小説『鏡の背面』  書籍関係

[書籍紹介]

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家庭内暴力や薬物、性暴力被害などにより
社会からはじき出された女性たちが暮らすシェルターである
新アグネス寮
主宰者は小野尚子という67歳の女性。
歴史の古い出版社の社長令嬢で、
皇族の后候補になったこともあるというその人は、
昔アルコール依存症にかかって、
親族からも見放され、遺産分与で放り出された。
そこで、聖アクネス寮と出会い、
自分が救われたことから、
不幸な女性たちに尽力する活動に参加し、
やがて聖アグネス寮から独立して新アグネス寮を立ち上げ、
寄る辺ない女性たちを引き取り、一緒に生活していた。
財産である軽井沢の別荘を施設として提供し、
資金が行き詰まった時には、自分の貯金から資金を投入、
みんなから慕われ、「聖女」と言われる女性だった。
小野尚子の信用で施設も社会的評価を得ていた。

その小野尚子が亡くなった。
落雷による火災で施設が火に包まれた時、
子供を抱えた収容者の救出に向かい、
命を落としたのだ。
同時に亡くなったのは、寮の古株で盲目の老女・榊原久乃だった。

火災から2カ月が過ぎ、
尚子の遺志をついで施設を運営していた中富優紀は、
警察から連絡を受けて驚愕する。
榊原の遺体は本人のものと確認されたが、
小野尚子は別人の遺体だというのだ。
尚子の実兄から採取したDNAと照合したところ、
両者には血縁関係がないと判明。
それだけではなく、
尚子はアルコール依存症でほとんどの歯を失っていたのに、
焼死体には歯が揃っていたのだ。
どうやら、20年以上前から、
小野尚子は、他の誰かと入れ替わっていたようなのだ。
中富優紀らは入所した時期から、
入れ替わった後の小野尚子しか知らない。
入れ替わりの時期より前からいたのは、榊原一人だという。

更に驚くべきことが判明する。
遺体の歯と歯科情報の照合から、
入れ替わった小野尚子の正体は半田明美という女性で、
しかも80年代に連続殺人事件の容疑者としてマークされていた人物だった。
証拠不十分で立件には至らなかったが、
夫をはじめ、周囲の男性が何人も不審死を遂げているという。

優紀らは、ライターの山崎知佳に相談する。
というのは、2年前、知佳は小野尚子にインタビューをしており、
雑誌に充実した内容の記事を書いていた。
それだけではなく、
インタビューで、
知佳は小野尚子の人格に打たれ、心酔さえしていたのだ。
あれほどに優しく高潔で、
行動力にあふれた人はいない、という感想だった。
知佳は優紀から借りた小野尚子の写った古い写真と
2年前のインタビューの際撮った写真を顔認識ソフトにかけてみる。
結果は「別人」
入れ替わったことは間違いない。
更に、古い週刊誌の記事の半田明美の写真とも照合してみる。
見た目では別人だったが、
顔認識ソフトの結論では、
知佳が会った小野尚子と半田明美は同一人物だった。

更に、知佳は当時の週刊誌の記事を書いた記者・長島剛に会い、
長島のまとめた半田明美の追跡記事を読む。
半田明美が、周囲の男性の命を次々と奪ったのは事実のようだ。
連続不審死や後妻業など、
後続の諸事件に先立つ、稀代の毒婦である、
と結論づけた
その原稿が出版されることはなかった。

更に知佳は小野尚子がしばしば訪れたフィリピンの町を訪ね、
そこで小野尚子が死に、
入れ替わった半田明美が小野尚子に成り変わって帰国し、
ばれないように細心の注意をして入れ替わったという事実を把握する。

しかし、謎は残る。
不幸な女性たちを受け入れ、励ましていた人格者の小野尚子と
男を食い物にしていた元女優の半田明美の姿が一致しないのだ。
小野尚子の財産が目的だとしても、
それを持って逃げることは容易に出来たはず。
なのに、偽小野尚子は、施設にく留まり、
本物の小野尚子以上に
小野尚子らしさを発揮して、人々に尽くしている。
「日本のマザー・テレサ」という呼び方が間違っていない姿。
それは、優紀をはじめとして、
四六時中一緒に過ごしていた女性たちの証言で明らかだ。
身近の人間をそうそうだまし続けることは不可能だ。
もし半田明美が成り替わったとすれば、
そんな生活にどうして二十二年間も生きることができたのか。
何のためにそんなことをしたのか。

使うあてのない財産と、
扱いの難しい人々を日々相手にする
精神的に厳しい、質素な生活。
得られるものは、
実質的利益を伴わない
尊敬や信頼の眼差しだけ。
そんなものを半田明美のような女が欲するはずがない。


最後に発見された半田明美の隠れ家でみつかったあるものにより、
ことの経緯が明らかになるが・・・

謎が謎を呼ぶ展開にページをめくる手が止まらない。
所々オカルト風の味付けをしつつ、
こういうものを書かせたら、
篠田節子の右に出る者はいない。
しかも、テーマは人間の心に巣くう闇とその解放
深い題材を発見しつつ、めくるめく読書体験であった。

「辛い思い、苦しい思いをすれば、
人は歪んで意地悪になる。
恐ろしいことも平気でするようになる。
否定はしないけれど、
反対に思慮深く、情け深くなる人だっているんだよ」


フィリピンで出会った改革派司祭の話。

「子供も大人も明日の食べ物にも困り、
赤ん坊が死に、少女たちが売春婦として売られる。
それほどの貧しさを目の当たりにして、
なおかつ信仰はこころの問題だなどというのは、
欺瞞ではないか。
聖書のメッセージを丹念に読めば、
私たちがなぜこれほど貧しいのか理解できるではないか。
そして聖書にはどうすればそうした人々の苦しみを解決できるのかが、
示唆されているではないか。
神の祝福は、現実の苦しみにさらされているものに、
苦しみを苦しみのまま放置して魂を救済するものではない。
私はあなたと共にいる、
だからあなたは突き進みなさい、
という励ましの言葉なのです」


530ページにわたる大部だが、
すんなりと読めた。
着想も展開も文句なし。

前にも書いたが、
篠田節子は肌に合う





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