即位の礼について  政治関係

即位の礼が前例踏襲し、
「あるべき姿」深まらず、
違憲論争回避を優先

という記事が掲載されている。

趣旨は、
天皇陛下の即位の礼の中核をなす「即位礼正殿の儀」について、
政府は平成の代替わりの際の様式を踏襲すると早々に決定し、
象徴天皇制の下での式典の
「あるべき姿」をめぐる議論は深まらなかった、
背景に違憲論争を封じる思惑があったのは間違いない、
というもの。

即位の礼の何が問題かというと、

○玉座「高御座」に、「三種の神器」である剣と勾玉を置いたこと。
 高御座は天孫降臨神話に由来するとされる。
○安倍晋三首相が高御座の前で寿詞を読み上げ、
 「天皇陛下万歳」と声を張り上げたこと。
 高御座が一段高く、陛下を仰ぎ見る形だあることから、
 現行憲法の「国民主権」に反するということ。
○このような宗教色の強い行事に国費が使われたこと。
○前例踏襲は、天皇主権下の戦前の様式を下敷きにしていること。

即位の礼をめぐっては、
政教分離に反するとして損害賠償を求める訴訟が
起こされている。
平成の代替わりの際、1995年の大阪高裁判決は
「即位の礼が政教分離に違反するのではないかとの疑いを
一概には否定できない」
と判示したという。


