小説『団塊の秋』  書籍関係

[書籍紹介]

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「団塊の世代」という言葉の生みの親・堺屋太一が描く、
団塊世代の老後と日本経済の未来予想についての小説。
刊行が2013年で、
小説の描く世界は2015年から始まり、
2017年・2020年・2022年・2025年・2028年と辿るので、
一部は既に「未来」ではなくなっている。

登場人物は2015年の時点で既に68〜70歳、
最後の2028年には81〜83歳ということになる。
堺屋氏が亡くなったのは83歳だから、
自分の将来を見越している。

登場するのは、男性6名、女性1名。
1971年の3月、
「カナダ・アメリカ15日間の旅」に
学生割引で参加した12人のうち、
その後、不定期に集まる「加米(カメ)の会」に
最後まで出席した7名の、その後を描く趣向。
「加米」とは、加奈陀(カナダ)と米国(アメリカ)から取って命名。

登場人物は、それぞれ
東大→都銀→不動産会社
東大→厚生省
早稲田政経→新聞社→雑誌社
慶応義塾経済→商社→家業の建設会社
関西学院→総合電機メーカー→運送会社
京大→法曹界→国会議員
女子大→高校教師
の道を歩む。

女性1名を除き、
男性6名は全員エリートである。

6名の生涯は、日本経済が絶好調の時代を通り、
ハブルがはじけ、経済が傾き、
更にリーマン・ショックで追い打ちをかけられ、翻弄される。
しかし、退職金は6千万ももらい、
年金は月50万、
悩みは、孫に会えないとか、
娘がアメリカで音信不通などという、
贅沢な悩み。
生活に困窮したのは、
建設会社を倒産させ、一文なしになった人物だけ。
その人でさえ、再起して、一軒家を構えるまでになる。

「団塊の世代の秋」を描くにしても、
庶民ではなく、
いわゆる「勝ち組」のことなのだ。
バブルの日本を享受し、
海外暮らしを堪能し、
経済的にも恩恵を被った人々だ。
だから、彼らが人生を振り返り、
思うにまかせなかった岐路を悔やんでも、
「何を言ってるんだか」という気持ちになる。
総量規制もハブルの崩壊もリーマン・ショックも、
もっと深刻な影響を受けた人々がいただろうに。

こんなエリート層の話ではなく、
高度成長を末端で支えた、
本気で時代と対面した人々の話を書いてほしかった。

したがって、読書レビューの評価はすこぶる悪い。

あれだけの方にして、この内容。残念な気持ちで一杯。

つまらない。
前半はエリート意識丸出しの会話中心で、
後半は残念な晩年が描かれているが、
結局何が言いたいのであろうか?

上手くいった時は自分の技量と頑張りの賜物、
上手くいかなかった時はご時世と政治のせいにするのね。


中には
堺屋太一、老いたり
というのもあった。

民主党政権やその後の安陪政権のことなど、
少しも触れず、
未来予測小説としては、
適切でない気がする。

作者インタビューで、

「どうすれば定年後を充実させられますか」という問いを、
多くの団塊の世代から受けます。
私の助言はひと言、「好きなことをしなさい」。
自分の好きなことを正しく見いだし、
それに打ち込めば、
好きなことにつながる人脈の真ん中に立つことになります。
好きなことはさらに楽しくなり、
持ち時間を実に豊かにしてくれます。
この小説は、その「好きなこと」を見いだす
手助けにもなるのではないか、と思っています。


と言っているが、不思議。
ほとんどの人が、
その「好きなこと」う見つけられなくて
苦労しているというのに。

次のような言葉は、ちょっと響いた。

人の生涯には
何度か重大な岐路がある。
その時、どの路(みち)を選ぶか、
三割は本人の決断、
三割は周囲の状況、
残りの四割は偶然の運で決まる。

「ほんまに怖いのは
自分だけが貧しくなることや」

「今日会った三友(銀行)OBたちが
武士のなれの果てとすれば、
岡本君は町人。
武士は上下(かみしも)姿で威厳を整え、
専門用語を使って部外者を恐れさせてはいるが、
組織を離れればただの年金生活者、
後の世代の世話になるしかない」

「2003年10月の加米の会、
あの時は日本の未来の問題がいろいろ出た。
けど、どれも未だに解決されていないなあ」


2022年の予測記事で、
ユーズド・マーケットが大繁盛
という記事はぎょっとさせられた。
20世紀の成長期に
豊かな暮らしをした人たちが死亡して、
その遺品が出回っているのだという。
「日本のユーズドには高級品が多い。
日本のユーズドはブランドだ」という。

最後のセリフは、これ。

「年を取るのは、
想定した以上に
難しいもんだなあ・・・」


何だ、これ。





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