評論『日本国紀』  書籍関係

今日は久しぶりに渋谷に出掛け、

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ここでランチ。

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トンテキランチ、200g:1050円。

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調理するのがよく見える場所だったので、観察すると、
厚切りの豚肉を、フライパンで焼くと時間がかかるので、
油で揚げます。
つまり、パン粉なしのトンカツ。
それを切ったものにキャベツを盛りつけ、
特製ソースをかけて食べる。
値段のわりにボリュームがあり、
繁盛していました。

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ゴールデンウィークのセンター街。

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外国人がやたらと多かったです。

↓は、東急ハンズで買ったもの。

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左は「洗たくマグちゃん」といって、
マグネシウムの力で、
洗濯の能力を飛躍的に向上させる、というもの。

右は「スワンタッチ」といって、
本を読んでいて眠ってしまい、取り落としても、
読んでいたページが分かるというしおり。

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どちらも昨日のテレビ番組で紹介されていたものです。


さて、今日は昭和の日
昭和天皇誕生日
そこで、↓の本を紹介。

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百田尚樹による日本通史。

第1章 古代〜大和政権誕生
第2章 飛鳥時代〜平城京
第3章 平安時代
第4章 鎌倉時代〜応仁の乱
第5章 戦国時代
第6章 江戸時代
第7章 幕末〜明治維新
第8章 明治の夜明け
第9章 世界に打って出る日本
第10章 大正から昭和へ
第11章 大東亜戦争
第12章 敗戦と占領
第13章 日本の復興
終  章 平成

といった具合。
平成の最後に読む本としてふさわしい。

歴史と言えば、小学校・中学・高校と
少なくとも3回学んでいるが、
こうして改めて通史として見ると、分かりやすい。
それと同時に、日本という国を肯定的に説いているので、
大変気持ちがいい。
反日的な歴史書とは違う。

外国に留学した人の経験を聞くと、
日本の学生ほど、
自分の国をよく知らない、説明できない人が多いという。
日本の歴史教育の欠陥で、
自分のルーツに誇りを持てないのも、
歴史教育に起因していると思われる。

というのも、戦後の教育で、
日本は戦争をした、他の国を侵略した悪い国だ、
というのが刷り込まれているからで、
大人になって、日本の文化や歴史を知るにつれて、
日本と日本人の素晴らしさを知ることになる。
つまり、学校で学んだことよりも、
長じて、世界を肌で知る中で、
真実に触れていくのだ。

そういう意味で、本書は、
日本人としての誇りを取り戻させてくれるものだ。

冒頭、「序にかえて」で、筆者はこのように書く。

日本ほど素晴らしい歴史を持っている国はありません。
もちろん世界中の国の人々が
自分の国について同じように思っていることでしょう。
それでも敢えて、
日本ほど素晴らしい歴史を持っている国はないと、
私は断言します。
神話と共に成立し、
以来二千年近く、
一つの国が続いた例は世界のどこにもありません。
これ自体が奇跡といえるほどです。


そうなのだ、ヨーロッパの歴史、アジアの歴史を見ても、
それは民族と国家の興亡の歴史であって、
国は滅び、民族は四散する。
しかし、日本は中国の属国となることもなく、
ある時期、国を閉じ、
欧州列強によるアジアの植民地化の中でも独立を維持してきた。
そして、近代化を乗り越え、
敗戦の中から力強く復興し、
今ではサミットの一員として、
世界に影響を持っている。

その中心にあったのが天皇という存在で、
千6百年余りにわたり一つの王朝が継続するというのは、
これも世界史の中での奇跡と言えるのだ。

天皇制廃止を言う人もいるが(たとえば辻元清美)、
それは日本の歴史と文化について無知なのか、
日本人の体質とは違うDNAの問題に起因しているに違いない。

もう一つの日本の継続の要因は、「神道」の存在だ。

神道を宗教と呼ぶことにはいささか違和感がある。
神道には、他の宗教が持つ教義や教典がなく、
開祖も教祖もいない。
森羅万象に神が宿るという
自然信仰に近い考え方が基となり、
祖先を敬い、
浄明正直(浄く、明るく、正しく、まっすぐ)に生きることを
徳目とするという道徳観が加味されたものといえる。


だからこそ、今だに全国津津浦浦に神社が存在し、
人々は鳥居の前で礼拝し、
祭りの時期には、若者たちが帰郷して参加する。

こうした本質的日本人論で統一している本書は、
厳密な意味での歴史書ではない。
しかし、歴史学そのものが、
様々な「異説」によって成り立っているのだから、
本書のような観点で一貫したものがあってもいい。

