小説『鳥居の密室』  書籍関係

[書籍紹介]

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本格推理小説家・島田荘司による
御手洗潔シリーズ第30作(最新作)。
御手洗潔の京大医学部生時代の話。

京都の叡山電鉄の宝ケ池駅前にある「猿時計」という珈琲房。
その壁面には、前経営者の蒐集した柱時計が多数飾られていた。
みな壊れて止まっているが、
そのうちのヘルムレ社の柱時計だけが
ある時、振り子を揺らし始める。
楓は猿が入って来て振り子を揺らすというのだが・・・

経営者夫婦の養子に楓がなったのは、
10年前の東京オリンピックの年のクリスマスの朝、
楓の母が殺され、
父親が電車に飛び込み自殺をしたのだ。
ただ、母親の殺された家は鍵がかけられ、
窓の鍵も施錠された密室だった。
犯人は父親の工場で働く国丸という若い男で、
まだ裁判で争っている。

こうして、10年前の殺人事件と
猿時計の変事に
御手洗潔が関わって、
謎を解いていく。

物語は途中から国丸が主人公となり、
酒を飲んで工場をちゃんと経営しない楓の父親と母親の関係が
国丸の幼少時の父と母の関係に重なって、
国丸が楓を可愛がる話に変わる。
途中、そのあたり一帯で
不思議な睡眠不足の症状が起こる。

重要な要素を占めるのが、
錦天満宮の鳥居で、
これは実在のもの。
参道に立っていたのだが、
その後、参道の脇の土地が売られ、
ビルが建てられたため、
両端が建物に突き刺さる状態になってしまったという。

写真を見てもらうのが一番↓。

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ご覧のとおり、

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左右共に建物の中に取り込まれている。

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中は土産物屋。

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ブラタモリでも紹介された。

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事件はこの一方の鳥居を取り込んだ家で起こり、
その反対側の鳥居を取り込んだアパートに国丸が住んでいた。

御手洗の推理は、
「猿時計」の柱時計の振り子が動くわけと関連づけて
密室殺人の謎を解く。

という謎解き以上にこの小説の真骨頂は、
国丸と楓と母親の関係
この話が麗しく展開し、涙を誘う。
特に、8歳のクリスマス・イヴに、
初めて楓の元に訪れたサンタクロースの話が
密室に入った人物の話にからむ。
          
更に背景に京都という町が
相次ぐ戦乱で亡くなった武士たちの怨念が渦巻いている、
という設定もある。

「ここは千年都市だからね、
大勢の怨霊が棲み着いているんじゃないの、あちこちに。
それが、時々悪さするんだよ」
「だってさ、あの鳥居見たでしょう?
罰当たりだよね。
人間がああいうことしちゃいけないよね。
あんなことしてさ。
だからいろいろと祟りが起こってさ、
最終的にあんな大事件までいったの」


プロローグで語られる魑魅魍魎。
事件の解決はそれとは関係ないのだが、興味深い。

ラストはすこぶる読後感がいい
人間ドラマになっているから。


映画『七つの会議』  映画関係

[映画紹介]

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池井戸潤の小説は沢山テレビドラマ化されているが、
映画化作品は、先の「空飛ぶタイヤ」のみ。
と思っていたら、
早くも映画化第2弾が登場した。
それがこの「七つの会議」
池井戸作品の興味津々のストーリー展開、
善悪のはっきりした対立、
なによりも時代の機運をよく活写した題材が受ける。
これからも池井戸作品は
映画の原作として、豊穣な沃土となることだろう。

都内の中堅メーカー、東京建電では、
営業会議が開かれていた。
営業部長・北川誠の仕切りのもと、
営業成績の悪い第2課は厳しい追及を受けていた。

その会議の最中にいびきをかいている係長の八角民夫。
最低限のノルマしかこなさず、
定時退社のぐうたら社員で、
第1課長の坂戸宣彦から責められていた。

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その坂戸を八角がパワハラで訴え、
営業成績のいい坂戸を北川が擁護するかと思えば、
あっさりパワハラと認定され、
坂戸には異動処分が下される。
そして、成績の悪かった2課の原島万二が新課長に着任する。

