『ウェスト・サイド・ストーリー イン・ステージ・アラウンド』  ミュージカル関係

今日は、午後から
親子3人で豊洲に出掛けました。

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駅入り口にある看板は、

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豊洲市場はお休みのお知らせ。

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こうしないと、行ってしまうんでしょうね。

ゆりかもめの窓から見える未来都市。

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まだまだ続く工事。
何が建つのでしょう。

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市場前駅で降りて、

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豊洲市場を横目で見ながら、

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目的地は、ここ、
ステージアラウンド東京

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前にも紹介しましたが、
ぐるりと周囲を舞台のセットが囲み、
客席が回るという仕掛けの劇場。

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演目は、これ。
「ウェスト・サイド・ストーリー」の来日公演。

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何回となく観ていますが、
ステージ・アラウンドでは
どんな演出をするのか興味があって、観に来ました。

最初に出会ったのは、もちろん映画が先で、
中学時代に初めて観て以来、
繰り返し観ている作品。
大学受験が終わったその日に観たのも、
この作品でした。
リバイバルのたびにも。

舞台は、宝塚も劇団四季も観ており、
厚生年金会館での来日公演には、親子で出掛けました。
ニューヨークでも観ており、
昨年の生演奏付き上映も観ています。

その時のことは、↓をクリック。
http://star.ap.teacup.com/applet/shokuniku/20180804/archive

開場前のロビー。

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こんな注意書きも。

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席は12列目の中央という絶好の席。
このあたりでは客席の回転はあまり影響がありません。

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ジョージ・チャキリス、また来たんですね。

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2007年11月22日、
四季劇場[秋]で「ウェスト・サイド物語」を鑑賞し、
カーテンコールに登場。

2010年1月31日、
「午前十時の映画祭」のスペシャル・アンバサダーとして来日。
「ウエスト・サイド物語」の特別試写会では
女優の松坂慶子が花束を贈呈。
実は、この時、私と客席にいました。

主役のナタリー・ウッド、リチャード・ベイマーを差し置いて、
「ウェスト・サイド物語」といえば、チャキリスです。
今、85歳。

さて、ステージ・アラウンド公演。

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客席の方から回っていくため、
装置の出し入れの必要がなく、
従って、しっかりした装置を作ることができます。

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このドクの店の装置など、
二階建ての豪華な装置。
普通の舞台では、こうはいきません。

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「トゥナイト」のシーンでは、
非常階段の踊り場が、ぐうっとせりだして来て、
周囲はプロジェクションマッピングで宇宙空間に。

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高速道路下の装置は、意外とおとなしい。

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ラストシーンは、セントラルパークのベセスダ噴水に。

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えっ、ここはウェストサイドではないでしょう!

ラストシーンは、
マリアをはじめ、登場人物が一人去り二人去りしていくのが、
オリジナルの舞台と映画での演出でしたが、
今回の舞台では、
全員が舞台に残っての終幕でした。
なぜ?

なお、字幕で二つのチンピラ集団を
「ジェッツ」「シャークス」と表記していましたが、
映画のとおり「ジェット団」「シャーク団」とした方が
分かりやすくはないでしょうか。

今回の舞台成果は、
劇場機構を利用した新しい試み、ではあるものの、
それ以上の成果は感じられませんでした。
特に、出演者の二軍感が強く、
やはり、来日公演に付きまとう問題は払拭できませんでした。

ただ、移民問題など、
当時から解決していない課題が
今の問題として提起された感があります。

そして、つくづく感じたのは、
映画の成果
特にダンスシーンのカット割、
カメラの動きは、
やはり舞台を遥かに越えています。

そして、映画化に際してのすぐれた改変が、
光を放ちます。

その改変とは、

@舞台では、「マリア」をトニーが歌った後、
 そのまま「トゥナイト」の非常階段の場になり、
 それから「アメリカ」になるが、
 映画では「マリア」と「トゥナイト」の間に「アメリカ」を置いて、
 時間の経過を自然にしている。

A「アメリカ」は、
 舞台ではプエルトリコ人の女性同士の掛け合いだったのを
 映画ではアメリカにあこがれる女性陣と
 アメリカをくさす男性陣とに分けて、
 対比をくっきりさせている。
 音楽的にも際立つ。

