映画『パドマーワト 女神の誕生』  映画関係

[映画紹介]

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13世紀のインドの伝記を基にして、
16世紀に書かれた小説の映画化。
インド映画史上最大級の製作費で作られ、
2018年のインド国内興収第3位、
インド映画の世界興行成績でも歴代10位となった作品。

13世紀末。
シンガール王国の王女パドマーワティは、
西インドの小国メーワール王国の王であるラタン・シンと恋に落ち、
ラタンの妃になる。
一方、北インドでは、叔父を暗殺した武将アラーウッディーンが
イスラム教国のスルタン(王)の座に就く。

獰猛で野心に満ちたアラーウッディーンは、
支配地域を拡大し、
第二のアレキサンダー大王との異名を持つが、
絶世の美女、パドマーワティの噂をききつけ、
手に入れようと、メーワール国に兵を差し向ける。

しかし、堅牢な城は落ちず、
互いに計略を取り合った結果、
アラーウッディーンは、ラタン・シンを拉致し、
パドマーワティを自らの城におびき寄せる。
勇気ある救出策によりラタン・シンは奪い返され、
再び軍を送ったアラーウッディーンとラタン・シンの
国を賭けた闘いが始まる。
その背後で、パドマーワティは、
ある決意をしていた・・・

アラーウッディーンもラタン・シンもパドマーワティも実在の人物で、
叔父を暗殺して1296年にスルタンの座に就いたのも、
1303年にはメーワール国に進軍し、陥落させたのも事実。
この歴史的出来事を使って、
1540年に叙事詩「パドマーワト」を著したのが
イスラム教神秘主義者の詩人マリク・ムハンマド・ジャーヤシーで、
自身がこの書の末尾に「創作である」と書いていることから分かるように、
アラーウッディーンによるメーワール国への進軍の史実を、
美と愛を巡る義の戦いの物語に仕立てたものだ。
パドマーワティについては歴史的資料は乏しく、
その実像はほとんど不明だが、
叙事詩の中では絶世の美女で、
女性の尊厳を守るため悲劇的な最期を遂げたことから、
インド歴史上の女傑の一人として、
女神のように信仰されている。

というわけで、
アラーウッディーンは残酷で野心に満ちた暴君として、
ラタン・シンは高潔で義を重んじる誇り高い王として、
パドマーワティは、ラタン・シンを深く愛し、聡明で、
女性としての、また王妃としての尊厳を守る貞節の女性として描かれる。
更に、アラーウッディーンの妻は、
夫に罪を犯させないために裏切る薄幸な女性として登場する。

古代インドを舞台にした、
戦争と愛の物語。
なかなか巧みに作られ、
最後のあたりでは、
ラタン・シンの高潔さとパドマーワティの貞節に感動する。
インド版細川ガラシャというところか。

何よりも、古代インドの城や建物を再現した美術の素晴らしさ

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衣裳も豪華で美しく、目を楽しませてくれる。
隅から隅までインド人の美意識が横溢しており、
異文化を目の当たりにする驚きにあふれている。
快く、酔った。

そして、戦闘シーンは迫力があり、
空を飛翔する矢が次々と地面に刺さったり、
火矢が城から敵軍の拠点に飛んで行く飛跡の美しさ、
更に投石機から放たれるミサイルみたいな攻撃、
そして人海戦術。
すごい数のエキストラとCGで
壮大な戦場が現出する。

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そして、インド映画だから、
随所に歌とダンスが踊られるが、
違和感なく物語に溶け込んでいた。
随分インド映画も洗練されたものだ。

監督は「インドの黒澤明」と言われる
サンジャイ・リーラ・バンサーリー
パドマーワティは、
ハリウッドにも進出済みのディーピカー・パードゥコーン

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ラタン・シンはシャヒド・カプール

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アラーウッディーンにランヴィール・シン

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ディーピカー・パードゥコーンとランヴィール・シンは
実生活では夫婦だという。

「悪役がうまい映画は面白い」と言われるとおり、
アラーウッディーンを演ずるランビール・シンが
出色の出来で、
内包した荒ぶる魂が悪行をさせる哀愁がよく出ていた。
その上、この人、ダンスがうまい
キレッキレのテンポの早いものも、
ゆっくりした物憂い踊りも両方こなす。

「バーフバリ」のような荒唐無稽さはないが、
歴史の中での人物像を描く、という点は成功している。

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冒頭、詳しくは覚えていないが、
この映画は史実を再現しようとしたものではなく、
如何なる階層や集団を誹謗する意図ではない、
更に、動物を傷つけてはおらず、ほとんどはCGである・・・
などと言い訳めいたことが字幕と音声で流れる。

何事? と思ったら、
製作中、王族・武人階級であるラージプート族や
ヒンドゥ―教の劇中での描写に憶測が飛び交い、
一部の過激な宗教団体からの映画化反対運動にまで発展。
インド国内の映倫の検閲を経て、
二カ月も公開が延期されたのだという。
タイトルも「Padmavati」(ヒロインの名)から
「Padmaavat」(伝記の題名)に変更することで上映が許可された。

上映開始後も映画館が入るショッピングモールが襲撃されたり、
駐車場の車両が燃やされるなどの事件が頻発、
一部の州では反対派の報復を恐れ上映を中止する事態に陥った。
しかし、公開作を観て、騒ぎは鎮まった。
文句を言うなら、まず映画を観てからにしてくれ、だが、
表現の自由はインドではどうなっているんだろう。
もしかしたら、圧力でストーリーが変更されたのだろうか?
まあ、その騒動のおかげでヒットしたとも言えるのだが。
上映開始後も、「女性蔑視であり、回帰的」という批評も生まれた。
これも、今の物差しで過去の文化を批判する類と言えよう。

レビューで、
そのあたりに詳しいものを見つけたので、
借用させていただくと、

チットーガル城で激突、
そしてジョーハル(尊厳殉死)に至るまでの葛藤
彼女が炎に身を委ねるのは、
ヒンドゥー社会における慣習「サティー」によるものである
ヒンドゥー教の火の神アグニが
彼女らの潔白を証明するというもので、
聖火による神明裁判は古代インドで行われてきたとされている
インド叙事詩には貞淑の証として
焼身自殺を図ったふたりの女性がいて、
それは『ラーマーヤナ』のシーターと
『マハーバーラタ』のサティーである
「ラタンの身に何かあれば」と生前に許可を得るパドマーワティ
その証明である手形を押印した布を翳して、
パドマーワティはアラーウッディーンの願いを粉々に打ち砕く
ラストシークエンスでは妊婦、幼女も彼女に続く様子が描かれ、
この時代のラージプート族の戦う女性の生き様を突きつけられる

現代において、
夫が死んだから妻も自殺するという考えは風化しているだろう
だがこの映画におけるジョーハルの決断は「夫の死去」ではなく、
敵国の慰み者になるくらいなら
死を選ぶという決意として描かれている
時代背景もあり、その行為には夫の許可必要で、
その許可を出すということは夫にとって
「妻の最大の愛」を感じ取る瞬間であろう

なるほど。
よく分かった。
異なる文化を理解することは難しい。

5段階評価の「4」

予告編は↓をクリック。

https://youtu.be/w1MZn-Scj5M

新宿ピカデリー他で上映中。

タグ: 映画




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