なお、天皇という言葉の起源を本書で初めて知った。
それは聖徳太子が遣隋使を派遣する際のこと。
隋の時代、「王」は中国の皇帝が臣下に与える位で、
日本の天子を「王」と書くと、
自ら冊封(さくほう、政治的に従属する意味)を認めることになるので、
隋に送る手紙を書くにあたり、
太子は「天皇」という言葉を編み出したのだという。
それで韓国が「天皇」と呼ばず、
「日王」と呼ぶ謎が解けた。

聖徳太子といえば、
日本初の成文法「十七条憲法」が、
「和を以て貴しと為し」を第一条に挙げ、
仲良くすることが何より大切で、争いごとはせず、
何事も話し合いで決めよう、
としたのは、
世界初の民主主義の提起だという。
その時代、世界の国のほとんどが専制国家であった時代である。

「日本」という呼称が使われ始めたのは7〜8世紀だという。
まさに世界一古い国名である。

600年に遣隋使が送られて以来、
ずっと中国の文化や制度を取り入れてきたが、
894年、遣唐使の派遣を中止。

もはや学ぶべきものはすべて学んだ、
という意識があったに違いない。
そして遣唐使が廃止されて以降、
真に日本らしい傑出した文化が花開くことになる。


この一文に、
日本文化が独自のものとなった原因を知った思いがする。
アジア諸国を旅行すると、
日本の仏像は独特のものだとだと分かる。
何よりも優美だ。
それも閉ざされた中での仏教文化の開花である。

平安時代に「源氏物語」や「枕草子」など女流文学が花開いたのも世界初。
欧米で女流文学が認められるようになるのは、
19世紀初頭のことである。

江戸時代の寺子屋も驚嘆に値する。
庶民や農民までもが教育を受け、
当時来日したキリスト教宣教師が
「日本人は女子供まで字が読める」
と驚嘆したという。
今だに世界には国民の識字率20パーセント
などという国があるというのに。

日本人の持つ性格の原因に、
自然災害の多さがあげられているのも興味深い。
地震、台風、津波、河川の氾濫などで財産を失った。

しかし私たちの祖先は決して挫けなかった。
悲しみと痛手を乗り越え、
そのつど力強く立ち直ってきたのである。
日本人の持つ独特の『忍耐強さ』『互いに助け合う心』
『過去を振り返らない強さ』『諦めのよさ』などの精神は、
もしかしたら繰り返しやってくる災害に
立ち向かってきたことで培われたのかもしれない。
その意味では、私たちの性格は
日本という風土が生んだものといえるだろう。


そのことは、東日本大震災の時の
人々の振る舞いで、
世界を驚嘆させた。

死に臨んで和歌などを詠むという「辞世」
日本文化の一つで、
その一つ、大田南畝(なんぽ)の詠んだ辞世
「今までは 人のことだと思ふたに
俺が死ぬとは こいつはたまらん」
が笑わせる。

幕末、天皇の重さが改めて認識される。

江戸時代においては政治の表舞台にまったく登場しない「天皇」だが、
祭祀を司るだけの存在ではなかった。
海の向こうから「夷狄」が現れ、
日本が未曾有の危機を迎えた時、
江戸幕府の将軍や幕閣を含め、
多くの日本人があらためて「天皇」の存在を知ることになる。
「天皇」こそ、日本人の精神的な柱であったのだ。


天皇を中心に国難を乗り切った日本は、
維新から半世紀で列強と肩を並べるまでに成長し、
日清、日露の戦争を勝ち抜く。
それまでの「有色人種は白色人種に勝てない」
という神話を打ち砕いたのだ。
それが大東亜戦争と
その後のアジア諸国の独立につながっていく。

「大東亜戦争は東南アジア諸国への侵略戦争だった」
と言う人がいるが、
これは誤りである。
日本はアジアの人々は戦争はしていない。
日本が戦った相手は、
フィリピンを植民地としていたアメリカであり、
ベトナムとカンボジアとラオスを植民地としていたフランスであり、
インドネシアを植民地としていたオランダであり、
マレーシアとシンガポールとビルマを植民地としていたイギリスである。
日本はこれらの植民地を支配していた四ヵ国と戦って、
彼らを駆逐したのである。


しかし、国力の差で日本は敗れる。
その時にも天皇の力が発揮される。
ポツダム宣言受諾か、本土決戦か、
御前会議が膠着状態になった時、
首相の要請により意見を言うことになった天皇は、
ポツダム宣言の受諾に賛同する。
その時の言葉。