B「クール」は、
 舞台では果たし合い前のはやる気持ちを抑えるための歌だったが、
 映画では、リフとベルナルドが死んでしまった後の
 若者たちの苦悩を押さえ込む歌とダンスになっていて、
 その絶望的な心理が際立つ形になっている。
 これなど、まさに天才的な改変。

C映画では、闘争後、一挙にたたみかけて盛り上げるが、
 そのため、
 舞台では後半にあった「ジー・オフィサー・クラプキ」と
 「アイ・フィール・プリティ」を前半に持って来た。
 コミックソングと明るい感じの曲は
 後半の緊迫感に合わない、という判断。
 正解。

D「サムホエア」が幻想のダンスシーンになって
 争いのない世界への憧憬となるシーンは、
 映画では全面カット。
 舞台では成立しても、
 リアリズムの映画にはふさわしくない、ということだろう。

このように、映画における改変はことごとく理に適っており、
あのような見事な緊迫感に満ちた後半となりました。
一度このように舞台でも演じてみたらどうか、
というのが、私の願望。

最後に、「ウェスト・サイド・ストーリー」は、
類似作品がありません
それこそ、
アーサー・ローレンツ(脚本)、
スティーヴン・ソンドハイム(作詞)、
レナード・バーンスタイン(作曲)、
ジェローム・ロビンス(演出・振付)という
天才たちを介して、
神の指が地上にたった一度触れた、
奇跡的な作品です。
その上、ロバート・ワイズ(監督)が加わって、
舞台以上の映画作品が生まれました。
その意味では、
オーソン・ウェルズ「市民ケーン」と双璧をなす、
というのが、私の感想です。

上演中はカメラは禁止ですが、
カーテンコールは撮影OK。

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私のカメラでは、顔が白く飛んでしまうので、
性能の良い、娘のスマホ写真を借用。

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幕が閉じると、↓のような画像が。

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まさにシネラマです。

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更にサービスが。

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退場の際、ドクの店のセットを見せてくれます。

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しっかり作られています。

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予告編は↓をクリック。

https://youtu.be/fPuoafUPKeU

なお、11月からは、
同じ舞台装置を使って、
日本人キャストによる公演↓もあります。

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怖いもの見たさで、見てみたい。

その他、配られたチラシで気になったもの。

ロンドン初演台本、が魅力。

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これは日本人キャストでも大丈夫そう。

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今年8月のNY訪問時には終わっていて、
観れなかった作品。

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「ブラックコメディ」「エクウス」「アマデウス」の作者と謙さん。

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小説『虚貌』  書籍関係

[書籍紹介]

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雫井脩介の第2作、2001年の発刊本。

運送会社に勤める荒勝明、坂井田昇、時山次郎は、
勤務中の副業がばれて、
社長の気良公彦に解雇されてしまう。
逆恨みした三人は時山の弟分、湯本弘和と4人で
気良宅を襲い、夫婦を殺害し放火する。
子供の姉弟は命拾いをし、擁護施設に入るが、
半身不随の姉は自殺し、
弟の気良征彦は大火傷を負っている。
主犯は坂井田だったが、
他の3人の口裏合わせで、荒は主犯に仕立て上げられ、
一人だけ無期懲役となるが、
20年後に出所し、
犯罪加害者の人権擁護と社会復帰を手助けする活動の
ボランティアをしている山田裕二を頼る。

それからしばらくして、
坂井田、時山が続けて惨殺され、
現場には荒の指紋が残されていた。

21年前の事件捜査に関わり、
当時から荒主犯説に疑問を持っていた老刑事、滝中守年は、
末期ガンに冒されながら事件を追う。
指紋が残されていたことから、
荒の犯行である公算が高いが、
守年自身が目撃した時山殺しの犯人の顔は荒とは別人だった。

そうしているうちに、
山田のアジトが発見され、
そこには荒の腐乱死体が残されていた。
では、犯人は? 犯行の真意は?・・・

この話に
守年の娘、滝中朱音の芸能界での行動がからむ。
朱音は実は、成人してカメラマンになった湯本弘和と恋仲だった。
そして、朱音は、
自分の顔を嫌悪する「醜形恐怖症」にとらわれていた。
更に、滝中の相棒となる刑事の辻薫平(くんぺい)も
自分の顔の痣にコンプレックスを抱き、
セラピストの北見宣之のカウンセリングを受けていた。
これに、特殊メイクアーティストの平賀敢児(かんじ)もからんでくる。