その不思議の中、ネジの発注先を八角が変更するなど、
妙な動きが始まる。
原島は部下の浜本優衣と共に謎に斬り込んでいくが・・・

こうして、事件は製品の強度不足と
その隠蔽、秘密回収へと発展していく。

次々とナレーターが交代するという手法を取るが、
そのわりには、混乱もせず、
事件の本質に次第に迫っていく過程はスリリング。
まさに池井戸ワールドだ。

ただ、役者が目をひんむき、
ぶるぶると唇を震わせ、
怒鳴りまくるという
過剰な演技で疲れる。
もう少し自然な演技は出来ないものか。
歌舞伎じゃないんだから。

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それに、池井戸ドラマの常連たちが
顔見世よろしく小さい役で登場するのも煩雑。
この人が演ずるのだから、
何か意味があるのではないか、
と思わせるだけ邪魔で、
役者の無駄使いだ。

主役の八角の設定も不自然で、
こんな社員を花の営業第1課に存在させる会社はないだろう。
その動かせない原因が20年前の隠蔽事件だというのも無理で、
人事部はとっくに閑職か地方に飛ばしているだろう。
それが現実に近い。
八角自身も事件後20年間もぐうたら社員として、
会社にぶら下がり、
全体の士気を落とし、迷惑な存在となっているくらいなら、
さっさと会社に見切りを付けて、
新天地が働いた方がよほど世のため人のためになっただろうに。

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更に八角のエンドロールでの言葉。
日本の武士道やサムライ精神、藩への忠誠が不正の体質を作った、
日本は隠蔽体質で先進国にのし上がった、
隠蔽は日本社会の根源だ、ですと。
何を言っているのか。
隠蔽はアメリカにもヨーロッパにもアジアのどこにでもあって、
人間のいるところ、組織のあるところに付いて回るものだ。
それを日本社会の特質のように言う。
池井戸さんのために言うが、
そんなことは原作のどこにも書いていない。
原作にないことを、こんなラストで
思想としてぶちこむ。
だから反日と言われるのだ。

5段階評価の「3」

予告編は↓をクリック。

https://youtu.be/ohpWSn6Yzbo

原作本の紹介は↓をクリック。

小説「七つの会議」

タグ: 映画

日本製品不買のソウル市条例案  政治関係

ソウル市の市会議員によって、
「日本企業製品買うな」という条例案
が提出されている。
その理由が「戦争準備のための軍備拡張に使われるから」
というのだから、正気を疑う。

条例案を提出したのは、
共に民主党所属の洪聖龍(ホン・ソンニョン)というソウル市議員。

まず、ソウル市と各区役所などの傘下機関、
ソウル市教育庁、公立学校などでの
日本製品の使用状況を調査。
その結果、これらの公共機関で
3年間500億ウォン規模の日本製製品を購入したことが分かったという。

次いで、昨年11月、
洪議員はソウル市議会での質問で
朴元淳(パク・ウォンスン)ソウル市長に
日本製品使用制限に対する見解を尋ねた。
これに対し朴市長は
「日本製品を国産品に変えることができるか精密に調べる」
としつつも
「ソウル市が購入した日本製品は
放送装備、医療機器、水質測定機、漏水探知機など
特定分野に限定されているため代替が容易ではない」
と答えた。

そして、洪議員は先月24日
「ソウル市、日本戦犯企業との随意契約締結制限に関する条例案」
「ソウル市教育庁日本戦犯企業との随意契約締結制限に関する条例案」
を発議。

条例案の内容はソウル市、市議会、市傘下機関、
ソウル市教育庁と管轄学校が
日本戦犯企業と随意契約を締結しないように
ソウル市長が努力しなければならないという内容。

日本戦犯企業とは、
2012年国務首相室所属
「対日抗争期強制動員被害調査および
国外強制動員犠牲者など支援委員会」が
発表した企業299社中現存する284社を示す。
パナソニック、東芝、日立、川崎重工業、三菱、住友、キリンなど
日本の大手企業の相当数が含まれる。

