小説『ミッドナイト・ジャーナル』  書籍関係

[書籍紹介]

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埼玉県内で女児連れ去り未遂事件が連続して起こり、
中央新聞埼玉支局の記者関口豪太郎は異常な関心を示す。

というのも、7年前、連続女児誘拐殺害事件で
重大な誤報をした経験があるからだ。
アジトに向かう警察の動きを察知した松本博史が副署長に取材し、
豪太郎が記事を書いたところ、
ショベルカーを警察が出したことから
デスクの外山が「不明女児、遺体発見か」の見出しを付けてしまったのだ。
ヘリコプターで現場を見ていた藤瀬祐里
アジトから救出される女児を目撃し、
本社に伝えた時には、
輪転機は既に回っており、
トラックも出た後だった。

その「世紀の誤報」
地方に飛ばされた豪太郎だったが、
7年後埼玉支局に来た時には、
外山は社会部長となって本社に戻って来ていた。
一方、祐里は遊軍に回され、
今度の女児連れ去り未遂事件でも
豪太郎の応援に出ていた。
松本は自ら願い出て、整理部にいたが、
事件には関心を持っていた。

というわけで、女児連れ去り未遂事件と、
その後の女児暴行殺害事件を巡り、
豪太郎を中心とした埼玉支局の動きと本社との確執
それに警察への取材
リアリティ豊かに描く。
元記者という本城雅人ならではの作品。

豪太郎らは、未遂事件の女児が
「二人連れだった」と証言していることから、
7年前の事件も二人連れだった可能性が大きく、
死刑が執行された単独犯とされた犯人が
当初の供述で仲間がいた、と言っていたことから、
その片割れが今回の事件にも関与しているのではないか、
との疑いを持つ。
また、目撃者の証言から、
犯人の片割れは身長が185センチ以上ある長身だという記事も書く。
車種のカタログを目撃者に見せ、
顔がどの位置にあるかで身長をあぶり出す過程などスリリング。

こうした状況の中で、
支局と本社(警視庁担当)との縄張り争い
警察に対する取材方針
他紙とのスクープ合戦騙し合いなど、興味深い描写が続く。
特に、社内の勢力争いの苛烈な状況は、
タフな精神力がないと記者はつとまらない、との感想を抱く。

よく、捜査段階での情報が新聞に出るが、
一体誰が情報提供しているんだ、と疑念を持っていたが、
それも記者が長い年月をかけて
捜査員との信頼関係を作ってこそのものだと分かる。
毎晩、同じ捜査員に夜回り取材をして、
最初は門前払いで、やがて上にあげてもらえ・・
という努力の結果だ。
課長が各紙記者と順に1分間だけ単独取材に応じる、
などというのも初めて知った。
しかし、そのやり方が
記者間のスクープ競争を助長しているわけで、
かと言って警察の正式発表を待つだけでは、
報道の義務を果たせないという記者心理を納得できる。

新聞記者が出世を考え始めたらおしまいだ。
正否の判断が難しいネタは
危険を察して手を出さなくなるか。


結局、組織的に上に登っていくのは、
危険を犯さず、管理のみに長けた人、
ということになろうか。

とにかく描写がねばっこい。
緻密で臨場感たっぷり。
しかし、話がなかなか進展しないので、
少々読みづらい。
しかし、新聞版横山秀夫、という感じで、
やがてこの著者は直木賞を取るだろう。

第38回吉川英治文学新人賞受賞作

今年3月、テレビ東京でドラマ化された。
豪太郎には竹野内豊、
藤瀬祐里には上戸彩。

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映画『バッド・ジーニアス』  映画関係

[映画紹介]

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これは評判に違わず、面白い

小学生の頃からずっと成績はオールA、
中学時代は首席と
天才的な頭脳を持つ女子高生リン。
高校の面接で、この高校には入りたいない、と言い、
その理由として、授業料に加えて
交通費が一日いくら、かける日数で年額いくらの支出増、
更に、昼食代が一日いくらで年額いくら、
と暗算で計算し、
そのあまりの見事さに校長から
授業料免除の特待生、交通費は高校持ち、
昼食代さえ無償を確約させ、
交渉力まで持っていることを見せつける。
この場面で、まず観客の心を掴む。