そして、事件は、藤田というアマチュアカメラマンの誘いに乗った
湯本の行動に朱音が同行し、
意外な展開を見せる。

「虚貌」というタイトル自体に仕掛けがなされていたことが分かる。
朱音と辻という、
顔にコンプレックスを持った二人の存在がからんだ理由も分かる。

全体に大きなトリックが仕掛けられているのだが、
最後の方になると、「?」「?」「?」の連続になる。
人間の認識は、
顔だけではなく、
仕種や声も重要な要素となると思うが。
いくつかのセリフが謎のまま残るのも困る。

ただ、圧倒的な筆力で一気に読ませる。
余命いくばくもない老刑事の滝中守年の造形が見事。
それに比べ、朱音を巡る芸能界の動向はややありきたり。


映画『帰ってきたムッソリーニ』  映画関係

[映画紹介]

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イタリアの独裁者ムッソリーニが現代に復活する話、
と聞くと、
何だ「帰ってきたヒトラー」と同じじゃないか、
と思うだろうが、
これ、パクリではなく、
原作は「帰ってきたヒトラー」と同じ。
つまり、同じ原作をイタリアに置き換えて作った、
再映画化作品だ。
ただし、監督は原作を読んで、
ドイツ版の映画ができる前に
映画化を考えていたという。

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ヒトラーに比べると、
ムッソリーニは影が薄いが、
実は、ヒトラーより長く、
イタリアを20年間統治した独裁者であり、
ファシズムの語源となるファシスト党を率いた。
そういう意味で、ドイツを10年余り統治したヒトラーの先輩であり、
ヒトラーに影響を与えた人物である。
右手をまっすぐ上げるローマ式敬礼は
ナチス式敬礼へと受け継がれている。

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ただ、ヒトラーのように
ユダヤ人の抹殺を企んだわけではなく、
ムッソリーニはユダヤ人迫害を拒否していたので、
それだけ極悪非道の印象は薄い。
ムッソリーニの別荘や防空壕、墓などが
観光地になっており、ネオファシストらの巡礼や献花が絶えない。

ヒトラーの自殺した遺体が、
さらしものになるのを避けて早々と焼却されたのに対し、
ムッソリーニはレジスタンスに捕らわれて略式裁判で銃殺された後、
ミラノの広場で逆さ吊りで遺体をさらされた。
生存説が残るのを防いだものとされる。

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この映画、原作が同じなので、
「帰ってきたヒトラー」と同じ展開をする。
1945年に死んだはずのムッソリーニが
現代のローマによみがえり、
偶然彼を撮影した売れない映像作家カナレッティは
ドキュメンタリー映画の制作を考える。
二人でイタリア全土を巡る撮影旅行に出ると、
彼をそっくりさんだと思った人々は
スマートフォンを向けて映像を拡散し、

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それに目をつけたテレビ局によって、
番組が作られ、高視聴率を挙げ、
ムッソリーニの政治的見解に共感する人が出て来る。
というのは、
イタリアの政治的混迷ははなはだしく、
経済低迷や難民問題に対して有効な政策を出せなかったからだ。
70年で63人の首相が入れ替わったというから、
国のバラバラな状態が伺える。
(ちなみに、日本は毎年首相が替わると言われたが、
それでも戦後70年で33人の首相だ。)

そうした状況の中で、
ムッソリーニの力強い訴えは支持者を増やし、
「強い指導者」の登場を期待する世論を刺激する。

と、ストーリーは同じだが、
随所でイタリアらしい明るさとユーモアがあふれている点が
ドイツ版は違う。
蘇ったムーソリーニが、
アフリカ系の人たちが大勢いるローマを見て、
「エチオピアに侵略されたのか?」という場面など、
かつてエチオピア侵攻を指揮したムッソリーニを思うと笑える。
ムッソリーニがかつての自宅に行って、
彫刻の下に隠した合い鍵で中に入り、
ベッドで寝ているところを
見学に来た小学生に発見されたりする。

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ムッソリーニがローマの町を車で回る場面は
ほぼドキュメンタリーとして撮影したという。
つまり面白がって群がる路上の一般の人たちの反応は
フィクションではなく、
実際の光景で、
顔にはモザイクがかけられている。
また、ドイツ版にあった観客をだます仕掛けは排除されている。