「本土決戦を行えば、日本民族は滅びてしまうのではないか。
そうなれば、どうしてこの日本という国を
子孫に伝えることが出来ようか。
自分の任務は
祖先から受け継いだこの日本を子孫に伝えることである。
今日となっては、
一人でも多くの日本人に生き残っていてもらいたい。
その人たちが将来再び立ち上がってもらう以外に、
この日本を子孫に伝える方法はないと思う。
そのためなら、自分はどうなっても構わない」


その言葉のとおり、
日本は国民の勤勉な努力によって
奇跡の復興をなし遂げる。
そして、敗戦からわずか19年で
アジアで初のオリンピックを開催できるまでになる。
 
私はこの事実に感動する。
私たちの祖父や父は何と偉大であったことか。
だが、敗れた日本が取り戻せなかったものがある。
それは「愛国心」と「誇り」だ。
これらは戦後、GHQに木っ端微塵にされ、
占領軍が去った後は、
彼らの洗脳を受けて傀儡となった
マスメディアや学者たちによって踏みつぶされ続けた。
国旗と国歌を堂々と否定する文化人が持て囃される国は、
世界広しといえど
日本だけであろう。


わけても朝日新聞の罪は深いと指摘する。
特に「南京大虐殺」と「従軍慰安婦」において。

それに乗っかったのが中国と韓国。
このやっかいな隣人は、
70年以上も前のことを言い募る。
体質が違うのである。
他のアジア諸国が日本を許し、
あるいは感謝さえしているというのに。

戦後、日本はアジア諸国に賠償金を支払ったが、
その国々を数十年から三百年にわたって支配してきた
オランダ、イギリス、フランス、アメリカは、
賠償金など一切支払っていないばかりか、
植民地支配を責められることも、
少数の例を除いてほとんどない。
それはなぜか──
日本だけが誠意をもって謝罪したからである。
日本人には、自らの非を進んで認めることを潔しとする
特有の性格がある。
他の国と違って、謝罪を厭わないのだ。
こうした民族性があるところへ、
GHQの「WGIP」によって贖罪意識を強く植え付けられたことで、
当然のようにアジア諸国に謝罪したのである。


WGIP=War Guilt Information Program。
連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)による日本占領政策の一環として行われた
「戦争についての罪悪感を日本人の心に植えつけるための宣伝計画」のこと。

私のような海軍大尉の息子でさえ、
日本は悪いことをした、という意識は植え込まれている。
その克服には時間がかかった。
ましてや、無垢な子どもたちの教育でなされれば
ひとたまりもなく、
今だ日本人はWGIPの残滓を抱えている。

しかし、希望はあるという。

今、彼らの嘘に気付き、
GHQの洗脳から抜けだしつつある若い世代が増えている。
彼らは失われた日本的なものの回復に向けて、
静かに、しかし確実に動き出している。
やはやその動きを止めることは誰にもできないだろう。
私はそんな若者たちを見て感動している。


それが、この本を書いた動機だろう。

世界七十数カ国を見た者として言うが、
日本ほど素晴らしい文化を持った国は他にはない。
日本人ほど勤勉で礼節を守る国民はいない。
日本ほど美しい国土と自然を持つ国はない。
この日本に誇りを持つように
次代を育てることこそ、
我々の使命であると思う。

沢山の人に読んでもらいたい本である。


文議長と新1万円札  政治関係

「天皇謝罪要求」で物議をかもした
韓国国会の文喜相(ムン・ヒサン)議長に、
「セクハラ騒動」が報じられている。

国会運営について抗議を受けてもみ合いになった際、
女性議員のおなかを手で触ったのだという。
それは混乱の中での偶発的出来事だと思うが、
女性議員に「セクハラだ!」と抗議された後の言動がいただけない。
文議長は「こうすればよいのか」と、
女性議員の顔を両手で挟むように2回、触ったという。(動画は↓)

https://youtu.be/3l980GfWEF8

その後、女性議員を抱きしめたというが、
それは映像では確認出来ていない。

文議長は謝罪の意を示したものの、
その後に「低血糖ショック」で入院し、
一方の女性議員も「精神的ショック」を理由に入院。
どちらもショックに弱いとみえる。

この程度の人が国会の議長とは、
韓国の人材不足が嘆かわしい。

文議長、↓のような悪相の持ち主で、

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75歳というから、
自分の顔に責任を持つ年齢はとうの昔に越えている。
この人が政治家として、人としてどんな精神世界を歩いて来たか、
顔が表わしている。