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リンは裕福とは言えない家で育ち、
両親は離婚して、父子家庭だ。

新しい学校で最初に友人となったグレースを、
リンはテストの最中にある方法で救い、
それを聞きつけたグレースの彼氏・パットが
リンにカンニング・ビジネスをもちかける。
出来の悪い学生たちに答を教え、
謝礼をもらうのだ。
こうして、リンのカンニングのテクニックは
あの手この手で上達していく。

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一方、奨学金で大学進学を目指す苦学生・バンクは
それをよく思わない。
リンたちは、アメリカの大学に留学するため
世界各国で行われる大学統一入試STICで、
最大のカンニング・ビジネスを目論見、
バンクを仲間に引き入れようとするが・・・。

というわけで、
タイの高校を舞台にしたカンニング大作戦を描く。
タイは日本や韓国以上の学歴社会で、
カンニングしてでも試験に通ろうという土壌があるのだという。
そして、タイ社会の貧富の差もその背景にある。
カンニングの解答という知恵と技術を提供するのが、
父子家庭で育ったリンと
母が洗濯屋を営むバンクであり、
それを管理して儲けを企むのが
富裕層の男女。
片親で貧しい天才2人を
裕福な親を持つ凡才2人が搾取する
という構図にも
タイの社会構造が現れている。

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この映画は実話に着想を得ており、
2014年、米国留学適性試験SATで、
中国と韓国の学生によるカンニングが発覚。
受験予備校が主導し、時差を利用して、
外国の試験会場から、試験問題を携帯電話で伝える組織的な手口。
その実話の映画化を単なるコメディにせずに、
タイ社会の歪んだ構図に組み込んだ脚本が見事。

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随所に脚本・監督のナタウット・プーンピリヤの才能が発揮され、
「映画は監督のセンス」という持論を裏付ける。
特に最後の30分ほどの展開は、
「アルゴ」の最終30分にも匹敵するスリリングな展開。
カンニングを快く思わない人でさえ
彼ら彼女らの身になってハラハラドキドキするのは、
まさに監督の手腕である。
ここで、前のカンニング・テクニックが蘇るのも
趣向として面白い。
その阻害要因として、ある人と擦れ違うのだが、
ここで「のだめカンタービレ」を思い出したのは私だけだろうか。

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世界各地で大ヒットを記録し、
タイのアカデミー賞とよばれるスパンナホン賞で
作品賞、監督賞、主演女優賞、主演男優賞をはじめ史上最多12部門を受賞。

リンを演ずるチュティモン・ジョンジャルーンスックジン
モデル出身で映画初出演。
不敵な面構えがこの作品にふさわしい。
それにしても長い名前だ。
バンク役のチャーノン・サンティナトーンクンも
パット役のティーラドン・スパパンピンヨーも長い名前。
きっとタイ語で意味のある苗字なんだろう。

社会の裏側に存在する隠れた犯罪を
監督の手腕で美味しい料理に仕上げた。
映画の最大の味付けであるハラハラドキドキで魅了し、
登場人物への感情移入で心を掴み、
それでいながら、終盤は苦い味わい
「凡人」には出来ない技である。

5段階評価の「4」

予告編は↓をクリック。

https://youtu.be/VgzjsmeIpY0

新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町で上映中。

タグ: 映画

イグ・ノーベル賞  様々な話題

「イグ・ノーベル賞」という賞があるのを御存知でしょうか。

「人々を笑わせ、そして考えさせてくれる研究」
に対して与えられるノーベル賞のパロディー。

似たパロディの賞として、
ゴールデンラズベリー賞があり、
毎年、アカデミー賞授賞式の前夜に
「最低」の映画を選んで表彰するもので
ラジー賞とも呼ばれている。
イグ・ノーベル賞は、
それよりもっと本格的なもののようだ。