この記事に関する、ネットの書き込みは、
次のようなものだ。

○厳密には憲法との関係を
議論しなければいけないこともあるかも知れませんが、
私個人の感想としては、
違憲云々をうるさく議論するような影響はなく、
そんなに気を遣わなくても普通におめでたい行事だと感じました。
○政教分離の原則がある以上はどこかで線引きは必要だが、
長い歴史と文化を形成する過程で
人々の生活と宗教は密接に関係してきたわけで、
完全に分けることは不可能だと思う。
多くの国民は現状を良しとしているから、
大きな議論にならないのであって、
無理矢理問題だーってする必要はない。
○天皇の存在は、宗教とはちょっと違うと思うけどなぁ?
確かにそういう立場に置かれていた時代はあるが、今は違う。
仏教、キリスト教、イスラム教、ユダヤ教等々
その他宗教的な存在とは違うと思うなぁ。
むしろ日本の伝統文化だな。
長い歴史から見ると、天皇という存在は日本最高の国宝だ。
○古来からある伝統文化を
政治と宗教に絡めて否定する必要はないと思います。
金がかかるからとか戦争がどうとかなんて
無理矢理こじつけているだけに思える。
これがダメなら、各地でやっている祭りなどに
公費が使われるのもダメでしょう。
伝統文化は受け継いでいかなければならないし、
なくしてはいけない。
昔の人たちはこういうことをしていたんだなぁ
っていうくらいで受け止められないんだろうか。
即位の礼を再現したから戦争が始まるわけではないし、
そんなつもりは毛頭ない。
一部の頭のいかれた連中がこじつけているだけです。
○あるべき姿を考えるのは悪いことではないけれど、
あるべき姿ではなく、
そもそも無くしてしまえと考えている人達を相手にしても、
議論が噛み合うはずがないよ。
○政教分離は必要だろうけど、
今回の儀式を見て宗教の要素はあまり感じられなかった。
神道は、他の宗教と比べ
本当に宗教といえるのか疑問がある。
神道は宗教と言うより、土着の信仰という性質のものではないか。
今回の一連の儀式を見て、
宗教儀式というより、
西洋で言う戴冠式的な儀式としか見れなかった。
○いろんな意見があっていい。
自分と考えが違うからと
共産党のように出ないというのは違うと思う。
出たくても出れない人もいるのだから、
反対している立場として、出てどう感じたか伝えるべきだ。
自分的には、平安を感じられて、
現代まで繋いでくれた方々に感謝し、
天皇の歴史の重みを感じ、日本人で良かったと思える儀式でした。
○勿論国民主権ではありますが、
陛下が高い位置にいるというのも、
違った視点から社会を見て、
日本のあり方を考える場面も必要かなと‥
変な権威を持たせようとかではないですが、
長い時間軸で日本や世界を俯瞰して頂き
色々メッセージを出すことは大切かなと感じますが‥
万歳も何か重苦しい権威からの威圧感というより、
長い伝統と歴史を丁寧に大切にしていきたいという
切なる思いも伝わってきたが‥
○確かに歴史的な背景からは天皇は祭祀を司る神官
との側面もあると思いますが、
なぜ議論が深まらないのかと言えば大多数の国民は、
それを問題視していないからではないでしょうか。
○メディアや政治家がどうこうという前に、
国民がどういう気持ちでこの儀式を見ていたかということだと思う。
反対する人や賛成する人がいて当然ですが、
世界で最後のエンペラーを
形式的とはいえ維持する日本は素晴らしいと思います。
素直にお祝いして
日本人の魂を尊重する時があっても良いのではないかな?
このような国事行事があるのは日本だけでしょう。
各地域のお祭りにしてもそういう精神から長年続いているし、
皆楽しみにしていますから。
願わくば、この制度が続く事を願っています。
○個人的には象徴天皇制って
うまい立ち位置を考えたもんだと思うけどね、
これに関してはGHQグッジョブだと思ってる
政治には口出しせず
国民の拠り所として日本の平和を祈る存在、
国民はそれに敬意を払う。
戦後天皇制を廃止されてたら
弱腰外交と無能な外務省では
今の日本の立ち位置はないと思うし、
日本が世界から一定の敬意を払ってもらえる一因だと思う。
費用対効果で考えたら日本の制度の中で最も高効率だと思う。
いずれにせよ憲法で天皇の立ち位置はもう定められてる、
儀式に関しては長い歴史の積み重ねがあるのだから
それを重視して現代の感覚で
部外者が口を出すべきではないと思う
天皇制だけは絶対に守らないとダメ、
日本を弱体化させたい反日勢力の陰謀に加担してはダメだよ
○天皇陛下と宗教の関係を、
現在の多様化した社会のなかで、
懸念される事柄を深掘りして、
今風に変更していく必要性がないように思う。
古き伝統的なことを残しても悪くないのではないか。
学者などはその件について造詣が深いから懸念を想像するが、
そこまで国民が深くこだわり、
国が良からぬ方向へ行く空気感はない。
次の世代でもまた同じような話となるが、
その時代時代で、空気感を察知し、
国を納める人々が叡知を結集すれば良いと思う。
○天皇陛下をはじめとして皇族方の行事にある宗教色を
政教分離の名のもとに切り分ける必要性を私は感じません。
何故なら政教分離の必要性は、
政治的な決定に
宗教が影響しない様にする事が目的な訳ですから、
