある警察内部の陰謀が唐突に出て来るのは困る。

「正義を質す」は、
正月に司法修習生時代の同期・木浦に誘われて、
宮島の高級旅館に赴いた佐方が、
広島高検の次席に会わされるなどしているうちに、
木浦の本心を見抜く。
それは、佐方が担当している
暴力団幹部の保釈に関わる問題だった。
また、検察の裏金問題の告発も関係している。
「孤狼の血」の日岡刑事が絡んで来る。

「信義を守る」は、
認知症の母親を殺めた男の書類が
刑事部から公判部に回ってきた。
(刑事部は、警察から送致されてきた案件について、
 起訴か不起訴かを決める部署。
 公判部は、裁判に出廷し、
 被告人に適当と思われる刑罰を要求するのが責務。)
男は犯行を認めている。
刑事部の捜査結果を尊重して、
公判に進めればいい。
しかし、佐方は、事件後の犯人の行動に違和感を覚える。
だが、再捜査は、刑事部の実績を否定することで、
刑事部と公判部の軋轢を呼ぶ。
しかし、佐方は、
「罪はまっとうに裁かれるべき」という信条により、
犯人の事件前の行動を洗う。
聞き込みをしてみると、
犯人の供述とは、裏腹な事実が次々と現れてきた。
なぜ犯人は、自分の罪を重くするような供述をしたのか、
調べる佐方の前に、刑事部の担当検事が現れて・・・

この短編集随一の読みごたえのある一篇。
謎の解明に読者を引きつける力がある。
犯人の人間像に読者が共感する。

しかし、最後の証人の証言は、
厳重な守秘義務に縛られた職責からはあり得ない。
作者は、その方面の知識が足りなかったのではないか。

全編を通じ、
上司の筒井副部長、
佐方を補佐する事務官の増田の存在がなかなか効いている。


映画『残された者』  映画関係

[映画紹介]

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北極圏に取り残された男のサバイバルを描く。
原題は「Arctic(北極)」。

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小型の飛行機事故で北極地帯に不時着した
パイロットのオボァガードは、
壊れた飛行機をシェルター代わりにし、
手回し式の通信機を使って救難信号を出しながら
救助を待っていた。
しかし、救助に来たヘリコプターが強風のため墜落し、
女性パイロットが大けがをする。
昏睡状態の彼女を救うため、
オボァガードは自力で窮地を脱しようとする。
しかし、女性をそりに乗せて引っ張り、
基地を目指すその道は多難で、
暴風雪にみまわれ、
白クマに襲われたり、
穴に落ちて岩に挟まれ、
足に怪我をしたりする。
その上、道を間違えて、
コースの変更も余儀なくされる。

冒頭、雪の中でなにやら作業する男の仕事は、
巨大な「SOS」を地面に掘ること。

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氷の上に置いた釣り道具で、
魚を獲得し、
ただちに冷凍状態になる魚を
少しづつ食べて栄養補給する男の姿に
孤独が滲む。

男がどうしてそうなったか、の説明は一切ない。
というより、極度にセリフが少ない。
男一人だから当たり前だ。
エンドクレジットに出て来る俳優はわずか3名。
一人はヘリコプターの男性パイロットだが、
既に死んでいるので、セリフはない。
救出される女性パイロットは、
昏睡状態で、たった一つ「ハロー」と言うのみ。
つまり、この映画は、
男を演ずるマッツ・ミケルセンの一人芝居で終始するのだ。

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それでいながら、1時間半の映画が
集中力を失わずに、持続するのは、
さすが「北欧の至宝」ミケルセンの演技の力というより他ない。
類似の映画に、
リーアム・ニーソンの「THE GREY 凍える太陽」(2012)や
ジェームズ・フランコの「127時間」(2010)があるが、
これほど一人っきりで終始する映画は初めてである。

マッツ・ミケルセンは適役で、
この人の深い人間性が、観客の感情移入を誘い、
ストイックな遭難者を見事に演ずる。
そして、生への執着。
自力で出発する動機も、
女性パイロットを救出させる、というのもうなずける。
それも、女性パイロットの家族の写真が深く関わる。
そして、たびたび「君は独りじゃない」と口にする。
それは、彼自身も、
彼女の存在で、
独りでないことを実感した表われだ。

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一旦は女性を見捨てる決心をしながらも、
次の不慮の事故で、反省し、
困難なミッションを再開するのも感銘を受ける。
ラストのカットも印象的。
監督のセンスだ。

そして、自然の描写
極北の地の雪景色が素晴らしい効果をあげる。
決して平板にならず、
過酷な大自然を描く。
アイスランドで撮影したようだが、
その困難な撮影ぶりは想像を絶する。

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監督は、本作が長編映画デビューとなるジョー・ペナ
ブラジル出身のミュージシャン兼YouTuber。
安易な回想や説明に走らず、
一人の遭難者の生き様を一貫して描く姿勢は好感を持てる。

5段階評価の「4」

予告編は↓をクリック。

https://youtu.be/axsH4WPP-V4

新宿バルト9で上映中。

タグ: 映画

ホテルのプロジェクションマッピング  わが町・浦安

新浦安駅に繋がったオリエンタルホテル

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その2階ロビー。

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クリスマスデコレーション。

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ロビーの一角に、
プロジェクションマッピングが。

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象やパンダのいる架空の森を造形。

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人が歩くと、

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足元に花が咲きます。

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人が近づくと、

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奥からキツネがやって来ます。

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投映は、ここから。

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フロントの後の映像は動きません。

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お願いの文章も。

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スクリーンの大きさは、
縦3メートル、横8.5メートル。