ところで、財務省が2024年をめどに発行される
新紙幣のデザインが発表されたが、
1万円札について、韓国のメディアがケチをつけている。

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1万円札の肖像に渋沢栄一が使われることに対して
「朝鮮半島の経済利権を侵略した急先鋒に立っていた男が、
新紙幣に描かれようとしている」
というのだ。

渋沢栄一は、
江戸時代末期に農民から武士(幕臣)に取り立てられ、
明治政府で大蔵官僚となって財政政策を行い、
退官後は実業家に転じ、
第一国立銀行や理化学研究所、東京証券取引所といった
多種多様な企業の設立・経営に関わった人物。
「日本資本主義の父」と称されている。

第一国立銀行は、韓国との貿易の便を図るために
1878年に釜山支店を開設。
為替と海関税などの取り扱いを行っていた。
その後、1902年に現地で「第一銀行券」として紙幣を発行。
大韓帝国の公認紙幣として
1、5、10円の3種類が流通していたが、
その紙幣に渋沢の肖像が描かれており、
04年まで使用されていた。

日韓併合は1910年だから、
単なる正当な経済行為なのだが、
なんでも反日の韓国では、
「朝鮮半島の経済利権を侵略した急先鋒」
に見えるらしい。

その上、
「日本政府が渋沢の肖像を1万円札に入れようとしているのは、
安倍政権の歴史修正主義が反映されたと考えられる」
と指摘。
「韓国に対する配慮が欠けているのではないかという批判が
韓国のみならず、日本国内でも出て来るのではないだろうか」
としている。

「歴史修正主義」だの「韓国に対する配慮」だの
いいがかりもいいところだ。

私は、
「実害がない限り、
人の行為に干渉しない」
が、大人の態度だと思うが、
韓国にはこれが通用しない。
日本のお札に渋沢栄一が描かれたといって、
韓国に対して、何の実害があるというのか。
せいぜい「気分が悪い」くらいだろうが、
世の中、気分を害することはいくらでもある。
それでも、実害がない限り、
人はみんな耐えているのだ。

この件に関して、
千原せいじがいいことを言っている。

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「ほっといてほしい。
そもそもよそさまのお札に文句をつけるなんて、
俺がもし逆に韓国国民なら、
恥ずかしいからやめてって思う」
「地球上でそんな人と国なんてあるんやろうかと思って。
地球上で。関係ない、全く関係ない
隣の国の紙幣が変わったいうことを、
ウチは腹立つって言うような国が地球上にあるんやろうかと思って、
衝撃でした」

お笑いタレントの正論にも劣る
韓国メディア。
恥を知れ、と言いたい。



映画『ザ・バニシング ─消失─』  映画関係

ついに世間は、10連休に突入。
振り替え休日も含めて、
うまく並んだものです。
年末年始の休みより長い。

こちらは365連休ですので、
関係はありません。
ただ、ATMには並びましたが。

どこにも行けないのは、
19歳の老猫こはるの容体があまりよくないためです。

代わりに娘がベトナムに。
ホーチミンとダナン、フエを巡る7泊9日の旅。
友人と二人の個人旅行で、
5月5日の早朝帰国。
翌日6日に休養して、
7日から出勤という、
10日間をフルに使ってのスケジュール。
すっかり「空飛ぶ自由人」です。


[映画紹介]

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失踪と異常心理を扱ったサスペンス

車の上にサイクリング車を2台乗せて、
オランダからフランスにやって来たレックスとサスキアの恋人同士。
たわいないケンカなどをしながらの道中、
立ち寄ったドライブインで
サスキアの姿が消失してしまう。

それから3年。
レックスはサスキアの写真入りのポスターを貼り続け、

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テレビにも出演して、
サスキアの捜索を続けていた。
そのため、せっかく出来た新恋人との関係も壊れてしまう。
そんなレックスのもとに
誘拐した犯人らしき人物からの手紙が頻繁に届くようになり、
やがて犯人が目前に姿を現すが・・・

冒頭のドライブシーンでフリスビーを買い、
支払った通貨がフラン
一体いつの映画かと思ったら、
1988年の旧作だった。
(ユーロの一般への導入は2002年)

DVDでは発売済み。

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30年も前の映画をなぜ今頃、と思ったが、
スタンリー・キューブリックの
「これまで観たすべての映画の中で最も恐ろしい映画だ」
との評価と
「サイコ・サスペンス映画史上No.1の傑作、ついに解禁」
の宣伝コピーで、
小さい劇場は立ち見も出る盛況。