「イグノーベル (Ig Nobel)」とは、
ノーベル賞の創設者ノーベル (Nobel) に、
否定を表す接頭辞的にIgを加え、
英語の形容詞 ignoble(恥ずべき、不名誉な、不誠実な)にかけた造語。

イスラエルで発刊された科学ユーモア雑誌「再製不能な結果ジャーナル」誌の
マーク・エイブラハムズ編集長が
1991年、「風変わりな研究の年報」を発刊する際に創設した賞で、
面白いが埋もれた研究業績を広め、
並外れたものや想像力を称賛し、
科学、機械、テクノロジーへの関心を刺激するために始めたもの。
95年からはエイブラハムズ自身が立ち上げた
「ユーモア科学研究ジャーナル」誌に引き継がれ、
ハーバード・コンピューター協会、
ハーバード・ラドクリフ物理学生協会、
ハーバード・ラドクリフSF協会が協賛し、
現在に至っている。

毎年9〜10月に
「人々を笑わせ、そして考えさせてくれる研究」や
風変わりな研究、社会的事件などを起こした
10の個人やグループに対し、
時には笑いと賞賛を、時には皮肉を込めて授与され、
脚光の当たりにくい分野の地道な研究に、
一般の人々の注目を集めさせ、
科学の面白さを再認識させてくれている。

選考対象は5千を超える研究や業績(自薦も含む)で、
書類選考はノーベル賞受賞者を含む
ハーバード大学やマサチューセッツ工科大学の教授ら
複数の選考委員会の審査
を経て行われる。

皮肉や風刺が理由で賞が授与される場合もある。
例えば「水爆の父」として知られるエドワード・テラーは
「我々が知る『平和』の意味を変えることに、生涯にわたって努力した」
として、1991年にイグノーベル平和賞を受賞した。
1995年には、フランスのジャック・シラク大統領も
「ヒロシマの50周年を記念し、太平洋上で核実験を行った」ため、
平和賞を受賞した。
1999年の科学教育賞は、
進化論教育を規制しようとした
カンザス州教育委員会並びコロラド州教育委員会に贈られた。

授賞式には
プレゼンターとしてノーベル賞受賞者も多数参加し、
ハーバード大学のサンダーズ・シアターで行われる。
ノーベル賞では、
式の初めにスウェーデン王室に敬意を払うのに対して、
イグノーベル賞では、
スウェーデン風ミートボール(スウェーデンの郷土料理)に敬意を払う。
また、受賞者の旅費と滞在費は自己負担で、
授賞式の講演では、聴衆から笑いをとることが要求される。

観客もおとなしく聴いているだけでなく、
授賞式の初めに全員が紙飛行機を作り、
投げ続けるのが慣わしで、
その掃除のためのモップ係は、
ハーバード大学教授(物理学)のロイ・グラウバーが例年務めている。
2005年のみ例外となったが、
これはグラウバーがノーベル物理学賞を受賞し、
そちらの式典に出席していたためである。

賞金は原則としてゼロだが、業績にちなんだ副賞が贈られる。
2015〜2017年では受賞者に対し、
10兆ジンバブエ・ドル(紙幣1枚=2〜3円)が授与された。

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                      (私のコレクションから)

(ジンバブエはハイパーインフレで、
高額紙幣が発行されていることで知られる。
↓は、300億ジンバブエドルを抱えて
パン1個を買いに行く市民。

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↓は100兆ジンバブエドル紙幣。

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インフレがおさまらないため、
ジンバブエ政府は自国通貨の発行を断念。
現在は米ドルと南アフリカランドが通貨となっている。)

賞が創設されて以来、日本は繰り返し受賞しており、
イグノーベル賞常連国になっている。
これまでに24組がイグ・ノーベル賞を受賞していて、
開催地のアメリカに次ぐ水準となっている。

