こはるが天国に  身辺雑記

本日、午後4時5分、
我が家の愛猫の一人、
こはる天国に召されました

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こはるが我が家の家族になったのは、
1999年

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当時、私のマンションには、
複数の野良猫が住み着いており、
そのうちの一匹の黒猫が、
年に2回、子猫を4、5匹産んだのです。

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その都度、我が家で子猫を保護し、
ミニコミ紙に里親募集の告知を出して、
順に引き取っていただいていたのですが、
その何度目かの時、
娘が「飼いたい」と言って、
こはるがうちの家族になりました。

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黒猫は、費用を出して避妊手術をし、
その後は子猫たちは生まれなくなりました。

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こはるはものすごく穏和な猫で、
「フーッ」と威嚇するのを聞いたのは、
数えるほどです。

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膝の上が大好きで、
隙を見せると、いつの間にか、
登って、眠っています。

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中でもカミさんの膝が一番好きなようで、
ソファーに横になったカミさんの
膝に乗っている姿は、
見慣れた光景となりました。

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猫はリラックスする場所があれば幸せ、
と言われますが、
良く寝て、よく食べる、
幸福な毎日を送りました。

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こはるが家に来たのは、
娘の親離れの時期と重なっており、
カミさんは、その寂しさを、こはるによって癒されたようです。

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カミさんにとっては、
猫を飼うのは生まれて初めてで、
「こんなに可愛いものか」
と言っていました。

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ある時期、夜、廊下での散歩の味を覚えてしまい、
出すと、脱兎のごとく、
階段まで走っていく毎日でした。

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8年前、生後3カ月の後輩猫・こなつがやってきました。

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どうかな、と心配しましたが、
短期間の戸惑いの後、
子猫を受け入れ、仲良しになりました。

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こなつは膝に乗らない猫なので、
一番幸福な場所、
ママの膝の上は安泰でした。

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家に2匹猫がいる、というのは、
なかなか良いものです。

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2年ほど前からこはるが痩せ始め、
エサはよく食べるものの、
どんどん骨と皮になっていきます。

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甲状腺の疑いがある、と診断され、
薬を与えても効果がなく、
どんどん薬の量を増やしても、
痩せるのは止まりません。

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高齢だから仕方ないか、とあきらめ、
その後も食欲だけは旺盛でした。

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変調をきたしたのは、
今年の4月中旬で、
足首が曲がり、
歩行が少し困難になりました。

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それでも食欲はありましたが、
5月に入ると、
エサを食べなくなりました。

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好物のマグロのたたきを与えても口にしようとせず、
水も飲まなくなりました。

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食べ物を食べなくなった時は、
動物は死に向かっている、
と知っていましたから、
後は安楽に過ごせるよう見守りました。

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ひたすら眠り、
時々起きては歩こうとし、
転んで、そのまま眠ります。

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定位置を忘れ、
廊下でも洗面所でも寝ます。

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ただ、玄関の絨毯の上が心地よいらしく、
最後にはそこに戻って行きます。

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夜は、ソファーに横たわったカミさんの胸の上で
安心したように眠ります。

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その日はそれほど遠くない、と覚悟しましたが、
娘がベトナム旅行をしており、
帰国までもつのか、が心配でした。

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娘は5日に帰国。
一晩娘が添い寝をして、
体をなでて、過ごしました。

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そして、本日、4時すぎ、
二度ほど体を反るようにして、
息をしなくなりました。

さいわい今日は休日で、
娘を含めて家族3人に見守られ、
体をさすられながら、
天国に旅立って行きました。
娘の帰国を待っていたに違いありません。

痛そうでもなく、
苦しみもせず、
眠るように、
というか、眠ったまま、息を引きとりました。

死因は老衰
飼い猫の寿命は15、6歳ですから、
20年も生きたのは、
長生きといえるでしょう。
人間の歳に換算すると、96歳
堂々たる大往生です。
ちなみに、もう一人の猫・こなつは8歳ですから、
人間に換算すると、48歳の壮年です。

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20年の間、こはるは幸せだったと思います。
それ以上に、私たち家族は
こはるから幸せをもらいました。

こはる、ありがとう。
上から私たち家族を見守っていてね。

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小説『跳ぶ男』  書籍関係

[書籍紹介]

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これは珍しい、
能を深く追究した時代小説。
直木賞作家・青山文平による。

藤戸藩という、地方の藩が舞台。
わずか2万2千石の貧乏藩で、
台地の上の土地が狭く、畑にするため、
死者さえ葬る場所がなく、
浅く埋めては、大雨で海に流されるままにするほどだ。