伝統的な儀式を踏襲したからと言って
政治決定に関与しない皇族方の行事が
宗教色を帯びても何も問題無いと考えています。
かくあるべきと言う考えは議論の必要性が高いとは思うが、
あまりに極論過ぎるのは如何かと思うし、
それに憲法議論で言えば4条1項で
「天皇は国政に関する権能を有しない」とあり
その行為は国事に限定されていますから、
そもそも皇族が政治と分離されていると考える方が
妥当なのでは無いでしょうか。
○皇族の方々が
「自身の思想信条を理由とした政治的発言」
すれば何らかの議論は必要かもしれないけど、
伝統儀式をやる分には、
それこそ「100%特定宗教の施設」である寺社仏閣を
国宝だ重要文化財だと保護し、修復など公金補助するのと、
ベクトルは同じだと思うが。
○言論の自由があるので、
言いたい方は言いたいことを言えば良いと思う。
ただ、日本の天皇制度について、ちゃんと勉強して欲しい。
天皇は、国と国民の幸福を願い、
八百万の神にお祈りをするのをお役目と考えていただいていて、
ずっと行っていただいていた。
その姿を見て、あり方を見て、
日本人の価値観が形成されていたのも事実。
確かに古事記には、宗教性を感じさせる部分もあるが、
歴史背景を知っていれば、
決して宗教だけを目指していなかったと思う。
日本の天皇制は、文化だと思います。
○日本国の憲法で定められている天皇の行事に関して
「違憲」って言う意見がある事が異常って思う
ましてや日本国の慶事に関する行事で
それは最近始めた事でもなく、国のあり様からあったものだ
また違憲とか合憲とか、この事に関して言うが
今の日本で憲法が守られていない事が多いのでは?
容認できない無駄な出費はともかく
慣習や慣例での国の象徴に関しての慶事に関して
違憲って異常です。
○論争する必要があるでしょうかね??
日本の古来からの伝統行事として
小難しいことを論じないで見ていけばよいと思いますが。
○あくまでも象徴であるのと同時に、
それなりの敬意を持ってとり行われる
国としての儀式であるのだから、
多少の床の高さの近いや言葉尻を捉えること無く、
崇高に行われるべきであろう。
ただそれを国民全員に義務化することがあれば問題なのであり、
自由に参加したり、見なかったり、
意見を言うことが出来るなら何ら問題はない。
反対勢力はどうしたいのだろうか?
○頻繁に行われる儀式なら時代に即した様式にするべく
議論がなされるのでしょうけど、そうではありませんからね。
変更には理由付けが必要ですが、
従来のしきたりとの整合性を保ちつつ
新たな理屈を捻り出すのもなかなか骨の折れる仕事です。
しかもそれとてどれほどの理解や支持が得られるか
未知数ときては、
基本は先例踏襲という方向に傾くのは
仕方のないことかと思います。
違憲だ何だのいちゃもんも瞬間的なもので
国家の礎を揺るがすようなものではないので、
吠えたければ吠えさせとけばよろしい。
政府の考えはおおよそこんなところでしょう。
○日本の天皇陛下は
現存する世界最古の王家を継いでいらっしゃるのだから、
即位の礼はただの儀式、
現憲法に合致しない部分があっても
目くじらを立てないで欲しいです。
象徴天皇として現代にあった在り方になっているのですから。
○「天皇」は神道における最高神官という位置付けはあるものの、
他国における「王室」と同じ役割もある。
むしろ現代の「天皇」は、後者の意味合いの方が強い。
すでに日本の「天皇」は、
宗教という枠ではなく文化や伝統の一部だと思うし、
海外でもエンペラーと呼ばれているのだから
「日本の皇室=他国の王室」って認識だと思う。
だから、違憲、違憲って騒がなくてもいいと思うし、
おめでたい即位の式なんだから、万歳でいいと思う。
社民や共産はケチつけたいんだろうけどね。
○神道は宗教と言われればその通りと思うが
多くの日本人には宗教的な意識は無く、
良い概念・倫理として行動している。
多くの日本人はこの問題は問題と意識してないし
慶事としてやりすごしてほしい。
裁判で争う事なのかを疑問に感じます。
○政治権力からの天皇の恣意的利用は、現憲法下では厳禁、
国民主権は投票率が低くとも国民のほとんどが認識している。
そこで儀式の詳細がどうであれ、何も関係はない。
それならば古来から受け継いだ文化としての形を尊重して、
美しく洗練された形で行うのが一番良い、
それは賓客の皆様方が日本文化を尊重する気持ちにも繋がる。
たかが儀式の一つで国民主権が揺らぐとか騒ぐのは、
共産党と左に傾いたままのマスコミ知識人だけで充分です。
 

以上のように、
国民一般は、
健全な感性を持っている。
結局、意見にあった、

メディアや政治家がどうこうという前に、
国民がどういう気持ちでこの儀式を見ていたかということだ。
なぜ議論が深まらないのかと言えば
大多数の国民は、
それを問題視していないからであって、
多くの国民は現状を良しとしている。
無理矢理問題だってする必要はない。

に尽きるだろう。
これを問題視する輩は、
日本の伝統的文化を否定し、
日本の弱体化を目論んでいるようにしか思えない。





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