小説『出身成分』  書籍関係

[書籍紹介]

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「出身成分」とは、北朝鮮の階層制度で、
家系を三代前まで遡り
「核心階層」「動揺階層」「敵対階層」
に分類される。
「核心階層」は、平壤に住み、豊富な配給を受けられ、
金正恩体制を支える。
「動揺階層」は、核心階層のような信用はなく、
要注意階層。
「敵対階層」は、社会から拒絶され、貧困の中に生きる。

社会主義は平等の社会なのに、
階層(階級)が存在するのはおかしいが、
そもそも北朝鮮そのものがおかしな国なのだ。

主人公のクム・アンサノは平壌の郊外で保安署に勤務している。
日本の警察で言えば、刑事のような立場だ。
アンサノの父親ドゥジンは、
医師で、出身成分は良好とされ
アンサノ一家は核心階層に分類されていた。
だがドゥジンは、政治家を暗殺した疑惑をかけられ、
自白もしないうちから管理所に収容されてしまっている。

そのアンサノは、
11年も前の殺人・強姦事件について再捜査を命じられ、
被疑者と面会、事件記録を確かめる。
しかし当時の捜査はいい加減な上、国家権力が介入していた。
今も保安署は、諸外国の警察署のような捜査を行っておらず、
賄賂ばかりが横行し、組織は腐敗しきっていた。

強姦被害者のペク・チョヒは、
イ・ビョンソクという男と恋仲だと判明したが、
彼は出身成分でも最下層となる敵対階層だった。
チョヒの母ウンギョは、稲作泥棒を疑われて自殺。
グァンホはそれ以来、一軒家とそこに繋がる畦道を高い塀で囲み、
人民班の中で孤立する生き方を選んでいた。
塀に囲まれた民家の中で、殺人と強姦が発生し、
出入り口となる道は一本しかない。
そこで、第一発見者となるベオクが疑われ、
強化所に入れられていた。

奇妙に入り組んだ事件を追ううち、
アンサノはやがて謎の男の存在に行き当たるが、
その男こそ・・・。

この小説は北朝鮮を舞台に、
北朝鮮の人々しか登場しない。
もちろん、日本人などかけらも現れない。
大変ユニークな小説である。

物語の中核を占めるのが「出身成分」で、
生まれた時から成分は定められる。

出身成分とは俗語ではない。
この国では住民登録上の専門用語になる。
出身成分は父親のみ取り沙汰される。

なぜ父親のせいで子供の人生がきまるのか。
簡単なことだった。
すべては父から受け継がれる。
生活環境もだ。
蛙の子は蛙、知識人の子は知識人、
反体制派の子は反体制派。
なら社会でのあつかいも父と同じにしておくのが適切、
そういう考え方だった。

出身成分は役人が決定する。
たとえば戦死した軍人の遺族なら、
愛国心があるとして核心階層とされる。
戦争の恩恵で儲けたりしていれば、
商売を優先したとして動揺階層。
戦時中に敵側につくなど、
あきらかな反体制派なら敵対階層。

アンサノの調査結果によっては、
アンサノの出身成分が変わる可能性がある。
それは娘の身分にかかわるので、
アンサノは苦悩する。

まるで江戸時代の話である。
江戸時代でさえ、
商人は武士の身分を獲得することができたというのに、
この国では、それはできない。

「社会主義は平等と教わりました。
なぜ出身成分が取り沙汰されるんですか」

というアンサノの疑問に対して、
上司の言う理屈が面白い。

「平等ゆえに区別が必要になる。
差別でなく区別だぞ。
平等な社会の一員に加えるには、
適性を知らねばならん。
部品を適材適所に配置するため、
その仕様をあきらかにするのと同じだ。
部品の製造元と形状、それが出身成分と社会成分だ」


昔の事件の再調査、というのは、
日本の刑事ものでもよくある設定だが、
この国では、それもままならない。
なにもかもがいい加減なのだ。

ちゃんと調べるどころか、
遺体の刺し傷がどうだったかさえ記録にない。
凶器を探した痕跡もく、
現場の指紋すら採取されなかった。
それがこの国の事件捜査だった。
いまさら十一年前の事実の解明など無謀に思えてくる。


ワイロの蔓延した社会。
上から下までワイロで動く。
それも貧困が根底にある。

アンサノは捜査の過程で、
この国の在り方に反感を持つ。
しかし、それを表立って言うわけにはいかない。
出身成分が変えられてしまうからだ。

そもそも、この国に11年前の事件を再捜査する、
などという発想があるのか、というのが根本的疑問。
そして、後半展開する、
ある驚愕の事実があるのだが、
それこそ、そんな「仕掛け」をする余裕が
この国にあるとは思えない。
更に、その「仕掛け」の中で生じた感情で、
ある計画が進行するのだが、
えっ、そんなことが、
と、北の体制を知れば知るほど、疑問が生ずる。

北朝鮮の社会について詳しく書かれているのは、
脱北者に取材した結果だという。

このような国が二十一世紀の今も存在することが驚異だが、
それがすぐ隣国であることに脅威を感ずる。
早く北の体制が壊れて、
人々が解放されるのを祈るのみである。

朝鮮の人の名前は憶えにくいので、
何度も登場人物一覧を見返すことになり、
読みづらかった。
その一覧表は、重要な人物が欠けていたりする。

冒頭にある一文が印象的。
それは──

貴方が北朝鮮に生まれていたら、
この物語は貴方の人生である。






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