アメリカ旅行記・後編@ワシントンDCへ  旅行関係

ここは、ポート・オーソリティ・バス・ターミナル

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ここから各地にバスが運行されています。
42丁目と8番街の角にあります。

この裏側の41丁目の通路に

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ニューアーク空港行きのバス停があります。

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ケネディ空港行きのバスも、このターミナルから出ています。

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これほどの大空港と大都市をつなぐバスの貧弱さは、謎です。

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しばらく並んで待つうちに、バスが。

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乗っているのは、30分ほど。

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ユナイテッドのチェック・インは大混雑。

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自動化されています。

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荷物預けも自動化されていますが、

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窓口で並ぶ人も多く、混雑極まりない。

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これだけの便があるので、無理ないかも。

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早めに空港に着いてよかった。

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ゲートは、こんな風にパソコンを使う人のための環境が整備。

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ワシントンDCまでは

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飛行時間45分ほど。

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45年ほど前、コミューター便という
乗合バスみたいのに乗った記憶があります。
座席は自由席で、機内で料金支払い。
ハイジャックが始まる前なので、
気楽なものでした。

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ダレス空港は、ものすごく大きな空港です。

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荷物を待っていると、
なかなか私のスーツケースが現れません。
似たものは来るのですが、
目印となるベルトがかかっていません。
もしやと思って近くで見ると、私のケースです。
ベルトが紛失!

ホテルに入ってからケースを開けると、
何と、ベルトが中に。
その脇に↓のような紙が。

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「スーツケースを開けたよ」とのお知らせ。

2001年の同時多発テロ以来、
アメリカ国内の空港での荷物検査やセキュリティ検査が厳しくなり、
原則、鍵をかけてはならないのです。
X線検査で不審物を発見した場合と
目視検査をしたいと思った場合、
運輸保安庁係官は開錠して中を点検する権利を持っており、
鍵をかけている場合、
鍵を破壊することさえ許されています。
破壊されたり内容物の盗難があったりしても損害補償は一切ありません。

私のケースは鍵をかけていました。
では、どうして開けられたのか。
それは、私のケースがTSAロックという鍵だからです。
「TSA」とは、
アメリカ運輸保安局(Transportation Security Administration)のことで、
TSAロックとは、TSAが認可した鍵を言います。

TSAロックの鍵は、
↓のように、赤いひし形のマークがついています。

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TSAロックがついた鍵は、
TSA職員が専用の合鍵を使って、
勝手に開錠してもよいことになっているのです。

そして、中を見た証拠として、
上のような「NOTICE OF BAGGAGE INSPECTION(荷物検査の通知)」
と書かれた紙がスーツケース内に入っているのです。

私のケースは、荷物をめくって見た痕跡があり、
フリック・コレクションで買った画集は、
セロファンが開けられていました。
中をくり抜いて何か入れてあるとでも思われたのでしょうか。

こんな経験は初めてです。

話を戻すと、
ダレス空港から市内までは複数の方法がありますが、
時間的に確実なバス〜地下鉄の乗り継ぎを利用しました。

このバスに乗って、地下鉄の駅まで30分ほど。
料金は5ドル。

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この駅に到着。

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この券売機で、

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このカードを購入。

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ニューヨークはどこまで乗っても定額でしたが、
ワシントンDCでは、駅間で料金が違い、
改札口の

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この部分に触れると、

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出た時に、
チャージした金額から引かれます。
SUICAと同じシステムだと思えばいいですが、
買うのはなかなか面倒。

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郊外は高架線です。

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中はこんな。

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路線は6つあり、
レッド、オレンジ、イエロー、
ブルー、グリーン、シルバーと

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色で識別されるようになっています。

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車内では、次に止まる駅を、このように表示。

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駅構内は、

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このような打ちっぱなしのコンクリートが
統一デザイン。

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40分ほどで、
地下鉄の中心駅の、メトロ・センター駅へ。

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5分ほど歩いて、ホテルへ。

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「地球の歩き方」にも載っている由緒あるホテルで、
歴代大統領の写真が飾られています。

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私の知っているのは、アンゼンハワーから。

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部屋はエレベーター直前の便利な部屋。

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ニューヨークは4畳半でしたが、
6畳間に昇格。
冷蔵庫があります!

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向かいはビルの窓ですが、

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このビル、夜になっても明かりが消えることがありません。

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上階で手紙を投函すると、

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1階のここに集まる。

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いかにも、古いホテルの作りです。

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ワシントンDCの
「DC」とは、「コロンビア特別区」(District of Columbia)のこと。
州には属さないアメリカ合衆国・連邦政府の直轄地です。

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コロンビアは、クリストファー・コロンブスにちなんだ名前。

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他に西部にワシントン州があり、
日本語では、このワシントンDCのことは単に「ワシントン」と呼び、
ワシントン州はワシントンDCと識別するため「ワシントン州」と
呼ぶのが一般的。

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ニューヨークはビルが「高い」という印象でしたが、

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ワシントンは「大きい」という印象です。

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なお、都市・国家比較統計サイト「Numbeo」によると、
ニューヨークの食料品の物価を基準(100)としたとき、
世界の主要都市(375都市)の指数は、
1位 チューリッヒが130.18で、
2位 バーゼル(128.26)
3位 ローザンヌ(127.7)
4位 ジュネーヴ(119.81)
5位 ベルン(113.57)
と、上位をスイスの都市が占め、
6位はソウル(105.01)で、
ここまでが7位のニューヨーク(100)より物価が高く、
以下、
8位 トロンハイム(ノルウェー)(93.59)
9位 ホノルル(92.59)
10位がワシントンで92.37。
東京は、87.72で15位でした。
この旅で、ニューヨーク、ワシントンと
物価が高いと感じたはずです。

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ホテルから歩いて5分のところにフォード劇場があり、
行ってみました。

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現在も使われている劇場ですが、

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アブラハム・リンカーン大統領が暗殺された場所として、有名。

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展示物は当時の政治的状況を説明。

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驚いたことに、入場は無料

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暗殺の場面は、かなり生々しい絵で説明されています。

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これが使われた拳銃デリンジャー。

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犯人のジョン・ウィルクス・ブース

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1865年4月14日、
暗殺当日のリンカーンとブースの歩みが
時系列で示され、

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最後に午後10時15分で遭遇します。

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その現場がここ。

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3階建ての劇場の

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2階のボックス席がそこ。

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今も保存されています。

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リンカーン大統領は妻メアリー・トッド・リンカーンらと
「われらのアメリカのいとこ」を観劇中でした。

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2階から見たところ。

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すぐそばまで行ってみました。

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撃たれたリンカーンは、
劇場の前にあるウィリアム・ピーターソン宅に運ばれました。

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このベッドに横たえられ、

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翌朝、1865年4月15日土曜日の
午前7時22分に亡くなりました。

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葬儀の様子。

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この塔は、リンカーンについて書かれた書籍。

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これで、私は、リンカーンとケネディの二人の大統領の
暗殺現場に行ったことになります。

ダラスの現場を訪れた時のことは、↓をクリック。

ダラスの熱い日





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