その藩の道具役の二家の長男の屋島剛(たける)と岩船保(たもつ)。
道具役とは、大名道具の世話をする役目だが、
実質は藩お抱えの能役者だ。
当時、能は武家の唯一の式楽(しきがく=儀式に用いる楽)で、
江戸城大広間のすぐ脇に能舞台が設えられたのを始め、
どの大名も能を保護し、時には藩主自ら能を舞った。

能は足利義満の保護を受け、
織田信長も豊臣秀吉も徳川家康も能の魅力にとりつかれており、
家康は能を幕府が保護する芸術とした。
武家社会での能の普及・発展は、
将軍家の覚えをめでたくしようとする
諸藩大名の外交辞令的な面もあった。

(おそらく、能に対する感受性のない藩主も
沢山いたと思われる)

能が幕府の公式行事で演じられる「式楽」として定着したのは、
三代・家光、四代・家綱の時代で、
能役者は、武士の身分に取り立てられ、
俸禄を与えられた。

剛は幼くして母を亡くし、
父の再婚により次男に
嫡子としての居場処を奪われてしまう。
以来、三つ齢上の友・岩船保の手を借りながら
独修で能に励んできた。

保は未来を嘱望された英才で、
剛に「この国をちゃんとした墓参りができる国にしたい」と語る。
しかし、17歳の時、門閥の三男との諍いで脇差を抜き、
切腹を命じられた。

剛は15歳の時、
目付の鵜飼又四郎に呼び出され、藩の秘密を打ち明けられる。
江戸屋敷で若い藩主が病死したのだという。
しかし、養子を迎えるには、
藩主が17歳以上でなければならず、
その年齢に達するまで、
剛に藩主の身代わりになれというのだ。
剛は江戸屋敷に赴き、
又四郎と江戸留守居役の井波八右衛門の指導で、
江戸城での振る舞いや対人関係の手ほどきを受けるが、
剛が起用されたのは、年齢の問題以外に、
能の能力により、ある人物を動かし、
藩の生き延び策をほどこすことにあった・・・

というわけで、
藩主の身代わり能の力での藩の存亡という
二つの問題を孕んで話が展開する。

しかし、物語は、こうしたサスペンスで引っ張るわけではなく、
あくまで能に対する深遠な奥義を追究するものとして展開する。

であれば、能に対する基礎知識のみならず、
深い見識が読者に要求されることになる。

実は、私は能は一度しか観ていない。
国立能楽堂での鑑賞だから、
演者は一流の人だったと思うが、
私の感受性にはひっかからなかった。
そのような者が、

「今日の能は、省略の舞台だ。
型に象徴されるように、
生の形を省きに省き、
もはやそれより省きようがない処まで削ぎ落として、
それでも消えずに残った形に美が宿るとする」


などの見解を読んだだけで理解せよ、
といっても無理な話である。
まして、

「能は詰まるところ、
美を見据える舞台である。
成熟の行く手を、美に置く。
ただし、生強の美ではない。
ありえぬはずの処にある美だ。
能はそのありえぬはずの処を、老いに求めた。
老いは酷い。
その酷い老いを超えてなお残る美を、能は追う。
だからこそ、能は名人でなくてはならぬ」


などという言葉を聞いても、気が遠くなるばかりである。

ただ、
「能を美しく舞うためには、
舞台と日々の暮らしに境目があってはならない。
常日頃から、美しく居らねばならぬ」
は、よく分かる。

身代わりについての注意事項は面白い。
たとえば、食事は全て残さず食べること、などと指示される。
それは亡くなった藩主が全部食べたからで、
その小さな変化から判明してしまうという。
また、ゴミや虫が入っていても呑み込め、という。
ゴミや虫が入っていたことが分かったら、
料理人が切腹しなければならないからだという。

剛の探求の基礎にあるのは、
又四郎に保が剛に関して言ったという、
剛は素晴らしい役者だ
剛は想いも寄らぬことをやる
剛がうらやましい
という三つの言葉を確かめることだった。
また、本来この身代わりは保がすべきものであり、
保の身代わりでもあるということが剛を縛る。

又四郎は先々代の藩主の能の名人の薫陶を受けた人物、
というのも背景としてはいい。

ただ、いくら身代わりの藩主といえども、
又四郎や八右衛門の言葉遣いが
人のいない場でも敬語というのは、
やや違和感を覚えた。
また、剛がいかに天才だとしても、
一度も人前で能を演じたことのない人物が
初めての舞で能の目利きに感銘を与えるのは、
やはり違和感を覚えた。
まさに、又四郎の言うとおり、
「百回の稽古よりも、一回の本番」
なのだから。

