映画『蜂蜜と遠雷』  映画関係

[映画紹介]

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私は映画を採点する時、
どうしても評価が甘くなるジャンルが二つある。
一つはタイムスリップもの。
時間と空間を交錯させるという、
まさしく映画的な題材で、興奮度が上がってしまう。
そして、もう一つは音楽モノ
特にクラシックが題材だと、それだけで点が甘くなる。

ところが、ここへ来て、
「パリに見出されたピアニスト」と
「レディ・マエストロ」という2本の駄作に遭遇。
どちらも主人公に共感出来ず、
どうしてこういう設定にしたのかと首をかしげた。
「パリに〜」は練習をしないピアニストで、
コンテストから遁走し、
ようやく演奏する気になって、会場まで走って駆けつけ、
(息が切れて演奏どころではあるまい)
既にピアノに座った代役を押し退けて演奏する。
しかも、ぶっつけ本番という描写。
コンチェルトでオケ合わせをしないことなどあり得ない。

「レディ・マエストロ」は、
指揮者志望のコンサート会場の案内係(主人公)が
演奏を聴きたいあまり通路に立ち尽くし、
同僚にうながされて退出するものの、
ついには、通路の最前列に折りたたみ椅子を持ち込んで、
楽譜を広げる始末。
また、無料演奏会が終った後、
指揮者のところに行って、
演奏の間違いを指摘する、というイヤミなことをする。
このように、立場をわきまえず、強引で自己中心な人物に
好感を持てというのが無理だ。
まして、技術と人格が左右する
指揮者がつとまるはずがない。

この二つの映画は、
たとえ音楽が素材でも、
とても良い点数はつけることができなかった。

で、「蜜蜂と遠雷」だが、
国際ピアノコンクールを舞台に、
ピアニストたちの葛藤と成長を描く、
恩田陸の直木賞・本屋大賞ダブル受賞の作品。

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文字の間から音楽が立ち上る小説で、
「映画化は至難のわざ」と言われたものだ。
映画化の話を聞いた時、
「本気かよ」と心配した。
なにしろ、原作者をして
「映画化の話があった時は、
なんという無謀な人たちだろうと
ほとんど内心あきれていた」

と言わしめたほど。

しかし、仕上がりは、満足できるものとなった。
いや、傑作の部類に入る。

舞台は、そのコンクールの優勝者が
後に有名なコンクールで優勝するというジンクスで
最近注目度が高まる芳ヶ江国際ピアノコンクール。
1次予選、2次予選、本選への過程を(原作では予選は3次まである)
ていねいに描く。
100人以上の応募者の中から、次の4人に焦点を当てる。
天才少女と呼ばれ、母親を亡くした重圧から
コンサートの舞台から逃げ出した過去を持つ栄伝亜夜、

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その幼馴染みで、ジュリアード音楽院で優秀な成績をおさめている
マサル・カルロス・レヴィ・アナトール、

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年齢制限ぎりぎりの社会人で「生活者の音楽」を標榜する高島明石、

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ヨーロッパを父親と蜜蜂の飼育で放浪しながら、
その才能を見出した有名ピアニストの推薦で出場した
天産肌の風間塵。

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その4人の人物の背景と交流を手際よく描かれる。
原作から省いたところはあるが、
2時間の制限ではよく省略したと言える。

どの人物からも音楽への愛情があふれ、胸が熱くなる。
音楽という「宇宙の果てに消えてしまう」芸術に
生涯を賭ける人々の姿は胸を打つ。
特に、モーツァルトの「レクイエム」の場面では
涙がこぼれそうになった。

また、亜夜と塵が夜の工房で、月を見上げながら、
ドビュッシーの「月の光」が「ペーパームーン」になり、
ベートーベンの「月光」に変わっていくシーンは楽しい。
4人の間の葛藤や妨害などという方向には行かず、
お互いの賞賛と尊敬が描かれるのは気持ちいい。

天才たちのなせるわざで、
出場者の一人が
亜夜に向けて
「あなたが姿を消していた7年の間、
私は死ぬほど練習をした。
その結果がこれ。(落選)
フェアじゃない」
と言うが、天才と凡人の違いだから仕方ない。
また、審査委員長が言う、
「コンサート・ピアニストになれる人はまれ。
後はピアノ教師になるか、
趣味にするか、
音楽から離れる」
という言葉も厳しい。
まあ、これはどんな分野にでも言えることだが。

「文字から音が聴こえてくる」と形容された原作だが、
そこは映画の強み、
音楽が力を加えてイメージは具体的になる。
俳優はエアーでしか演じられないが、
編集で上手につなげた。

原作のテイストを壊さず
音楽を味方につけて、
見事に映画化した傑作が生まれた。

ただ、審査員に私語させたり、
食べ物を食べさせたりの描写は?がつく。
また、ラスト近くの亜夜の回想シーンは長すぎる。
亜夜とマサルの、亜夜の母親を介しての子供時代の交流、
塵の父親と一緒の欧州での蜜蜂を追っての放浪生活の描写は、
短くてもいいから必要だったのではないか。
そうでないと題名の意味が分からない。

出演者は総じて好演だが、
亜夜を演じた松岡茉優は、
笑顔になるまで、松岡茉優とは気づかなかったほど、
鬱屈を抱えた傷つきやすい女性像を演じきる。
マサル役の森崎ウィンは、
「レディプレーヤー1」では未知数だったが、
味のあるしっかりした演技で感心した。
    
監督は「愚行録」の石川慶

5段階評価の4.5

予告編は↓をクリック。

https://youtu.be/yVtuPYjfz3I

拡大上映中。

原作本の本ブログでの紹介は、↓をクリック。

原作本「蜜蜂と遠雷」

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