評論『統一朝鮮が日本に襲いかかる』  書籍関係

[書籍紹介]

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島根県立大学名誉教授の豊田有恒氏による韓国・朝鮮論。
   
第1章 常軌を逸した反日
第2章 対日戦に備える韓国・北朝鮮
第3章 韓国政府閣僚は、すべて北の手先
第4章 北は核を放棄しない
第5章 このままではミュンヘン会談の再現
第6章 はずべき民族、韓国・朝鮮
第7章 高麗連邦の悪夢
第8章 日本は、どうすればよいのか

の各章から成り立っている。

(発刊は今年の2月なので、
ベトナムでの第2回米朝会談の訣別は反映されていない)

韓国・朝鮮論については、
言い尽くされた感があるが、
反日の動機についての示唆は、
なるほどと思わせるものがあった。

誰かに世話になった、あるいは恩義を受けた場合、
そのことをオブリゲーション(obligation=恩義)に感じたくないため、
妙な自尊心にとらわれ、
かえって相手の恩義、厚情を否定する。
いわゆる<日本隠し>というものだが、
隠すだけならまだしも、
逆に攻撃的になり
事実までまげてしまう。
日本統治によって近代化したにもかかわらず、
残虐非道な目に遭わされたと主張する。
朝鮮動乱の際、
アメリカに救われたにもかかわらず、
アメリカの介入しなかったら、
祖国統一が成っていたと言い出す。
いずれも同じ思考法の産物である。


同じ統治を受けた台湾が、
当時の日本について感謝しているのとは真反対の反応の根源が
「恩義を感じたくないため」だったとは、初めて知った。
何と腐った人々であろうか。
犬だって3日飼われた恩は忘れないというのに。
その歪んだ民族性を思うと、
やっかいな人々を相手にしたものだと
嘆かざるを得ない。

徴用工問題で新日鉄住金が標的になったのも、
同じ文脈でとらえられる。
韓国及び韓国人は、
製鉄所の建設に対し、
新日鉄から返しきれないほどの恩義、協力を受けたからなのだ。
だから、その恩義を否定するために、
徴用工問題で新日鉄を悪者にしたのだという。

しかも、約束を破ることを何とも思わない。

日本では言霊が尊ばれるから、
いったん口にしたことは拘束力を持つが、
韓国・朝鮮では、
あっさり前言を翻しても、
とくだん非難されることもない。
状況が変わったと弁解すれば、
それで通ってしまう。


徴用工問題で日韓基本条約を反故にし、
慰安婦合意をなし崩しに無効化する根本は、
このような民族性によるのだ。

だから、

日本側は、しばしば「残念だ」と口にする。
これでは、納得したと韓国側に誤解される。
韓国人は、己れの意に反する言論に出会うと、まず怒る。
あるいは、怒ったふりをする。
残念とか、遺憾などという穏やかな表現は、
韓国相手では禁物である。
相手は、しぶしぶながら了承したと解釈するだけである。


本題の「統一朝鮮が日本に襲いかかる」は、
次のとおりだ。

北朝鮮信奉者の文在寅大統領は、
しゃにむに南北統一をなし遂げようとする。
その動機は、南北一体となって、
「敵国」日本を攻撃するためだという。
なにしろ南北が統一すれば、
「核」が手に入るのだ。
核ミサイルで脅しをかければ、
平和憲法を信奉する日本は何も出来ない。

そう思えば、徴用工問題で動こうとしない
文大統領の方策も納得できる。
日本がしびれを切らして、経済制裁に出た時、
「わが国の経済が破綻したのは日本のせいだ」と
責任転嫁できるからである。
場合によっては、経済不振を逆手に取って、
財閥解体、社会主義への移行までなし遂げるかもしれない。
慰安婦問題といい、レーダー照射問題といい、
解決しようとする意図が見えないのは、
解決する意思がなく、
日本が仕掛けて来るのを待っているのだと思えば、腑に落ちる。
文大統領になって以来、
これでもかとばかりに反日カードを切るのは、
日本の側から断絶させるためなのだ。