最初の恋人消失(バニシング)の経過の後、
視点が一挙に犯人の側に移り、
円満な家庭を持つ人物の犯行への準備が描かれる。
なにしろクロロホルムをどれだけ嗅がせると、
何分間意識を失うかを自分自身の体で研究する犯人は
化学の大学教授。
犯行までの、試行錯誤を綿密に描き、
どうやってサスキアと接触したかが焦点に。

一方レックスの
恋人に何が起こったかを知りたいという願望が沸騰し、
犯人と接触した後、
真相を知るために、
犯人のある要望に応じるかどうかの葛藤。
その結果、レックスはサスキアの消息を知ることになるのだが・・・

それがキューブリックの言う、
「最も恐ろしい映画」
という事態に。
確かに、あの結末は想像すると恐ろしい。

テレビでレックスの犯人への挑戦を受けて、
手紙を出し、
やってきたレックスを離れた所から観察する犯人の姿が不気味。

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日常ではごく普通の生活をしている男なのだが・・・

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監督はフランス人のジョルジュ・シュルイツァー
この映画で1988年のオランダ映画祭で最優秀作品賞・批評家賞を受賞、
1991年にはナショナル・ボード・オブ・レビューで
最優秀外国語映画賞を受賞するなど高い評価を得、
ハリウッドに招かれて、
1993年には自身の手によりリメイク
それが「失踪 妄想は究極の凶器」で、
ジェフ・ブリッジス、キーファー・サザーランド、
サンドラ・ブロック
ら豪華メンバーが出演。
サンドラは「スピード」(1997)でブレイクする前の作品。

↓のビデオのジャケットには、サントラの名前さえ出て来ない。

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シュルイツァーは2014年に逝去。

その後、類似の作品も沢山あり、
公開当時の衝撃はないが、
サイコ・サスペンス映画の一つの道標として、貴重な作品。
最後の犯人のちょっと怖い表情からの移動撮影が印象的。

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5段階評価の「3..5」

予告編は↓をクリック。

https://youtu.be/-LS3DBNV0I4

シネマート新宿で公開中。

タグ: 映画

ブルネイ旅行記Cコタキナバル市内観光  旅行関係

遅い時間にホテルを出た一行は、
そのまま昼食へ。

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今日のお昼は飲茶です。

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その後、ウォーターフロントへ。

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こんなところを通って、

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南シナ海を眺めます。

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何の船?

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そのまま、市場へ。

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2階建ての大きな建物。

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1階は乾物、野菜、果物。
2階は衣料品やフードコートがあります。

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イチゴだけはありません。

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肉も売っています。

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ここは、魚市場。

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こんな職業も。

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若い人もやっています。

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湾の対岸の建物は

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ヤヤサンバビル

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これは州政府ビル

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これは市立モスク

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コタキナバルで最も規模が大きく、
収容人数は9千〜1万2千人。
以前は中に入れましたが、
今は外側からだけ。
中国人が中で狼藉をしたからだそうです。

ここは普陀寺

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中国人仏教徒用の寺。

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この行列の

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この人は誰?

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弥勒菩薩と書いてありますが、
布袋さんみたいですね。

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四天王?

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本堂。

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ここは、州立モスク

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ここは入場可能ですが、
半ズボンの男性や腕が露出した女性は、
こういう服を貸してくれます。

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にわか回教徒。

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アラブ・イスラムの伝統的な建築をベースとし、
現代建築様式を取り入れています。

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ここが礼拝堂。

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この方向がメッカの方向。

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ドームが美しい。

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この後は、チョコレート店と

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民芸品店に連れていかれ、

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夕刻、海岸へ。

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日の入りを見るためです。

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カニの巣穴。

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夕陽を見るとは、よほど観光資源が少ないのでしょう。

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太陽は、丸い。

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南シナ海に沈む太陽。

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夕食は海鮮料理。

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民族舞踊のショー付き。

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ダンサーに照明を当てないので、シルエットに。

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ストスボをたいて。

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バンブーダンスになると、

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お客さんを舞台に乗せます。

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記念撮影。

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こうして、3日目は終わり、
明日は、いよいよブルネイに向かいます。


小説『夢も見ずに眠った。』  書籍関係

[書籍紹介]

