小説『銀河鉄道の父』  書籍関係

[書籍紹介]

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宮沢賢治(1896〜1933年 明治29年〜昭和8年)の生涯を描くが、
賢治本人ではなく、
父親である政次郎の側から描くのが特色。
しかも、父(賢治から見たら祖父)の喜助から
「お前は、父でありすぎる」
と警告されたほど、父親としての愛情が深い。

その場面。

「お前は、父でありすぎる」
それが赤痢よりも遥かに深刻な病であるかのような、
憂いにみちた口調だった。

賢治の生家は祖父の代からの質屋だった。
政次郎は小学校の成績は全て「甲」で、
校長から「花巻一の秀才です」
と折り紙をつけられ、本人も
「中学校に進みたいのです」
と希望したが、
「質屋には、学問は必要ねえ」
と一蹴される。

中学校へ行ったところでソロバンが上手になるわけではなく、
質種に値がつけられもしない。
そもそも全国的に、
──本を読むと、なまけ者になる。
というのは、質屋にかぎらず商家の常識にほかならなかった。
本を読むと、ものを考えるようになる。
そんなのは手淫とおなじく、
ただ前途有為な若者から
精をうばう悪習でしかなかったのである。


という時代の話。

賢治の場合も同じ運命をたどりそうになった。
家族会議の場で、
喜助は
「質屋には、学問は必要ねぇ。
中学なんぞより店へ入れ。
店の手伝いをしろ、
お前の父親と同じようにな」

と断定するのに反して、
政次郎は中学進学を認めるのである。
自分でもおどろくほど優しい声で、
「いいよ」

と。

その状態は、その後も続く。
中学をあまり良い成績ではなく(88人中60番)卒業した賢治が
上に進学したいと言うのを断念させ、
店番をさせると、
農家の嫁にいいようにあしらわれて、
稲刈り鎌に高い金を貸す始末。
商売に向いていないのではないかと心配した政次郎は、
上への進学(盛岡高等農林学校)を許してしまう。
そして、卒業後、製飴工場を経営したいと言ってみたり、
学校に研究生として残ったり、
人造宝石の事業を始めようとしたり、
日蓮宗系の宗教団体に入ったり、
腰の定まらない賢治の行く末を案じながら、
ことごとく許してしまう父親像が描かれる。

こういう描写がある。

(いつまで、こんなことを)
ため息をついた。
われながら愛情をがまんできない。
不介入に耐えられない。
父親になることが
こんなに弱い人間になることとは、
若いころには夢にも思わなかった。


妹トシとの深い愛情も涙をそそる。
賢治が創作にのめりこむきっかけが
病床のトシに物語を読み聞かせるためだった、
という動機も描かれる。
しかし、何より、
賢治の創作は、次のようなものだっただろう。

より根本的なのは、
それとはべつの理由だった。
「お父さん」
賢治はなおも原稿用紙の塔を見おろしつつ、
おのずから、つぶやきが口に出た。
「・・・おらは、お父さんになりたかったのす」
そのことが、いまは素直にみとめられた。
(中略)
自分は父のようになりたいが、今後もなれる見込みは、
(ない)
みじんもない。
それが賢治の結論だった。
自分は質屋の才がなく、
世わたりの才がなく、
強い性格がなく、
おそらく長い寿命がない。
ことに寿命については
親戚じゅうの知るところだから
嫁の来手(きて)がない。
あってもきちんと暮らせない。
すなわち、子どもを生むことができない。
自分は父になれないというのは
情況的を比喩であると同時に、
物理的に確定した事実だった。
それでも父になりたいなら、
自分には、もはやひとつしか方法がない。
その方法こそが、
(子供(わらす)のかわりに、童話を生む)
このことだった。
原稿用紙をひろげ、万年筆をとり、
脳内のイメージを追いかけているときだけは
自分は父親なのである。
ときに厳しい、ときに大甘な、
政次郎のような父親なのである。
物語のなかの風のそよぎも、
干した無花果も、
トルコからの旅人も、
銀色の箒星(ほうきぼし)も、
タングステンの電球も、
すきとおった地平線も、
すべてが自分の子供なのだ。