監督はインタビューを受けて、
「日本のことはよくわからないが、
一点不思議に思うのは、
ヒトラーやムッソリーニは敗戦とともに消えたものの、
日本の天皇制は続いている。
それについて、みなさんはどう思っているのだろうか?
それが私からの問いかけだ」
と言っているが、
西洋人にとっては日本の天皇制は理解不能なのだろう。

監督はルカ・ミニエーロ
ムッソリーニを演ずるのは、
マッシモ・ポポリツィオ

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5段階評価の「4」

予告編は↓をクリック。

ヒューマントラストシネマ有楽町他で上映中。

映画「帰ってきたヒトラー」の紹介ブログは、↓をクリック。

映画「帰ってきたヒトラー」

原作本の紹介ブログは、↓をクリック。

原作本「帰ってきたヒトラー」


タグ: 映画

アメリカ旅行記・前編Hニューヨークあれこれ  旅行関係

それでは、アメリカ旅行記・前編の最後に、
ニューヨークあれこれ

ニューヨークは5年9カ月ぶり、
21回目ですが、
あまり変わっていない、汚い町です。

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相変わらず、工事中のビルが沢山。

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道端はスタンドばかり。

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レストランが高いせいか、

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結構繁盛しています。

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ホットドック2つと缶コーラで5ドルは安い。

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変ったといえば、
映像看板が増えたこと。

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ミュージカルは史上最高の興行収入。
それも、入場料が高騰したゆえです。

「ブック・オブ・モルモン」を上演中の
ユージン・オニール劇場
初演から8年、今だに99パーセントの入りを確保。

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「シカゴ」を上演中のアンバサダー劇場
これは82パーセントの入り。

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「ウィキッド」を上映中のガーシュイン劇場
16年目。
1933席の大きな劇場なのに、
入りは82パーセント。

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「ハミルトン」を上演中のリチャード・ロジャース劇場
ここも100パーセント越え。
最高席は850ドル。
高すぎて、今回もパス。

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「ライオン・キング」を上演中のミンスコフ劇場
ここも1621席の大劇場で、
97パーセントの入り。

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今、ディズニーは↓の3本を上演中。

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31年の最長ロングラン「オペラ座の怪人」のマジュスティック劇場
74パーセントの入りですが、
劇場が1609席と大きい。

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「ハリー・ポッターと呪いの子供」を上演中のリリック劇場
2部作で、100パーセントの入り。

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とにかく、1000席を越える劇場が
団体動員もなく、
満席を続けるのは、奇跡です。

当日券を求める人は、朝から列を作ります。

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ニューヨーク名物、スプレー画と

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似顔絵描き。

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それに、ストリートミュージシャン。

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レンタサイクル。

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今回は、事故でも起こしたら
後のスケジュールに差し支えるので、
乗りませんでした。

なにしろ、自転車専用路の表示もすり切れていますので。

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二階建てバス。

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それに、消防車。

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こちらの信号は、残りの秒数が出るので、便利。
日本でも出来ないか。

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タイムススクェアには、交番があります。

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お土産屋は、ガラクタばかり。

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この日本語は・・・

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誰が教えたのでしょう。

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タイムズスクェア近辺にあるラーメン・レストラン。

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一蘭。

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何とラーメン一杯が24ドル。(2600円)

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日本食は高級料理なのです。

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「黒い寿司」って、おいしくなさそう。

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今回、ニューヨークで観たもののチケット。

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それに、劇場で無料で配る冊子。

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これでアメリカ旅行記・前編は終り。

この後、寸又峡・大井川鉄道のバスツアーをはさんで、
後編・ワシントンDCはしばしお待ちください。

前編のバックナンバーは、↓をクリック。

「キングコング」

「ヘイディスタウン」と「ビートルジュース」

「トッツィー」

ワールド・トレード・センター

ラジオシティとジャズライブ

美術館巡り

「アラジン」

「アナと雪の女王」と「ムーラン・ルージュ」


インタビュー集『ドラマへの遺言』  書籍関係

[書籍紹介]

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倉本聰↓が、
日本のテレビの歴史を作った大脚本家であることは間違いない。

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その倉本聰に、倉本氏の「弟子」を自認する碓井広義
(元プロデューサーで、現在は上智大学教授)が
インタビューする形で、様々な想いを引き出した対談集。
インタビューは述べ30時間に及んだという。
碓井氏の発言の部分は細い明朝体で、
倉本氏の発言の部分は太い明朝体で印字される。