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芥川賞作家、絲山秋子による、
ある夫婦の物語。

布施高之と沙和子は大学時代に知り合い、
高之が失業中に婿養子として結婚。
仕事が長続きしない夫とは対照的に、
沙和子は金融機関の中間管理職として36歳で札幌に単身赴任。
一方、義両親と埼玉の熊谷で暮らす高之は、
うつ病の兆候を示し始めた。
二人は離婚し、
高之は青梅に住み、「便利屋」で自活する。
沙和子は不倫の旅の途中、交通事故にあう。
やがて札幌の会社を退職した沙和子は起業するが、
高之とまた旅に出かける・・・

という話が12の章で淡々と描かれる。
章には「2010年9月」といったようにその時が示され、
やがて最後の章は現在を突き抜け、
「2022年4月」「2022年6月」と、未来の話として語られる。

ほとんどの話が、
二人で、あるいは一人で訪れる土地の風景を通じて語られる。
岡山、滋賀、岩手、熊谷、大津、遠野、お台場、
佃島、函館、青梅、秩父、横浜、下北沢奥出雲・・・
その風景の描写がなかなか美しいし、
二人の心象風景としても印象深い。

思いやりながらも、思いやり切れない、
そんな夫婦の、いかにもありそうな関係。
読者は二人の関わりを身近に見ているかのような気持ちになり、
密かに応援し、
そして、読後感は大変いい。

多摩を運転していた時、高之は、少年時代の自分に遭遇する。

かれの内側で目を見開いたのは、少年の頃のかれ自身だった。
ピュアでのんきなやつだったが、
のんきだからといってなにも感じないほど愚かではなかった。
「おまえだったのか」
もちろん声には出さずに、
ハンドルを握った高之は胸の内に話しかける。
「ひさしぶりだな」
沈黙があった。
「それとも、ずっと一緒だったのか」
そうだよと言われた気がした。
「そうか。そうだったんだな」
いつからそうやって目をつぶっていたのか、
ここ最近のことなのか
熊谷の頃からだったのかはわからない。
だが今、その目は十分にみずみずしかった。
そして穏やかに睫毛を揺らして瞬きをするのが感じられた。
目をつぶっていたのは外側の自分だったのかもしれない。
一見ふらふらと、自由気ままに生きているように見せつつ、
実際は、過去に切り捨ててしまった悔しさや嫉妬といった感情を
感じないようにしていただけなのかもしれない。
もう終ったことだからいいんだよ、と言われた気がした。
そう言えるのは外側の、大人の自分ではなく、
静かに景色を眺めている少年のかれだけに許されることであった。
「納得してたわけじゃないんだな」
大人の高之は少年に向かって言った。
「決めつけて悪かった」


胸にしみる描写である。

人間には個々に暮らしがあり、
暮らしという白い紙箱のなかには
和菓子のようにやわらかく傷つきやすい心が備わっていたのだった。
誰もが二度と思い出さない過去を持ち、
決して実現しない可能性を持っていた。
そさらもまた、反故にされるかもしれないが
一応の約束として存在しているのだった。
それらの約束事はすべて連続していた。
ことを反故にされ、
小さな断絶があったとしても、
約束という大きな流れ自体は
決して途絶えることがなかった。
それらは何万年、何十万年の単位で成立しているからなのだった。


二人は棚田を見ながら思う。

一枚一枚の田んぼが
土地に合わせて作られていて、
形状も面積も違う。
揃ってはいないが、
隅々までひとの手が入り、調えられている。
目に入るものすべてが光を発しているようだった。
ひとつとして、同じものがない。
けれども手入れが行き届いて清潔に保たれている。
多分神様が見たら一番嬉しい景色なんだろうと
沙和子は思う。
それが完璧ということなのかと思った。
「土地って、神様の手なんだな」
と高之が言った。

そして、終盤の沙和子の述懐。

一切のものは終わる。
続かない。
でも生きている。

過去から未来へと、一秒の空白もなく時間が繋がっているから、
人生も続いているなんて思っていた。
だがそれは大間違いだった。
沙和子は気づいた。
努力が報われるなんてことはなかった。
因果応報なんてこともなかった。
そして、やり直しだって利かないのだった。
失敗のフォローも、裏切りの修復もできなかった。
何かの途中なんてこともないのだった。
一日一日が、一度きりの完結するエピソードなのだった。
「もしも」なんてどこにもないのだった。
しかしいずれ、膨大なばらばらのエピソード、
そしてすべての記憶は、根源へと向かっていくのだった。


夫婦二人のそれぞれの思いを通じて、
神にまで至る、
傑作である。





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