というわけで、
この本は、能の門外漢には、少々、難しかった。

最後に次の記述が印象的だった。

式楽となった能は失敗できぬが、
武家もまた失敗できぬ者である。
御公儀の時代にあって
武家が支配者に在る由縁は、
武家が自裁をできるからだ。
他から言われて腹を切るのではない。
みずから裁いて、みずからに死を与える。
腹を切ることができるから武家なのではなく、
みずからを裁くことができるから武家なのである。



映画『魂のゆくえ』  映画関係

[映画紹介]

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ニューヨーク州北部にあるルター派教会で牧師をしているトラー。
教会は歴史はあるものの、
信徒は少なく、礼拝も活気がない。
トラーは従軍牧師に従事していたことがあり、
息子のジョセフの戦死をきっかけに活動から退いていた。
ジョセフに入隊を勧めたのはトラー自身であり、
トラーの苦悶と自責の念は極めて強かった。

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そのトラーが信徒の女性メアリーから相談を受ける。
メアリーの夫のマイケルが
妊娠中のメアリーの出産を止めようとしているという。
会ってみると、マイケルは極端な環境保護論者であり、
「この世界は気候変動によって過酷なものになってしまい、
もう元には戻れない。
そんな世界に子供を産み落としたくない」というのだ。
トラーは、心の中では彼の考えに賛同しつつも、
出産を受け入れるように説得する。
短いマイケルとの話し合いで、
影響を受けたトラーは
気候変動こそキリスト教徒が直視すべき問題ではないかと
思うようになっていた。

メアリーは着用タイプの自爆用爆弾を車庫で発見し、
その話を聞いたトラーはマイケルに子細を尋ねることにした。
が、待ち合わせ場所の公園に向かったトラーは
そこでマイケルの自殺遺体を発見した。
マイケルの遺書に従い、彼の遺骨は
ゴミの処分場に散骨されることとなった。

その頃、教会では設立250周年を祝う式典の準備が進んでおり、
式典には市長と知事や地元の名士たちが多数参列する予定だった。
その中には教会の大口支援者であるエドワード・バルクの名前もあったが、
バルクは環境汚染の元凶である大企業を経営しており、
マイケルが自爆テロで狙っていたのがその企業だったのだ。
胃がんであると診断されたトラーは、
マイケルが果たせなかったある行動を取ろうとするが・・・

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「タクシードライバー」(1976)の脚本を担当し、
「レイジング・ブル」(1980)の脚本も書いて
高い評価を得たポール・シュレイダーの脚本・監督の作品。
シュレイダーは本作が自分の人生の集大成的な作品であり、
50年もの長きにわたって構想し続けてきた企画だと言っている。
先のアカデミー賞のオリジナル脚本賞にノミネートされた。

極めて厳格なカルヴィン主義者の家庭に生まれ育ったシュレイダーは、
生まれてからの長い間、映画を観ることを禁止されていたという。
その成長環境から、教会対社会の問題設定は理解できる。
なにしろ、キリストの十字架と背信を扱った「最後の誘惑」 (1988) の脚本家なのだ。

キリスト教福音派の裏の現実、
元従軍牧師の自責の念と葛藤、
無意味な戦争での息子の死、
環境破壊と人類の未来、
信仰と揺らぎ、
などを提起する。

随所に出世作「タクシー・ドライバー」を想起させる。
助けたい女性(「タクシードライバー」ではジョディ・フォスター)がおり、
主人公は病気であり、(「タクシードライバー」では不眠症、本作では胃癌)
国家への貢献と蹉跌があり、(「タクシードライバー」ではベトナム戦争後遺症、本作では息子の戦死と離婚)
巨悪がある。(「タクシードライバー」では政治家、本作では大企業)

ただ、国家と個人の良心ならいいものの、
対象を教会に設定するのはいかがなものか。
環境汚染に教会は責任はないし、
その救済を教会に求めるのは、そもそも筋違いだ。
宗教と政治を混同するのは間違っている。
そもそも守備範囲が違う。
まして、最後の行動は、
キリスト教の根本原理から外れており、
イスラムの行動原理との混同も見られる。
記念式典にメアリーが出席することで
思い止まるトラーの行動も、
ではメアリー以外の無垢の人々を被害者にするのは構わないのか、
と問えば、牧師以前に人間としての存在を問われるだろう。
最後の展開も底が浅く、
観客が突然放り出される感はぬぐえない。
元々正解のないテーマに取り組んだとしても、
これはないだろう。