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途中、こんな映像で繋ぎます。

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木が伸びて来て、

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葉が繁ったりもします。

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さっきの森は、去年からの映像で、

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今年は新作「スカイサーカス」
交互に上映。

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空は夕焼けに変ります。

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画面の左側。

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右側。

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映像は、人の動きに連動しますが、

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それは、↓の動画でどうぞ。

https://youtu.be/og_nU1t_5VE

ある動きをすると、
鳥たちやパンダが操縦する飛行機も現れるようです。

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お時間があれば、お立ち寄り下さい。


小説『木曜日の子ども』  書籍関係

[書籍紹介]

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42歳のサラリーマン、清水芳明は、
妻の香奈恵と中学二年生の息子の晴彦とともに、
旭ヶ丘のニュータウンに引っ越してきた。
旭ヶ丘に引っ越したのは、
前の学校で晴彦がひどいいじめにあい、
自殺を図ったからだった。

長年独身だった清水は、
同僚の香奈恵と晴彦のいじめ相談に乗っている間に
親密になり、結婚した。
しかし、芳明は、義理の息子である晴彦との間の溝を
まだ埋めきっていなかった。
どうしても、晴彦の14年を
自分が共に過ごしていないことを意識してしまうのだ。

実は旭ヶ丘は、
7年前、
少年犯罪史上に残る無差別殺人事件が起きた場所だった。
給食の野菜スープに
ワルキューレという即効性の毒物が混入されて、
9名が死亡、21名が入院するという大事件で、
犯人の同級生・上田祐太郎はその場で逮捕され、
少年法に基づき、実名も明かされず、施設に送られていた。
事件に先立ち、犯人から学校に送られた脅迫状に
書かれていたマザーグースの歌の歌詞にちなみ、
それは「木曜日の子ども」事件と呼ばれた。

いじめから逃れて、
心機一転、旭ヶ丘で新生活をはじめるつもりが、
住民たちの反応に戸惑う。
晴彦が、7年前の事件の犯人、
上田祐太郎少年とよく似ているというのだ。
はじめは近所の主婦、
そして、中学の教師の反応でそれが分かった。
しかも、新居は、
野菜スープ事件の被害者の少女が住んでいた家だという。

やがてニュータウンでは相次いで不審な事件が起きる。
不審者情報、飼い犬の変死、学校への脅迫状。
そして、木曜日発売の少年誌の間に挟み込まれた、不審なメモ。
上田が社会復帰したという噂が流れており、
「ウエダサマ」と呼ばれて、カリスマ化しているという。

晴彦には友達が出来、時間を過ごしているというが、
その友達の「高木」という同級生は、
学校には、存在していないことが分かった。
しかも、「高木」は、事件の被害者の一人だった。

清水は、沢井良樹という作家の接触を受ける。
沢井は「木曜日の子ども」事件を扱った書物を出しており、
その後も事件を追っているという。
その沢井が清水の家にいる時、
隣家の主人が死ぬ。
タバコにワルキューレが染み込まれていたのではないか
と思った二人は、
その死の原因を調べていくが・・・

作者の重松清といえば
家族愛や友情や人間の思い出などを扱い、
人間的で温かな物語を得意とする作家。
当初、連れ子との溝に悩む父親の話と思って読んでいたが、
次第に物語が変貌していく。
ミステリーになり、サスペンスになり、
最後はホラーに化する。
しかも、かなり無理やりの
現実離れした展開に。

重松清らしさがなくて、驚かされたが、
以前にも、そういう小説は書いている。
少年が家庭崩壊、性、暴力、殺人を経験する「疾走」
暗く、悲惨で、暴力的。
それと同じく、
本書も相当暴力的で、
次々と殺人が起こる。

背景には思春期の少年少女に特有の世界観があり、
コミュニケーションがあり、
SNSによる情報拡散がある。
ただ、「ウエダサマ」が提唱する
「世界の終わり」を見たいという願望は
相当説得力に欠ける。
「世界の終わり」を見るということと、
自分の死とは関係がないではないか。

清水が悩む、連れ子との問題も、
思春期特有のもので、
時間と共に解決する問題ではないかと思う。

後半、明らかにサイコパスの話になるが、
年端もいかない異常者の話など、
読みたくないし、必然性、普遍性を感じられない。
神戸で起こった「酒鬼薔薇」事件のAを想起させるが、
他の中学生に感染していくだけ、被害は大きい。
事件が起こったのは、
静かな街だから、とか、
タクシーの運転手の存在など、
不可解な部分も多い。

ラストのくだりは、
いくらなんでも、
この父子の関係修復は不可能だと思わせる。
読後感はすこぶる悪く、納得性に欠ける。
「イヤミス」(読んだ後に「嫌な気分」になる小説)をわざわざ
重松清が書くことはあるまい。
本来の生き場所があるはずだ。

本作品は野性時代 2007年2月号〜2009年1月号連載したもので、
初出から10年もたっての書籍化。
その間に著者のいかなる葛藤があったかを知りたい。





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