文が老獪な点は、
日本側の要人と会う際は、
ふつう韓国人がよくやるように、
声を荒らげて詰問するような態度を取らないことである。
しかし、国民感情を盾にとって、
これら問題が解決していないと訴える。
あたかも、日本側に下駄を預けたかのような態度である。
 
                                           では、統一朝鮮はどのようになし遂げられるか。
そのための案として「連邦制」や「連合制」が挙げられるが、
いずれの場合でも、
人的交流は行われないという。
なぜなら、

これまで、北朝鮮では、
共和国南半部(韓国)は、
乞食と売春婦がひしめく貧しい国と、人民に教えてきた。
したがって韓国との交流を、
人民レベルで進めるのは、望ましいことではない。
なぜなら、経済発展している韓国の実情が、
人民に知れ渡ってしまうからである。
人民は党中央に騙されていたことに気づいてしまう。

結局のところ、北朝鮮には、
韓国から取るものだけ取って
交流を控えるしか道がない。
韓国の実情が、知れ渡れば、
下手をすれば体制崩壊につながりかねない。
しばらくのあいだは、
北が言う連邦、韓国が言う連合というかたちで、
経済面だけの交流を進め、
なるべく人的交流を避ける道に進むだろう。


しかし、それも限度がある。
その時、北朝鮮はどうするか。
「自分の得意な方法」に訴えるしかない。
北朝鮮にとっての得意な方法とは。
金日成以来の「伝統の南侵策」しか残されていないというのだ。

それには、既に南に侵入していた北のスパイ、
トンネルを通って真侵入する韓国兵に偽装した北朝鮮の軍隊、
特殊部隊などが動いて、ソウルを制圧。
ソウル市民が人質になるため、
韓国軍は動けない。
粛清が行われ、
(真っ先に血祭りに挙げられるのが、文大統領ら政府要人だ)
北朝鮮に迎合する人々が現れ、
惨状が地方に広がっていく。
それから逃れる人々が玄界灘を越えて、
日本に押し寄せる・・・

ただ、この推測の中に在韓米軍は出てこない。
在韓米軍がいる限り、北の南侵は不可能だと思うが、
「今度ばかりは反米に固まった韓国を救うためには、
アメリカは動くまい」
と言うのみである。
そして、統一なった朝鮮半島は、
核の力で、日本を攻撃し始めるというのだが・・・

ただ、いくらなんでも、
長い間「自由」を謳歌してきた韓国の人々が
やすやすと北流の圧政を受け入れるはずはなく、
朝鮮半島は内戦状態に陥る、
というのが私の見解だが。
いずれにせよ、そうなったら、
半島は焦土と化し、韓国は終わりだ。


類書「『統一朝鮮』は日本の災難」は、↓をクリック。

「『統一朝鮮』は日本の災難」


映画『僕たちは希望という名の列車に乗った』  映画関係

[映画紹介]

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原題は「沈黙する教室」
これではセガールの映画と勘違いされるとでも思ったのか、
思いっきり文学的な邦題をつけた。

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1956年、東ドイツの高校生のテオとクルトは、
西ベルリンの映画館で
ハンガリーの民衆蜂起を伝えるニュース映像を目の当たりにする。
二人は級友たちに呼びかけて
授業の始まりに2分間の黙祷を実行する。
自由を求めるハンガリー市民に共感した純粋な哀悼だったが、
それは当局からは、社会主義国家への反逆と見なされる。
調査に乗り出した当局から、
一週間以内に首謀者を告げるよう宣告された生徒たちは、
人生そのものに関わる重大な選択を迫られる。
仲間を密告してエリートへの階段を上がるのか、
それとも信念を貫いて大学進学を諦め、
労働者として生きる道を選ぶのか・・・。

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ベルリンの壁が出来るのは、5年後の1961年だから、
当時は西ベルリンに行くのは自由だったという事実。
その西ベルリンから、
世界の本当の有様を知らされた若者たちの葛藤。

ロシア革命で、世界初の社会主義国家が出来たのは、1920年
第2次世界大戦を通じて、東欧がソ連の影響下に置かれ、
社会主義国家群が出来て、西側と対立。
などという歴史的事実は徐々に忘れ去られているが、
東ドイツ、チェコスロバキア、ハンガリー、ブルガリア、ルーマニアを境に、
「鉄のカーテン」↓が引かれていた。

