文大統領演説  政治関係

韓国の文大統領
三・一独立運動記念式で演説した。
三・一独立運動とは、
1919年3月1日に起こった
日本からの朝鮮独立運動のこと。
従って、その記念式の演説が
反日の色彩を帯びるのは当然だが、
その内容がひどい。

竹島については、
「独島は日本の朝鮮半島侵奪(侵略)の過程で
最初に占領されたわれわれの領土だ」
とし、
「日本がその事実を否定するのは、
帝国主義による侵略に対する反省を
拒否するものにほかならない」
と述べたという。

竹島を、日本政府が閣議決定で島根県に編入したのは、
1905年(明治38年)1月、
日韓併合は1910年(明治43年)のことだから、
帝国主義の侵略とは、何の関係もないはず。

日本の竹島編入措置は、
国際法のいう「先占」によるもので、
先占の要件は、対象地が無主地であることで、
国家の領有意思をもってする実効占有である。
この時、そのことに異議を唱える国はなかった。
もちろん、当時は独立国であった朝鮮は、
何の抗議も異議も主張していないのだ。

そして、1951年に締結された
サンフランシスコ講和条約では、
竹島は日本領として認めている。

そのサンフランシスコ講和条約発効直前の
1952年1月に韓国の李承晩大統領が
現在の竹島と隠岐との間に境界線(李承晩ライン)を一方的に引き、
竹島を自国領としたものだ。

日本は韓国へ平和的解決を求め
国際司法裁判所に付託することを何度も提案しているが
韓国は応じていない。
つまり、韓国は分が悪いことを知っているからだ。

日本海の呼称問題でも、
韓国は日本帝国主義と関連付けるが、
日本海の呼称はそれより遥か昔のことで、
何でもかんでも日本帝国主義に結びつけるのは、
やめてもらいたい。

また、文演説では、
日本が慰安婦問題を巡る2015年末の韓日合意で
問題は解決したとしていることに対し、
「加害者である日本政府が『終わったことだ』としてはならない」
と指摘。
「戦争中に起こった反人倫的な人権犯罪は、
終わったという言葉で覆い隠されない。
不幸な歴史であるほどその歴史を記憶し、
歴史から学ぶことだけが真の解決だ」
と強調した。

その一方で文大統領は
「日本は人類普遍の良心で歴史の真実と正義に向き合わねばならない。
日本が苦痛を与えた隣国と真に和解し、
平和共存と繁栄の道を共に歩んでいくことを願う」
とした上で、
「日本に特別な待遇を求めない。
ただ最も近い隣国らしく、
真の反省と和解の上で
共に未来に進むことを願うだけだ」
と述べ、
未来志向的な両国関係の構築を目指す考えを改めて示した。

何を言おうとしているのか、さっぱり分からない
「真に和解」「真の反省」
と言っているが、
和解も反省も、
日本政府は何度も表明しており、
それを「真に」などと言って拒否しているのは、
韓国政府である。

未来志向的な両国関係を言うなら、
70年も前のことを何度も何度も蒸し返しているうちは、
それこそ「真の」未来など構築できないだろう。

「加害者である日本政府が『終わったことだ』としてはならない」
とは、
「うん、いいフレーズを見つけた」
と得意だろうが、
確かに、一方的に「加害者」が「終わった」と言えば問題だが、
日韓合意は「加害者」「被害者」の両者が
「最終的かつ不可逆的な解決」
として合意したものだから、
全然違う。

日韓合意は、
両国の間にトゲのように刺さっている慰安婦問題を
解決するために、
両国で知恵を集めたものだ。
韓国側が「政府の謝罪」と「国家予算による賠償」を
求めたことから、
日本はそれに応じた。
本来、冤罪である慰安婦問題を
人道問題として捉え、
一歩譲ったもので、
当時、日本でも「譲り過ぎだ」という議論があった。

しかし、いつまでもこの問題を抱いたままでは
両国関係が正常化されないことから、
あのような合意が生まれたのだ。

そうした、過去の先人たちの努力を
無にして、
「解決できていない」
と言うのだから、
どうかしている。
というか、
今回の文演説を聞いても、
はっきり言って、
頭が悪いとしか思えない。

北朝鮮について
日韓と米国が連携していかなければならない時に、
それに反することを言ってどうするのだ。

そういえば、
国連で「慰安婦問題は解決していない」
と主張して「互いに非難・批判することを避ける」
という日韓合意に違反した外務大臣や
「財団を解散する」と
韓国政府と違うことを言った家族相など、
一体、韓国政府は処分しないのだろうか。

竹島問題も慰安婦問題も徴用工問題も
一方的に韓国が仕掛けてきたものだ。
韓国が大人になって、
口をつぐめば済む問題なのだ。

こうした相変わらずの対応に対して、
次のような産経新聞のコラムは興味深い。

韓国の文在寅大統領は1日のトランプ米大統領との電話会談で、
近く北朝鮮に特使を派遣する方針を伝えた。
これについて、サンダース大統領報道官は、
朝鮮半島非核化のプロセスとして歓迎の意向を示したが、
さて米国の本心はどうか。
対北融和路線を突き進む文政権への警戒心を、
一層強めたのではないか。

「米国では今、『韓国疲れ』が広がっている」。
先日、韓国駐在経験のある知人の外交官からこんな話を聞いた。
北朝鮮危機を契機に、政府・軍レベルで
韓国との接触・対話が大幅に増えたことで、
米国は今さらながらに韓国の安全保障観や対北認識などの
異質さを思い知ることになったのだという。

これまで米国では、一部の韓国専門家が、
韓国の考えを米国人が理解できるように「翻訳」し、
周知していた。
それが通用しなくなり、
米国はむき出しの韓国を知って
「この人たちはいったい何なんだ」
と当惑しているのだそうである。

2日には、有能な「翻訳者」だった
米国務省のジョセフ・ユン北朝鮮担当特別代表が辞任した。
いったん駐韓大使に内定し、
取り消されたジョージタウン大のビクター・チャ教授もその一人だったろう。
米政府では対北融和派の退潮が目立つ。

米国内では最近、
韓国は本当に米国にとって重要なのかも議論され始めた。
トランプ氏も文氏に不信感を持っているとされる。
米国が韓国観を改めるのは日本にとり別に悪い話ではないが、
そのまま退いていけばどうなるか。

北朝鮮の金日成主席(当時)は1980年、
南北統一の方策として「高麗民主連邦共和国制」を提案した。
その前提条件は「朝鮮半島の緊張緩和」「米国の干渉中止」などである。
その日が来るのは、意外と近いのかもしれない。





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