演出は古くさい
テンポもおそろしく悪い。
おそらく、今の映画テクニックの進歩には関心がないのだろう。
そもそも、日記という形式で物語を始めながら、
何の効果も生んでいないのは、
物語を暗く、陰鬱にしているだけだ。

ただ、トラーを演ずるイーサン・ホークと、

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メアリーを演ずるアマンダ・サイフリッド

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の演技は良かった。

5段階評価の「3」

予告編は↓をクリック。

https://youtu.be/FJyF9iTQ3jI

新宿シネマート他で上映中。

タグ: 映画

ブルネイ旅行記D市内観光・1  旅行関係

この日は早朝出発だったので、
ホテルがお弁当を用意してくれました。

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こんな。

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目玉焼きの下は、ビーフンです。

コタキナバル空港

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ここで一同はお弁当を。

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内訳はご夫婦4組、ご夫婦+1、
3人組、男性1人参加3人、女性1人参加2
計19人

国際空港ですから、免税店があります。

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ブルネイ行きの飛行機。

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再びアラーに飛行の安全を祈り、

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出発。

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おかしな飛行ルートを通ったため、
行きより時間がかかり、29分でした。

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ブルネイに着きました。

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私にとって、73カ国目の訪問国。

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まず、両替。

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1ブルネイドル=80円位。

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車はコタキナバルと同じ、小ぶりの中国製バス。

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ブルネイの首都は、
バンダル・スリ・ブガワン
一生かかっても覚えられないと思いましたが、
旅の終わりには、すんなりと口に出て来ました。
旧称はバンダルブルネイ市でしたが、
前スルターン(国王)の
オマル・アリ・サイフディン3世にちなんで
1970年10月1日に改称されました。
ブルネイ王朝では国王が退位すると「ブガワン」と呼ばれ、
サンスクリットで「神」の意味となります。
「スリ」もサンスクリットで英語のMr.に相当します。
「バンダル」はペルシア語で「港」の意味。
つまり、神の港。

人口は14万人しかいません。

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最初に行ったのは、
ジャメ・アスル・ハサナル・ボルキア・モスク

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現国王の即位25周年に合わせて1994年に完成。

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前国王のモスクをオールドモスク、
こちらはニューモスクと呼びます。

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床や柱は総大理石で、イタリア製の一級品。

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ブルネイは、80%が回教徒の国です。

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ここでは靴を脱ぎ、

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ノースリーブや短パンの人は、
こういうものを着せられます。

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礼拝前に信徒の方は、
手足、口をすすぎます。

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残念ながら、礼拝所には入れませんでした。

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次に行ったところは、

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コタ・バトゥ・ヘリテージ・パーク

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5代目の王様のお墓。
1500年頃。

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側にあるのは、

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遺跡の発掘現場。

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隣接した博物館には、

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掘り出した遺物が展示されていました。

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向こうに見える水上生活者の町には、
明日行きます。

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次に訪れたのは、

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ロイヤル・レガリア博物館

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ここに入るには、

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スリッパに履き替えます。

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というのも、
ここは、現在の第29代ハサナル・ボルキア国王
生い立ちや独立の歴史を
写真パネルなどで紹介する場所。

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1階ホールには、
即位行列の再現がされています。

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このエリアは写真撮影可能ですが、
玉座や王冠、金銀の財宝などを展示した2階は
撮影不可。

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絨毯はふかふかです。

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こちらが現国王とお妃。

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もう50年も統治しています。
だから、お札は国王の肖像。

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のみならず、硬貨まで国王の像が。

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このような博物館、
日本でも必要ではないでしょうか。

川の流れは豊か。

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ショッピングモールで買い物。

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そして、海の方に向かい、

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今日泊まるホテルへ。

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超豪華なエンパイアホテルへ。

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次は、このホテルを紹介。


新天皇即位、新しい時代  様々な話題


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今日、2019年5月1日、
新天皇が即位し、
元号も改められ、
日本は新しい時代に入る。

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それにあたって、
賢人・曽野綾子さんが
産経新聞に
「皇室に抱かれる国民の幸せ」
という一文を載せておられる。

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日本が象徴としての天皇家と共にあるということは、
実は非常に大きな意味があることだと
私は感じている。
中心が定まっていないと、
物事は、不必要に大きくぶれる。
社会の変えてはいけない部分には、
変えないことによる強固な文化の継続があり、
変るべき部分には、
常に世の中を流動させる
柔らかい生命の誕生がある。


