短編集『ある日失わずにすむもの』  書籍関係

今日は昼前から、
奥渋に出掛けました。

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渋谷の東急文化村の前を代々木八幡方面に向かい、
松濤町から大山町に変る辺りから先が
「奥渋谷」略して「奥渋」と呼ばれるようです。

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で、向かったのは、この店。

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魚屋さんですが、
食堂も併設。
これが人気店に。

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入ったところに、こんな札がかかっていて、
これを持って注文します。

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今日は、テレビで紹介されていた、さば味噌煮を。

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「カミ」はさばの上の方、「シモ」は尻尾の方。

札の後には番号がついていて、

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その日によって変る当たり番号。

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「6」で当たり。
この中から一品おまけになります。

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これが、さば味噌煮定食。

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さばを2日間煮込んでいるため、
骨まで食べられます。
スプーンがついているのは、
汁をご飯にかけて食べるため。
これが美味で、ご飯をお代わりします。
でも、ご飯を残すと罰金を取られます。
↓がその告知。

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趣旨は、お百姓さんが作った米を無駄にしないため。

世の中には隠れた美味な店が沢山あります。


[書籍紹介]

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世界中の各地に住む普通の人々を描く12の短編。

たとえばボストンに住むマークスは、
弟と共にブロンクスを出て、
ジャズのミュージシャンになる。
ようやく音楽家としての生活が堅実になった時、
徴兵に取られる。

スペインの片田舎に住むホセは、
吝嗇で蓄財だけが楽しみな生活をしていたが、
兵役について出生する時、
立ち寄った教会で、
自分のために祈りを捧げてくれる村人たちに出会う。

といった調子で、
舞台はバンクーバー、フィリピン、
太平洋の島、西海岸、 東海岸、
房総の漁師町、ポルトガル、パリ
と変化する。

共通するのは、遠くで第三次世界大戦が起こっており、
登場人物たちが、
徴兵されるためにその土地を去ること。
そして、その人たちの幸福を求める生活が
戦争によって中断される姿だ。

表紙に小さく「twelve antiwar stories」とあるように、
乙川優三郎流の反戦小説
戦争がいかに市井の人々の暮らしを破壊するかを描く。

「戦争がなぜ悪いかというと、
それが普通の人々の幸福を追及する自由を奪うことだ」
と言った人がいたが、
まさに、この小説の登場人物たちは、
ささやかな生活で幸福を求め、
愛する人を獲得し、
地域に根を下ろし、
堅実な生活を作り上げる。
それが戦争に駆り出されることで中断しなければならない。
自分には関係のない、
遠い場所で行われている戦争のために。
そして、愛する人と別れ、
生きて帰ることができるかどうか分からないまま、
住み慣れた土地を去る。
誰が何のために始めた戦争か分からないのに。

察するに、戦争はアメリカと中国との間で始まり、
それが世界を巻き込んでいったもののようだ。

最終章「こんな生活」は、
その中国の農村の夫婦の話で、
最も哀切な物語だ。

内陸部の貧しい村に生まれた彼は
子供のころから過酷な農作業を見て育った。
ほとんど自給自足の生活で、現金収入は少なく、
痩せた土地と闘う両親は実際の年齢より十歳は老けていた。
いつ建てたのか分からないような粗末な家で
粗末な食事に耐えながら、
重労働の日々を重ねる。
子供の目にも二等の生活に見えて、
自分の代にはなんとかして変えたいと思わずにいられなかった。
それは父も祖父も同じであったが、
農作物の増収をはかる方法も技術も分からず、
それを生み出す教養もなかった。


こんな描写もある。

この国で人間らしく暮らすことを許されているのは
都会に生まれた人々で、
恐ろしく豊かであった。
企業に勤めて高給を取り、
好機と見れば転職し、
起業し、
金が金を作る人たちである。
安い仕事を嫌う自由もあれば、
安い労働力を使う自由もある。
しかし彼らの優雅な生活を底から支えているのは
貧しい地方からくる出稼ぎ労働者たちであった。
低賃金だが、貧困からの脱出を可能にする唯一の方法であった。


父も農村を出て、都会に出て、失意の帰郷をする。
村に留まった主人公に幸運が訪れたのは、
外国の商社が村の発展に手を貸したことだった。

彼にとって幸運だったのは
外国の商社が広い農地と用水の便に目をつけたことで、
ある年を境に状況が一変した。
努力と技術を持つ彼らは
同胞より親切で、礼儀正しく、
辛抱強い農業改革の指導者であった。
しかも農民の自立と増収を忘れていなかった。
(中略)
驚いたのは効率的な作付け、
農薬の適量、見栄えと品質の大事なこと、
安全性と信用、出荷方法といった技術情報を
異国の商社員が惜しげもなく教えてくれたことである。
(中略)
著しい成果の大部分は外国人の指導に依るところが大きかった。
寛容な彼らは自らの利益のうちに村の発展を組み入れていたし、
長い将来を見通すことに馴れていた。
消費者を無視して目先の儲けに飛びつくことが
本当の進歩をもたらさないことも知っていた。
ジェンドン(主人公)はそういうことも彼らから学んだが、
どんなときでも自分を正当化する民族の気質が彼の中にもあって、
規格外の野菜の混入や農薬の量の僅かな間違いを指摘されて、
つい反論することがあった。
しかし自己弁護のための感情的な屁理屈にも
彼らは顔色を変えずに向き合い、内心では呆れながらも、
目に見えない安全性やそのための努力が
大きな信用を生むことを諭しつづけた。
(中略)
慢心に気づいた彼は自身の過ちや油断を認めることからはじめた。
どういう教育を受ければ
彼らのように優しくなれるのだろうかと
見上げる気持ちであった。


主人公は生活の豊かさを手に入れるが、
戦争が始まる。

突然彼らの国と戦うことになったときも、
なにを馬鹿な、と彼は心底から失望した。
外国資本の流入によって経済成長を遂げながら、
軍備の増強を重ねた挙げ句、
利己的な思惑に任せて国力を振るい、
帝国化したのは自分たちの国であった。
それまで世界はどうにか平和で、
戦火を広げる必要などどこにもなかったのである。
国と国との敵対関係は人と人との深交を踏みつけて、
一般人には無意味な争いであったから、
ジェンドンは支配階級の過信と欲深さに辟易した。


事態は悪化し、主人公の環境は
元の劣悪なものに戻ってしまう。
そして、徴兵の知らせが届く。

病気の妻のために、農作物を整理し、
近所の人に妻を託して、
家を出る時の描写は哀切きわまりない。
家の前にうずくまる妻の姿を振り返り振り返りしつつ、
戦地におもむく主人公の姿に
涙を禁じえなかった。

声高でイデオロギーに満ちた反戦の叫びよりも、
ずしりと胸にこたえる反戦の叫び
それがこの一冊の本である。





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