年金2000万円問題  政治関係

金融庁が6月3日に公表した
資産形成に関する金融審議会報告書が論議を呼んでいる。

この報告書は、
寿命の延びにあわせて資産形成を促す狙いのものなのだが、
「年金だけでは足りない。
2000万円の貯金が必要だ」
というところだけに焦点が当たってしまい、
野党はそれみたことかと不安を煽っている。
というのは、第一次安倍政権での「消えた年金問題」が
首相の退陣につながったことから、
二匹目のどじょうとばかりに、
7月に予定される参院選の争点化にしようというのだ。

あのレンポウさんは、
「足らざる部分のためにもっと働け、と。
公助から自助にいつ転換したのか」
といやらしく質問。
「公的年金が100年安心はウソだったのか」
と更にいやらしくたたみかける。

ネットでも、
「2000万円を自助努力で準備しろというのか!」
「年金をあてにせず自助をいうのはおかしい」
「年金保険料を払わせるだけ払わせておいて、
もらえないのは詐欺だ!」
といった声がその争点化を後押しする。

不思議な話だ。
年金を収めれば、
どんな人にも、
老後の生活を保証しますよ、
と国が言ったというのだろうか。
だから貯金しなくてもいい、
とでも勘違いしたのだろうか。

年金は保険であり、
収めた金額に応じて支給されるのだから、
収めた額が少ない人は、
それだけ受け取れる額が少なくなるのは当然のこと。
それとも、いくらでもいいから収めておけば、
生活できるだけのものはもらえる、
とでも思っていたのだろうか。

一般の人の中には、そういう勘違いをする人もいるだろうが、
評論家や有識者、まして政治家は分かっているはず。
分かっているのに不安をあおる。
それも政権を倒したい一念なのだろう。

しかし、この報告書も欠陥はある。
「夫65歳以上、妻60歳以上の夫婦のみの無職の世帯では
毎月の不足額の平均は約5万円であり、
まだ20〜30年の人生があるとすれば、
不足額の総額は単純計算で1300万円〜2000万円になる」
という。

年金暮らしの無職夫婦では、
毎月の生活費が平均5万円足りない、
年間にすると60万円の不足。
65歳の人が95歳まで生きるとすると、
60×30年で1800万円不足。

そんな単純な話ではないだろう。
年齢が行けば、次第に使うお金が減ってくる。
65歳の時のお金の使い方と
95歳の時のお金の使い方は全然違う。
それを考慮していない。

それにしても、この報告書で、
高齢の夫婦が月26万円必要というのも、
驚きだ。
年寄りが二人で、一体何に使うんだろう。

あくまで平均の数字だという。
平均を言うなら、
この数字はどうだ。
同じ家計調査では60歳以上の
二人以上世帯の平均貯蓄額は2366万円だ。

つまり、平均的な高齢者は、
既に不足額は足りている、ということだ。

では、この報告は、
若い人が高齢化に備えて貯蓄をしなさいよ、
という話になる。

大体、年金で生活出来る、
と考える方がおかしいので、
そのために備えをするのだ。
つまり貯蓄だ。
不足分を貯蓄から取り崩す、というのが当たり前だ。
我が家でもそうしている。

レンポウさんが
「いつから自助になった」というが、
公助と自助を組み合わせる、というのは誰でも知っている。
知らなかったかね、レンポウさんは。

高齢者世帯の年金額はそれぞれ。
かかる生活費もそれぞれ。
貯蓄額もそれぞれだ。

年金で賄えなければ、生活程度を落とせばいい。
それでも、今の日本で飢え死にすることはない。

消えた年金問題の落とし胤として、
「ねんきん定期便」がある。
自分がどの程度の年金を盛られるかが一目瞭然だ。
不足と思う人は、そのための備え(貯蓄)をすればいいだけの話だ。

麻生さんも報告書の受け取りを拒否したりせず、
数字の誤りや表現の是正を議論すべきだったのではないか。
報告書が最高裁判決でもあるまいし、
何とでもなったのに、
受け取らないのはやましいことがあるからだ、
と思われてしまう。

野党は「老後2000万円」問題を、
選挙の争点化しようとしているが、
少なくとも正しい議論をすべきで、
不安を煽るようなことはすべきではない。


そんな空虚を議論をする前に、
国会で議論する大切な問題に
憲法改正議論がある。
それこそ国会でしか議論できない問題だ。
ところが、
衆院の憲法審査会で1度実質的な審議が行われただけで、
具体的な成果に乏しいまま会期末を迎えてしまった。
参院では憲法審そのものが一度も開かれていない。
議論が進まないのは、
立憲民主党の枝野幸男代表がストップをかけているからだ。

枝野氏の狙いは何か。
要するに憲法改正をさせたくないのだ。
その方策として、審議に応じなければ、
その目的は達成される。

国会が言論の府であるなら、
正々堂々と議論をすべきなのだ。
そして勝敗を決めればいい。
最初から議論に応じないという形で
自分の主張を通そうというのは、
卑怯の極みである。





AutoPage最新お知らせ