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しかし、社会主義が人間の本性に反していたため、
いずれの国も統制強化社会となっていく。
上からの強圧がなければ、社会主義を維持できないのだ。

しかし、1991年にソ連が崩壊すると、
重しの取れた社会主義国は次々に体制を改め、
現在ヨーロッパにはソ連型社会主義国は残っていない。
現在では中華人民共和国、北朝鮮、
ベトナム、ラオス、キューバなどが残っているだけである。
それも、現実的には、
政治的には社会主義を堅持しながらも、
経済的には資本主義を導入して効率化と発展を追求する、
一種の混合経済を進めている。
ただ、体制を維持するためには、
言論への抑圧を続けなけれならず、
人類の「自由」への希求は激しいものがあるから、
やがては中国も北朝鮮も体制を変えざるを得ない時が来るに違いない。

この映画では、東ドイツの社会が
どのような息苦しいものだったかが分かる。
善意で行った黙祷が
反国家的なものとして糾弾される。
女尋問官に一人づつ呼ばれて様々な質問をされ、
裏切りを仄めかされる。
ついには、教育相が登場する騒ぎに。
大の大人が高校生に圧力を加え、
子供の行動を国ぐるみで圧殺しようというのだ。
人生の初期段階に、
行く道を決めなければならない若者たちの苦悩は深い。
それでも大多数の学生が節を曲げず、
最後の教室のシーンで、
次々と「自分が首謀者だ」と名乗り出る姿は、
キューブリックの「スパルタカス」(1960)を思わせる。
そして、最後は、西に向かう。
まさに、「希望という名の列車」に乗って。
そういう意味で、よく内容を表わす邦題といえよう。

原作者のディートリッヒ・ガルスカは、
東ドイツから西ベルリンにクラスメートと共に逃亡。
西ベルリンで高校を卒業したのち、
ドイツ文学、社会学、地理を学び、
高校教師を務めた経歴の持ち主。
2006年に自らの経験を記した
「沈黙する教室 1956年東ドイツ―自由のために国境を越えた高校生たちの真実の物語」↓を発刊。

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映画化された本作がベルリン国際映画祭でお披露目された
2か月後の2018年4月18日に死去。
監督は「アイヒマンを追え! ナチスがもっとも畏れた男」などの
ラース・クラウメ

5段階評価の「4」

予告編は↓をクリック。

https://youtu.be/bFBqvD98Jvw

ヒューマントラストシネマ有楽町、ル・シネマ他で上映中。


タグ: 映画

スマートスピーカーがやって来た  身辺雑記

我が家にスマートスピーカーがやって来ました。
↓がこれ。「echo dot」。

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頭に「アレクサ」と言ってから、
次に質問したり要望したりすると、
答えてくれます。

たとえば、「アレクサ、近所の焼肉屋教えて」
と訊くと、
「1番目はソウル苑、2番目は〜」
と回答した上で、営業時間まで教えてくれます。

「アレクサ、東京駅まで何分」と訊くと、
「新浦安から京葉線快速で18分」
と答えてくれます。

「アレクサ、野菜炒めの作り方教えて」
と言うと、
クックパッドの紹介をし、
「作り方を読み上げましょうか?」
と訊き、
指示すると、ちゃんと読み上げてくれます。

「アレクサ、皇后陛下のお歳はいくつ?」
と訊くと、即座に
「55歳です」
と教えてくれます。

「明日の天気は?」と訊くと、
「浦安市富岡の天気は晴れ、
最高気温は27度、最低気温は17度」
と回答。

これは、スピーカーがWiFiにつながっており、
質問に対して、
インターネットの情報を調べてくれているわけで、
インターネットに無い情報には対応不可。

「アレクサ、こはるは天国に行ったかなあ」
などと訊くと、
「すみません、分かりません」
と謝ります。

「アレクサ、何か面白い話して」
と言うと、しばしの後、
小話のようなものを紹介。
あまり面白くありません。

「アレクサ、スター・ウォーズの曲かけて」
と言うと、
アルバムの紹介の後、
あの曲が鳴り響きます。
これは、娘がアマゾン・プライムの音楽を聞けるようになっているからです。