1997年にはバンダイ株式会社の「たまごっち」開発者が経済学賞を、
2002年にはタカラの「バウリンガル」開発者が平和賞を、
2004年には「カラオケ」の発明者が同じく平和賞を受賞している。
1995年、渡辺茂さんが
「ピカソとモネの絵を見分けるハトの研究」で心理学賞を、
2005年にはドクター中松義郎さんが
「35年間に渡り自分の食事を毎回撮影し、
食べた物が脳の働きや体調に与える影響を分析し続けたこと」
で栄養学賞を受賞。
そのほかにも、2014年、馬淵清資さんが
「床に置かれたバナナの皮を人間が踏んだ時の摩擦係数を計測した研究」で物理学賞を、
2009年、日本の田口文章氏その他北里大学大学院の研究者が
「ジャイアントパンダの排泄物から
生ゴミを90%以上削減できる細菌を抽出した」
で生物学賞を受賞。
2013年、内山雅照さんが
「心臓移植をしたマウスに、オペラの『椿姫』を聴かせた所、
モーツァルトなどの音楽を聴かせたマウスよりも、
拒絶反応が抑えられ、生存期間が延びたという研究
」で医学賞を、
2018年、堀内朗さんが
「大腸の内視鏡挿入を容易にするために
内視鏡スコープを自ら大腸に挿入することを研究したことについて」
で受賞。

(歴代の日本人イグ・ノーベル賞受賞者)

2018年:大腸内視鏡スコープを自ら大腸に挿入することの研究
2017年:生物学賞 雄と雌で生殖器が逆転している昆虫の発見
2016年:知覚賞 「股のぞき効果」奥行きの距離の見え方について
2015年:医学賞 キスでアレルギー反応を軽減させる研究
2014年:物理学賞 バナナの皮を踏んだ時の摩擦の大きさ

2013年:化学賞 玉ねぎを切ると涙がでる原理についての解明
2013年:医学賞 ネズミがオペラを聞いた時の延命効果の検証
2012年:音楽書 人の話しの邪魔をする「Speech Jammar」の発明
2011年:化学賞 わさびを使って人を起こす火災警報器に発明
2010年:交通計画 粘菌を使った鉄道網の最適化

2009年:生物学賞 パンダの排泄物を利用した台所ごみの減量法
2008年:認知科学 粘菌が迷路を解くことを発見
2007年:化学賞 牛フンからバニラの香り成分を見つけた
2005年:生物学 カエルをにおいでカタログ火
2005年:栄養学 34年間の食事が及ぼす脳や体調へ変化

2004年:平和賞 カラオケの発明
2003年:化学賞 カラスよけの合金の発明
2002年:平和賞 犬語翻訳機「バウリンガル」の開発
1999年:化学賞 浮気発見スプレー「Sチェック」の開発
1997年:生物学賞 ガムの味による脳波の違いの研究

1997年:経済学賞 仮想ペット「たまごっち」の開発
1996年:生物多様性賞 ミニ恐竜、ミニ馬などのミニ種の発見
1995年:心理学賞 ハトを訓練してピカソとモネの絵の区別をさせる
1992年:医学賞 足の臭いの原因物質を特定

継続的に受賞しているのは日本以外にイギリスで、
「バッタが映画『スターウォーズ』を見たら興奮するかどうかを調べるため、
脳細胞の活動を電子的にモニタリングした研究」
が2005年の平和賞、
「名前を付けて育てた牛の方が、名無しの牛より乳の出が良くなること」
を証明した研究チームが2009年の獣医学賞に選ばれるなど常連となっている。

創設者のエイブラハムズによれば、
「多くの国が奇人・変人を蔑視するなかで、
日本とイギリスは誇りにする風潮がある」
という共通点を挙げている。

日本人は真面目、
というのが通説だが、
ユーモアあふれる面もあるのだと知ると、
ちょっと勇気を与えられる。

こうした「馬鹿馬鹿しい研究」の中から
本物のイノベーションが生まれて来るのかもしれいない。



エッセイ『納得して死ぬという人間の務めについて』  書籍関係

[書籍紹介]