という書き出しで、
天皇との個人的交流を通じての
天皇の英邁なお人柄を語り、
そのような皇室が国民に寄り添っていることを感じる時、

誰もが日本国民でよかったと
しみじみ思うだろう。


と書いている。

そして終盤、このようにも書く。

物事には全て中心が要る。
皇室が、社会の変化の中心の立場を取って下さっているから、
日本はその発展の途中も
すべての問題においてぶれないでいられた。
殊に諸外国が日本という国と接触する時、
皇室があるということが
どれほど国家としての尊厳を深める魅力になっているか、
普段私たちはあまり意識しない。


誰も産まれる国と親は選べない。
自分を取り巻く環境は
家族から社会、国家とつながっている。
であれば、
国のあり方は、その存在と深く関わる。
独裁者の国に生まれた民は、
圧政に苦しみ、
その国に生まれた不運を呪う。
自由な国に生まれた民は、
その幸運を謳歌する。

日本に生まれた国民は、
立憲君主制という国のあり方の中にいて、
英邁な元首のもとでの
自由と豊かさを楽しむ。
その歴史は長い長い期間を経て、
国民の中に浸透して、体質を作る。
それには、血が共鳴する。

その体制に違和感を持つ者がいたとしたら、
おそらく外からの血の混合による、
DNAに起因するものだろう。

私も子どもの頃は、
天皇制に対して疑問を持った時もあったが、
年齢を重ねるに従い、
天皇制が日本の国柄としてふさわしく感じられてきた。
DNAのなせるわざである。

天皇制がまるで時代遅れのものだという意見があるが、
なにも共和制という政体が最先端のものとは限らない。
まだ世界には、君主制を取る国は沢山存在する。

君主制とは、君主が存在する政体で、
対義語は共和制だ。
君主が存在する国家を君主国、
君主が存在しない国家を共和国という。

君主国は支配者の君主号によって、
王国、大公国、公国、首長国、帝国などと呼ばれる。

君主が絶対的な権力を持つ政体が絶対君主制で、
これに対し、
君主が権力を制限されていたり付与されていない政体が制限君主制であり、
権力の制限が憲法に基づく場合は立憲君主制となる。
日本は立憲君主制である。

現在の君主国は、次のようなものがある。

王国(王または女王を元首とする国家)

オランダ王国
スウェーデン王国
スペイン王国
デンマーク王国
ノルウェー王国
ベルギー王国
モロッコ王国
ヨルダン・ハシミテ王国
レソト王国
スワジランド王国
サウジアラビア王国
バーレーン王国
ブータン王国
カンボジア王国
タイ王国
トンガ王国

スルターン国(スルターンを元首とする国家)

オマーン国
ブルネイ・ダルサラーム国
マレーシア(元首は各州スルターンの輪番制)

英連邦王国(英連邦加盟国の中で、
      英国王または女王を元首とする国家。
      イギリス以外の国では、
      英国王に任命された総督が実質的に元首を務める。)

イギリス、オーストラリア、
カナダ、ニュージーランドなど16カ国

大公国

ルクセンブルク大公国

公国

アンドラ公国(共同元首はフランスの大統領とスペインのウルヘル司教)
モナコ公国
リヒテンシュタイン公国

首長国

アラブ首長国連邦の構成国(アブダビ首長国のアミールが連邦全体の大統領を務める)
アブダビ首長国、ドバイ首長国など7首長国

カタール国
クウェート国

その他の君主国

日本国(元首は天皇)
サモア独立国(元首はオ・レ・アオ・オ・レ・マーロー)
バチカン市国(元首はローマ教皇)

その中でも、
日本は最古の天皇制を持つ。
というより、
世界で最も古い国が日本なのだ。

フランスは1789年の革命で今の国になったから、
その歴史は230年。
ベルギーは188年。
一番古いハンガリーでさえ、1019年。
ロシアは27年の若い国。
アメリカは1776年だから243年。
中華人民共和国はまだ70年。
韓国も74年の歴史しかない。

対して日本は2700年も継続している国だ。
その中心にあったのが天皇制。
武士が政権を持った時もあったが、
あれは征夷大将軍という役職を
朝廷から任命されて政権を担ったに過ぎず、
その背後には厳然として天皇が存在していた。

戦争に負けて、
廃位の危機もあったが、
国民総意の力で、GHQも手を出せなかった。

まあ、考えてみて下さい。
天皇がいなくなったら、と。
日本は国家の背骨を失った頼りない存在になってしまう。

選挙で選ばれた大統領が
国の中心になり、
それも任期替わりで
弾劾されてやめさせられることさえある。
しょっちゅう国の元首が変わってしまうような国と
日本が同じになってはならない。

天皇を象徴として戴く国柄は、
日本人の歴史とDNAの中に組み込まれている。
今回の譲位と元号の改正は、
日本人の中に改めて国のあり方を考える契機となるだろう。





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