対応出来ることは、下記のとおり。

1.音楽を再生する
2.ラジオ・Podcastを再生する
3.情報を通知する・まとめて入手する
4.ビデオ通話・音声通話・メッセージ送信を行う
5.Amazon(アマゾン)でお買い物する

6.アラーム・タイマーをセットする
7.スケジュールやリマインダーを確認する
8.動画を再生する(ディスプレイ付き)
9.ニュースを再生する
10.本を読み上げる

11.天気予報を確認する
12.翻訳する
13.スポーツ結果を確認する
14.レストランやお店を見つける
15.計算をする

16.単位換算をする
17.質問を尋ねる
18.リストを管理する
19.スマートホームデバイスの制御
20.ゲームで遊ぶ

21.アレクサと雑談する
22.定型アクションの設定(お気に入り・定期実行のコマンド作成)
23.IFTTTと連携する

その他、Netflixの映画を見ながら、
付属のスティックのマイクに「15分進めて」と命じると、
即座に15分後の画面に飛んでくれます。

まだ来て1日目ですので、
使いこなすのは、まだまだですが、
しばらくは遊べそうです。


小説『熱帯』  書籍関係

[書籍紹介]

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本書には、著者の森見登美彦ご本人が登場。

担当編集者との話し合いの中で話題になった
「千一夜物語」に触れて、
森見先生はある本を思い出す。
学生時代、たまたま購入した「熱帯」という小説だ。
妙に面白い小説で、少しずつ読み進めていたのだが、
ある日枕元に置いていたはずの「熱帯」が消えてしまう。
その後図書館や本屋をさがしても「熱帯」は見つからず、
結局その結末を知ることはなかった。

それからしばらくして、
森見は「沈黙読書会」なるものに参加し、
そこで「熱帯」を手にした女性に出会う。
森見はその女性に「熱帯」を読ませて欲しいと申し出るが断られる。
「熱帯」は誰も最後まで読んだことのない
謎の本だというのだ。

森見は、「熱帯」を探る会合に参加する。
そこに集まったメンバーは、
かつて「熱帯」を読んだことがあるが、
森見同様、最後まで読む前に本自体が消失したのだという。
そこでは、思い出して熱帯の筋を辿るが、
ある点まで来ると、
一同の記憶の断片だけが羅列されたようになる。

参加者の一人は、
自分の持っている「熱帯」だけが本物で、
他の人の読んだ「熱帯」は偽物だという。
また、別な人は、
「熱帯」には、作者が仕掛けた「暗示」があり、
その暗示に従い、自分で本を処分したのだという。
また、ある人は、そもそも「熱帯」という本は存在せず、
メンバーの願望によるもので、
それらを重ね合わせて、
一冊の「熱帯」という本を捏造しようとしているのだという。
また、ある人は、
「熱帯」の謎を追究しているように見えながら、
じつは新たな謎を創造しているのだという。

実に面白い、興味津々の展開である。

そのうち、メンバーの一人の女性が失踪し、その後を追った男を
さらに後を追い・・・と展開していくのだが、
前半の一冊の本を巡る謎、というテーマはどこかに消え失せ、
すっかりファンタジーになってしまう。
想像力を駆使したファンタジーになると、
もはや「なんでもあり」で、
全ての合理性が排除されてしまう。

そういう点で、期待感を膨らませる前半と、
後半とのギャップの大きさに、
読者は戸惑うばかりとなる。

「千夜一夜物語」が背景にあり、
また、登場人物の語りの中で
別の人物の語りになるという
「入れ子細工」的構成なので、
読みにくいことこの上ない。
しかも、読了後のカタルシスはない
という、「無駄な読書をしてしまった」という感想になる。

先の直木賞候補だが、
選考委員の評は辛い。

伊集院静
前半部に対して、後半部に疑問を抱く選考委員の意見があったが、
私には後半部を興味深く読めた。
これからもこの世界を突き進むことが
氏にとって何より大切なことのように思えた。