中学2年で小説を書いたという早熟な少年時代のことから、
ラジオドラマや映画の台本を必死で書いていたニッポン放送時代、
名前を隠してのシナリオ執筆、
独立、NHK大河ドラマでの降板劇、
東京を離れ、単身渡った北海道での生活が
「北の国から」誕生につながり、大ヒット。
富良塾の創設、解散、
そして、「やすらぎの郷」を経ての
最終作「やすらぎの刻〜道」へと、
倉本聰自身の口が語る倉本聰の集大成の趣。
企画の発想、人物像の造形、物語の構築、
大物俳優や女優たちとの知られざる交遊も。

もうこわいものなしの人だから、
今のテレビへの批判、
使った役者への評価も遠慮なく飛び出す。

たとえば、「2丁目3番地」に触れた時のこと。

「たぶんそれは、江戸なんですよね。
江戸の笑いなんです。
でも、その後はドラマにも
どんどん関西の笑いが入ってきたでしょう。
ふざけて笑わせるっていう風潮が。
前にも言ったけど
僕がいまもって金科玉条にしているのは、
チャップリンの<人生はアップで見ると悲劇だけど、
ロングで見ると喜劇だ>
っていう言葉で、
それが一番高級なドラマではないかっていう気がするんですよね」


江戸の笑いと関西の笑いの本質をついて興味深い。
「ふざけて笑わせるという風潮」は、
今のテレビの性格を暴露している。
そういわれてみれば、
今のテレビは関西の笑いに占拠されている気がする。

スターについての語り。

「あの頃の大スターってのは
美人だっただけじゃなく、
神秘性があって、オーラがあったから。
当時、マスコミも
そのオーラをはがすという行為をしなかったからね。
みんなでオーラを消そうっていうのが今の世の中でしょ。
本当に良くないと思うんですよ」


中井貴一への評価。

「うまい役者じゃないと思います。
ただ、貴一の芸には品がある。
兵吉(石坂浩二の本名)もそうなんですけどね。
僕、品というのは役者にとって
とても大事だと思っていて、
つまり、上品・下品の下品も品のうちなんです。
でも、品がないっていうのはいやですね」
                     

女優への評価。

「しのぶはうまいですからねえ。
僕の<うまい女優ベスト3>です。
倍賞(千恵子)さんと(いしだ)あゆみちゃん。
そしてしのぶ。
まあ、八千草(薫)さんという別格がいますけどね」


「優しい時間」の最後で
父親の寺尾聰が息子の二宮和也と再会した時、
「よう!」というセリフを書いたのに、
オンエアを見た時、寺尾は「やあ!」と言った。
これについて、こう述べる。

「僕、放送を見て驚きましたよ。
この場面で“よう!”って言うのと、
“やあ!”って言うのとでは、
ニュアンスが全然違うと思いません?
役者が勝手に変えちゃいけないセリフなんですよ。
それを容認した監督も分かっていない」
「本当の意味を読み取ってないんでしょうね。
だからあれ以降、僕は寺尾を使いません」


察するに、倉本さんが富良野塾を作ったのは、
自分の作品を直接俳優を動かして完成させたかったのだと思う。

ビートたけしへの評価も辛辣。

「僕はあの人を全然認めない。
役者としても人間としてもですね。
だって土曜のニュースショー(「新・情報7DAYS」のこと)なんて、
なにがフリージャーナリストで、
なにが「刮目NEWS」だって話だもんね。
あんなニュース番組でふざけたこと言われたって
面白くもおかしくもない。
大体、滑舌が悪すぎて何言ってるんだか判ンない。
TBSがありがたがっての使い方が嫌ですね。
なんであの人があんなに買われるようになったのか。
それはもちろん監督として外国で
ヘンに認められるようになっちゃったからなんだけど。
そんなにすごい人なのかと思う。
まあ、個人の趣味だから大きな声では言えない話なんですけどね。
僕はハッキリ言って嫌いです」