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シニア向け定期購読誌「毎日が発見」に
2016年5月号から2018年1月号に
連載されたものを単行本化。
2018年5月23日発刊。

この9月17日で87歳になる著者には、
最近、終末期を扱ったものが多いが、
この本もその一冊。

生き物に必ず訪れる「死」というものを
正面からとらえ、
それをどう迎えるかを問う。

その基本になるものは、
著者が通っていたカトリック系学校での
「人生は単なる旅路にすぎない」
「人生は永遠の前の一瞬である」
という概念だった。

この境地に至るのはなかなか難しいが、
思春期時代に
この概念に至り、受け入れたことが
著者の幸運だった。

目次は、次のような内容。

第一話
日本人は高度な学問は学ぶが
誰もが確実に体験する死は
学校で教わらずに社会に出る。
こんなおかしな話はない。

第二話
人生は思い通りにならない。
それでも人間には
小さな幸福が与えられている。
それだけでいいのだ

第三話
私たちは日常性の中で
なんということなくある日
この世から「劇的でなく」
消えるのがいい

第四話
晩年はいつでもやってくる。
だから金も知識も人間関係も
常に「整理」しなければならない
人生は整理の仕方にかかっている

第五話
六十歳を迎えたら
自分はどのように金を使い
何をしたら満足するか
事前に少しでも予測すべきだ

第六話
金の使い方、住む場所、人間関係…
体力を失うまでに
自分の好みとする人生を
選び取らねばならない

第七話
大切なのは生き残る家族だ。
だから彼らが安心できる状況を
死ぬ前に作ることは
非常に意味がある

第八話
人は運命に流される。
が、不運に思えるような
その運命の中にさえ
大きな意味を見出すことがある

第九話
他人に期待されることなく
遊んでいるようにしか見えない
死を目前にした老年期こそ
学ぶのに最適な年月である

第十話
あれもこれもできなくなった
と不満を抱くことなく
あんなこともこんなことも
できる、してもらえると
感謝すべきである

第十一話
利己的で不機嫌な老人になるか、
明るく楽しい老人になるか。
いかに最後の日を送るかは
自分で決めることである

第十二話
常に別れの日を意識して
人と会っていることが必要だ。
そして、できれば温かい優しい
労わりを示し別れたいものだ

第十三話
肉親を亡くすことは
ごく平凡な変化である。
家族はそれをできるだけ静かに
何気なくやり過ごす義務がある

第十四話
努力と結果は一致しないし
将来の幸福とも関係ない。
努力は現世で成功するためではなく
悔いなく死ぬための準備である

第十五話
人生は目的に達すれば
いいというものではない。
楽しんだり苦しんだりする
道程に意味があるのだ

第十六話
日本では稼ぎ手の夫が死んだから
飢えに苦しむという状況はない
だからこそ喪失は心理的なものとなり
残された者の悲しみは深くなる

第十七話
安定と不変が維持するのに
最も困難なものである。
だから生涯共に何十年かを
生きられることは
大きな幸運と思わねばならない

第十八話
現在何歳であろうと
与えられた死までの時間を大切に
分相応に使わなければならない。
そして、死を常に意識して
謙虚に生きなければならない

あとがきにかえて               
 
                
大体これで著者の書こうとすることは分かろうというものだが、
やはり、著者らしい箴言が随所にちりばめられている。

○人は死ぬまでに人間関係の整理をつけなければならない。
その第一は家族であり、
次に働く場所で会う人々、
あるいは学校で知り合った友達などである。
(中略)
人間関係をいいものにして死んでいけるということは
非常に大切なことだと私は思っている。
そのために必要な二つの徳は
「寛大」と「赦し」である。
寛大はその人の魂の受容量を示し、
赦しはその人の精神の強靱さを示す。