宮部みゆき
森見登美彦さんがこの世界で描こうとした世界と、
「スランプに陥っている作家が、
誰も読み通したことのない幻の物語の謎を解く」
お話だと思い込んで読んだ私のワクワク感が、
最後までどうしても重なりませんでした。

林真理子
読者をぐるぐると迷路の中に誘い込んだ。
その混乱が大好きという人もたくさんいるであろうが、
私は楽しめなかった。
読者も一緒になってイマジネーションを楽しむ作品なのだろうが、
私は従いていけなかった。

桐野夏生
導入部は大変魅力的だった。
これからどんな話が始まるのかと期待したのだが、
中盤から、作者が前段の構えに縛られているように感じられた。


浅田次郎
資質の発見に苦慮しておられるのは(垣根涼介と)同様であろう。
無責任な勘を働かせれば、
もしや長篇向きの持続力よりも、
短篇小説の強靭な筋肉を隠し持っているのではあるまいか。

宮城谷昌光
本があっても、たれもその結末がわからない、
というむずかしい設定がなされている。
それを知的な遊戯にしないで、
愚直におしすすめていったら、
あるいはまれにみる名作になったのではないか。

東野圭吾
本作には○も△も×も付けられなかった。
この作品の何を楽しめばいいのか、
まるでわからなかったからだ。
候補になっているのだから、
ほかの人にはわかる美点があるに違いない。
それが全く見えないのは、私に文学的素養がないからだろう。
つまり本作は純文学なのだ。たぶん。

高村薫
繰り出される言葉の織物は、
やがて小説らしい磁場をはらんでゆくことが十分に予感されるのだが、
残念ながら今回はそれ以前に
小説の細部に破れ目が多すぎ、未完成の印象が先に立った。

北方謙三
物語へ引きこむ力は、尋常なものではないと感じた。
それが、次第に迷路へ入っていく。
想像力をすべて解き放つと、こんなふうになっていくのか。
頭の中にイメージが溢れ、
読了した時はそれに溺れてしまっていた。


これで、第160回直木賞の候補作を読了。

順位をつけると、

1位 深緑野分「ベルリンは晴れているか」
2位 垣根涼介「信長の原理」
3位 今村翔吾「童の神」
4位 森見登美彦「熱帯」

なお、受賞作の真藤順丈「宝島」は、
私の感性に会わず、途中で読むのを断念。


なお、その前の第159回の総評がまだだったので、順位を掲載。

1位 木下昌輝「宇喜多の楽土」
2位 本城雅人「傍流の記者」
3位 島本理生「ファーストラヴ」
4位 窪美澄「じっと手を見る」

上田早夕里「破滅の王」
湊かなえ「未来」
私の感性と合わず、中途で断念した。
特に、「未来」は、
次の東野圭吾の評で十分だろう。

いい歳をした男にとっては、
小学生や中学生が未来の自分宛に書いた手紙を
延々と読まされるというのは、
やはりかなり忍耐のいることであった。
構造上、必要な手続きであるにせよ、
そこを何とかするのがプロではないか。 
                     

それぞれの作品の本ブログでの評は、↓をクリック。

ベルリンは晴れているか

信長の原理

宇喜多の楽土

傍流の記者

ファーストラヴ

じっと手を見る



映画『居眠り磐音』  映画関係

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佐伯泰英による時代小説の初映画化
原作は全51巻に及ぶ作品。
文庫書き下ろしで2002年から2016年にかけて刊行され、
累計発行部数2千万部を超えるベストセラー。
2007年から2017年にかけて
山本耕史主演でテレビドラマ化されている。

豊後関前藩(架空)の
坂崎磐音(いわね)と小林琴平、河井慎之輔の三人は、
幼馴染みであると共に、
直心影流の佐々木道場で腕を競い合う修行仲間だった。
3年の江戸詰を終えて国に帰る三人は、
共に藩政改革を志す夢を抱いていた。
また、磐音は琴平の妹・奈緒との祝言を
帰国後直ちに行う予定だった。