実は、私は人生のある時期、
シナリオ作家になろうとした時があった。
その時、倉本聰は神様だった。
山田太一向田邦子の上にいた。
当時、倉本さんは40代。
一番脂の乗り切った時で、
「6羽のかもめ」(1974年〜1975 年、フジテレビ系)
「あなただけ今晩は」(1975年、フジテレビ系)
「前略おふくろ様」(1975年〜1976 年、日本テレビ系)
「浮浪雲」(1978年、テレビ朝日系)
「たとえば、愛」(1979年、TBS 系)
「祭が終ったとき」(1979年、テレビ朝日系)
などを貪るように観た。
「幻の町」も忘れられない。
そして、
「北の国から」(1981年〜2002 年、フジテレビ系)。
それに続く「北の国から・特別篇」の数々。
シナリオ集も読んだ。
読むだけで場面が浮かぶ。
独特な間。
独特な描写。
ああ、これが倉本シナリオの魂かと思い、
盗む努力をした。

やがてシナリオをあきらめ、観る側に回り、
倉本さん自身も富良野塾に熱心になって、
ドラマ作品が少なくなり、
「優しい時間」(2005年、フジテレビ系)
「拝啓、父上様」(2007年、フジテレビ系)
「風のガーデン」(2008年、フジテレビ系)
や「北の国から・特別篇」を観ても、
「ああ、同じ手を使ってる」と批判的になってしまっていた。
「やすらぎの郷」(2017年、テレビ朝日系)も、
年寄りの終活のあがきに見えて感心しなかった。

しかし、最新作「やすらぎの刻 道」(2019年〜2020年、テレビ朝日系)を観て、瞠目した。
この作品は前作に続くテレビ関係者の老人ホームが舞台で、
そこに入居しているシナリオ作家が
誰に頼まれたわけでもないシナリオを執筆する。
山梨県の田舎の村に済む根来一家の6人の兄妹が主人公で、
その一家を襲う時代の波を描いている。
これがなかなかいい。
老人ホームの話と交互で、
老人ホームの方は相変わらず愚にもつかないことをしているが、
山梨の部分でほっとする。
今は、戦争で、
家族が死んだりした後、
終戦に至ったところ。
これからの展開が楽しみだ。

それにしても、月〜金の帯で一年も続くドラマを83歳で書いたとは。
今は一作一作が、一冊一冊が
人間・倉本聰からの遺言でもある。

倉本さんから見て、
今のテレビドラマのやせ細った様は悔しいに違いない。
なぜそうなったか。
その一つの要因にシナリオライターに対する冷遇があると思う。
懸命に書いたものを勝手に直され、
しかもギャラは安い。
そうなれば、才能は金を払ってくれる方に走っていく。
小説、コミック。
そちらの方がよほど稼げる。
テレビから才能は逃げ、
小説とコミックが隆盛した。
その結果、テレビドラマも映画も
コミックと小説のドラマ化、
映画化のオンパレードだ。

次の倉本さんの言葉も重い。

「夢を持って社会に出て、
いきなりそれを実現しようとしても
青臭いって世間から潰されちゃうし、無理だと。
だから、あなたが発言権を得るまで、
発言する能力を持つまで、
その夢を金庫にしまって鍵をかけておきなさいって。
ところが40〜50歳になって、
ようやく力がついてきた頃には、
普通のサラリーマンは金庫の鍵をなくしちゃう。
というか、夢をしまった金庫があったことすら忘れてしまう。
だから若い人は忘れちゃいけないと。
しっかり鍵を持っていて、
いい時期に開いて取り出すべきなんだ」


「6羽のかもめ」というのは、
分裂した劇団員がテレビ界に飛び込む話。
中でも「乾燥機」という、
中条静夫扮するテレビ局の部長が
ゴルフコンペの優勝賞品である電気乾燥機をほしいあまり
ズルをしてしまう話など特に好きだが、
その最終回「さらばテレビジョン」で、
山崎努扮する作家に、次のように言わせる。

「(カメラの方を指さす)
あんた! テレビの仕事をしていたくせに、
本気でテレビを愛さなかったあんた!
(別を指さす)あんた!
──テレビを金儲けとしてしか考えなかったあんた!
(指さす)あんた! よくすることを考えもせず、
偉そうに批判ばかりしていたあんた!
あんた! それからあんた! あんた!
あんたたちにこれだけは云っとくぞ!
何年たってもあんたたちはテレビを決してなつかしんではいけない。
あの頃はよかった、
今にして思えばあの頃テレビは面白かったなどと、
後になってそういうことだけは云うな。
お前らにそれを云う資格はない。
なつかしむ資格のあるものは、
あの頃懸命にあの状況の中で、
テレビを愛し、闘ったことのある奴。
それから視聴者──愉しんでいた人たち」


倉本聰、現在、84歳。





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