主張の中身には、
「ソウル市が日本製の文具類、備品、コピー機など各種製品を
特に合理的な理由なく使っている状況は
独立運動のために命を捧げた烈士に対し恥ずべきことだ。
真の光復(解放)を成し遂げるために公共機関から率先垂範すべきだ」
というのがあり、
「日本企業の製品を購入すれば
我々の税金が日本に流れて行き、
戦争準備のための軍備拡張に使われる」
とも主張している。

しかし、市が日本企業の製品を購入するのは
「日本が好きだから」ではなく
「製品が良いから」のはず。
これを制限すれば結局損をするのは
ソウル市の公務員と市民だ。
朴市長も吐露したように放送装備、医療機器、各種測定機など
日本製品には代替が難しい製品が多くある。

戦争が終わって70年以上の時間が流れた今、
日本企業を過去に戦争を起こした日本政府と
同一視するのは無理があるという指摘もある。

そもそもお金には色がついていないのだから、
その支払ったお金が
「戦争準備のための軍事拡張に使われる」
とは言いがかりりもはなはだしい。

戦犯企業の利益になり得るため
ソウル市の公務員は今後日本研修だけでなく
旅行も行かせないという話まで出ているという。

洪議員は条例発議の背景について
「一部の日本企業は対日抗争期当時、
戦争物資提供などのために韓国の国民の労働力を搾取した。
しかし、未だ公式謝罪や賠償がない。
正しい歴史認識の確立および国民感情などを考慮したもの」
と説明。
「今回の条例案が成功裏に通過すれば
今後17広域市・道にも同じ条例案が制定されるように要請する」
と話している。

もう勝手にしてくれ
という感じ。

70年以上前のことにいまだにこだわり、
いつまでも「謝罪」と「賠償」を求め、
「もはや前の世代のことだ。
これからは前向きの関係を築こう」

とは思えない負のメンタリティー。
勝手に亡びるがいい。


一方、
北朝鮮の韓国向け宣伝サイト「わが民族同士」は4日、
韓国駆逐艦による海上自衛隊哨戒機へのレーダー照射をめぐって
日韓が対立している問題を記事で取り上げ、
「朝鮮半島の平和の雰囲気を壊して
わが民族への再侵略野望を実現しようとする
日本反動らの凶悪な計略が明るみに出た」
と安倍晋三政権を非難。

日本を「民族の団結を阻む、がん的存在」だと指摘。
「全同胞は日本反動らの対朝鮮敵視政策と
再侵略野望を断固粉砕すべきだ」
と韓国に向けて対日共闘を呼び掛けた。

北と南が同じ民族であることを考えれば、
当然の反応。
しかし、こんなことで
日本を名指しで非難する国と
国交正常化する必要があるんでしょうか。


中編連作集『昨日がなければ明日もない』  書籍関係

[書籍紹介]

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「誰か Somebody」(2003)「名もなき毒」(2006)
「ペテロの葬列」(2013)「希望荘」(2016)と続く
宮部みゆき杉村三郎シリーズ第5弾となる中編集。

前作で探偵業に転身した三郎は、
東京都北区の大地主の竹中家の好意で
その屋敷の一角を間借りし、
主にオフィス蛎殻の下請けで生計を立てている。
その小さな探偵事務所に依頼に来た3件の事件を扱うのが、本書。

「絶対零度」

杉村探偵事務所の10人目の依頼人は、
50代半ばの品の良いご婦人。
一昨年結婚した27歳の娘・優美が、
自殺未遂をして入院したのだが、
夫のガードで1ヵ月以上も面会ができず、
メールも繋がらないのだという。
それまでは頻繁に連絡を取り合った
親密な母娘関係だったというのに。

三郎の調査では、入院先のメンタル・クリニックには、
入院している痕跡がない。
夫が先輩と一緒に遠出をしている様子もある。
調べていくと、その先輩が主宰するホッケークラブで
何か事件があったらしい。
優美は生きているのか、それとも・・・