しかし、その3人を凶事が襲う。
慎之輔が妻の舞(琴平の妹)が不貞を犯したとの讒言を信じ、
家に帰るなり、斬り捨ててしまったのだ。
妹を殺されて錯乱した琴平が慎之輔を斬り、
家老の宍戸文六の強引な裁決により、
琴平に上意討ちの刺客が向けられる。
やむにやまれず上意討ちの一翼を担った磐音は、
琴平と対決するが、心ならずも幼馴染みを斬ってしまった。
磐音は藩を去り、婚約者の奈緒は行方知れずになってしまう。

江戸で浪人として生活することになった磐音は、
昼はうなぎ割き、夜は両替商の用心棒として働き始める。
そして、田沼意次の発行した南鐐二朱銀の両替比率を巡る
両替商同志の争いに巻き込まれていく・・・

事情により藩を離れた侍が
江戸で浪人生活を送る、というのは、よくあるパターン。
ま、それはいいとして、慎之輔が諫言によって妻を疑い、
斬ってしまう、という展開はあまりに短慮過ぎないか。
オセロじゃあるまいし。かんざしがオセロのハンカチか。
その後、琴平が慎之輔を斬り、
磐音が琴平を斬るという展開も無理やりで、
間抜けにさえ思える。
上意討ちに加担した磐音に咎はないのだから、
脱藩する理由はないし、
奈緒を放りっぱなしというのも無責任ではないか。

両替屋の用心棒になってからの
両替比率を巡る話は、
へーえ、そんなことがあったのか、と知識が増えた思い。
その時、磐音が描いた策略は、磐音の優秀さを伺わせていい。

しかし、奈緒との、ああいう形での再会は、
いくらなんでも無理筋で、誇張が過ぎる。
あの境遇の中で磐音に手紙を書く、
というのも奈緒のひとりよがりで、
磐音が知らない形で、
奈緒の今を描く方が哀切だった気がする。

また、「居眠り剣法」なるものが生かされていない。

と、まあ、不満はあるが、
全体的にはていねいな作りで、
時代劇としては水準の出来。

5段階評価の「3.5」

では、なぜ「3.5」しかつけられないかというと、
主演男優の演技に問題があるからだ。

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磐音は、藩の中老の嫡男として、
藩の未来を嘱望されていた立場。
その同志でもある竹馬の友を
仕方ない経緯とはいえ、殺害してしまった。
その呵責から藩から抜け出し、
輝かしい未来を喪失、
許婚者と離ればなれになり、
江戸で用心棒稼業で糊口をしのいでいる身。
その鬱屈、孤独、悔恨、哀しみ
松坂桃李の中からは何一つ立ち上がって来ない。
なぜか。
表情の演技が出来ていないからだ。
松坂桃李の表情は一つしかない。
これでは、男の哀愁が表現出来るはずもない。
それを補う演出上の工夫も不足している。

だから、虫の息の有楽斎が末期のいやがらせに言う
「あんたはこの先も人を斬る・・・何人も、何十人も。
そのたびに思い出すんや・・・
竹馬の友を斬った手触りを。
地獄やでえ・・・」
という言葉に対して、
「・・・地獄であることなど、もとより承知じゃ。
友のおらぬ世で、
愛しい女に二度と会えぬ世で、
生きてゆくなど、死ぬよりも酷ぞ!
だが、それがしは選んだのだ。
生きることを。
ごく当たり前の、穏やかな、人々の暮らし──
われとわが友が、永遠に喪うたもの。
それが脅かされることあらば、
断じて見過ごしはせぬ。
それが地獄の道でも──生きて進む」
という重要な台詞が、何も響かない。

映画が「人間」を描くものである以上、
主役の持っている陰影が表現できなければ、
映画はただのストーリーを追うだけのものになってしまう。

「日本のいちばん長い日」で、
松坂桃李は若い参謀を演じて、
その時も本ブログで
「通り一遍の演技」と書いたが、
本作でも磐音を演ずるには、
やや荷が重かったようだ。

予告編は↓をクリック。

https://youtu.be/0pqomw9Rqnw

拡大上映中。

先着入場者に対して、↓の文庫判シナリオが配付されている。

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なお、佐伯泰英は著作累計6千万部を売る作家だそうだが、
藤沢周平に親しんだ者にとっては、
やや物足りなく、
1冊読んだだけで終った。






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