小説『ベルリンは晴れているか』  書籍関係

今日は、昼前から銀座に出掛け、

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まず、ここへ。

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先日も行きましたが、
今日は親子丼を食べに。

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トロットロで美味。
お店のお兄さんは、
たった一人でせっせと料理を作り、
感動的ですらあります。

ここは、ソニービルのあったところ。

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地下にこんな施設があり、

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なにやら参加型のアトラクションらしい。

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別フロアにアイボがいて、

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背中や頭をなでると、喜びます。

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実は、娘の会社でもアイボが放置されており、
娘が可愛がっていると、
ちゃんと娘の顔を認識して、
寄って来るそうです。

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娘といえば、
一昨日から関西へ。
フィギュア日本選手権のエキシビションを観るため。
お目当ての羽生選手も宇野選手も出ないのに、
2列目の良席。
ファンクラブで取ったため、
会員証と身分証明書が必要で、
本人しか観れないため、
チケットを人に譲ることが出来なかったようです。

昼間は弓弦羽神社、清明神社など、
羽生選手ゆかりの聖地巡礼
やれやれ。


[書籍紹介]

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「戦場のコックたち」で直木賞候補になった
深緑野分(ふかみどり・のわき)による
大戦終結前後のドイツ・ベルリンを舞台にした歴史ミステリー
                        
1945年7月。
ナチス・ドイツが戦争に敗れ、
米ソ英仏の4ヵ国統治下におかれたベルリン。
アメリカ統治区域の兵員食堂で働く少女アウグステは、
ソ連のNKVD(内務人民委員部)の取り調べを受け、
クリストフ・ローレンツが死んだことを知らされる。
彼は、父母を亡くしたアウグステの庇護者となった恩人だった。
クリストフは、なんらかのルートで手に入れた
歯磨き粉に混入した青酸カリを摂取して死亡したという。
アウグステは疑いの目を向けられつつ、
被害者の甥であるエーリヒに訃報を伝えるべく旅立つ。
妙な経緯から、
ユダヤ人のファイビッシュ・カフカと同道することになるが・・・

という、恩人の不審死を巡る真相解明の話に
アウグステの誕生以来の
ドイツを取り巻く情勢がはさまる。
現在篇はアウグステの一人称で、
過去篇は三人称で描かれる。
この構成がなかなかいい。

第一次大戦の賠償で疲弊するドイツが
やがて国力を付け、
ナチスが台頭するに従い、
共産主義者とユダヤ人の排斥が行われ、
密告と処刑の息苦しい世情が出来、
狂気の第二次世界大戦に突入していく様、
戦争の旗色が悪くなっての市民生活の荒廃、
空襲によって瓦礫と化していくベルリン市街、
そして、戦争が終ってやって来た戦勝国の措置で
市民が次第に生活を取り戻していく様、
瓦礫の中から使える物を選んでの建物修復、
廃墟の闇市は日本の戦後を思わせる。
その中でもソ連による抑圧など、
半端ではない緊迫感で場面が展開する。

アウグステは共産主義者の両親をナチスに殺され、
妹のようにかわいがっていたポーランド人の少女を奪われ、
自分を犯したソ連兵を射殺した過去がある。

「戦場のコックたち」と同様、
登場人物に一人の日本人も出て来ない
こういう異国が舞台の小説でも、
何らかの日本人が関わるものだが、
きれいさっぱり日本人が出て来ない。
日本人が日本語で書いた作品に
日本人が誰も登場しないのだ。

描写は詳細で、臨場感にあふれ、
読者はナチスの時代に引き戻され、
主人公と同じ過酷な運命を生きることになる。
よく歴史を調べており、
当時の民衆の生活ぶりも詳細だ。
ドイツ人が書いた小説の翻訳
と言っても通用する。
これが女性の手によるものだとは信じがたい。

ソ連の将校がアウグステに依頼した真意は何か、
ところどころで、将校の干渉が行われるのはなぜか。
クリストフの殺人の真相は何か。
動向したカフカの正体は・・・
こうした謎を含んで物語は展開する。

戦争というものの本質、
人種差別、権力による抑圧、
その中でも光る人間らしさ、
物語は重層的に展開し、飽きさせない。

カフカが目撃したユダヤ人虐殺の現場の描写は胸に残る。

荒廃の中でもアウグステの心を支えたのが
秘密に取引される英語の本であったことも興味深い。

新しい本が読める喜び。
見知らぬ物語が楽しめる喜び。
総統の輝かしい功績を讃える気配も、
ドイツ民族同盟を誉る言葉も、
劣等民族への侮蔑も含まれず、
検閲で黒く塗りつぶされた文章もない本は、
とても新鮮だった。
遠い国で書かれた本は、
暴力的で、自由で、無邪気で、
汚れていて、哀しみと未来があった。
民族や国家というくくりではなく、
たったひとりの人物に寄り添う物語は、
アウグステの心をどうしようもなく揺さぶった。
まるで、本物の友人とようやく出会えた気分だった。


戦争を起こしたドイツに対する批判も忘れない。
ソ連大尉の言葉。

「フロイライン、あなたも苦しんだのでしょう。
しかし忘れないで頂きたいのは、
これはあなた方ドイツ人がはじめた戦争だということです。
“善きドイツ人”? ただの民間人? 
関係ありません。
まだ『まさかこんな事態になるとは予想しなかった』と言いますか?
自分の国が悪に暴走するのを止められなかったのは、
あなた方全員の責任です」


カフカからアウグステの手紙には、こう書く。

この国は、もうずいぶん前から、
沈没しかけの船だったんだ。
どこがまずかったのか、
どこから終わりがはじまってたのか、
最初の穴を探し回っても、
誰もはっきり答えられない。
全部が切れ目なく繋がっているからさ。
だけど俺たちは意気揚々と──あるいはおっかなびっくりで船に乗り込み、
自信満々で新しい国旗を翻させる船員たちに櫂をまかせた。
船室にゆとりをもたせるために、
邪魔な乗客を海に放り込んでいる、
という噂が流れた時、
俺たち乗客は甲板に出て、
どんな様子か探ることだってできた。
だけど下手を打って自分が海に放り込まれるのが恐ろしくて、
船室に閉じこもり、
この船がいかに美しく、
自分たちが素晴らしい乗客であるかと
教えてくれる話ばかり聞いて過ごした。
(中略)
船や人についた傷は絶対に消えない。
海に落とされた人は戻ってこない。


これは直木賞モノだろう、と思っていたら、
やはり、次回の直木賞にノミネートされた。

「ベルリンは晴れているか」というタイトルは、
「パリは燃えているか」と相対する意図と思われる。
ドイツ軍がパリから撤退する際、
ヒトラーはパリの爆破命令を出した。
だが、ドイツ軍の指揮官は命令に従わずに
連合国に無条件降伏し、パリを破壊から守った。
撤退後ヒトラーは「パリは燃えているか?」と聞いたという。
ルネ・クレマンの映画「パリは燃えているか」(1966)では、
ラスト近くの電話越しに
ヒトラーの「パリは燃えているか?」という問い掛けが聞こえる、
というシーンがある。
                                        




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