事件は意外な展開をし、
殺人事件にまで発展する。
その背景として、
大学のスポーツ部OBの人間関係が浮き彫りになり、
そのがんじがらめの関係が事件の要因であったことが分かる。
先輩後輩関係の闇に迫るが、
どうにも後味の悪い内容だ。

絶対零度とは、
ある登場人物の中に芽生えた
復讐の決意に凍りついた、という意味。

「華燭」

三郎は近所に住む小崎さんから、
姪の静香の結婚式に出席してほしいと頼まれる。
小崎さんは妹(静香の母親)と絶縁していて欠席するため、
中学2年生の娘・加奈に付き添ってほしいというのだ。
絶縁の原因は、25年前、
小崎さんの結婚式当日、妹が新郎と共に駆け落ちして、
結婚式が台無しにされたことがあったからだ。
姉と妹は関係を絶っていたが、
たまたま加奈の通った私学の事務職員に静香がいて、
従姉妹同士は知り合いになった関係で、
結婚式に出ることになったのだ。

気楽な付き添いのつもりでホテルに行った三郎だったが、
異様な光景を目にする。
もう一組の別な結婚式で若い花嫁が逃走、
静香の結婚式も新郎側の不祥事で式が取りやめになったのだ。
同じホテルの同じフロアの結婚式が
二つとも中止になるという事態。
その上、三郎は加奈と共に、
もう一つの結婚式の若い花嫁が階段にうずくまって
泣いているのに遭遇する。

これも意外な展開で、
25年前の姉と妹の相剋があぶり出されて来るのだが、
小振りな事件ながら、
血族同士の憎しみのすごさがうかがえる一篇。

「昨日がなければ明日もない」

事務所兼自宅の大家である竹中家の関係で、
29歳の朽田美姫からの相談を受けることになった。
美姫は奔放というよりいい加減な女性で、
16歳で最初の子(女の子)を産み、
別の男性との間に6歳の男の子がいて、
しかも今は、別の彼と一緒に暮らしているという。
縁の切れた男の子が交通事故に遇い、
それを実家の陰謀だとして、
賠償金を請求したいというのだが・・

こういう人間って、いるのかな、
というような歪んだ性格の人物
宮部みゆきの作品には時々出て来るが、
この美姫という女性もその典型。
どこまでも自己中心で、どこまでも身勝手で、
その被害は家族にまで及ぶ。

これも、事件は意外な展開をするが、
後味はすこぶる悪い。
3編すべてに共通するのは、
「ちょっと困った女たち」が登場すると、
帯に書かれているが、
この3本目に登場する女性は
困ったどころか、
社会に存在していてはいけない人物である。

物語に救いがあるのは、
そうした迷惑な女性を取り巻く人々が
ごく常識的で善良な人たちであることだ。
そして、三郎自身の性格の温かさが、
作品全体を貫いていること。

それにしても、
宮部みゆきのストーリーテラーの才能
とどまるところを知らない。

「オール読物」に2017年11月号、
2018年3月号、11月号と、
3篇をそれぞれ一挙掲載。
これだけの作品を一挙掲載するなど、
文藝春秋は懐が深い。


シリーズのこのブログでの紹介は、↓をクリック。

「名もなき毒」

「ペテロの葬列」

「希望荘」


映画『ヴィクトリア女王 最期の秘密』  映画関係

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ヴィクトリア女王末期の
インド人側近との交流を描く。

1887年、英国のヴィクトリア女王は在位50周年を迎えていた。
インド皇帝でもある女王に対して、
英領インドから女王への献上品である
記念金貨「モハール」を捧げる要員に
背が高いという理由で
刑務所官吏アブドゥル・カリムが選ばれ、英国へ向かう。
宮殿での儀礼では、女王と目を合わすことを禁じられていたが、
アブドゥルは女王の足に口づけ、強い印象を残してしまう。

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女王は、39年前に治世最初の首相だったメルバーン子爵を、
26年前に最愛の夫アルバートを、
3年前に寵臣ジョン・ブラウンを、と
信愛を寄せた男性たちを次々に喪い、
子供たちとの関係も悪化し、
宮廷の因習に囲まれ、孤独の中にいた。