そして、こうも書く。

子供のころから石を愛し、
長じては、
──人造宝石を、売りたい。
という野望を抱いた二十九歳の青年は、
ここでとうとう、ことばの宝石をつくりあげた。
どんな商人にも、
どんな鉱物学者にもなし得ないことだった。
賢治は詩人として、いや人間として、
遺憾なき自立を果たしたのだ。
父親がどう思おうが。


政次郎のような父親像は、
日本の歴史において、
端境期の父親像のような気がする。
厳しさと甘さが同居した父親像。
その後、日本の父親は、甘さだけの姿に落ちてしまったが・・・

大変魅力的な作品で、
一気に読まされた。

先の直木賞受賞作
ほぼ満場一致の受賞だったという。
選考委員の評価は、下のとおり。

桐野夏生
(息子の賢治を)信じつつも失望させられ、
裏切られても愛することをやめられない。
どうしようもない父親の姿が、
ほどよい距離感をもって淡々と描かれている。
その筆致は心地よく強い。
優れた父性小説であると同時に、
賢治の創作の苦しみも伝わる、
感動的な作品となった。

北方謙三
確実な力を感じた。
宮沢賢治は、手強い題材であっただろう。
父の視点から描くことによって、
賢治像だけでなく、
母親や弟妹の姿まで、くっきりと浮かびあがってきた。
小説として、世界の拡がりを持った。
それは普遍を獲得している、ということであろう。

林真理子
東北の素朴で平凡な父親像が、
これほど心をうつとは。
賢治の変人ぶりをあますところなく描き、
そして父親のとまどいをどことなくユーモラスな筆致で描いた。
こうした昔のものを書く時に、
年表をなぞったような小説になる人は案外多いものだ。
が、門井さんの場合は歴史的ことがらが
実になめらかに文章になっている。

東野圭吾
主人公は自分で描く理想の父になろうと懸命で、
うまくいかない時には焦り、
うまくいっている時には褒めてもらいたがったりする。
その俗物な描き方が面白かった。
この作家はミステリ出身でありながら、
視点に対するこだわりが全くないのだが、
それも独特の味になっている。
受賞は予想通りだが、○にしなかったのは、
オリジナリティがどこにあるのか、
私にはわからなかったからだ。

伊集院静
一回目の選考から、文句無しの各選考委員の支持を受けました。
私もその中の一人ですが、
私が何よりこころ打たれたのは、
最終章に近い一節で、母のイチの話として語られる
宮沢賢治が息を引き取る箇所です。
私が門井さんに感心したのは、勿論、
父に対する息子の気遣いもありますが、
うららかな口調と、
敢えて臨終の人間に感情、情緒の表現を入れたことです。

宮部みゆき
宮沢賢治がどこまでもお父さんを愛する息子だったことを、
自分がそのように愛されていると気づかないほど
深く息子を愛している当のお父さんの視点から、
奇をてらわず抑制を効かせ、
平易で明快な言葉で、
そこに日向を置くように暖かく穏やかに綴った作品。
受賞はほぼ満場一致で決まりました。

浅田次郎
宮沢賢治は存在そのものがエモーショナルなので、
実は小説の素材に適さない。
まずそのあたりを十分承知のうえ父親の視点を通して賢治を描いた。
妙案と言えるこの基本構造が、
悲劇を過剰にせずよく制御して、
文学的感動を喚起することに成功した。

高村薫
小説の引き算を教えてくれる手練れの作品である。
作者が本作で目指したのは宮沢賢治の文学的昇華ではなく、
このまますぐに舞台に載せられるような父子の物語である。
まさに門井流の、この適度な軽さもまた、
小説の奥深い秘密だろう。

宮城谷昌光
宮澤賢治という個性と作者の個性が融合する、
その点が少々ずれているとみた。
資料なんぞ放擲して、
門井氏独自の世界のなかに宮澤賢治を引き込んでもらいたかった。
この小説は、行儀がよすぎる。





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