小説『じっと手を見る』  書籍関係

[書籍紹介]

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富士山の見える地方都市。
25歳の介護士の日奈は、
祖父が死んで一人になった時、
面倒を見てくれた海斗と同居するが、
好きになれず別れ話を切り出す。
そんな時、出身専門学校のパンフレット作成で
東京からやって来た編集プロダクションの宮澤を好きになり、
肉体関係も生ずるが、
会社の運営に失敗した宮澤とは一旦別れる。
宮澤が東北の地方都市で営業マンになると、
押しかける形で同居し、
しかし、宮澤は東京から手を差し伸べた妻と共に元の鞘に収まる。

一方海斗は、日奈を失った傷が癒えないまま、
同僚の年上の介護士の畑中と関係を持ち、
やがて同棲生活に入る。
畑中は前夫から息子の裕紀を押しつけられたが、
海斗は裕紀が普通の子供ではないことに共感し、
畑中と結婚しようとするが、
畑中は別の男と共に東京に去ってしまう。

日奈は元の町に帰るが、
道路拡張計画で祖父と住んでいた家を手放し、
その家が取り壊される時、
海斗に一緒に立ち会ってくれるように依頼する・・・

というような話を7話の短編連作形式で綴る。
それぞれの章で、視点が変わり、
日奈→海斗→真弓→日奈→宮澤→海斗→日奈
4人の語り口で7つの物語が語られる。
最初の話から最後の話までの間に6〜7年の歳月が流れ、
それと同じように、
2011年から「GINGER L. 」に不定期連載で4回、
「小説幻冬」に3回、2017年まで不定期連載したものを
2018年4月に単行本化。

どの登場人物も心の中に空洞を抱えており、
人を真剣に愛することが出来ない。
愛しても逃げられる。
その孤独に煩悶しながら、
生活を営んでいる。

日奈も海斗も畑中も介護士なので、
その大変な仕事ぶりも細かく描写される。
要介護の老人を世話する仕事だから、
過酷なわりに報われるものは少ない。
老いて死に向かう老人たちを世話をすることで
自分の生活を確保していくことが罪悪感にさえなっている。
なにしろ、介護士になった動機が、
「食いっぱぐれることはない」という理由だというのだから。
日奈も海斗も真弓も
世話するべき肉親を身近に抱えているし、
その死が影を落とす。

介護施設の中での畑中の述懐。

夜明けが近くなると、
もう眠れなくなってしまった人たちが、
ゾンビのように廊下を歩き出すことがある。
ベッドの中にいられないんだろう。
天井だけを見ていることがつらいのだ。
目が冴えて、今まで生きてきたいろんな記憶とか、
喜びとか、後悔とか、
そんなものが波のように押し寄せてくるのは、
さぞかしつらいことだろう、
とも思う。


また、こんな描写もある。

できることが増えていくのが成長で、
できないことが増えていくのが老化なんだと、ふと思う。


どの登場人物の抱える孤独も、
理解は出来るものの、共感は出来ない
誰かに依存しなければ生きていけず、
人と心を通い合わせて生きていけない。
そして、迷い、求め、得て、失って、また求めて、繰り返す。
その原因は本人の心の中にあって、
閉塞感も自分が生み出したもののような気がする。
そういう性格が自ら不幸を呼び寄せているような気がしてならない。

宮澤が日奈との生活について思うこと。

(日奈と)いっしょにいる時間が増えれば増えるほど、
自分の気持ちは倦んでくる。
自分はそういうどうしようもない人間なのだ、
と軽自動車を運転しながら思った。
自分のテリトリーを侵されることに、
どうしてこんなに嫌悪感を持つのか。


登場人物たちの心情は基本ネガティブで、
もっと気楽に前を向いて生きていけないか、
と思うのは小説の読み方としては間違っているが、
読めば読むほど息がつまって来るような気分になった。

日奈の述懐。

もう自分は一生、人を好きになることがないのかもしれないと思う。
そのことに危機感すら抱いていない。
同僚から誘われた合コンにも行かなかった。
そこで誰かと出会ったり、
好意を持ったり、反対に持たれたり、
という状況がいやだった。
誰とも深くかかわりたくない。
それが本音だった。

                                        
日奈たちが住む町も、
宮澤が逃れた町も
ショッピングモールとフードコートがあり、
そこだけが住民の息抜きの場となっている。

題名は、石川啄木「一握の砂」を想起らせるが、
それとの関わりについては、記述がない。

著者の窪美澄は、
才能は感じられるが、
この人の作品を続いて読む気は起こらない

そういえば、この人の代表作とされ、
映画にもなった「ふがいない僕は空を見た」も前に読んだが、
このブログでは、
「若い女性ならいいかもしれないが、
大の男が読める本ではない」
一蹴
やはり、そうだったか。

先の直木賞候補にならなければ、
決して手を出さない小説。
直木賞の選考会では、第1回投票では1位だったという。
結果としては、受賞を逃したが、
いつか受賞する日は来るに違いない。

選考委員の評は次のとおり。

北方謙三
最初の三作に、日常を非日常に変えるほどの熱量を感じ、
後半ではその熱量が低下しているように感じた。
恋愛の終りに日常が剥き出しになるのは、
私の考える小説的醍醐味には欠けていた。

宮城谷昌光
こういうおとなしい小説は、
その底にとてもない勁さを秘めているものだが、
理法を超えて読み手を瞠目させるほどのすごみは出現しなかった。

浅田次郎
まったくその表題通りに、
働けど楽にならざる苦労を描いた佳品である。
そのテーマのシンプルさゆえに
小説のダイナミズムは欠くのだが、
舞台設定が自然で登場人物もよく練られており、
完成度はすこぶる高かった。
おそらく作者には清貧の世界観があるのだろう。
そうでなければ、理不尽な苦労をかくも清潔に描けるはずはない。

桐野夏生
達者な作品だと感心して読んだ。
地方都市に生まれ育った若者たちの、
どこにも行けない閉塞感。
その諦めの有様がうまく書かれている。
最近、よく見聞きする介護士の若者たちの起こす事件は、
彼らの何かの噴出である。
その噴出が感じられないだけに、
物語を作っている感が否めなかった。

東野圭吾
つい最近まで父が介護施設に入っていたこともあり、
親近感もあった。
なぜこんな魅力のない人間にこんなに惹かれるのか、
との疑問は愚問だと思わせる力が文章にあった。
しかしこのクラスの作品は世に溢れているような気もする。
特にこの小説が抜きん出ているようには感じなかったので
△とさせていただいた。

林真理子
東京に近い地方の街で、
介護士をしている女性とその恋人を描いたものだ。
絶望もしていなければ、
この街を出て行こうという強い野心もない。
ほどあいがまことによい書きっぷりで、
読後感がとてもよかった。
しかし不倫をする東京の男の独白はいらないと思う。

高村薫
文章がいい。
初回投票で最高点だったとおり、
等身大の人間の身体と感情と生活が
一つの小説空間をつくっており、読後感がよい。

宮部みゆき
この作品は、介護士ではなく、
介護士の日奈と海斗をとりまく五人の男女の
『ふぞろいの林檎たち』なのだなとわかると、
そこからはぐいぐい引き込まれました。
決選投票で敗れましたが、それは時の運で、
受賞してもおかしくない作品だったと思います。

伊集院静
今回の候補作の中でおそらく一番の支持を受けるだろうと思った。
特に「よるべのみず」は読後に苦くて酸っぱい感情が湧き、
ひさしぶりにこころを動かされた。
ただ私には大半の小品が、
小説というよりルポを読まされているように思えて推すことができなかった。





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