その女王の心を癒したのがアブドゥルで、
女王は、このインド人を話し相手として側に置いて
息子のように可愛がり、
「ムンシ」(師、を意味する)と呼び、
アブドゥルは女王に、
「最も高貴な言語」であるウルドゥー語の手ほどきをする。
女王は、未知のインド文化に触れ、
王室のしきたりに臆することのないアブドゥルを厚遇する。
その結果、アブドゥルは従来の王室職員たちから
嫉妬と怨嗟は反発を買うようになっていく。
側近たちのは女王に諫言する。
アブドゥルがインド下層民の出身であること、
なにより彼が有色人種であることを・・・・

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ヴィクトリア女王といえば、
大英帝国を象徴する女王として知られ、
その治世は「ヴィクトリア朝」と呼ばれる。

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在位は63年7か月にも及び、
現エリザベス2世に抜かれるまで、
歴代イギリス国王の中では最長の在位を誇った。

その在位の終わり頃、
インド人の若者を身近に侍らせ、
特別扱いしたのでは、
波風が立たない方がおかしいというもの。
なにしろ、彼らにとっては、
インドは植民地であり、
その目下の土地からやって来た下僕同然の青年が
女王の心を掴んでしまったというのだから。
「インド人に王室を乗っとられた」
と騒ぐのも当然といえよう。
アブドゥルは当時24歳。
良からぬ噂もあっただろう。

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アブドゥルのことは広く知られているわけではない。                Wikipedia のヴィクトリア女王の項目でも、

ディズレーリ時代には
ヴィクトリアはインドに強い興味を示すようになり、
ヒンディー語の勉強を始めるようになった。
またインド人侍従を側近くに置くようになった。
とりわけ「ムンシー」ことアブドゥル・カリームを寵愛し、
彼はジョン・ブラウンの死後に
ブラウンに取って代わったと言っても過言ではない存在となった。

女王の大葬は2月4日まで行われた。
大葬後、エドワード7世の意向で
「ムンシー」はじめインド人侍従たちは
全てインドへ送り返されることになり、
また「ムンシー」に関する文書も焼却処分された。


と触れられているだけである。

この閉ざされた歴史物語に光を当てたのがシャラバニ・バスで、
その小説「Victoria & Abdul」を原作としている。
冒頭タイトルで「ほとんど」実話と断っているとおり、
作家の想像力を働かせた物語なのは当然だ。

大英帝国の元首たる重荷に耐えかねた女王が
インドという奥の深い世界に対する憧憬として、
アブドゥルを捉え、そこに魂の安らぎを得た、
という話は、どこか一抹の清涼剤として感じられる。

ヴィクトリアを演ずるジョディ・デンチは、
『Queen Victoria 至上の恋』(1997)に続き、
当たり役・2度目のヴィクトリア女王を演じ、貫祿たっぷり。

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女王の精神状態を憂いて迫る王室職員たちに、
はっきりと自己主張をするところなど、
さすがの演技だ。
アブドゥルはアリ・ファザルが演じるが、
少々ハンサム過ぎるのが欠点か。

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監督は「クイーン」のスティーヴン・フリアーズ
ヴィクトリア女王の姿をなかなか写さず、
写した時にはイビキ姿、というのは、
女王の倦怠と疲労を感じさせていい。

臨終の床でのアブトゥルとの交流、
その後のエドワード7世の仕打ちは
歴史の薄情さを表している。
アブドゥルは失意のうちに帰国し、
1909年に46歳で死去する。
21世紀に入ってからアブドゥルと女王の記録が発見された。

↓は実際のアブドゥルと女王。

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特にハンサムではない。

昨年のアカデミー賞で、
衣装デザイン賞
メイクアップ&ヘアスタイリング賞にノミネート。
ゴールデン・グローブ賞では、主演女優賞にノミネート。

5段階評価の「4」

予告編は↓をクリック。

https://youtu.be/AyUGGCajJHY

ヒューマントラストシネマ有楽町他で上映中。

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