ラオスに飛びます  旅行関係

今日からラオスに行ってまいります。
娘と一緒。

ラオスって、どこ?
という方もいると思いますが、ここです↓。

クリックすると元のサイズで表示します

もう少し近くに。

クリックすると元のサイズで表示します

見て分かるとおり、
東南アジア唯一の内陸国。(海に接しない国)

正式名称は、
ラオス人民民主共和国、通称ラオス。
人口約691万人。
面積は日本の約63%で、
国土の約70%は高原や山岳地帯。
永世中立国。
社会主義国家。
多民族国家で、ラーオ語が公用語。
国旗は↓。

クリックすると元のサイズで表示します

ラオスの歴史は、
中国南西部(現在の雲南省中心)にあった
ナンチャオ王国(南詔国)の支配領域が南下し、
この地に定住者が現れた時代に始まります。

王国滅亡後の1353年に、
ラーオ族による統一王朝ラーンサーン王国
ファー・グム王により建国され、
その勢力は現在のタイ北東部や
カンボジア北部にまで及びました。
ラーンサーンとは「100万のゾウ」という意味。
昔、ゾウは戦争の際に戦車のように使われていたため、
この国名は国の強大さを示し、近隣諸国を警戒させました。

18世紀にはヴィエンチャン王国、
ルアンパバーン王国、チャンパーサック王国の3国に分裂し、
それぞれタイやカンボジアの影響下に置かれ、
両国の争いに巻き込まれる形で戦乱が続きました。

19世紀半ばにフランス人がインドシナ半島に進出し始めた頃には、
ラオスの3国はタイの支配下にありました。
ラオスの王族はフランスの力を借りて隣国に対抗しようとし、
1893年に仏泰戦争が起こり、
その結果、ラオスはフランスの保護国となり、
フランス領インドシナに編入されました。

第二次世界大戦中は
日本が仏ヴィシー政権との協定により占領しました。
フランス領インドシナは
日本軍の明号作戦によって解体され、
ラオスは1945年4月8日に
日本の協力のもとで、独立を宣言。

しかし、大戦後、
フランスが仏領インドシナ連邦を復活させようとしたことから、
1946年に第一次インドシナ戦争が勃発。
1949年、ラオスはフランス連合内のラオス王国として名目上独立。

1953年10月22日、
フランス・ラオス条約により完全独立を達成しましたが、
独立後、右派、中立派、左派によるラオス内戦が長期にわたり続きました。
ベトナム戦争にも巻き込まれ、
北ベトナムによる南ベトナムへの補給路に使われました。

1973年にアメリカ合衆国がベトナムから撤退。
1974年、三派連合によるラオス民族連合政府が成立。
1975年に南ベトナムの首都サイゴンが陥落すると、
同年12月に連合政府が王政の廃止を宣言。
社会主義国のラオス人民民主共和国を樹立しました。

2013年のラオスのGDPは100億ドル。
一人当たりは1475ドルで、
世界平均の15%に満たない水準。
1日2ドル未満で暮らす貧困層は
国民の60%を超える412万人と推定されています。

↓伝統衣装シンを着たラオスの女性。

クリックすると元のサイズで表示します

首都はヴィエンチャンですが、
今回行くのは、北部のルアンパバーン↓。

クリックすると元のサイズで表示します

町そのものが世界遺産、という町です。

メコン川に接しています。

クリックすると元のサイズで表示します

朝は托鉢風景を見ることが出来ます。

クリックすると元のサイズで表示します

市場はご覧のとおり、地面置き。

クリックすると元のサイズで表示します

夜はナイトマーケットというのが開かれ、

クリックすると元のサイズで表示します

これも楽しみの一つ。

クリックすると元のサイズで表示します

いろいろ食べて、

クリックすると元のサイズで表示します

田舎の景色を楽しんで来ます。

クリックすると元のサイズで表示します

2泊4日という超短期旅行。
20日には戻ります。






AutoPage最新お知らせ