○老残を体験するのもまた、
人間に贈られた一つの貴重な体験だ。


私なぞ、
70歳になった時、
「老残をさらしたくない」
などと言って、
全ての交友を絶った身なので、
このような言葉を聞くと、耳が痛い。

○強いて言えば、
勉強の楽しさというものは、
魂の空間に、
今後の思考の足しになるようなものを
満たしていくことなのかと思う。


そして、
ストア派の哲学者であるエピクテトスの言葉を引く。

「表面上、ぶらぶら遊んでいるようにみえる老年期こそ、
実は学ぶのに最適な年月なのだ」

○老年という時期は、
他人に期待されていないだけ、
自由に生きられるという特技を持っている。

○加齢は人間に知恵を与える。
その味を楽しまないことには、
人生の最後が完成しない

○同じ、八十歳、九十歳を生きるにしても、
どういう最後の日々を送るかは、
その当人が「創出」すべきことである。
孤立し、周囲と無縁で口をへの字に曲げ、
利己的で不機嫌なお爺さん、お婆さんとして生きるか、
最後まで周囲に気を配り、
少しだけ服装にも関心を持つ
明るく楽しい老人になるかは、
厚労省の決めることでも、
地方自治体が指導することでもない。
それは各人が
若い時から、
意図的にデザインすることだろう

○私は個人的に、安楽死にも反対である。
生涯の長さも死期も
人間以外の何か──神でも仏でも──にお任せして、
その命令に従うのが好きなのだ。

○食べなくなる、ということに、
私たちはあまり心理的な苦痛を覚えなくてもいいように思う。
食べなくなることは、
その人がある年齢になって、
近い将来、生きることを止めたい、
ということを自ら語っているので、
きわめて自然なことではないかと思う。


曽野さんという方は、
政治的な発言は避けてきた方だと思うが、
珍しく、次のようなことも書いている

○先日、稲田朋美前防衛大臣が着任した時は、
なぜわざわざ人気取りのような人事を
安倍総理という方はするのか、と思ったものだ。
防衛大臣には普通女性は起用しない。
(中略)
不自然はすべて美しくない。
女性が社会で活躍する分野は途方もなく広い。
しかしいくら現在、
私たちは平和を望み
戦争への道は避けようとしているといっても、
古来戦いには従事してこなかった女性を、
大臣に起用することはないのだ。
(中略)
もし母子問題担当省というのがあったら、
その大臣は女性がいい。
問題を知り尽くしているのだから、
わざわざそのポストに
不自然に男性を充てることはない。

○すべての人が、
死までの日々と時間を、
その人なりに同時代の人の生のために捧げる。
いいか悪いかを選べる問題ではない。
人間はそのような地球の計画に
組み込まれているのである。
(中略)
神はわざと多くの人々に違った才能を持たせて
世に送り出されたことを私たちに示された。
肉体労働に向いている人もいれば、
労働はまったくだめでも、
法律を作ったり解釈したりするには
なくてはならない人もいる。
そのどちらも必要な人であることははっきりしている。
「あらゆる人のおかげ」という現実に
感謝がないから
人間は不満の塊になる。
或いは直接何かしてくれた人にしか
お礼を言わない人になる。
しかし私たちは、
朝起きてから夜寝るまで、
他人の世話になっている。
そして自分も分に相応した働きをすることで、
意識しなくてもそれにお返ししている。

まさに、人が「生かされ」、繋がっていることに
人生の意味はある。
それに「納得」して死ぬということ。
しかし、その悟りはなかなか難しいことのようだ。

まあ、納得してもしなくても、
死は平等に訪れるのだから、
気にしなくてもいいのかもしれない。


映画『響─HIBIKI─』  映画関係

[映画紹介]

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全く眼中にない作品だったが、
あまりの評判の良さに、観た。

文芸雑誌の新人賞に1通の応募作が送られて来る。
しかし、手書きの原稿で、
データで送るという規程から外れているので、廃棄の運命に。
それを拾いあげたのが編集者の花井ふみ(北川景子)。
作品の出来を見て、棄てるのは惜しいと、
同僚に手伝ってもらってデータ入力し、
応募の体裁を整える。
問題は、応募者の名前しか分からず、
連絡の取りようがない点だった。

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その応募者は鮎喰響(あくい・ひびき 平手友梨奈) という15歳の女子高校生。
高校の文芸部に所属する響は、
自分の作品がどう評価されるかを知りたい動機で応募し、
受賞など期待していなかった。

ひょんなことから花井と出会った響は、
やがて新人賞を受賞する。
しかし、受賞式の場で暴力事件を起こすなど、
問題行動ばかりで花井を翻弄する・・・

この響のキャラクターが全て。
真っ正面から正論を吐き、
相手が理不尽な態度を取れば、暴力で対応する。
周囲の「大人の事情」など全く無視して、
まっすぐな行動を取る。
そして、作品の力で勝利を勝ち取っていく。

暴力とは、たとえば、
文芸部にたむろす不良学生に「殺すぞ」と言われて指を折る。
治療費を請求する相手に、
「貴方がケンカを売ったから、私は買った。
それで負けて金を要求するなど男らしくない」
と相手を納得させる。
親友に対して侮辱的発言をする芥川賞作家に飛び蹴りを食らわす。
同時受賞の男性新人作家の作品軽視発言が許せず、
授賞式の場で椅子を振り上げる。
そして、芥川賞・直木賞の記者会見の場で
花井を意地悪く追及したジャーナリストにマイクを投げつける。
暴力はいけない、と大人は言うが、
暴力でしか相手を変えられないこともある。

こうした言動で、周囲の大人たちが
自分を見つめなおすきっかけとなる。
たとえば、過去の栄光だけを引きずっている芥川賞作家には、
受賞後5作目までで、あとはクソだとはっきり言い、
作家の惰性を目覚めさせる。
スクープを目指す記者には、
「世間がどうとかでなく、自分の意見を言え」と迫る。
同じ文芸部で作家を目指す祖父江凛夏(アヤカ・ウィルソン) の作品は、
はっきりと「つまらない」と切り捨て、現実に気づかせる。
一方、良い作品を書く作家には、
率直に、「貴方の小説、好きです」と握手を求める。
たびたびノミネートされながら受賞に至らず、
自殺しようとする作家志望者には、
「10年でダメなら、11年続ければいい」と告げ、
「人が面白いと思った小説に
作者の分際で何をケチつけてんのよ」
と言い捨てる。
暴力を振るったことで世間に詫びろと迫る記者に、
「もう本人には謝った。世間に謝れって何」と質問する。
同時受賞者には、「作品を読まずに悪口を言うなんて卑怯よ」と言う。
私もシナリオ修行をしていた頃、
「こんなシナリオ、題名を見れば中身は分かる」と中年の方に言われて、
「貴方は神様か」と迫ったことがある。

というわけで、
世間の常識や建前や処世術を吹き飛ばし、
自分の信じる生き方を絶対曲げない主人公の姿は魅力的だ。
演ずる平手友梨奈という女の子は、
全く知らなかったが、
エンドクレジットで歌を歌っていたので、歌手だったかと知り、
後で「欅坂46」の一員だと知った。
聞けば、原作者がこの子を想定して描いたのだという。

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「マンガ大賞2017」大賞受賞作品の柳本光晴のコミックが原作。

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元々マンガだから、
今どきの高校生なのに手書き原稿、
芥川賞・直木賞のダブルノミネートなどという
非現実な展開も言うだけヤボか。
もっとも同一作品両賞候補は、
1951年「イエスの裔」の柴田錬三郎はじめ4人いる。
(柴田は直木賞を受賞)

監督は月川翔
終わり方からして、続編ありだと分かる。

5段階評価の「4」

予告編は↓をクリック。

https://youtu.be/6_9DS6aASSY

TOHOシネマズ他で拡大上映中。

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